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レイコとバケオのとある夏  作者: 青井在子
第二話 母と娘
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「まだ間に合います」


夏実さんが振り返って首を傾げる。


「美雪さんはまだここにいます」


美雪さんが、夏実さんの正面に立つ。そして気遣わしげに顔を除きこんだり、肩を擦ったりしている。


「夏実さんにはもう美雪さんの姿が見えなくても、声が聞こえなくても、美雪さんには夏実さんの姿が視えるし声も聞こえます。だから今なら、まだ」

「でも……」

「ほら、手を出して」


促すと夏実さんは躊躇いながらも握手を差し出した。美雪さんは迷うことなくその手を握る。


「その手のさきにいますよ」


握られた感触の無い指先をぎこちなく動かすと、その双眸からは大粒の涙が零れた。


「お母さぁん……」


美雪さんは空いている手で娘の頭をよしよし、と撫でた。

その姿を見て、いくつになっても母にとって娘は娘で、娘にとって母は母なのだと感じた。


「ごめんね、いろいろ……」


泣きながら謝る娘に、美雪さんはただ静かに首を横に振った。


「ありがとう……。あたし、お母さんの娘でよかったぁ」


美雪さんは何度も頷く。


「私もあなたの母になれてよかった」


微笑むように細められた目から一筋の輝く雫が流れて、地面に落ちるころ、美雪さんの姿はどこにもなくなっていた。

バケオがことばにならない声を漏らした。


「……行ったみたい」


夏実さんは両目を抑えて、何度も首を縦に振った。声が震えそうでそれ以上は何も言えなくなる。


「レイコちゃん……?」


瞬きをしたら溢れてしまいそうだ。どうして、私が。


「行こう、バケオ」


自転車のスタンドを上げる私を、待ってと言う声が呼び止める。


「あんたも、ありがと」


唇を噛んだ。だって私は幽霊になんて、それに関わる人になんて、深入りしたくないのに。


「美雪さんが、あなたの母になれて良かったって言ってましたよ」


反応を待たずに自転車を漕ぎだす。待ってというバケオの声と気配だけが私を追いかけていた。


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