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異世界ファレスティア  作者: 鳥杉クイナ
9/9

第一章 異世界転生者ジル 七話

『お兄ちゃん!おかえり!』


妹の花が咲いたような輝かしい笑顔。そのすぐ側では母さんが優しく微笑んでいる。


『おかえり、凌空…』


俺はこの時まだ小学校一年だったな。にっこり笑って駆け寄った。


『ただいま!』




場面は変わって、気が付くと外に居た。見覚えがある場所に、時間、そして後ろの真新しい黒いランドセル。目の前には花屋がある通学路…てことは。


「…母さん」


花屋の前には嬉々として花を眺めている母さんがいた。俺は知っている。ここを、この場所を…。


この日を。


俺の身体はゆっくりと母さんのいる花屋に近づいていく。頭では走り出したいのに、何故か驚かしてやろうと思ったからだ。我慢して歩いていく。すると道行く人が母さんに声をかけてしまった!その人はご近所さんで、俺たち家族とはかなり仲が良かった人だ。そして母さんがこちらに気か付き微笑む。


だめ…ダメだよ、そこにいちゃ。


そんな母さんの後ろには不自然にゆっくりと、しかしふらふらしながら男性が歩いてくるのが見えた。もちろんこちらを向いている母さんは気付いていない。


「凌空~おかえり~!」


その瞬間身体がようやく走り出した。あと少し、あと少し、あと少し!あと僅か数センチとなった。


「母さ」


ドスッ。


一瞬何が起こったかわからなかった。けど母さんがスローモーションビデオのようにゆっくりと目の前で倒れていく。その脇腹には…包丁。


「母さ、ん?え、ねぇ…ねぇ!」







「うわぁあぁああ!!!」


叫びながら飛び起きれば、俺は自室のベッドにいた。いや、正確には()()の部屋だが、まああまり変わらないな。ドクンドクンと脈打ち続ける胸元を左手で抑えながら深呼吸した。嫌な汗が背中をジットリと湿らせている。

嫌な夢だ…正確には前世の記憶だが、本当にもう嫌だ。大切な人をあんな目の前で亡くすなんて、二度と経験したくないと思う。


「…ふぅ」


ようやく落ち着いてきたところで、簡易腕時計を取り出す。時刻はまだ1時50分か…。変な時間に目が覚めてしまったな、ため息を吐きながら俺はベッドから出た。

今は上下黒色の部屋着を着ている。イメージの元は前世だからかな、着心地は良かったのだが、嫌な記憶まで掘り起こしてしまったようだ。


時間も時間で微妙なので、とりあえず俺は机に向かって立て掛けてあるノートを一冊手にとってまっさらな白紙のページを開いた。これに今後の日程なんかを書いとこうと思う。


まずはマークット様に約束した魔術具の作成。

これは素材集めから始めなければいけないから、一度セシルに尋ねてそう言う事に詳しい人物を紹介してもらおう。少し時間がかかるかもしれないが、魔法のみで作り出す不安定な魔術具よりかは信用できる。

次は…この世界の基礎的な知識を得ること。

現状でこれを素直に尋ねることができるのは二人くらいだろうか。そのうちの一人はあまり信用できないが、もう一人なら教えてくれるだろう。

あと、最後にもう一つ。ヒルグランドの成長を助けること。

何となく彼は俺にとって何か意味のある人物だと直感的にーーー所謂“勘”と言うやつだーーーそう思った。だからあまり離れないようにしたい。なので魔法のみでーーー上手く機能するかわからないがーーーブレスレット型発信器を作って置こう。


そこで不意に昼間にアートルムーーーアートルム・ネグロから貰った一つのネックレスをズボンのポケットから取り出した。

青い宝石は変わらずに紫色の魔力を纏って静かに輝いている。

アートルム曰くこれは隠蔽の魔法が付与されているらしい。何となく付与魔法が混じっている気がしていたが、よくよく見ると所々雑な術式になっているようだ。


「気まぐれに作っただけって言ってたしな(笑)」


仕方がない、自分で雑な部分の修復を、練習も兼ねて行うことにした。正直今は眠れそうになかったし、暫くはここから動くこともないだろうという気から、俺は興味のあることに没頭する。


そして何か所もある雑な部分の内の一つがようやく修復で来たところで一の鐘が鳴り響いた。






「セシル、おはようございます」


普段着にした青いスーツのような服に着替えてさっさと部屋を出れば、すでに何人かの側近達がヒルグランドの部屋で仕事を始めていた。朝が早いのはこの国の特徴なのかわからないが、大きく開け放たれた窓からは下町の声がちらほらと聞こえてくる。

