遊撃騎士団団長の恋の結末
短編・遊撃騎士団副団長の恋の行方の補足になります。※続編ではありません。申し訳無いのですが、そちらを読んでいないと分かりづらい内容となっております。よろしければ読んで頂けると幸いです。
団長ネッドの視点です。
「ああもう! この際だ、お前で良い! 俺と結婚してくれ!」
などと、ふざけたことを言ってしまった俺は、素晴らしいアッパーをまともに喰らい撃沈したらしい。目覚めた後は自身よりも年嵩の部下に酷く叱られながら、泣きそうになるのを必死に隠さねばならなかった。
―――
昔からそうだ、いらないことばかりを言ってしまう。顔が悪い方でなかったので、子どもの頃からそれなりにモテた俺は、女の子に多少の意地悪をしたとて嫌われることはなかった。それでいつも本命には愛想を尽かされてしまった。やっとどうして愛想を尽かされていたのか理解した頃、俺はケイトと出会った。
ケイトはそれはもう滅茶苦茶に可愛かった。外見もそうであったが、あの目が。きらきらした大きな瞳が真っ直ぐにこちらを見ていて。心臓に雷撃が突き刺さったような衝撃だった。以前に雷を降らせるモンスターの討伐をしたことがあったが、そいつの攻撃と感覚がそっくりだった。
『騎士様、村長が夕食を用意いたしますので、広場にどうぞと』
『あ、ありがとう、皆に伝えるよ』
『はい、では失礼します』
『待って、あの、ねえ君!』
『え?』
もう必死だった。あるいは不審者のようであったかもしれない。必死になって名前を聞いて、自由時間には村中を探してできるだけケイトの傍で過ごした。ケイトが騎士団に興味を持ってくれていたことは初めから分かっていたが、立ち寄っただけの少ない時間でどうにか勧誘しないといけなかった。
あの小さく平和な村から出るのにはきっと勇気がいっただろうに、ケイトは「騎士団に入りたい」と言ってくれた。ケイトの親父さんに殴られたのだって全く苦にはならなかった。…正直な話、本当にそんなに痛くなかった。その上、ケイトが優しく手当をしてくれたので役得だった。
この頃の俺の頭の中はお花畑だった。ケイトはやっぱり可愛かったし、年は俺の方が上だったけど、二人とも年少組だったから一緒に訓練受けたり一緒の討伐チームにされることも多かった。もう毎日が楽しかった。
もう彼氏彼女とかじゃなくても楽しいんじゃないかな。ケイトは本命中の本命だし、また、何か、下手をして嫌われるのは辛い。などと思っていた矢先だった。
『ケイトさん、じ、自分と付き合って下さい!』
『あー…。私、強くて格好いい人が好きなので』
告白現場を目撃してしまった。それはお断りの常套句のようでもあり、しかし。その時に見た告白相手は、遊撃騎士団の中では珍しいお坊ちゃんでけれどそれなりの実力者だった。お育ちが良い連中は騎士を目指しても、大体が王都や大きな都市に駐屯する騎士団に入りたがる。
遊撃騎士団は給料はそこそこ良いが、あっちこっちに走り回らなければならないので騎士団全体から見ると人気は下位の方なのだ。つまり遊撃騎士団に入団するのは、実力を付けたいと入団してくる物好きか、王都や大きな都市の騎士団に入団できなかったあぶれ者のどちらかである場合が多い。ただし遊撃騎士団はモンスター討伐専門の騎士団でもあるので、国から直々に命令を受けて数年の間だけ入団している人もいて、当時の騎士団長なんかはそうだった。
俺も地方の漁師の息子だったから堅苦しいのが苦手で、でも騎士様という職業に憧れて遊撃騎士団に入った。ケイトに告白したお坊ちゃんは物好きなタイプの方で、俺なんかよりもよっぽど立派で賢かった。唯一負けていなかったのは実力だ。確実に俺の方が強かった。ただ、それだけだった。
『ケイト、次の討伐また俺とお前がペアだからな』
『ええ…。またですか』
『そんな嫌そうにするなよ、泣くぞ!』
『じゃあ次こそ最後まで正気を保ってくださいね』
『大丈夫だろ、次の討伐はそう強い奴じゃないって』
『そういうのをフラグと言うそうで』
『いざとなったらケイトもいるし』
『分かりました、次は氷づけにしますね』
『こ、殺される…』
『暴走しなきゃいいだけの話なんですが』
『正論過ぎる…』
年上の同僚たちに冷やかされながら、せっつかれながら、俺は段々と焦っていた。告白ってどうすればいいんだっけ。そういえば自分から「付き合って下さい」なんて言ったことなかったかもしれない。
『ネッドさん?』
『うえ、何だ!?』
『こちらの台詞なんですが、訓練行かないんですか』
『え、行く行く。なあ今日夜、飯食いに行こうぜ』
