第二話 クリスマス・パーティ
揺らめく蝋燭の短い灯火。
そのゆらめきはとても儚くて、あっけない。
そう、それは目の前で起こる事象も同じことがいえる。
目の前で吸い込まれるように食べられていく肉。そのブラックホールの主は、銀河だ。まさに宇宙だよ……。
僕が食べようとする食べ物をひょいひょい奪っては食べていく。
しかも、僕から奪って食べた後に毎回僕を睨み、桜さんをみる。まるで桜さんは俺のものだ、って言うかのように。
ちょっとは考えようよ。
桜さんがそんなこと気にするわけがないじゃん。それに、桜さんは銀河のことなんてまったく眼中にないよ。桜さんは桜さんで僕の食べようとしている食べ物を持っていっては食べていくんだから。
まあつまり。
僕の目の前にはブラックホールが二つあると思えば諦めもつく。
はぁ、と溜息をついてあたりを見渡してみる。
結構広いホールに、立食バイキング形式で物事が進行しているようだ。その“物事”を理解していないからただ食べるだけになってるけど。
まあ、他の幼馴染ズはなんの集まりか……いや、桜さんが知っている可能性は少ないか。
…………ていうかさ。
「東雲さん、なんで僕を誘ったのさ?」
「ふぇ? ふぁ! ふぉふぇふぁふふぃ――」
「喋るか食べるか銀河にキスするかどれかに――」
「しゃべる! 喋ります!!」
……うわお。
銀河への拒絶ようがひどすぎる。ほら、銀河がさめざめと泣き始め……なかった。僕を視線で殺せないかチャレンジしてるよ……。
「あの、あのね! この後にあるプレジデント交換で渡したい物があるの!」
「……へえ」
プレジデント交換。大統領でも交換するのかな?
「な、なあ桜。お、俺にはねえのか?」
「うん! ないよ!」
それ、笑顔でいうことじゃないから。
でも、プレジデント交換、もといプレゼント交換用の物、なにも持ってないなぁ。
鞄も女中の人に渡しちゃったし。
まあ、何とかなるか。
「わかった。でも、銀河にも何かあげたら? 僕だけ貰うのもなんだか気が引けるし」
嘘だけど。
でも、こう言わないと僕に死亡フラグが立つだけだから。
桜さんも「うーん、うなーん、かゆ、うま……」って唸り? 始めたかと思ったら、ポンと手を打ってなぜかフォークでお肉を刺した。
「はい、銀河。あーん」
「え? あ、おっふぉう!」
がんばれ、銀河。
ゆっくりと運ばれるフォーク。そして、そのまま口に――
「あ、これ私のフォークだった」
ガチンッ!
勢い良く閉まった歯と歯。ものすごい顎の力だね、銀河……。
「さ、桜……おめえ……」
「ごめんね、銀河! ただフォークを間違えちゃっただけだからね!」
「お、おう」
銀河、どんまい。
桜さん、所謂間接キスで舞い上がってただろう銀河に対して、物凄く酷な拒絶の仕方だったよ。
まあでも、その後ちゃんと「あーん」がされてよかったね、銀河。
それを見計らってその場から脱出。適当なテーブルに移動しようとした時、ドレスで着飾った女性に囲まれた翔と目があった。
『たすけてくれ、ふみ!』
口をパクパクしていたから読心術で読み取ると、そう言っていた。
なるほど。
フリかな。
じゃあね、と口パクで伝えて笑うと、なんか翔が絶望的な表情をした。それもフリかな。
「さて、と」
適当なテーブルにつくと、目の前にパウンドケーキがあったからそれを小皿にとって食べる。
うん、美味しい。
「楽しんでいるかしら、文君」
「ああ、うん」
適当に返事をして食べるのを再開する。こっちのレアチーズケーキも――
「文君って、立食の意味勘違いしてるでしょ……」
あ、この声って梓さんか。
「立食はさ、皆が褒め合いをしていて料理が冷えるから、その間に僕が食べて料理人を満足させるもの、であってるでしょ?」
振り向きながらそう答えると、なんだか頭に手を当てていた。
「なんで文君と桜が同じ解答なのよ……」
「立食は食事をしながら歓談をする素晴らしい場です、はい」
「……あんた、どんだけ桜と同類の部類に振り分けられたくないのよ……」
「そんな、僕は最善の答えを言葉にしただけで……」
なに、その疑惑の目は。
僕の解答は完璧なはずだ。
暫く視線を重ねあわせていたら、梓さんが目を伏せてふぅ、と息を吐いた。
「まあいいわ。それより、文君」
一歩僕に詰め寄ると、さっき着替えたばかりの燕尾服の襟元を掴んで思いっきり引っ張ってきた。
「私のこのドレス、どうかしら?」
「黒を基調としていて、華やかなじゃないところが梓さんらしくて面白いよ」
「面白いって……そんな感想初めてもらったわ……」
ゆっくりと離されながらがため息をつかれる。
いや、まあ本当にそうなんだから。
梓さんは言うなれば感覚がボスの右腕、みたいな感じだからね。どこぞの姫の騎士とか、スパイとか、そんな感じがする。
しかも、今日のドレスは華やかなじゃないことが逆に衆人環視の目を引いているし。
さっきも顔がものすごく接近したから、回りから見たらキスをしたようにも見えたかもね。
まあ、僕は別にいい。
実際はしていないのだから。
……うーん。
それにしてもスパイか……。
「ねえ、梓さん。太ももあたりに銃のホルダーとかつけてる?」
「……なんでわかったのよ」
「……つけてるんだ……」
思わず後ずさって距離を取ると、珍しくいつもクールな梓さんがあわあわと手を忙しなく動かして必死に口を開いた。
「な、なによ。嘘に決まってるでしょ! なんでそんなに引くのよ!」
「え? いやまあ、なんででしょう、望月さん」
「急に苗字で呼ばないで。それに……」
回りを見渡したかと思うと、僕に接近して今度は僕の耳に口を近づける。
「ここでは、私は『梓』と呼んでもらわないと、気が狂ってしまうわ」
「……やっぱり、家族仲は悪いんだ?」
「……本当は、こんなパーティにも出たくないのよ」
僕からゆっくり離れると、悲しそうに微笑んで、ある一点をみた。
そっち見たほうが良いのかな?
