第一章 異世界転生者ジル 六話
セシルは最後まで俺の初めての報告を最初から最後まで聞いてくれた。報告が終わるなり、重いため息を吐く。
「全く…マークット様はまだまだお若いですね」
俺はちょっとよくわからず首をかしげるとセシルは説明してくれた。
「主の異変に気付いてこその側近というもの。違和感を感じてもそれを専門の側近に話して調べさせるのは本来、筆頭側仕えと護衛騎士長の仕事です」
「そして秘密裏に解決させ主や、必要とあればロワツィオに御報告し、関わったものを労うこと。ですので…ジル、本来であれば貴方は関わる必要がなかったのです」
しかし、と聞こえる程度に呟くとセシルはため息を吐く。
「マークット様は元々孤児であったが故、年齢が年齢と十分な教育を受けることも出来ずに、持ち前の才を使ってここにまできてしまったのです」
「それは良くも悪くも今の未熟な護衛騎士長を作り上げてしまった」
俺は何となく理解出来たと思う。ここまで聞いておいてなんだが、これでもまだこの世界に来て2日目であり、実質1日も経っていない。にも関わらず今現在流れ的に、所謂“他人”、“関係ない者”という立場の俺が主の兄の護衛騎士長の失態を公表することなく、むしろ手伝おうとすら考えている。
こうやってまとめてみると、色々突飛すぎてよくわからないな。
恐らくセシルはそれに気付きマークットの未熟さを思ってこう指摘したのだろう。
ようやく俺が納得できたところを見計らってか否か、突然セシルは席を立った。
「…セシル?」
ちょっと暑い空気をまとわせているところを見ると、何かのスイッチを入れてしまった様子。
「ジル、次から報告はもっと簡潔にしなさい。本日はこれで終わりましょう。今から私はマークット様の元に教育を施しに訪れます」
「…え、ちょ、セシル!?」
俺も自分の簡易なテーブルセットを片すと立ち上がって引き留めようと言葉を紡ぐ、が。
「ジルはこの後自由に過ごしなさい。明日からヒルグランド王子の精霊としての仕事を教えます」
吐き捨てるかのように、所謂マシンガントークをしてセシルはさっさと部屋を出ていってしまった…。
「まじか…」
思わず素が出るのも仕方がないと思う。ここにくるの初めてだし以外に要り組んでる場所だから、出口が微妙にわからないのだ。
「うーん…」
まあしょうがない、と切り替える。いつまでもここにいる訳にもいかないし、明日からは精霊としての仕事を教えてもらえるらしいし、何より部屋に戻らないとゆっくり休むことも出来ない。
俺はだいぶ慣れてきた妖精の羽を、ほぼ無意識に動かして飛び上がる。と、そこで気が付いた。
「え、え!?俺部屋から出れないじゃん!」
誰もいないから一人称も口調も崩れまくってるが、仕方がないと思う。だってセシルが完全に閉めてしまったせいで、妖精の姿の俺が通れる隙間すらない扉が俺の前に立ち塞がっているのだから。
「どうしよう」
思わず泣きそうになりながらも、必死で頭をフル回転させる。なにか、何か方法は…。
「お困りですか?」
唐突に聞こえてきた聞き覚えのある声に、ハッと振り向くと、そこには。
「女神…マリフレシア様?」
最後が疑問形になってしまったがそれもまぁしゃーない!だってだって、マリフレシア様は魂だけなのかわからないが、薄く、淡く輝いていたのだ。その上俺と酷似した女の子の妖精の姿をしている。魔力の感じから何となく女神っぽいと思って口にしたけど、一瞬誰だかわからなかったのだ。
ただ、間違ってはいなかった。
マリフレシアは変わらず微笑を浮かべて言葉を紡ぐ。
「ええ、マリフレシアですわ。お困りのようでしたから、声をかけたのですが…」
そういうとすぅっと目線を扉へと向ける。
「もしかして…扉を開ける方法がわからない、と?」
マリフレシアはそう言って小首を傾げる。その姿が何故か少し懐かしく感じたのは、きっと気のせいだろう。俺は頷く。
マリフレシアはふふっと笑った。
「それは…今までの貴方ならすぐに思い付くかと思いますよ」
え?っと言う俺の声を聞いてか否か、マリフレシアはまたふふっとさも面白そうに笑ってボンヤリと姿を濁していく。
「また、会いましょうね」
…。
「俺って無視される体質なのか!?」
一日でこんなに無視されるってどうよ?
