19
あれは真夏にしては涼しい朝のことだった。私は学校が長期の休みに入るたびに祖母の元に預けられていた。あの年も例にもれず、そうだった。小学五年生の八月のとある朝、食事をしていたときだった。
祖母の家の黒電話が鳴った。
私は何故だか祖母が受話器を取る前から、それは私にとって望ましくない報せだということを感づいていた。
電話口で祖母が声を潜めてはい、はいと短い返事を繰り返している。
「おでかけするよ、急いで支度をして」
受話器を置くと、祖母は落ち着いた声でそれだけ告げた。顔を洗って着替えを済ませ、いつも持ち歩いていたリュックサックにハンカチ、はなかみ、小銭入れを入れた。
祖母が呼んだタクシーに乗って、駅まで向かった。
「どこに行くの?」
そう尋ねたのはプラットホームで電車を待っていたときだった。
「礼子ちゃんのお家の近くよ」
「ふーん」
祖母が何も教えてくれないことが、余計に居心地を悪くさせた。私が暮らしていた街に近づけば近づくほど、緑は無くなり気温は上昇する。
辿り着いたのは警察署だった。入口を通る前になってやっと、祖母がしゃがんで私の両腕を掴んだ。
「お母さんが、死んだかもしれないって。本人かどうか確認してほしいと言われたの」
祖母が言うお母さんと言うのは、彼女の母親ではなく、私の母のことだ。
私の中で声にならない声を上げていた悪い予感は、これを告げていたのだ。
死んだ人とはそれまでにたくさん関わってきたというのに、不思議と死ぬということの意味がわからなかった。
「そっか」
泣けなかった。
母の死を告げられたときも。遺体安置室で実際に亡骸を見たときも。葬式のときも。
今思えば祖母に悪いことをした。泣いておけばよかった。
「ずるいよ」
それが最期に母に掛けたことばだった。棺に眠る母の上に白い花を乗せて、呟いた。
白い小さな骨になっても、墓が建てられても、いつになっても母は姿を現さなかった。
だから夏は嫌い。いつまでたっても思い出す人がいるから。
「本当に、ずるい……」
娘の特異な世界に向き合おうとしないで、否定するだけして、自分だけ逃げるなんて。親子という切っても切れない縁で結びつけておいて、私を罵倒するだけだった母。
私はきっと、彼女が自ら死を選んだことをこの先もずっと許せないだろう。