セシルが俺の声に気付いて変わらない笑みを称えたまま返事をした。


「おはようございます、ジル。さて、さっそく精霊としての仕事をお教えいたしましょうか」


言うなり近くの側近に何か伝えると、俺についてくるように命じてヒルグランドの部屋を出た。






「お教えすると言いましたが、人族と妖精族にはそれぞれの言語が存在します。さらに精霊はすべての種族が成ることが可能ですのでそれぞれの言語で指南書が作られており、そして妖精族には妖精族専用の指南書が存在します。ですので、精霊となったジルには妖精族の指南書をお渡しします」


歩きながらヒルグランドの領域を出て廊下を進んでいく。広く、これまた豪華な階段を下りて向かう先は、どうやら図書室のようだ。この分だと図書室もきっと豪奢な場所なのだろうと想像する。


しばらく歩いた先に、今までとは何だか違った雰囲気の両扉が見えてきた。そして近づくにつれ雰囲気の違いを理解した。


「…随分とシンプルなのですね」


そう、ドがつけたくなるほどのシンプルさだった。まんま木!完全に木!それこそ今までの豪華さは何処へ!?と思うほどの前世でよくある木で作られた両扉だった。

そんな俺の感想にセシルは苦笑する。


「ここは普段殆んど使用されないのです。それこそこう言うときや、見習い達が必要になれば来るような場所ですので…」


言いながら扉を守る一人の騎士に声をかけて、中へと踏み込むと。


「うっケホッゴホッ」


咳が出てしまうほどの埃っぽさ。歩く度に飛び交う埃達がしまわれているここの本の古さと掃除の行き届いてない事がよくわかった。


「ここ数年掃除に回せる程人材が足りず、また色々と問題が起こっておりまして…現在はこの有り様なのです」


空き時間に掃除するのですが酷くなる一方で、と付け加えてからサッと辺りを見回したセシルは奥へ奥へと歩みを進める。


何となく、俺は思った。


「セシル」


「何でしょう?」


俺は少し躊躇いながらも、言ってみた。


「ここ、俺がどうにかしてもいいですか?」


「その申し出は城の大臣にしなさい」


即答された…。

そしてさっさと山積みにされている本の中から更に古い書記を取り出して戻ってきた。


「先に仕事をこなせるようになってから言うこと。まずは目の前の仕事をこなしなさい」


そう言って書記を手渡した。先程から気付いてはいたが、セシルの持つその書記からは物凄い魔力が放たれていた。それこそ威圧を感じるほどなのだ。しかし種族が違うせいなのか俺が異常なのかわからないが、セシルは全く表情を変えない。

まあ俺はそこまで出来たやつではないので、恐る恐る書記に触れる。


「…あれ?」


「どうかしましたか?」


「あ!いえ、何でもありません」


セシルが不思議そうに首をかしげたので慌てて気持ちを切り替えて返事をする。


「なら、良いのですが…」


少し怪訝そうに眉をひそめたセシルだったが、すぐ表情を引き締め直した。


「さて、そろそろ戻りましょう」


そう言って部屋を出ていく。俺は手元に視線を落とし、さらに後ろを一度だけ振り返った。少しそうしてからセシルについて部屋を出た。





何かあればそれこそ面白いと思う。実際手にした強大な魔力駄々漏れの書記は、触れても何も起こらなかった。けどほんの一瞬で俺の魔力を少し吸収したのか、俺にとって丁度よいサイズの本に変わった。それは服とかと同じ原理なのだろうと納得はしたけど…。


「どうかしたの?ジル」


唐突に声を呼ばれてハッと顔を上げると、そこにはちゃんと正装をしたアートルムが立っていた。


「アートルム」


「随分と難しい顔をしてるね」


アートルムは優しく微笑みながらそう言って俺の顔を覗き込んでくる。瞳は赤く白髪のような銀髪のような髪は熱いくらいに降り注ぐ太陽光を反射していて眩しい。どこか影のある整った顔立ちは、あの女神マリフレシアと互角くらいだろうか。


現在ヒルグランドの部屋の窓の丁度真上。アートルムの定位置にやって来ていた。ヒルグランドの部屋に戻った直後に早速本を開いてみて愕然としたのだ。当たり前だろう?何も書いてないんだから。さらに仕事について全くわからない状況にやることが多々ある現状。起床時に見たあの夢も同時に脳裏をフラッシュバックしたのだから、当然冷静ではいられない。