「…と、言ってる場合じゃないか」
女神、何のためにここに来たのかちょっとよくわからない助言をしていったが、まぁきっと彼女なりにヒントを残してくれたんだろう。
「『今までの貴方なら』…だっけ?」
そう言ってた、間違ってなければ。
今まで、と言ってもこの世界に来てからーーー転生とはまたなんか違う気もするが、恐らく転生してからーーー、まだ実質2日ーーー本日二回目(笑)ーーーしか経っていないのだが、彼女は確かに『今までの貴方なら』と口にした。
「今までの…って……あ、そう言えば」
今の今までずっと魔力を無詠唱で動かしてきたな、と気が付いた。
「上手く動かせれば…簡単な身体強化は出来るか?」
そう言いつつ俺は扉の前に飛んでいく。
ドンドンドン!!
「うぎゃっ!?」
唐突に扉を叩く音が響き、驚いて変な声が出てしまった。
「クレオド、です。ジル殿、お迎え、に、上がりました」
え?
「クレオド…様?」
俺の返事を聞く前にガチャリ、と扉が空いた。
「ああ、やはりここだったか」
入ってくるとダリオドは俺を見るなりフッと笑みをこぼした。唐突に砕けた口調になった辺り、かなり頑張っていたのではないかと思う。俺もニコッと笑みを返す。
「どうしてここへ?」
率直に聞くとクレオドは照れたようにはにかみながらも答えてくれた。
「セシル様に『部屋に戻る前に客室のジルを迎えにいくように』と…しかしどの客室かわからなかった。…見つけられて良かった」
「…さすがはセシル、あんな状態でもちゃんと冷静に行動されるのですね」
思ったことがそのまま口に出てしまったが、まあ仕方がないだろう。クレオドは笑う。
「…ジル殿、えっと、約束…」
言いにくそうに話を切り出したと思えばなんだかモジモジしながら俯き視線になっていくクレオドに、俺は即座に返事した。
「も、もちろん覚えておりますよ…くふっ」
ヤバい、吹き出しそう…。
「ほ、本当か!それは良かった!早速行こう!!」
そう言って俺の手を少し震える指で取ったクレオドは、肩に乗せるなり部屋のチェックをさっさと済ませて部屋を出た。
「あ、あの、私飛べますよ?」
「ああ、だがこの方が速い」
「え?…うわぁああぁぁぁあああ!?!?」
ゴォォォオォォオン。
クレオドが器用に俺を手のひらに乗せ返ると急に全力疾走するときの形になり、ものすんごいスピードで側近達の住まう場所を駆け抜ける。
いやはやもう理解不能。人智を越えてるよ何ここ怖いよ!!
気が付けばどうやら客室のあった一階から二階の端っこにあるクレオドの部屋に移動していた。もはや言葉も出てこない。マジでもう理解できない。
「さ、部屋へ上がってくれ」
口調はさらに崩れてる。そんなことすら気にする余裕もないほどに俺は血の気が引いていたのだが、クレオドは逆に初めての妖精の友達だ!と何故かテンションが高い。
…正直に言おう、今すぐ自分の部屋に帰りたい!!!!
「私は客をここに呼んだことや知り合いを招いて談笑することがないもので、話すのもあまり得意ではないのだが、ジル殿に練習相手になっていただければ私はもう怖くない!」
早々に赤紫っぽい酒のようなものーーー恐らくワインに近いと思うーーーを出したかと思えば、俺が自分用のシンプルな簡易テーブルセットを出している内にワイングラスに注いでいた。…ってか一口飲んでたようだ。ほんのり顔が赤くなっているところを見ると、普段飲んでいないことがよくわかるのだが…。
「クレオド様?」
急に饒舌になったかと思えば途端に静かになり、俺は思わずクレオドに呼び掛ける。彼は俺と目が合うとフッと笑みをこぼした。
…?
