18
「まだ間に合います」
夏実さんが振り返って首を傾げる。
「美雪さんはまだここにいます」
美雪さんが、夏実さんの正面に立つ。そして気遣わしげに顔を除きこんだり、肩を擦ったりしている。
「夏実さんにはもう美雪さんの姿が見えなくても、声が聞こえなくても、美雪さんには夏実さんの姿が視えるし声も聞こえます。だから今なら、まだ」
「でも……」
「ほら、手を出して」
促すと夏実さんは躊躇いながらも握手を差し出した。美雪さんは迷うことなくその手を握る。
「その手のさきにいますよ」
握られた感触の無い指先をぎこちなく動かすと、その双眸からは大粒の涙が零れた。
「お母さぁん……」
美雪さんは空いている手で娘の頭をよしよし、と撫でた。
その姿を見て、いくつになっても母にとって娘は娘で、娘にとって母は母なのだと感じた。
「ごめんね、いろいろ……」
泣きながら謝る娘に、美雪さんはただ静かに首を横に振った。
「ありがとう……。あたし、お母さんの娘でよかったぁ」
美雪さんは何度も頷く。
「私もあなたの母になれてよかった」
微笑むように細められた目から一筋の輝く雫が流れて、地面に落ちるころ、美雪さんの姿はどこにもなくなっていた。
バケオがことばにならない声を漏らした。
「……行ったみたい」
夏実さんは両目を抑えて、何度も首を縦に振った。声が震えそうでそれ以上は何も言えなくなる。
「レイコちゃん……?」
瞬きをしたら溢れてしまいそうだ。どうして、私が。
「行こう、バケオ」
自転車のスタンドを上げる私を、待ってと言う声が呼び止める。
「あんたも、ありがと」
唇を噛んだ。だって私は幽霊になんて、それに関わる人になんて、深入りしたくないのに。
「美雪さんが、あなたの母になれて良かったって言ってましたよ」
反応を待たずに自転車を漕ぎだす。待ってというバケオの声と気配だけが私を追いかけていた。