俺はふっとため息を吐くと、スーツの内ポケットにしまっておいた妖精族専用の書記を取り出した。


「あ!それって確か精霊の仕事について書いてある書記だよね?」


確認するような口調でそう言うアートルムにこっくりと頷くと、アートルムにも見えるくらいの大きさにして、ページを開く…が。


「なーんにも書いてないけどな」


そう、開いたページはまだ最初の方なのだが、全く何にも書かれていないのだ。それこそ真新しいノートのように。アートルムは苦笑する。


「ジルには見えてないのか」


「え?」


「これ、触ったジルなら気づいていると思うけど、魔術具になってるんだよ」


「それは気付いたけど」


するとアートルムは本を閉じるように促した。俺は促されるままに本を閉じる。


「この表紙のとこ。えっと…『我と同じ瞳を』って書いてあるんだけどね、これって視覚強化するときみたいに身体強化するか、魔法の眼鏡を作り出して見ると読めるんだよ」


そして試しに、と俺サイズのモノクロを魔法を駆使して作り出し、俺に渡した。


「物は試し。使ってみて」


言われるがまま、俺はモノクロを右目にセットする。


「あ!見えた!」


じんわりと文字が浮かび上がっている。しかし読んでる間ずっと身体強化は途中で集中力が切れそうな気がする。これは確かに魔法で眼鏡やモノクルを作成せざるを得ないなと苦笑して、モノクルを外した。


「ん?もういいの?」


早々に苦笑しながら外したモノクルを眺めながらアートルムは聞いた。何か問題でもあったのかと思ったようだが俺は笑う。


「いや、自分で作ろうかなって」


そして自分が生前…所謂前世によく好んでかけていたダテ眼鏡をイメージしながら魔力を集中させる。俺の体に合わせたあの…知的な細い黒縁眼鏡。


「…うん、確かに君が作った方が断然良いね。何よりその魔術具はかなり高品質のようだ」


そう言って関心を含めた吐息を零す。その言葉にゆっくりと瞳を開くと、強い光と共に目に飛び込んできたのはイメージ通りの細めな黒縁眼鏡だった。しかし今までで一番の出来といってもいいほど細かい術式を組み込むことができたらしい。美しい青紫の光を纏っていた。


「君はやっぱり創造の神の祝福があるんだね」


アートルムがさっき出来たばかりの黒縁眼鏡をしげしげと眺めながらそう呟くのを、俺は聞き逃さなかった。


「創造の神?」


思わず反復すると、アートルムは苦笑する。


「ゴメン、何でもないよ」


いや、その顔はいかにも何か隠してますって顔だろ!?と突っ込みたくなるような苦笑の仕方だったが、言いかけた言葉を飲み込む。優先順位を間違えてはいけない。


「そうだ、アートルム。いい機会だからお願いがあるんだけど」


すっかり砕けた口調だがアートルムは気にせず、寧ろ嬉しそうに目を細めて言った。


「何かな?」


俺はちょっと考えて、言葉を選んでから声にした。不本意だが知らないのはまずいこともあるだろう。


「この世界の、いや…この国の中だけでもいい。基礎的な事柄を教えてはくれないだろうか?」


あまりに突飛な可笑しい発言だとは思う。だってこの世界に住まうものたちが絶対に知っているようなことを教えてくれと頼むのだから。そう思って俺はアートルムを直視せずに俯く形で頼んだ。


「なあんだ、そんなことならお安い御用だよ」


安堵すら感じられるほど軽い口調で彼は言ったのだ。まるで「今更?」と言いたげな感じもするが、恐らく本人にそう言う感情はないと思う。ってか思いたい。

そっと顔を上げればいつも通りーーーとはいってもまだ会ったのは二回目だがーーー優しい微笑みをその整った顔に浮かべているアートルム。彼は再び言葉を紡ぐ。


「君が異世界転生者であることは知ってるし、着てからまだ今日で三日目ってところでしょ?」


あれ?俺そんな話したか?


「あ、疑うような顔しないでよ。確かに怪しいかもしれないけど、それについてはまた今度話すからさ」


そう言って困った顔をするアートルム。その態度には何か理由でもあるのだろうか?


