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「レイコちゃんって何か夏らしいことしたっけ?」
気が付けばもう九月。近頃は日が暮れるとコオロギの鳴き声がするようになった。
グループ展の会場も無事抑え、開催日も確定し、ひたすら作品に向かうことが多くなっていた。昨夜も家に持ち帰って遅くまで作業をしていたせいで、今日は大学に行かないことを良いことに布団の中でだいぶゆっくりしてしまった。時間が遅れたことに対する非難を浴びながらきいろに餌を与えていると、藪から棒にバケオに指摘されたのだった。
「夏らしいことって例えば?」
「海とかプールとか行ったりスイカ食べたりキャンプしたりとか」
「してないけど?」
私がそんなことをしていないのは、いつも近くで見ているバケオが一番わかっているはずなのだが。
「したいと思わないの?」
「えー……。別に海は眺めるのは好きだけど泳げないし、スイカも無ければ無いで困らないし、キャンプはそもそも一緒にやるような人がいないしね」
「もったいなくない?」
「なにが?」
「夏が」
「そんなこと思ったこと無いけど」
そんなに世の中の人は、夏になると夏しかできないことを必死でやるものなのだろうか。生まれてこのかた、夏らしいことと言えば祖母が健在だったころに盆踊りに出かけたことぐらいしかない。町の小さな縁日だったけれど、屋台が並んでいて最終日には花火も上がっていたっけ。でもそのお祭りも確か毎年七月の暮れに開催していた気がする。今更思い出しても、今年はもう遅いと言うわけだ。
「もう秋だし、夏っぽいことなんて今更できないよ」
私のことばにバケオは少し考えたあと、あっと声を上げた。
「アイスを食べて花火をしよう!」
「アイス?」
「前に一緒に買ったやつ、まだあるでしょ?」
そう言われて初めて思い出した。そういえばバケオと出会ったばかりの頃、大学の帰りに寄ったスーパーで半額になったアイスを買った覚えがある。普段アイスなんて食べないせいか、冷凍庫に入れてそのまま存在を忘れていた。
「でも花火は? もう季節的に無いんじゃないの?」
「やー、ぎりぎりあるっしょ! たぶん安くなってるはず!」
「と言うか花火ってそもそもどこで売ってるの?」
「えっ」
バケオは目を丸くした。そんなことを尋ねられるとは思っていなかったようだ。
「スーパーとかコンビニで普通に売ってるんだけど……」
なんだか悔しくて、知らなかったとは言えなかった。
「てことで、買いに行こう!」
「えー。暑いよ」
九月と言えど、昼間の気温はまだまだ高い。この気温の中を自転車で走ると、どうしても汗をかくのだ。それが煩わしい。そんな私に対してバケオは何を言っているんだと言わんばかりの表情だ。そりゃあ炎天下の屋外で練習をする野球部にとったらこれくらいの暑さはどうってことないのかもしれないけれど。
「さっ、レイコちゃん着替えて! 行くよ!」
結局輝く眼差しの訴えに根負けして、重い腰を上げることになった。
まさにバケオの言うとおりだった。
いつものスーパーに行くと、レジの脇に十五パーセント引きのシールが貼られた花火セットが並んでいた。夏の間もこの店を利用していたはずなのに、全く目に付かなかったのだから不思議だ。
二人でやるとは言っても、実際に花火を持てるのは私一人だけなのだから、本数の少ないセットを一つ選び、ついでに日用品も購入した。
買い物袋を前かごに載せて、バケオと並んでゆっくり歩いた。いつもなら私は自転車に乗るのだが、なんとなく今日はそうしたい気分だった。
「花火楽しみだね」
バケオが笑う。その表情こそがまるで夜空に咲く打ち上げ花火のようだと思った。夜の闇のように暗く閉ざされていた私の世界を、色鮮やかに照らし出した。勢いよく昇り、闇を染めて、そして儚く散ってゆく。そんな花火を思い描いて、切なくなった。
ふと見上げた空は、まるで絵具を溶いたみたいに真っ青だった。気温は未だ高くても、空は一足先に秋を迎えている。
夏が終わってしまう。春先にバケオと出会ってから、色んなことがあった。波乱はあったけれど、充実した季節が終わってしまう。胸の奥がきゅっと締め付けられた。一つの季節が過ぎ去ることを、こんなにも名残惜しく感じるのは初めてのことだった。
澄んだ青い空と、白い雲。町を囲む山々。アスファルトに伸びる影。真夏より優しくなった陽射し。自転車のタイヤが回る音。そして隣にいるバケオ。並んで歩く二人。
この光景を誰かに写真に残してほしかった。
バケオの姿も含めて、私たち二人の姿を残しておきたい。忘れたくないと思った。
「ロケット花火もやりたかったなー」
バケオが笑えば笑うほど、なんだか泣きたいような気持ちになるから嫌だ。