すごく嫌そうな顔をされた。え、何。俺また何かやった? ケイトは思ったことをすぐに口に出すし、顔にも出す。一緒に夕飯を食べたくないと思われるくらいの何かをやらかした覚えはないが、ケイトの顔は「行きたくない」と言っていた。
『何なんだよ、泣くぞ!?』
『ネッドさんと一緒にいると絡まれるんだよなあ』
『お前と一緒の時はあれでも少な目な方だぞ』
『あれで? …モテる人って大変ですね』
『まあ、下手に断るなって団長たちから言われてるから…。ああいう子たちが来ない所に行こう』
『そんな所あります?』
『入り組んだ裏路地あたりにはさすがに来ないんだ』
『引きずり込まれて、既成事実作られますよ』
『怖いこと言うなよ!』
そう、この頃から段々と女の子たちに絡まれるようになった。元々声をかけられることはあったが、それの数が増えた感じだった。しかし今までとは違い、お偉いさんのお嬢さんからも声がかかるようなった。今まではさらっと流すことだってできていたが、有力者のご令嬢となると断り方にも気を付けないといけないらしい。
正直に言おう、面倒だ。漁師の息子に何を夢見ているんだ。「自分は漁師の息子なので、作法がなっておりません」「お嬢様方に見合う生まれではございません」とか遠回りに断っても「謙虚なんですね」「恥ずかしがって可愛い」とか言われる。面倒だ。そもそも俺はケイト以外はどうでもよかった。雑にあしらってやっても良かったが、その気配を察知した当時の団長や年上の同僚たちに止められてそれもできなかった。
『さすがにそこまでやられたら、ちゃんと抵抗してもいいだろう』
『…仕方がないですね。ネッドさんが怖い目に遭わないように一緒に行ってあげますよ』
『逆じゃないか?』
『逆だと思います?』
『…合ってます』
いつまで経っても告白はできなかったが、仲は良かったと思う。年上の同僚たちには「俺より格好よくて強い男なんていない」と強がってみたが、この心地の良い空間を壊したくなかった。友人や仲間という位置は気軽で、安心ができた。
ケイトはどんどん可愛くて綺麗になっていったが、その上で強くもなっていったので彼女よりも強い人は少なかった。ケイトに告白して断られる奴らを横目で見ながら、その勇気を心底尊敬しつつも「ああはなりたくない」とやはり心から思っていた。
そんな風にうだうだしていた頃、俺は当時の団長に呼び出された。
『本当ならもう二、三年は様子を見ようと思っていたんだが、私が急遽王都に帰らなければならなくなった。ネッド、お前には後半年で団長職について貰う』
『俺、若造なんすけどいいんすか』
『“自分はまだ若輩ですが、よろしいのですか”』
『自分はまだ若輩ですが、よろしいのですか!?』
当時の団長は言葉使いに厳しかった。年上の同僚たちも言葉使いには厳しい人はいたが比ではなかった。少しでも間違えると鋭い眼光に刺され、否応なしに背筋が伸びる。
『よろしくはない。特にお前の言葉使いやら暴走癖やら諸々よろしくはない。かと言って現状お前の他に適任もおらん。遊撃騎士団の団長に最も重要なのは血筋でも教養でもなく、純粋な実力だ。後は二の次でいい』
『はい』
『お前は馬鹿ではないのに馬鹿をやらかすし、いくら言っても暴走癖が治らんし、もう少し手元で育てるつもりだったが仕方がない。残りの半年で全て詰めこむ』
『…詰め?』
『詰めこむ。実力以外は二の次でいいが、無くていい訳でもない。指示だしの仕方、教養、言葉使い、所作、その他! 全て半年で覚えろ、いいな!』
『承知致しました!』
あの半年のことはもう思い出したくはない。二度と思い出したくはない。未だに夢に見る。冗談抜きで殺されるかと思った。ただ、
『ネ、ネッドさん、ネッドさーん、生きてますか?』
『生きてません…』
『返事が返せるなら大丈夫ですね』
『生意気を言ってすみません! 慰めて下さい!』
『初めからそう言って下さいよ、面倒だなあ』
『俺、今、すごいしんどいから、もうちょっと優しくして…。心の声はしまって…』
『まあ、そうですよね。すみません、言い過ぎました。…飲みに行きます?』
『い゙ぐ!』
ケイトが何かにつけて労わってくれたので、それだけは鮮明に覚えている。天使なんだと思う、うん。
地獄の半年を終え、俺は遊撃騎士団騎士団長になった。慣れない仕事に忙殺されながらもどうにか形になったのは、あの地獄の半年と新たに副団長になったケイトのおかげだ。自分だけではどうにもならなかったのだろうな、と思うとやはり情けなくて告白なんてできなかった。年上の部下たちが俺を「へたれ」と揶揄したが、その通りであるから反論はできなかった。
もうどうしようもなかった。ケイトが好きという強くて格好いい男になって胸を張りたかったが、いつまで経っても、団長にまでなっても俺はそうはなれなかった。