「…なんで知ってるのか、今は話せないのか?」


はっきりさせたい性分はこういう時に嫌だと思うが、アートルムは気にした様子もなくにっこりと笑った。


()()ね。絶対近いうちに話すから、今は見逃して」


最後は笑っていても真剣な眼差しで言っていた。だったら今すぐでなくてもいいだろう。


「…わかった」


俺がそう言うと、アートルムは安堵のため息を吐いた。そして本を指さして言う。


「とりあえず読み方も分かったことだし、今は仕事に戻りなよ。夜にでもまたここにきてくれたら細かい基礎知識叩きこんであげる」


そして悪戯っ子のようにニカっと笑って姿を消した。どこかに出かけるのかと問う間もなかったが、まあ夜にでも、と言ってきたのはあっちだし…一応伯爵家の人間でもあるし、自分の発言の責任はちゃんと摂ってくれるだろう。

俺は少し太陽が輝く真っ青な空を仰ぎ見て、ヒルグランドの部屋へと戻った。





「それはよかったですわ!」


妖精族専用の精霊の仕事について書かれた書記の読み方を知ったことを、真っ先に部屋で王子に教育中のセシルに告げると、まるで自分の事のように喜んでくれた。なるほど、セシルがまだまだ幼いヒルグランド王子の筆頭側仕え兼教育係に任命されるわけだ。こんな風に喜ばれると自然に笑みがこぼれてくる。子供を褒めることが実に旨いのだろう。

俺も前世は子供で死んで、例外として高校生まで生きたけど、精神的にはまだ子供なのかもしれない。先程のセシルの笑みに胸の辺りでジワリと温かいものが広がるのを感じたのだ。率直に言えば嬉しかった。

セシルは笑顔のまま提案する。


「では、丁度ヒルグランド王子もお勉強中ですので、ジルもその書記を呼んでいてはいかがかしら?」


王子の傍で書記を読み進められるのは一石二鳥だ、と主張するセシルに俺は頷く。まずは目の前の仕事を、と自分に言い聞かせながら、セシルに命じられた他の側近たちが用意してくれた丸いサイドテーブルの上に簡易チェアを用意して座った。


早速読もうと本を取り出してみて、はたととんでもないことに気が付く。


「…あの、セシル」


冷や汗をかきながらギギギ、と音がなりそうな動きでセシルの方に首を捻る。


「今度はどうしたのですか?」


「…」


「言いたいことがあるならハッキリと申しなさい」


少しイライラしたように先を促すセシル。俺は迷った末に一言。


「…すみません。アートルムに言い忘れた事があったので、言ってきます」


そしてすぐにテーブルを飛び立つ。もちろんチェアに使っていた魔力もちゃっかり回収してからだ。


「ジル!全くもう」


うう、セシルの疑心は怖いのだ。何かやらかしたら絶対暗殺される気がする。別に後ろめたいことがあるわけじゃあないんだけど、やっぱり怖いもんは怖い。


「しかし…」


一体どうしたものか、とアートルムがいない屋根の上に胡座をかいて座った。

何が問題なのかというと、俺は妖精族の言語を知らないのだ。だから妖精族専用の書記を読むことは不可能。ただ、魔力を通せば自然に解釈は出来るかもしれないとは思うが…やはり触れてない言語を即座に解読は、いくら万能な魔法があっても原理がわからないから無理だろうと思う。

今までは原理がわかっている上でイメージから創造する事は可能だった。けど今回は見たこともない妖精族の言語を解読するのだ。知識がなければ不可能。


「…ん?そう言えば、アートルムはこの本の読み方を教えてくれたとき、表紙の文字を解読してくれたな」


俺は思い切り独り言を呟いて表紙を見る。文字、らしきものがあることに今更ながら気がついた。これをアートルムは『我と同じ瞳を』と読んでいた。

ふと、思い付いて俺は眼鏡をかけてその文字を見てみた。


「あえ!?」


『我と同じ瞳を』と書いてある…書いてあると言うか、生前の文字がフリガナのように上に浮かび上がっているのだ。なにこれマジ魔法って万能過ぎる。


「と言うことは…」


確認のために本を適当に開いてみた。…間違いない、ちゃんと読める。


「なんだよもう」


焦って要らぬ行動をしてしまったようだ。自分の余裕のなさに呆れてため息をつく。と、タイミングを見計らったかのように呼ばれた。


「ジル?用が済んだなら戻ってきなさい」


静かに注意するセシルの迫力は本当に底知れないな、と身震いしつつヒルグランドの部屋に渋々戻った。


ヒルグランドは変わらずセシルに渡された課題を行っているようだ。内容は確か、計算と国語ーーーこの世界の場合は国の言語やその基礎知識というのが『国語』というものらしいーーーだったかな。一生懸命机に向かってはいるが、疲れてきているのか、先程からページを捲る動作がない。


「セシル、そろそろ王子を一度休憩させた方が良いのでは?」


俺が書記を開きながらそう言うと、セシルはすぐにヒルグランドを振り返る。


「あら、申し訳ございません王子。砂時計の砂はとっくに落ちていましたね」


正確にはヒルグランドの机に置かれた大きめの砂時計を確認したらしい。セシルの言葉にハッと顔をあげたヒルグランドは、幼いながらに頑張りすぎたのか、左目が充血している。