「ジル殿は本当に美しい妖精だ。まるで神話に出てくる伝説の妖精王族のように」
ピクリ、と思わず反応してしまった。妖精王族、という単語が何故かずっと引っ掛かっていたのだ。
「その…妖精王族の話を、知っている限りで良いので教えていただけませんか?」
静かに聞いてみると、クレオドは一瞬俺を見詰めて目を瞬き、頭の中の古い引き出しを探すかのように目線を泳がせると、目を瞑って座っている椅子の背もたれに寄り掛かる。
「私が知る、妖精王族の話は…一般的に知られているものだが、良いのか?」
俺が力強く頷くと、彼は真面目な顔になり話し始めてくれた。
その昔。まだ三つの種族が交わりを持つことが禁止されていた頃。妖精王族と言うものが存在した。
妖精族の祖先に直接関係する者達の事をそう呼ぶらしいが、詳しいことは未解明のまま。ただ妖精族と違うのは、祖である妖精王の直系の種族であり、そして、主にハーフフェアリーで構成されている、と言うのが普通の妖精族との違いらしい。
人族の王族と違って妖精王族は所謂ハーフフェアリーの種族を指し、先祖返りをするものも多くいる。中でも有名なのが、かつて“神子”と謳われた最後の妖精王族…『ジヒル・リ・アグネパルサ』と『レシア・リ・アグネパルサ』の双子。この二人は生まれた当時、それはそれは豊富な魔力と知能を持ち、さらにその魂は神に愛されており、死することで神へと生まれ変わることができると言われていた。
ただそれをよく思わないやつももちろんいた。
双子の中でも妹のレシアは見た目や能力だけでなく心優しく威張らない性格で、さらに言えば当時の妖精王族の中で唯一の王女だったらしく、溺愛されていた。七神の一人である『全能』の神の眷属『慈愛』の神に愛されたと噂されるほどに。
しかし兄のジヒルはと言うと、あまりに神に愛されてしまったせいなのか見た目こそ麗しいものの、性格は氷のように冷徹だったという。兄が三人いたのだが誰からも好かれず父王にもその存在を嫌悪され、唯一の味方だった第二王妃さえも幼い内に亡くしてしまったせいだろうと同情するものも居たには居た、がそれ以上に神に近い考え方を持っていたせいで、迫害されていた。
ここで大体察する事が出来ると思うが、ジヒルは七神の一人『運命』の女神と、同じく七神の一人『死』の神、そして元々七神の一人であった…闇落ちしたとされる『創造』の神に愛されていた。
知らない人はいないほど有名な、最も強い『世界の柱』とも称される程の、代表的な神々。彼はそんな次元が違うものたちに愛されたせいで、すべてが理解の範疇の外だったのだ。
そして遂に彼は父王の命により放たれた刺客によって追い詰められてその儚き命を落としたらしい。
あくまでらしい、と言うだけなのは、その時同時に双子の妹レシアが行方不明になったせいだった。
父王や他の妖精たちが懸命に探しても結局見付からず、さらに彼ら双子の居なくなったあの日から数ヶ月単位で次々と兄王子達が病によって命を落とし、後に迎えられ父王の第三王妃が鬱になって父王を殺し、自ら命を絶った。
「今では『神の間引き』と称されている」
割りと短い神話のようだったが、途中に出てきた神が、前世の世界とは全く別物だと言うことだけがわかった。何より一人二人と数えられるのだがら、恐らく実在はしていて、姿を見せることもあるのだろう。
つまり、運命の女神マリフレシアは多分本物だと言える…けど。
「そう言えば…その妖精王族の身体には妖精王族特有の魔方陣の痕が残っているらしい。丁度、ジル殿の首筋の痕みたいなのだった」
「え?…あの、鏡ってあります?」
ほろ酔い気分なのか、気質かは知らないが、快く渡された鏡を見て驚いた。
「『痣』みたいだ…」
その呟きが聞こえたのかクレオドが首をかしげる。
「自分の身体なのに知らなかったのか?」
俺は苦笑する。
「鏡でまともに自分の姿を見たことがなくて…」
それと…。
「クレオド様、先程の話の中に出てくる神の話、詳しく聞かせてもらえませんか?」
この問いにクレオドはほんの少し決まり悪そうな顔をした。
「申し訳ない、私は神話の噛み砕かれた物語は好きだが極一般的な話しか知らないのだ。セシル様辺りに伺ってくれ」
「そうですか…わかりました、ありがとうございます」
俺はピシッと礼をする。
ゴォ~ン…ゴォ~ン…ゴォン~…。
昼間とはうってかわって重く、揺ったりとした鐘が鳴り響いた。どうやらこれが午後最後の鐘となるようだ。簡易腕時計を出して見れば、時刻は9時を示している。
クレオドがゆっくりと席を立つのが視界の端に写るのが見えた。
「そろそろヒルグランド王子の下に戻った方がよいな。出入り口まで送ろう」
そして俺にやんわりと急ぐように促した。帰りは最初クレオドの部屋に来たときと同じ方法で戻ったのだが、本当、吐きそうだった。生前でもあそこまで酷い絶叫系に乗ったことはないぞ。
「今日は本当にありがとうジル殿」
俺がふらふらしながらクレオドの手を離れると心底嬉しそうに彼は笑った。ちょっと吐き気がするが、まあ許すことにして俺も微笑み返す。
「こちらこそ、面白い話が聞けましたし有意義な時間を過ごせました。ありがとうございますクレオド様」
すると急にクレオドは恥ずかしそうにこめかみの辺りをポリポリとかいて口ごもりながら言った。
「その、また…私の部屋に、遊びに来てくれ、ないか?」
「え、ええ、もちろん(笑)」
「ほ、本当か!ありがとう!」
過剰に喜んでいる気がするが、まぁ良いだろう。俺は最後はしっかりとーーーほんの少しふらふらしながらだがーーー紳士らしく小さなお辞儀をした。妖精が紳士もなにも無いかもしれないが、礼儀は大事だ。
「それではおやすみなさいませ、クレオド様」
彼もまた、紳士らしく礼をする。
「ああ、ジル殿も」
短いが返事はもらったので、俺はヒルグランド王子の側近の領域をゆったりとした動きで立ち去った。
広間のような廊下のような場所に出て、何となく安心感を覚えた俺は、少しだけ辺りを観察する。
理由はもちろん魔道具の有無を確認するためだ。何となくジルバリオス王子の部屋があるところが気になるのだが…。
「…やっぱり」
無意識に呟き、ハッと辺りを見回した。誰もいないように見えて案外隠れてそうな気がする…ので、微々たるものだが魔力を放出した。イメージ通りに行くとは今日の経験からしてあまりないが、出来ないこともないので、自分の周りだけでも扱いやすい魔力で少し満たしておくことにした。
…そして。
俺よか弱いーーーまぁ恐らく王族より高い人はあまり少ないと思うがーーー、しかしヒルグランドに近いようで異質な魔力を廊下の隅の辺りに感じた。姿は見えないがそこに誰が、もしくは何かがあると思う。
しかし今は相手の目的が全くわからないーーー正確には確信が持てないーーーので、とりあえずこの魔力の質だけでも覚えておくことにした。魔力の色は灰色がかっている緑。
「…さて、戻るか」
相手に刺激を与えて万が一死んだらせっかく転生したのに意味がないからな。…いや、死ぬって本気で思うとマジで怖いし。
念のため放出した自分の魔力はそのままに俺はヒルグランド王子の部屋がある王子の領域へ入った。その瞬間誰かと目があったが、今は気にしないでおく。
…いや、だってそもそもあそこまで分かりやすく隠れられてもさあ、こっちとしてはどう声かけていいかわからないじゃん。相手としては隠れてるつもりなんだし、確実に追い詰められる切り札手に入れるまでは何もしないでおくのが得策だと思う。
と、言うわけでまだ少しふらふらしながらもヒルグランド王子の部屋を目指してきらびやかな廊下を進んでいく。
「お帰りなさいませ!ジル様!」
「ぅひゃあ!?」
扉の前で警備についているヒルグランド王子の護衛騎士に声をかけようと近付いた瞬間、バン!っと扉が開いたかと思えば、ロイドが泣きながら心底安堵したように飛び出してきた。
「ふえぇぇえジル様ぁぁあ」
軽くだがぎゅっと身体を捕まれてされるがままになりつつ俺は聞く。
「一体どうしたんですか?ロイド様」
「うぅ…王子が、ぐすっ、部屋に帰ってきて、ジル様が居ないことに落胆して、ひっく、さっきまで我慢なされてたんですが…」
そして半泣きのまま開きっぱなしの扉の先をみやる。釣られて俺も見ると…。
「やだ!ジルが戻ってくるまで寝ない!」
泣きじゃくりながらそう叫ぶ駄々っ子のヒルグランドがそこにいた。あやしているのは成人している側近の、ミサ、アリアンネ、ルースの三人だ。一人だけ男なのはヒルグランドに好かれているからだと言うが、今はそんなどうでもいいことを考えている余裕はなさそうだな。
ロイドが俺から手を離すと懇願するように胸の辺りに拳を作り、俺を上目遣いで見る。一つ…この人ナルシスト系の面倒なタイプではないかと言う疑念が頭を過ったが、とりあえず無視。
「失礼します、精霊ジル、ただいま戻りました」
俺の声が響いて王子を含めた四人がハッとこちらを振り返った。ミサ達があからさまに安堵しているのはあとでセシルに報告することにして、俺はヒルグランド王子に近付いた。
「ジル…」
「ランド王子」
ニコッと笑うと、ヒルグランドは泣きべそをかきながら怒った。
「遅い!もっと早く帰ってきてよ!」
仕方がなかったと言う言葉が通用するのはまだまだ先になりそうだな、と俺は困った顔をしつつも言う。
「ごめんね。あと…ただいま」
すると先ほどとはうってかわって満面の笑みを浮かべた。
「おかえり!」
「さて、ヒルグランド様。そろそろ就寝のお時間ですよ」
現在…前世で言うところの午後10時を少し過ぎた頃。俺はベッドに入っても一向に寝付けないヒルグランドに頼まれてお喋りをしていた。そこにセシルが音もなく現れて、声がでないくらい驚いたのだが…、
「えー…もうちょっとジルとお喋りしたい!」
不満そうな顔で口を尖らせるヒルグランド。セシルは呆れ混じりのため息を吐く。
「王子、明日からはまたお勉強の日々が始まるのですよ。剣のお稽古やこの国の歴史、自然の摂理や下町の者たちの生活も含めて、やることがたくさんあるのです。眠らなければ明日のお稽古やお勉強は身に付きませんよ」
ごもっとも。
「むぅ」
ランド王子は納得できてないね。仕方ない。
「ランド王子」
俺はニコッと笑って名を呼ぶ。ヒルグランドがこちらに視線を移した。
「ジル、どうかした?」
俺はなるべく優しく言った。
「眠らないなら僕もうランド王子って呼ばないよ?」
俺の中の最善策!秘技『O☆DO☆SI』!
案の定ヒルグランドはこの上ないほど青ざめた。うん、何だか可哀想だけど仕方ないよね。
「やだ!やだやだやだ!!!」
「じゃあ寝ようね」
「…うん、わかった」
よしっ!思わず心のなかでガッツポーズをすると、ヒルグランドが何か言いたげにこちらを見詰めている事に気付いて首をかしげた。
「どうしたの?」
ちょっと言いづらそうに口をパクパクさせてから俯いてボソボソと言う。
「寝る、から…ランドって呼ぶの、やめないで?」
俺にショタ好きなヤバい精神がなくて本当に良かった、と心のそこから安堵した。そう思うほどに今の行動はマジで可愛かった。いや、本当、これが前世だったら「狙ってる」とか「あざとい」とか嫌味すらも出るくらいの可愛さだよ。これがちびデブおっさんな未来にならないことを願うね。
「もちろん、約束を破らなければやめないよ」
ちょっと意地悪かもしれないが、こういうのは大事だ…と自分に言い聞かせながら言った。時にそういう小さな約束事が後の未来に大きく影響することも…なくはないと思うし!
「ではヒルグランド王子、おやすみなさいませ」
セシルのその声に周りの側近達がそっと天幕を下ろした。それを機に俺も自分の部屋に戻ることにする。
「セシル、私もそろそろ自室に戻りますね」
セシルはにっこりと笑った。
「はい、おやすみなさいませ」
その言葉に一礼して、昼間に作った自室へ続く魔方陣の上に乗った。淡い光が全身を包み込み、身体かふわりと浮いたような感覚にぎゅっと目を瞑る。
すぅ…。
光の淡い暖かさが消えたところでそっと目を開ければ、すでに俺の部屋だった。