―――
だからといって、あれはない。分かっているよ、ド畜生。ドラゴンなんて討伐した後だったから興奮が治まっていなかった。どんな反応をするのか見てみたかった。少しでも脈ありなら、そのままちゃんと告白してた。ちょっとおちゃらけた雰囲気でそれとなく匂わせて、駄目なのだったら冗談にするつもりで。だからって愚痴の流れで「お前でいい」はない。過去に戻れるのならば俺は、俺の首を落とす。
ずっと、好きだったんだ。それなのに、あんなので終わりなのか。本心じゃない、お前がいい、ケイトがいい。どうか、俺と。なんて、どの面下げて言えるだろうか。
せめて、ちゃんと謝ろうとケイトが好きな角のケーキ屋のアップルパイを買った。怒っているだろうか、いや、怒っているだろうな。…むしろ何とも思われていないかもしれない。本当に辞められたらどうしよう。生きていけな
「あ、ネッド様!?」
うわ
「ネッドさん、今日こそ私とデートして下さい!」
「礼儀を知らない女は嫌ですね。ねえ、ネッド様。私のお店に来て頂けたら素晴らしい夜をお約束いたしますわ」
「化粧ばっかり濃いおば様はお早くお店のご準備をされた方がよろしくてよ。騎士団長様、本日はわたくしの父が是非ご招待したいと」
「いや、自分は行く所がございまして」
「ご一緒しますわ!」
「いえ私が!」
「引っ込んでなさいよ!」
「何よ!」
何も考えてなかった。そういえばこの通りにはこういう人たちがいたのだった。一人が叫ぶとどこからかわらわらと集まってくるが、どういうシステムなのだろうか。本当に何が面白くて漁師の息子なんか追いかけまわすのだろう。遊撃騎士団内にはお坊ちゃんも美形も他に沢山いるのだからそっちに行って欲しい。
しかし、確かにこの人たちは強いよな。俺なんて一回もケイトにアピールしたこともない。何だかんだと理由を付けて怖がって。ああ、駄目だ。謝罪の為に買ったアップルパイまでもが虚しくなってきた。
「ネッド団長」
「え、お゙!?」
いるはずのないケイトの声が聞こえたかと思うと、そこに立っていたのはすごく綺麗な
「ヤダ、何よ。順番も守れないの」
「申し訳ございません、お嬢様方。昨日に引き続き騎士団内で会合がございまして」
「え?」
ケ、ケイト、だ。遊撃騎士団副団長殿だ。結構長く同僚やっていたが、スカートなんて初めて見たぞ。どういうことだ、どういうことだ!?
「はあ? だから何なのよ! 今大切な話してるの見て分かんないワケ!?」
「ええ、分かりかねます。ではごきげんよう」
「え、ちょっと!」
「何よ、あの女! ネッド様ー!」
目の前が真っ白になりながら、ケイトに手を引かれてメインストリートを抜けたらしい。え、何だこの美人。化粧してる。いや、化粧は見たことはあったが、ワンピースが似合っている。可愛い、かわ…。男か? 男と会うのか?
「一人でうろつくのなら、変装とか考えて下さいませんか。それかもう少し上手いあしらい方を学ぶとか、自分の上司が女性に囲まれて狼狽えている姿なんて誰も見たくないんですからね」
「ケ、ケイト、だよな? どうした、その、どうした?」
「私の方がどうしたって聞きたいのですが。はあ、もう結構です。ここまで来ればもう大丈夫ですから、一人でちゃんと帰るんですよ」
「待て待て待て待て、待てって!」
今までのことを全て棚に上げて、ケイトの腕を掴んだ。今 放しては駄目だ。きっとこれが最後なんだ。フラれようが砕けようが、これが最後のチャンスなんだ。
「絶対に俺の方がケイトを好きだ、その上で強くて格好いい。どんな奴かは知らんが、そんな奴より俺の方が絶対にお前を幸せにできる」
「…」
「どこの馬の骨なんだ、そいつは。本当にそんな奴が良いのか、俺の方が強くて格好いいのに?」
こんなに必死に訴えても、ケイトは疑いの視線しか寄こさない。…自業自得とはいえ辛い。辛いが自業自得である、言い切らないといけない。まだフラれてはいない、まだ。
「俺は本気だ、ずっとケイトが好きだった! あの村からお前が出られるように村長とお前の両親に直談判したのだって、正直、下心だった!」
「え、最低」
「さ、最低、でもいい。俺は、ケイトが強くて格好いい男が好きだって言うから、騎士団長にまでなったんだ。お前が今から会おうとしている男にそんな気概があるのか。俺を倒せる男だとでも言うのか」
「へえ」
「真剣に聞け!」
「聞いてますって」
どうせ、俺の演技力がこんなに高かったとは知らなかったとか、次の予算会議のこととかを考えているんだろう。何でお前はそんなに顔にも声にも思ったことが出やすいんだ。あまり知らない相手には鉄面皮と呼ばれている癖に!