「もうそんなに時間経ったの?」


口調が可愛い。いや、ショタ好きな訳じゃないけど、その如何にも王子様らしい柔らかそうな癖毛の金髪に少し垂れ目の大きなスカイブルーの瞳。まだ傷一つないスベスベの肌。何より笑ったときの輝かしい笑顔は本当に天使だと思う。

ただ魔力が俺にかなり似てるのは気のせいだろうか。


「まだ鐘は鳴っておりませんが、普段より長く集中なさってましたよ」


セシルがまるで我が子を誉めるような優しい微笑みを称えながらそう言うと、ヒルグランドは嬉しそうに笑みをこぼした。


「えへへ。でもちょっと疲れちゃったなあ」


目を擦りながらそう言うと大きく欠伸をした。やはりまだ子供だ。俺は言葉を崩して話しかける。


「ランド王子、ちょっとお昼寝したらどうかな?」


ゆっくりと振り返るヒルグランドはフフッと笑った。


「でもまだお勉強終わってないよ」


「無理のし過ぎは身体にも頭にも良いことないから休んだ方がいいよ。…セシル、ダメでしょうか?」


俺は生前無理をしてぶっ倒れたことがある友人を知ってるんだ。ヒルグランドはまだ4歳なのだから流石に倒れると色々不味いと思う。

そんな俺の考えが何となく理解できたのか、セシルは少し難しい顔をして頷いた。


「いえ、王子には少し休憩を取って貰いましょう。…ヒルグランド王子、そんな不満気な顔をしないでくださいまし。兄上様も頑固に無理しすぎたせいで、よく身体を壊していらっしゃったのです。ヒルグランド王子がお倒れになったらお父上様や兄上様が飛んできてしまいますよ」


苦笑しながら諭すセシル。ヒルグランドは驚いて言葉が出てこないらしく、ポカンとしている。

まあセシルが饒舌なのはいつものことだが、一体どこに驚いたのだろう。


「…兄上がよく身体を壊していたのですか?あの優しくて心配性の兄上が?」


信じられない、とでも言いたげに顔をにわかに曇らせる。セシルはそんなヒルグランドの顔を覗き込むようにしゃがむと、にっこりと笑った。


「それほどまでに王子は愛されているのですよ。ですから、倒れる前にお休みなさいまし」


ヒルグランドはじっとセシルの顔を見つめてしばらく固まっていたが、折れたらしくこっくりと頷く。タイミングを見計らっていた周りの側近が即座にヒルグランド王子の椅子を音を立てずに静かに引いて、彼が降りられるように動く。

何となく寝台の方へ視線を移せば、すでに寝台は一部の天幕以外が下ろされていて準備万端だった。


「ジル、どのくらいお休みさせればよろしいかしら?」


セシルがスッと近くに来るなりヒルグランドに聞こえないように聞いてきた。俺はちょっとだけ悩み、助言…とは言わないが、生前の経験を元に言った。


ここーーーファレスティアーーーだとなあ…砂時計はあるのに細かい時計と言うものがない。秒針とかついてる、あれなんだけど。仕方ないから助言も大雑把なものになる。


「そうですね…勉強した時間の四分の一とかがいいんじゃないですか?」


今後の事を考えても丁度いいかな、と思ったことをくちにしただけだが、セシルは笑顔で賛成してくれた。


「確かにいいですね、そうしましょうか」


そしてヒルグランドの着替えが済むと、周りの側近に声をかけて説明し始めた。ふと、ヒルグランドがこちらを何か言いたげな、しかし眠そうな目で見詰めていることに気が付いた。


「どうかしたの?ランド王子」


俺は笑顔で言うと、彼はニコッと笑った。


「僕のこと心配してくれてありがとう、ジル」


さっきのことだろうか?


「僕は君の精霊だからね、身体は大事にしてもらわないとさ(笑)」


言い訳がましいかもしれないが、おどけて言うと彼はフフッと笑った。丁度セシルも説明し終えて側にやってきた。


「さ、王子。そろそろ…」


ヒルグランドは軽く頷くと、俺に向かって微笑んだ。


「お休み、ジル」


そしてセシルと一緒に寝台の方へと向かう。…ふうん、4歳とは言ってもやっぱり王族なんだな。あんなに大人びた微笑み方は中々凄いと思った。


さて、ヒルグランドも寝ることだし、俺も自分のやるべきことに取りかかりますか。


「セシル、少し話があるのですが、今よろしいですか?」


先程とは雲泥の差とも呼べるほど態度を改めて俺は、ヒルグランドを寝かし付けて、部屋を出ていこうとしたセシルに声をかけた。


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