第一話 お誘い
開いていただきありがとうございます。
この話はウィーク・クリエイターの短編です。
「メリー・クリスマス!」
「なに、藪から棒に朝から……」
いつもの朝。
いつもの時間。
いつものHR前。
僕はこの時間に本を読むのが好きだ。今も『緑ひげのサンタさん』なんていう童話を読んでいる。あんまり面白くないけど。
でも、こうやって読書の途中で邪魔されるのは好きじゃない。
はぁ、と溜息を吐いて本から目を離すと、桜さんがクラッカーの引っ張れるようになっている紐に手を置いた状態でニコニコと笑っていた。
「暗城くん暗城くん! 今日は何の日だと思う?」
「……確か、終業式の日、だよね?」
「そうそう、修行式の日なの! だから私、今から山登りでも……」
「あんた、ばかじゃないの」
隣にいた梓さんが予め用意していたのか、持っていたハリセンで思いっきり桜さんの頭を叩いた。まあ、うん。
「梓さん、お疲れ様」
とりあえず労いの言葉をかけると、ぎろりと睨まれた。……なんで?
「文君……今日は何の日?」
「しゅ…………クリスマスイブだけど」
ものすごい眼力で睨まれたら、正直に答えるしか無いね。怖いし。
「でも、それがなんなのさ?」
はっきり言って、僕には興味が無いことだ。
どこかのアニメ映画だとハロウィーンとクリスマスを混ぜているぐらいだし、この緑ひげのサンタさんみたいにもともとサンタは赤い服じゃない、ということぐらいしか興味がわかないイベントなんだけど。
「暗城くん、今日はお暇ですか!?」
何故敬語? でも、まあ。
「ちょっと予定があるから無理」
「ガビーン!」
…………桜さん、その効果音的な言葉はナイと思う。
「毎年そうなんだけど、クリスマスイブは家で過ごすことにしているんだ」
それに、澪に何か誘われそうだったら断ってねって目を吊り上げながら言われていたし。僕もそうするつもりだったけど。
というか、澪。なんで僕が誘われるってこと、わかったんだろ?
「ほ、ほんとに? ひょうか、放課後一時間も? ほ、ほんとー、に?」
涙目でそう言われると、困るんだけど。
ポリポリと頭を掻いて今日の予定を思い起こす。
澪は学校終わったらすぐ家に来るけど、母親と買い物に出かけるはずだから、それだけでも一時間はある。
それに、澪には鍵は渡してあるし、家には入れ違いになってもいいように今日の食費であるお金もきちんと置いてきた。
だったら別にすぐに帰る必要もない、のか。
でも、帰る時間もあわせると一時間が限界っぽい。
「まあ、一時間だけなら大丈夫だと思うけど、それ以上は無理だね」
「ふぇ! ほ、本当にオケーイ?」
「用件次第だけどね」
「わーい! ありがとう暗城くん!」
「いや、だから要件次第……」
「要件は」
なんだか変な踊りをし始めた桜さんに代わって梓さんが口を開いた。
「私の家で行われるクリスマスパーティに参加して欲しいの」
「…………え?」
「勿論私の家が主催で、公式な場だから」
「…………………………え?」
もしかして、なんか嵌められた?
「ふふ……」
いや、ふふじゃなくてさ。
「なんで?」
「それは、言えないわ。でも、文君って強引に誘わないと私達と一緒に一時も一緒に過ごそうとは思わないでしょう?」
「ま、まあそうだけど……」
「つまりそういうことよ」
「……というのは、梓さんが僕と一緒に過ごしたいということ?」
「そうよ。それに、そこでよさこい踊り始めた桜もそう思っているはずよ」
「……そう。わかったよ」
了承の意を伝えると同時に予鈴が鳴り響いた。
◆
放課後。
澪には遅れることを伝えて桜さんと梓さん、そして二人の幼馴染の翔と銀河と一緒に、梓さんの家に向かった。
いつも思うけど、この四人って何かしら僕に声をかけてくるなぁ。
今日のクリスマスパーティだっけ? これにも僕は全く関係ないのに声をかけてきたし。
僕的には美味しい物が食べられれば嬉しいんだけどさ。
……。
…………。
………………えええ、と。
「……あのさ、東雲さん」
「なに、暗城くん?」
「なんでそんな笑顔なのに僕からきっかり一メートルも離れてるのさ?」
流石の僕でも少し傷つく。
そもそも、誘った本人がそんなにも距離を離すとか……なにこれ、イジメ?
