少年への勧誘
奪った犯人には予想はついている。多分だが、俺が村を見ていた時に気づいた違和感……楽しげに話をしている村人達だろう。
あの時は俺たちが消えるから安心していると思ったが、予想外の収入があって喜んでいる。そんな感じだと言われれば納得できるし、むしろそっちの方が〝らしい〟反応だと思える。
一度息を吐き出してから振り返ると、こっちの様子を伺っていたのか数人の村人を目があったが、そいつらのうち何人かは顔を青くしてスッと逃げるように消えていった。
自分たちがこの少年から奪った食糧は少年が盗んできたんじゃなくて、俺という貴族から与えられたもので、それを奪ったのは不味かったんじゃないか、なんて思っていることだろう。
だが、それでも俺はあいつらを処罰するつもりはない。ここは俺の領土でもないし、好き勝手できる状態でもない。
俺が何かをされたわけでもないのにあいつらは気に入らないから、なんて理由で殺しでもしたら、流石に問題になるだろう。
それにさっきも言ったように、奪われたこいつが悪いんだから。
そう考えて再び息を吐き出すと、俺は少年へと視線を戻した。
このままでは死ぬかもしれないが、でもどうする? 俺は治療するための何かを持っているわけじゃない。
最悪の場合は寄生樹に寄生させれば、宿主を守るために勝手に治癒を施してくれるし死ぬことはないだろうけど、流石にそれはナシだろ。
あとは薬草類を食べさせたり塗ったりすることだが、それだって即効性はない。どうしたものかな……。
「どったのー?」
俺が飛び出したことで興味を惹かれたのだろう。リリアがどこか楽しげな様子でこっちにやってきて、声をかけながら肩越しに顔を覗かせてきた。
それと一緒にカイルとベルもやってきたが、俺に何もなかったことでホッとした様子を見せている。
でもこれ、あとで小言言われるんだろうなぁ。だって顔がどんどん怖くなっていってるもん。俺が勝手に動いたんだから仕方ないけど。
「リリアか。ちょうどいい。こいつを治せ」
しかしそれはそれとして、せっかくリリアという『治癒師』がこんな近くまでやってきたんだから、有効に使うべきだろう。どうせこのくらいの怪我なら、リリアにとっては大した疲労も感じずに治すことができるだろうし。
「え? この子? あんたの友達?」
「友達に見えるか?」
「うーん。こんな感じの子はカラカスだとよく見るし、別に友達でもおかしくは……あ、でもあんた友達いないもんね! じゃあ違う——かあっ!?」
リリアは少し考え込んだ様子を見せてから答えを出したようだが、大変失礼なことを言ってきたのでリリアにデコピンを喰らわせる。
戦闘職ではないとはいえ第十位階の力は痛かったのだろう。それなりに力を込めた一撃に、リリアは無様な声をあげてのけぞり、尻餅をついた。
「余計なこと言ってねえでさっさと治せバカが」
「うー。わかったわよぉ……」
立ち上がり、お尻を叩いて土を落としたリリアは、怪我をしている少年に手を伸ばすと魔法を使った。
「な〜お〜れっ!」
魔法の呪文も唱えず、名前すら口にしていないかなり適当な感じだが、それでも流石というべきか、しっかりと魔法は発動して少年の体をうっすらと光が包んだ。
その光に包まれた少年からは、徐々に傷が消えていき、全ての傷が治ると少年を包んでいた光はフッと空気に溶けるように消えた。
「これで動けるようになるはずだ。だが、次からは最後まで気を抜くなよ? ここがカラカスだったら、殺されてるぞ」
カラカスだったら暴行を受ける程度じゃ済まない。欲しいものがあった。なら殺して奪うか、というのがカラカスだ。だって、殺さないとあとで仕返しされるし。
この少年がものを奪われたにもかかわらず生きていられるのは、この村がただの村だからだろう。奪ったやつだって、いくら孤児とはいえど殺しはしたくないだろうからな。
「カラカス……?」
何となくで口から出た言葉だったが、それが気になったのだろう。少年はオウムのように俺の言った言葉を繰り返した。
「ああ。俺の暮らしてる街……国だ」
