エピローグ
『今日午後二時頃、望月財閥の望月家がクリスマスパーティを開いていた所、《カラシニコフ》という武装組織に襲撃され、二時間監禁されました。ですが午後四時頃、勇敢な方々の手により、彼らは武装解除、そしてそのまま外で構えていた警察に投降したようです。怪我人は死亡者一名、重傷者一名、軽傷の者が二名とのことです。この事件で望月財閥の当主、望月孝一郎さんは腹部に創傷があり、現在病院にて治療中という報告が入っております。また、今回事件解決への立役者、レターと名乗る男は行方不明ですが、そして望月孝一郎さんのご子息である梓さん、そしてご学友に警察から特別な褒章を授けると発表がなされております』
「お兄ちゃん、これ上げるね!」
「ありがとう。じゃあはい。お返しにこれ」
ターキーとチキンを交換すると、それだけで嬉しそうな表情をする澪。
「いつもありがとう、澪。こんな美味しい料理を作ってくれて」
「私が好きでやっているんだから! お礼を言われるようなことじゃないよ?」
「でもさ、僕は作ってくれると純粋にうれしいから、お礼を言いたいんだ」
「……うん! ありがとね、お兄ちゃん!」
元気に笑う澪に、僕も自然と顔が緩む。
それにしても、確かに梓さんの家で食べた料理も美味しかったけど、
「やっぱり澪が作る手作り料理が一番美味しいや」
「も、もーお兄ちゃんったら! 口がうまいなぁ!」
「いや、本心だけど」
やっぱり家は落ち着く。
ぬくぬくと暖房器具で暖まった部屋で食べるクリスマス料理。その一つひとつが澪の手作りで、僕のことを考えられて作られている。
こんなに出来た妹はそうそういないだろうね。
「はい、あーん」
スープをスプーンで掬い、澪の口元に持っていく。
「え? ええ!? ……いいの?」
「いや、ダメならもったいないから僕が飲むけど」
「…………あー……ん」
パクリ。
少し紅潮させた頬が、すぐに色を戻して幸せそうな表情へと変化していく。
「僕は澪がいて、こうして料理を作ってくれて、そうしていつも元気で幸せそうな表情をしてくれたら満足だよ。……あんな豪勢な料理を目の前に出されても、詳しく料理を評価することが出来るわけでもないし、澪の家庭的な料理のほうが僕は好きだ」
「……もう」
澪は褒めると元気になる。
でも、褒めすぎるとちょっとむくれて、幸せそうで、どこか嬉しそうな表情をする。
やっぱり、僕の可愛い妹分だ。
可愛いという表現がこれであっているなら、僕は胸を張ってそう言える。
ニコリと微笑んでパクリとお肉を食べ――
『梓さんのご学友の一人がレターと呼ばれていた人に何か渡していたようですが、一体何を渡されていたのですか?』
『え? え、えと、そのあれ、マフラーですん!』
『マフラーですか?』
『ひぁい! 黒色のマフラーが似合うかな、なんて、思ったから、でしゅぅ!』
『そうなのですか。では、貴女が受け取った物は何ですか?』
『そ、それは……桜がついた、ボールペンです』
『なるほど。なにやら甘い空気に毒されそうになりました……チッ、リア充め……ではなく、なにやら恋の予感を感じさせられる現場からの中継でした!』
「………………その」
「…………どうしたの、お兄ちゃん? 私、別になにも怒ってないよ?」
「だったら……なんでその、視線がソファに向いているのかな?」
「いっやー? べっつにー? なんでもないよー、レターさん?」
え、ええ……。
なんで急に不機嫌になったのか、分からない。
「さっき、望月梓さんの家で何があったかは教えたよね?」
「うん、レターさんのくだりまではきっちり聞いたよ。でも……」
やっぱり視線はソファに向いている。
ちらりと視線をソファに向けると、家に帰ってきた時に外した黒いマフラーが置いてある。
「……あれ、貰い物だったんだね」
「まあ、そうだね」
「しかも、手編みだよね?」
「……そう、だね」
「……お兄ちゃん、手編みのマフラーがほしいなんて、一言も言ってなかった……」
ああ、なるほど。
さっきまでの威勢はどこへいったのか、澪は下を向いている。
ポンと澪の頭に手を置いて優しく撫でながら微笑む。そして空いている手でポケットに入れておいた袋を取り出した。
「はい、クリスマスプレゼント」
無意識か、澪の小さく開かれた手に置くと、黙ったまま何回も僕を見て来る。
一回頷くと、ゆっくりと包装をといて中をのぞき込むと、顔を輝かせた。
「お兄ちゃん、これ……」
「猫の手袋。澪に似合うと思ってさ」
「うん……うん……ありがとう、お兄ちゃん!」
「喜んでもらえて何より、だよ」
そっと澪からリモコンを奪――えなかった。
その前にガシリと掴まれたまま泣き笑いを浮かべたから。
さすが……僕の妹分……。
「お兄ちゃん! 私も来年はマフラー送るね!」
「た、楽しみにしてるよ……」
「妹として、負けられない……!」
何かに燃える澪に、内心ため息をつきつつ空いている手でまた料理を一口食べた。
「それにしても、未だに信じられないよー」
手袋を丁重閉まって汁物とかがつかないように棚の中へしまい込むと、澪がそう口にした。
「……僕が事件に巻き込まれたことが?」
「ううん。そうじゃなくて、えっと梓先輩、だっけ? その人がジョーカー殺しだなんて」
「大富豪でいう『スペードの3』、だよ」
「そうそれ! なんで『スペ3』だってわかったの?」
それは、ね。
「東雲さんが捕らえられたら、梓さんがキレてトドメをさしに行くことは火を見るより明らかだったから」
いわゆる、テンプレ。
お茶を一口飲むと、ごちる。
「結局、僕はそのためのルートを作っただけ」
「そうだね!」
元気に相槌をすると、無邪気に笑いかけてきた。
「お兄ちゃんは平穏な日常と無駄な浪費を避けるための浪費。この二つが好きだもんね!」
「うん」
面倒事は嫌いだ。
それに、思い通りに物事は進まない。
だからそうなるように振るまい、操作出来るところは操作する。
そして、こうやって暖かい部屋で妹分と一緒にクリスマス・イブを過ごす。
そんな平和で、非日常が起こるような世界とは無縁に生きる。
「来年も、またこうして平和にこの日を迎えたいね」
「そうだね」
そっと離された手が、今度は僕の手に重ねられる。
「また、来年も一緒に過ごそうね、お兄ちゃん」
二人で過ごすクリスマスイブ。
義理だけど、兄妹水入らずで過ごす日々。
こんな僕らにサンタさん入らない。
ほしいのは、この時間がいつまでも続く。
そんな未来だ。
最後までお読みいただきありがとうございます。
おさらい:本編開始よりも半年以上前の、ちょっとした願い。