見たほうがよいのか。
とりあえずそっちを見ると、少し老けた男性と女性。それに梓さんよりも若干若い人がいた。
どことなく梓さんに雰囲気が似て……いないな。なんていうか、梓さんに傲慢を足した感じで、嫌な感じがするし。
「……まあ、あんたが今言ったとおり、傲慢な人よ」
「あ、口に出てたか。……でも、ということはあれってご両親と弟?」
「そうよ」
短くそう答えてなんでもないように振る舞ってるけど、ものすごく軽蔑しているのが分かった。
「いまあの人たちが対応している人は、政治家でも結構権力を持っているお偉いさんなの」
「民主主義なのに権力を持ってるって、お笑いものだね」
「そうね……。でも、実際そうなのだから」
あ、そうだ。
お肉食べないと。
小皿に適当に入れると、またパクパクと食べ始める。それにため息を吐きながらも梓さんは語りを続けてくれた。
「私の父さんと母さん、それにあの弟はそういう人と関わりを持っておきたいらしいわ」
「へぇ。僕だったらそういう人の悪行を調べて警察に持って行ってヒーローっぽいものにでもなるけど」
「……話、続けるわよ?」
「どうぞ」
別に語ってくれるんだったら聞くからね。
「それでね、あのお偉いさん、独身らしいわよ」
「…………そういうことか」
あんなでっぷり太って、豚鼻で髪の毛が明らかに足りない人だもん。
誰かがあてがわない限り嫁は出来ないね。
それこそ、こうやって権力のために。
「それで、どうするの?」
「……どうするも、私が十六歳になったら即結納、そのまま結婚させるみたいだわ」
「あれらは、梓さんを一つの道具としか思ってないんだね。そりゃ、梓さんもそうやって諦めるわけだ」
あの人のことはでっぷり男……いやブタオさんと名付けよう。名前わかんないし。
「梓さんはそれでいいんだ?」
「良くないわよ。私は普通に過ごして、恋をして、結婚したいもの。でも、この家に生まれたからには、そして女として生まれたからには、ね」
うーん……。
そんなことは無いと思うけど。
「例えばさ」
ショートケーキを取りながら、なんとなく口を開く。
本当に、気まぐれだけど。
「こうしてケーキがあるでしょ? このケーキを僕はどうすると思う?」
「まあ、食べるわね」
訝しげに答えてくれた解答に頷くと、一口ほおばる。
「こうして全部食べちゃうこともできるけどさ」
下にはふかふかの絨毯だ。
「こうして――ケーキを落として食べないことも出来る」
べチャリ。
なんとも気持ち悪い音を出して潰れたケーキに一瞥もせずに梓さんをみる。
「ただ食べられるだけのケーキも、もし食べられたくなかったらこうして逃げることも出来る。これはさ」
梓さんを指さして、
「梓さんも同じだよ。それに、このケーキはあとから強い効果を引き起こす」
「効果……?」
「そう。例えば、僕ならこの絨毯を洗うために使用人が時間外で一生懸命洗う羽目になったり、今度から立食の時は絨毯を取り除こうか見当をし始める。こんなちっちゃい子がやりそうなことが、こんな大きな物事を引き起こすんだ。それは、梓さんがあの人に対して何かしらアクションを行うのも、同じ」
「――……なら」
ネクタイを掴まれてグッと顔が近づけられた。
ケーキを踏みそうになった、とか冗談は言わない。
梓さんの表情が至って真剣だから。
「私が……私があの人の顔をひっぱたいてみたら、どうなると――」
梓さんの言葉は、最後まで聞き取れなかった。
次の瞬間には。
あらゆる場所から銃を持った男の人達が乱入してきたのだから。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:ケーキがもったいない。




