第三話 サプライズ
「ハーハッハッハ!! ちょれぇちょれぇ! なんでこんなにもちょれぇんだ、望月財閥さんよぉ!」
「クッ……なぜ、なぜ警備隊が動いて無いんだ……!」
「ハハッ! おめえらが頼んだ警備会社は俺らの管轄なんだよ! 樫井警備会社はなぁ!」
「なっ……! いや、それはいい! その肩ある紋章……ま、まさかお前ら、《カラシニコフ》なのか……? 最近起きている重鎮を殺して回る組織……」
「おーおー! 天下の望月孝一郎に覚えられているとはな!」
へー。
結構テンプレ的な会話してるなぁ。
こういうのって漫画とかアニメとか、そんなところだけかと思ってた。
「うん、それにしてもこの豚の角煮美味しい」
「このとんかつもなかなかいけるわよ」
「じゃあ、はい交換」
「ありがとう、文君」
パクパクと食べながら外の様子を窺う。
「咄嗟に食べ物をたくさんとってテーブルクロスの下に隠れたのは良いけど、まさかバレていないとはね」
「あの武装集団、案外馬鹿なのかしら……?」
「疑問形じゃなくて馬鹿だよ」
ここに突入して取り押さえるまでの手際は良かった。それはもう惚れ惚れするほど。
でも、あっちはあっちで緊張しているからか、僕らに気づく様子がなく全員取り押さえたと勘違いしたんだから。
テーブルクロスの下も確認しようよ。
「はぁ……」
思わずため息をこぼすと、梓さんが半眼でこっちを睨んできた。
「私がため息を零したいぐらいよ」
「まあ、クリスマスパーティに本当にサンタさんがやってきたんだから、ため息を突きたくなるのもわかるよ」
「あれはサンタというより、サタンよ……」
言い得て妙だね。
「さて、と」
今度は七面鳥に手をつける。トルコとかインドとかに行くと面白い名前になるんだっけ?
まあなんでもいいや。
ぱくりと食べる。うん、美味しい。
「さて、この現状をどうにかしないとね」
「そうね……って文君? なんで携帯触ってるの?」
「え? そりゃだって、こうなったら遅くなるのが確実だからさ。自称妹に連絡しておかないと、涙目で怒られる羽目になるんだよ」
「……多分、こんな緊迫する事件に巻き込まれたら、確実に泣かれるわよ」
「いや、まあ、うん。そうだね」
死にかけなければ大丈夫だとは思うけど。
っと、もう返信が来た。
『何となくそう思ったから、まだ作ってないよ! 終わったら教えてね!』
……ええ。
予感があったなら教えてくれても良かったのに。
なんとも言えないから変な顔をしていると、梓さんにスマフォを奪われた。
「…………ねえ、あんたの妹って、エスパーなの?」
「いや……僕のことをよく理解しているだけだよ……」
「……文君って……」
「聞かないで」
ピシャリと言葉を遮ってスマフォを取り返す。
……ん?
もう一通きた。
『お兄ちゃん、早く返ってこないと、添い寝しちゃうからね!』
「よし、はやくこの事件を終わらそう」
「え、どうしたのよ急に」
「僕の貞操のためだよ」
さあ、まずは回りの状況を――
「望月梓ぁ! 出てこいやぁ!!」
「「…………ん?」」
えっと。
どういうこと?
「じゃねえと、おめえらの家族、一人ずつ殺していくぞ。まずはそうだな……弟からってのはどうだ?」
やっぱり、呼ばれてるね。
「梓さん、呼ばれてますよ?」
「知らないわよ……! え? なに、もしかして私狙いだったのかしら?」
「そうかもね」
それなら尚更テーブルクロスの下を覗きこんで探す素振りでも見せれば良いのに。
やっぱり馬鹿だ。
「まあいいいや。それより、作戦立てよっか」
「文君はなんでそんな冷静なのよ……」
「……いや、さ」
これはそう思っただけなんだけど、と前置きをして口を開いた。
「さっきのケーキの話、覚えてる?」
「え、ええ……」
「この話も同じだよ」
「どういう、ことよ?」
「ここで梓さんが出て行けば、弟は助かるけど、梓さんは陵辱なり殺されるなり、とにかく何かされる。けど、出なかったら弟は死に、親も死ぬ。でも――」
「見えない選択肢次第で、私は生き残れる」
「そうだね。ああ、そうだ。梓さんが何かしら行動を起こさなかったら東雲さん達にも危険が及ぶから」
「っ! ……でも、私には選択肢が……」
「あるでしょ?」
梓さんは気づいていないだけだ。
ここに、使える人があることに。
僕は道具だ。
道具だから、進言はしない。梓さんがどうするか決めて、僕はそれに従うのみ。
「選択肢は、三つ。でてなにかされるか、ここで縮こまるか……」
――僕を利用して、全員を騙すか。
「どれにする?」
最後の選択肢はあえて言わずに、そう問い掛ける。
「私は――」
伏せていた顔をゆっくりと上げる。
まだ外では梓さんを求める荒い声が響き渡っている。
段々怒号に変わりつつある中。
梓さんは一つの計画を口にした。
◆
「私はここよ!」
そう言って梓さんはテーブルクロスから出ていった。
それと同時に僕も外へ出る。うん、予想通り全員の注目が梓さんに向かっているから、僕の存在に気付いていない。
「オーオーオー! おめえが望月梓、望月財閥の長女か」
「違うわ!」
「あ、さーせん……って、あっとるわ! ほら、この写真をみろ!」
「遠くて見えないわ!」
「そりゃ、そんだけ遠けりゃ見えんわー。こりゃ、一本とられたな、なんつって。……じゃねえよ! おい、モンブA、モンブB、こっちに来い」
モブのことかな?