「ケイト、俺は本気で」
「私、昨日酔った上司に『この際だ、お前で良い!』とか言われたんですが」
「あ、あれは」
「あれは?」
「ケイトの、反応が、見たくて…」
「いやいや、普通、そんなに好きな人にあんなこと言わないでしょう。すごく嫌な気分でしたが」
「すまない…」
それに尽きる。反省も後悔もしてもしきれない。…ああ、やっぱり駄目だろうか、畜生。出会った頃からやり直したい。もっと昔に憧れた“騎士様”らしくスマートにデートとか誘えばよかった。
「もう別に怒ってないですし、今日は本当に気が乗ってワンピース着ただけです。化粧も髪も本当にただの気まぐれです。ネッド団長の誘いを断った手前、一人で飲みに行くって言えなかっただけで、誓って誰かと約束なんてしていません」
「ほ、本当か。嘘じゃないな」
「騎士の誇りに誓って、嘘は申しません。ですから」
とりあえず、男はいないんだな。
「じゃあ俺と恋人になってくれるな」
「え」
否定がない、
「ちょ」
「近くに良い酒場がある。裏路地だからあまり知られていないんだ」
否定がない、
「もう酔ったのか、可愛いな」
否定がない!
長い付き合いだ。ケイトが嫌なことは嫌だとはっきり言い、顔にも出ることは知っている。いつかケイトと飲みに来ようと思っていた裏路地にあるこじゃれた酒場には、美味い酒が多い。混乱をしているのか、渡すままに酒を飲んでいたケイトはもう既にほろ酔いだった。可愛い、可愛い! 可愛い!
下心? あるに決まっているだろう! 最低だと? 知っている!
―――
最低でもいい、何でもいい。ケイトが可愛くて鼻血が出そうだった。
まだ眠っているケイトを家に残して、急いで執務棟へ走る。緊急の討伐依頼がないのを確認すると、当直担当の部下に二人の休みを伝えた。どうしても今日中にサインが必要な書類だけ処理をして、また急いで家に戻る。一応は騎士団長であるからそれなりの一軒家を貰っているが、寮と違い執務棟と少し離れた所にある。今だけはそれが腹立たしい。
静かに戻ると、ケイトはまだ眠っていた。俺のベッドで。様々なものがこみ上げてきて泣きそうになるが、どうにか我慢をして湯を沸かす。怒るだろうか、いや、きっと許してくれる。
もう二度とあんな後悔はしない。未だ気持ちよさそうに眠るケイトの額に口付けながら、浮かれる自身を落ち着かせ決意した。
読んで頂きありがとうございました!
短編・遊撃騎士団副団長の恋の行方が、有り難くも思った以上の反響を頂きましたので補足を書き足しました。本当にありがとうございました。
賛否両論なネッドでしたが、内心ずっと「ケイト可愛い」しか考えてないような頭の弱い子でした。
ネッドの頭が弱いので、今までもこれからもケイトが頭脳派担当です。本当に間違えてはいけない所で今後は間違えないと思うので、愛想は尽かされないでしょう。
以下、書ききれかなった設定たち
①ネッドの実家
作中では漁師とか言ってますが、その実、海の大型モンスターを狩っている街の出身です。「モンスターじゃないよ、これは魚だよ」と言い張って出荷している。RPG的にはボス戦の前の前くらいの街。ケイトの村は初期にある、薬草と木の棒くらいしか売ってない村。
ネッド自身には魔力はありませんが、そんな魚()を食べて育ったからか魔力耐性が強い。え、今なんかされた? とか言っちゃう。
②前騎士団長
礼儀作法に厳しくてすごく怖い。今は王都騎士団の団長してる。二人がくっついたと聞いて、ネッドに言い寄る人たちに牽制をかけてあげるくらいには二人を可愛がっている。
大変恐縮ですが、よろしければブックマーク・評価などして頂けるととても嬉しく思います。よろしくお願い致します。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました!