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レイコとバケオのとある夏  作者: 青井在子
第六話 送り火
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 長期休暇中でも教室が開放されているのを良いことに、私たちはほぼ毎日集まった。


最初は制作の話以外にどんな話題を振ればいいのかわからず気を揉んだものだが、彼女らとの関係の中には一つ、誤算があった。


それは私にとって喜ばしいものだった。


ある日その日の制作を終えて、夕食がてら飲みに行ったときのことだった。


「礼子ってときどきぼーっとしてるよね」


すっかり打ち解けた陶磁専攻の松田に言われた。


「確かに。ときどき何にも無いところを見てるって言うか……」


日本画専攻の丸井がそれに同意すると、背中を冷たい汗が伝うのを感じた。できるだけ態度に出さないようにはしていたつもりだったが、どうしても視界に幽霊の姿が入ると無意識に目で追ってしまうらしい。


「そ、そうかな……」

「最初はお化けでも見てるのかと思った」


グループ展の発案者の西尾が、生ビールを呷って笑った。私の少し後ろでバケオまでもがぎくりと肩を震わせた。何も言えずに黙っていると、次第に話は逸れていく。どうやら深い意味が込められた指摘では無かったらしい。これまでの経験から、私が過剰に反応してしまっただけなのだ。


「お化けとか非科学的なものって信じてる?」


西尾が続ける。丸井と松田は少しだけ考えたあと、二人ともうんと言って頷いた。


「礼子は?」

「私は……、うん、まあ一応」

「あたしもさ、信じる派なんだけど、テレビとかで出てくる心霊写真とかはなんか嘘くさいんだよね」

「あー、わかるわかる」

「でもそんなこと言ってると自分になんか起きそうで怖くない?」

「なんかってなに?」

「祟られるとか!」


松田のことばに二人が、祟られるってと言いながら笑った。私はただ三人のやりとりをぽかんと見守るだけだった。


「お化けって怖いことは怖いんだけど、いてほしいって部分もある」


西尾が枝豆を摘まんだ手をおしぼりで拭きながら言う。


「え、なんで?」

「あたし結構ちっちゃい頃におじいちゃん死んじゃって覚えてないわけ。でもお母さんとかおばあちゃんの話聞いてる限り、おじいちゃんってあたしのこと溺愛してくれてたっぽいんだよね。だからお化けになってでもあたしの傍に居てくれてたら心強いなーとか思うし、たまに心の中で話しかけちゃう」


なんてね、と言って微笑む西尾の顔を、思わずまじまじと見つめてしまった。こんな話をする人がいるとは思わなかった。それに他の二人もなるほどねーとしきりに頷いている。こんな話を恥ずかしげもなく口にし、それを馬鹿にしない人がいるなんて思ったことも無かった。それだけのことがただ嬉しくて、この世に未練の無い人は留まらずにすぐに成仏できるんだよなんて言ってしまいそうになった。


話題は少しずつ変化していき、今度は丸井が現人神は信じてないけど、付喪神はいると思うんだよね、などと言いだした。それに対して全員がそれぞれの考えを述べる。


同世代にこんな話ができる人がいるなんて。やはり芸術家を志す者は、どこか一般人とは異なった感性を持っているものなのだろうか。その特異さがとても心地よかった。彼女たちにならいつか、自分のことを打ち明けられるかもしれないとまで思った。


 そのせいかいつもよりも飲み過ぎて、帰り道は思わず鼻歌を歌ってしまいそうなほど上機嫌だった。


自転車を押して歩く私に、バケオが優しい眼差しを向けてくれていることには気が付いていながら、それが心地よくて何も言わずにいた。


会ったばかりのころは、高校生だし年下だし幼いしと思っていたけれど、彼が生きていれば私よりも三つ年上なわけだし、私を絶えず励ましてくれるところなんかは確かに大人っぽさがある。


そう考えるとどうしようもない気持ちになる。胸の辺りがきゅっと締め付けられるような、叫びたくなるような、それでいて快い感覚。


生きていれば二十三歳のはず。一般的な大学に通っていたならすでに卒業して社会人として働いているような年齢だ。顔立ちもはっきりしているしスーツも似合いそうだ。それに何より上司受けしそうな性格だし、きっと社会に出ても色んな人から愛されただろう。


でもそうしたらきっと、私はバケオに出会えなかっただろう。


へっくしゅん。手で口を覆うのが間に合わないほど急に大きなくしゃみが出て、バケオが笑った。


「笑わなくてもいいじゃん」

「いやー。今日のレイコちゃんは笑ったりるんるんで歩いたり思いっきりくしゃみしたり、楽しそうだなーと思って」

「なにそれ」


わかっていたけれど、やっぱりしっかり見られていたのだ。面と向かって輝くような笑顔で言われるとこっぱずかしい。


でもこうして自分のことを見守ってくれる人がいるっていうのはいい。それが幽霊だと言うところが、寂しいのだけれど。


「あーあ、バケオが生きててくれたらなあ」


そう口にしてすぐにしまったと思った。一気に酔いが醒め、血が引いて行くのを感じた。そんなこと私が一番言ってはいけないことだったのに、酔っ払っていたせいか、軽薄になっていた。


何も返事がないことが怖くなり、恐る恐るバケオのほうを振りかえる。目が合うと、困ったように笑われた。


「……ごめん」


私が言わなくてはいけないことなのに。首を横に振った。


「俺も生きてたかった。生きて、レイコちゃんに会いたかったな」


幽霊にも涙はある。大型犬のような大きな目が濡れて、日に焼けた頬を伝って落ちた。


「バケオ……」


思わず自転車のハンドルから両手を放していた。音を立ててアスファルトに倒れる。もしかしたらかごぐらい凹んだかもしれない。


それでも泣きながらも笑みを絶やさないバケオに、手を伸ばさずにはいられなかった。触れられないことなどもう充分過ぎるほど分かっていると言うのに、涙を拭ってあげたくなった。できることならその背に両腕を回したかった。


そう思ってしまったことに、愕然とした。


誰もいない田舎町の夜道で、倒れた自転車と空に手を伸ばす一人の若い女。私たち以外にはそうとしか見えないのだ。


もしもバケオが、優希が生きていたなら。生きている優希に出会えていたなら、私は同じ感情を抱いていただろうか。涙を拭ってあげられたのだろうか。抱きしめられたのだろうか。それ以上の未来があったのだろうか。


だけど優希が生きていたなら、私はきっと心臓を病んで死んでいた。


手に入るわけがないとわかっていながらも、仮定をやめられなかった。



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