まあ今のうちに、一番目立たないところに居たモンブを素早く気絶させる。
動脈か静脈、どっちかの首を締めると気絶するんだよね。アニメとかだと『後ろだ』とか言って正確に突いて気絶させるんだから。
……さて。
そろそろ梓さんが拳銃を出す頃かな。
「動くな!」
さっき言ってたホルスター、無いことが嘘だったなんて……今度から望月さんって呼ぼうかな? ……いや、それこそ撃たれるからやめておこう。
えっと、今モンブを一人倒したからあとリーダー合わせて六人か。
やっかいだ。
とりあえずこの人の装備を剥いで上から着替えると、モンブを端っこに寝かせる。
「私に近づかないで! 撃つわよ!」
「ほー。モンブAB、止まって後ろに下がれ」
しぶしぶと言った様子で後ろにモンブを後ろに下げた時、野太い声が会場中に響き渡った。
「おお! 梓ちゅわーん!」
ブタオさんだ。
顔も体型も声も、僕の中では全部アウトな部類に入った。
「……おい、誰が喋っていいって言った、このクソ豚が」
あ、引きずり出されてボコボコにされ始めた。
まあ、いいか。
それより、今度は僕の番だ。
「お前、今喋っただろ?」
声を低くして小声で、さっき奪った銃を――桜さんに向けた。
「ひぅ……」
ごめんね、桜さん。
脅かすつもりはあったんだ。
「お、おまえ……」
隣に居た翔と銀河が鋭く睨んでくる。そっちにも銃口を向けるとすぐに怯んだ。
ああもう、そんな中途半端に威嚇してこないでよ。僕じゃなかったら撃ってた。……多分。
それでええっと……なんだっけ?
……ああ、そうだ。声を低くして……
「ちーっとばかし、こっち来てくれや。なあに、ちょっと遊ぶだけだよ」
三人の肩がブルリと震える。
梓さんは梓さんで一生懸命間を作ろうと僕にわざとらしく視線を送って悔しそうな表情を作っている。
軽く左腕を叩くと、更に声を上げた。
「親方ぁ! ちょっと俺、暇になっちまったからこいつらで遊んでくらぁ!」
「そうかそうか。俺は寛大だからなぁ、行って来いモンブD!」
「あんがとよ! さあ、立ててめえら!」
銃口を突きつけて脅し、立たせる。桜さんはもう鼻をすすり始めてる。恐怖体験って言えば恐怖体験だから、仕方ないといえば仕方ない。今それをさせているのは僕だけど。
「さ、早く出ろよ」
面倒だから。
そう思いながら外へ置いだす。
パタン、と扉を閉める。と同時に被っていたマスクを取っ払った。
「はい、演技お疲れ様でした」
「へ?」
「なっ!」
「にゃ……」
翔と銀河が変な声を出したのはわかる。でも桜さん、「にゃ……」ってなに?
ものすごく知りたい。
……いや、今はそんなことどうでもいい。
すでに澪ともともと約束していた時間から三十分も過ぎている。早く帰るためには、
「あと五人、か」
「え? あ、あの暗城くん、だよね……?」
「そうだけど?」
「お、おめえなんでそんな恰好……」
「奪ったから。まあ、そんなことはどうでもいいんだ」
「いや、よくねえよ。文、お前なんで俺らだけこんなとこに……」
「梓さんがそう望んだから」
短く答えていく。
というより、返事は最適解を簡単に、だ。
それより今目の前にあるAK-47のほうのロックを解除して……――
「暗城くん……」
服の端に違和感を覚えたからそっちをみると、桜さんが不安そうに僕を上目遣いで覗いてきていた。
不覚にもどきりときてしまった。
「暗城くん……その、ね」
……なんだろう。
とりあえず銃口は足元に向けてそちらに姿勢を変える。若干距離が近い。微妙な立ち位置にいるぐらいなら離れてほしいな。
桜さんがそわそわと何回も僕を見て来る。
「用事があるなら早く言って欲しいんだけど。時間を引き伸ばすだけ、梓さんに危険度が上がっていくんだから」
「うん……うん! わかった!」
決意を決めた顔で真剣味を帯びた表情で、ゆっくりと口が開かれた。
「――暗城くん、口元になにかついてるよ」
「…………ああうん。ありがとう」
多分、さっき食べてた七面鳥のタレだね。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:桜さんを脅かすつもりはあったらしい。