この国に住んでいる者達からすれば忌避すべき場所だろう。けど、この少年はカラカスがどんな場所かわからないようで、キョトンとした様子を見せている。
まあ、こんな村で孤児として暮らしていればわからないかもな。
……でも、そうだな。この際だ。この少年を勧誘してみるのもいいかもしれない。
そんなことを思った俺は、カラカスについて話をすることにした。
「あそこは危険がいっぱいで、街の中だろうと死ぬかもしれないし攫われるかもしれない。ただ、絶対に飢えることはない」
「ぜったいに……」
そう。あそこは絶対に飢えることはない。俺がいる限りはもちろんの話だが、俺がいなくなっても問題ないようにしている最中だ。あと十年もすれば俺が手を出さなくてもなんの問題もなく回すことができるはずだ。
「ああ。だから、来たくなったら来ればいい。あの街は、どこの誰だろうと歓迎するから」
どうせ、こんな場所で暮らしていたところでこの少年に先なんてないだろう。もしかしたら、また同じような目に遭って今度こそ死ぬかもしれない。
だったら、死ぬかもしれないけど成り上がる機会があるカラカスの方がまだマシなんじゃないだろうか?
もっとも、案内をしたり連れて行ったりすれば贔屓することになる。
俺が見つけた才能だからといえば騒がれなくはなるだろうけど、一から成り上がったもの達からすれば面白いものではないのは変わらない。
だから俺は何もしない。誘いはするけど、カラカスに向かうことを決めるのも、そこまで進んでいくのも、あそこで生き残るのも、全部こいつ次第だ。
「生きろ。生き足掻け。必死になって生きる奴は、かっこいいもんだぞ」
努力している姿はみっともないと言う者はいるだろう。けど、俺はそう思わない。
結果だけを残している姿よりも、必死に足掻いて努力している姿の方がよっぽどかっこいいと思う。
最後にそれだけ言うと、俺はリリアやカイル達を伴って馬車へと戻っていった。
「聖女様、悪かったな。時間取らせた」
「いえ、それは構わないのですが……」
「行くぞ」
カノン、それから勇者は俺の行動が信じられなかったんだろう。驚いた様子を見せ、カノンに至っては何かを聞いてこようとした雰囲気だったので、それを無視して馬車へと乗り込んでいった。
「何がしたいのかは分かりましたし、それを咎めることは致しません。あなたの行いは誰かに非難されることではありませんし、それが尊いものだということも理解しております。——ですが、何かをされる前に一言声をかけてください」
「あー……ごめん」
馬車の中へと戻るとソフィアに小言を言われたが、それはその通りなので何の反論もできずに素直に謝るしかなかった。
「まあ、状況が状況だ。慌ててたんだろ」
「だとしても、行動に移す前に一度冷静になっていただかないと。今回は何事もありませんでしたが、これが敵の罠であった可能性もあったのですから」
昨日のことも直接見ていて知っているカイルが俺を庇うように言ってくれたが、それでもソフィアの言葉は止まらない。
実際、言っていることは間違いではないのだ。ここは聖国で、俺を殺そうと罠を仕掛けている者がいるだろうと予想していた。
俺の暗殺自体は聖樹に関して調べ終わったあとだろうと思っているけど、それだって確実じゃない。
もしかしたら、ただ俺を殺したいと思って実行に移すことだって十分にあり得る。
「……そうだな。ここがカラカスじゃなくて、俺には敵がいるってのを忘れて油断してた。次からは気をつけるよ」
これだけの人数の強者を集めたんだから大丈夫なはずだ。なんて油断があったんだろう。ソフィアに言われたことで俺は気持ちを新たにすることにした。
そして、一つ意思を固めた。
「聖女様、少々よろしいですか?」
馬車の外でカノン達が話をしていたのだが、もう戻ろうとしているのか自分たちの馬車へと向けて歩き出したところで声をかけた。
「……いかがされましたか?」
カノンはぴたりと足を止め、一拍間を置いた後でゆっくりとこちらへ振り返った。