「あわわわ……! そんにゃつもり……そんなつもりにゃかった……。にゃかったにゃ~」
「……そう」
とりあえず落ち着こうか。
顔が赤いのは、きっと寒いからなんだよね。赤鼻のサンタさんとか、まっかっかのサンタさんとかの真似をしているわけじゃなくて、きっと寒いからなんだよね。
今日はいつもより冷え込むらしいし。何度だっけ? 確か0度とかそんなもんだったはず。
「雪、振るのかな……」
「ゆき! 暗城くん、雪とり合戦やろ!!」
「え? 何その遊び……?」
「ほら、とりいぬ合戦みたいな感じで、どっちかが卑怯な方法で、どっちかは多人数で戦って最終的に勝者を決める遊びだよ!」
「どっちかが死ぬあれだよね?」
「うん!」
なにそのどや顔。
「……じゃあ、僕は卑怯な方法で桜さんを追い詰めるよ」
「じゃあ私は多人数で! …………あ、私死んじゃう」
「東雲桜、ここに眠る、と」
「殺された!?」
がびーん、と言ってショックを受ける桜さん。だからなんで効果音を口にだすのかな。
桜さんの生態系はまったくわからない。
はぁ、と溜息を吐く。
「東雲さんって、こう思われたことない? 『ネジが無い』って」
「うーん? よく言われるけど」
言われるんかい。
「でもね、私それがどういう意味なのか全然わからないんだよね~」
「ああ、そう」
ダメだこの子。
「あ、でもね! 私サンタさんの秘密だけは知ってるの!」
「……へえ。桜さんでも流石にそのことは――」
「サンタさんの本名は“サンタ=ユナイテッド=クロース”。赤い帽子に赤い服。でもよく本にあるようなぼよよーんお腹じゃなくてね、暗城くんみたいにスラってしてるの! それにね、毎年私の枕元にプレゼントを置いてってくれるんだよ!」
「……ヘェ。ソレハヨカッタネ」
夢を壊すのは良くない。うん、ゼッタイ。
でも、桜さんのお父さんとお母さんや。
どうやら今の桜さんのこの性格は、あなた方の教育方法によって培われたようですよ。
「私も桜の幼なじみだから何回も会ったことがあるのだけれど」
肩にポン、と手を置かれながら桜さんに聞こえない程度の声量で声をかけてきた。
「あの子のご両親も、相当ネジが吹っ飛んでるわよ」
「……うわぁ」
アホの子はアホ。
遺伝子と育て方次第ではこんなアホの良種が出来上がるのか。
「だから、私疲れたから文君に渡したいわ」
「……ごめん、僕でも流石に」
「もう少し考えてからでも良いわ」
そういって前へスッと離れていった。
「暗城くん? 何の話をしてたの?」
「……東雲さんの話」
「そうなんだ……えへへ、照れるなぁ」
自分の頬をぐにって押し込みながらはにかんでいる。
…………。
「東雲さんって、昔月にウサギが住んでいるって勘違いしてなかった?」
「あはは! 何言ってるの暗城くん! 月にウサギが住んでいるわけないじゃん!」
よかった。そこまでアホの子じゃなかった。
「ごめんごめ――」
「月に住んでいるのはたぬきだよ!」
「…………………………」
前言撤回。まったくもって桜さんはアホの子だ。
目だけで梓さんたちの方を見ると……やっぱりというか、皆桜さんから目を逸してた。
「え? あれ? え、ええ? なに、もしかして私なにか変なこといった?」
そうだね、言ったね。
でも、その返答は出来ない。
したら多分、僕が暫く桜さんを宥める羽目になるから。それだけは、勘弁してほしい。
変な沈黙が続くこと、一分。
ようやく梓さんの家の、いや門の前に着いた。
「ふう」
一つため息をこぼした翔が、多分何となく門を見渡して口を零した。
「俺いつも思うんだけどさ、梓の家って本当にでかいよな」
「そうね」
その感嘆した声に梓さんが冷たい声で機会的に返事をした。
「ってかよぉ。梓って本当にいつもこんなとっから歩いて通ってんのか?」
「そうね」
銀河の問いかけに梓さんは冷えきった声で機会的に返事をした。
「梓ちゃんは私が守る!」
「私が守ってるのよ!」
さすが桜さんというべきなのかな。あまりのボケ具合に梓さんも突っ込まざるをえなかったみたいだ。
でも、梓さんを含んで誰も気づかなかったみたいだけど、桜さんはわざとだ。
梓さんはさっき、桜さんのことを幼なじみだって言った。
それは裏を返せば桜さんにも言える。ということは、だ。
二人はお互いのことを充分に理解し合っている。つまりそういうことだ。
確かに桜さんはアホの子で、ちょっとした方向音痴で、そしてアホ道も普通の――例えば学校へ通う道とはズレた道でも構わず突っ走る人だ。
誰かが手綱を握っていないとすぐにどっか行ってしまう。
その手綱を握る人がたまたま梓さんだったわけだ。
それを嫌がっている素振りをみせないどころか、どこか楽しげなのはきっと、家が窮屈に感じているから、なんだろうね。
だから、梓さんの居心地の良い空間を作り出すのが桜さん。そういうお互いがお互いを補いあう関係を築き上げている。
……ということなんだろうね。多分。
「さ、入りましょう。すでにパーティの準備は整っているわ」
「うん! 今年のクリスマスパーティもたっのしみー!」
「そうだな。去年は銀河が食べ過ぎて腹下したんだっけか?」
「う、うっせえな! ……チッ! 文、おめぇも腹下しちまえ!」
「いや、僕はそこまで食べないから」
澪が家で料理作って待ってるって言ってたし。
……毎年のことながら、大量に作って、さ。
お読みいただきありがとうございます。
おさらい:桜さんはアホの子は遺伝と両親の教育方針。