勇者、再び魔王城へ
勇者が最初にやってきた日から三日が経った。
この三日の間、メンバーの人選や細かい調整なんかはエドワルドと婆さんと親父に任せ、俺は不測の事態に備えてせっせと武装(種)の準備を行ったり、心配し続けている母さんの相手をしたりしていた。
だがそんな日々も終わり、再び勇者がこの魔王の城へとやってきたので、俺は魔王としてあいつらに接することになった。
「さて、勇者。結論から言おう」
「……あ、ああ」
「俺は聖国に行っても構わない」
「本当か!?」
俺の言葉を聞いて、勇者はそれまでの真剣な表情を崩して喜びを浮かべた。
「ただし、いくつか条件がある。まず一つ。王が出向くんだから当然の話ではあるが、俺だけじゃなくて仲間も同行させろ」
「ああ、わか——」
「仲間を、と言われますが、それはどの程度の数でしょう?」
当然であるはずの俺の要求を受け、勇者はすぐに返事をしようとしたが、それを聖女のカノンが遮った。
「大体三千くらいだな」
「それは、少々多過ぎではありませんか?」
「おいおい、それは本気で言ってるのか? 王の移動なんだ。それくらいは普通じゃないか?」
犯罪者の集団とはいえ、それでも俺は王様なんだ。事前に決めた最低数よりも少々……大分ふっかけたが、王様が他国へ行く際の供としてはそれくらいいてもおかしくないはずだ。
「それは……ですが、やはり多すぎではありませんか? 我々の国の関係を考えれば、あまり刺激しない規模に抑えるべきではないでしょうか?」
「俺たちの関係を考えればこその数だろ。いきなり襲われたらどうするんだよ。それとも、十数人程度だけ連れて行って、それで守りきれって? 流石にそんなことは言わないよな?」
「流石にそこまでは申しませんが……ですが、もう少し減らしていただくことは叶いませんか?」
「もう少し、ねえ……具体的にはどの程度がいいんだ?」
「此方といたしましては、五百から千程度が妥当なところではないかと考えますが、いかがでしょうか?」
「五百って……三千から一気に五百か。随分と減ったもんだな」
婆さんとエドワルドの予想では、最低の場合は三百程度だと考えていたが、カノンが提示してきたのはそれよりも多い人数だった。
そのため、少しはこの話し合いも楽に終わるかな、と心の中でホッと一息つく。
「今の状況ですから。無駄に、とは申しませんが、不必要に多くの供を連れて行くことは食料の浪費につながり、民からの反感を買います。その結果、我々の意図しないことが起こりうることは十分に考えられることです」
「国民達からの襲撃か」
まあ、千も二千も連れていってればその消費する食料もかなりの量になるだろうし、自国ではなく他国からやって来た奴らがそれだけの食料を食い漁っていれば、反感は出てくるだろうな。
「でも五百ね……少し少ない気もするけど、まあいいだろう。なら戦闘要員は三百ってことでどうだ? それ以外にも食料を扱ってる商会や荷運び、侍従なんかも連れていくことになるし、あとは調査員としてエルフ達も連れて行くから全体で千くらいにはなるが、それでも当初こっちが提案した三千よりもだいぶ少ないんだ。受け入れてもいいんじゃないか?」
「千ですか……承知いたしました。ではそのようにいたしましょう」
カノンは少し悩んだ様子を見せたが、結局は頷くことにした。自分でも提案していた五百は少ないと理解していたんだろうし、そもそも自分が千と口にしたから断れないだろ。
それに、これ以上食い下がったところで王の供なんだから減らせないだろうし、それ以上減らそうとするのは常識的ではない。だからこそやらないのだろう。この女は常識を破ってまで行動するような奴じゃないからな。
それに、当初に提案されたよりも人数が減ったのだから、それは喜ぶべきだ。
……なんて考えているんだろうが、戦闘員は三百と言ったが、実際のところ連れて行く千のうちほとんどは戦闘要員だ。
だって考えてみろ。カラカスの住民だぞ? 生粋のカラカス住みのやつなんだ。殺し殺され、油断すればすぐに破滅するような世界で生きているような奴らなんだから、そこいらの兵士や騎士よりも強い。何もできずに殺される、なんてことはないはずだ。
そんな奴らが戦士や兵士としてではなく、使用人として働いているのがこの場所だ。ここでは、ただの侍女であったとしても、ただの荷運びであったとしても、躊躇うことなく人を殺せる。じゃないと自分が殺されるしな。
だから、色々と役職を連れて行くが、実態は戦闘員千人の総員武力集団なのだ。それだけいれば、まあ襲われても逃げるくらいはできるだろう。
そして、そんな奴らを連れて行くんだから、普通の三千人を連れて行くよりも、カラカスの千人を連れて行く方がよほど戦力になる。
「……本当に、よろしいのですか?」
だが、決まった後になって何か思うところがあったのか、カノンはわずかながら眉を顰めつつ問いかけてきた。
「なんだ、不満があるのか? そっちにはいいことなんじゃないか? 最初に俺が提示した人数よりも減らしてやったんだ。その千という数だって、提案したのはそっちだろ?」
「それは、そうですが……」
「むしろ、カラカスの者を千も……しかもそのうちの三百は戦闘要員だってのに国に入れてくれるんだ。普通の国だったらそれだけの数は断られると思うんだけど……聖国は優しいな」
俺がそう言うと、カノンはぐっと拳に力を入れたのが見えた。多分、本当は三百だろうと断りたいんだろうけど、状況的に断れず、それを理由に煽られたのが気に入らない……有り体に言えば、ムカつくんだろうな。
「それとも、戦闘要員が三百人程度じゃ何もできない、とでも考えてたのか? 何かしたとしても、その程度なら簡単に仕留めることができる、と? だからカラカスの住民が聖国に向かうことを許可したのか?」
俺がそう言うと、カノンは表情を少しだけ強張らせた。
実際、こいつの頭の中では最悪の場合には俺たちを……いや、最悪の場合、ではなく、いつでも、か。いつでもどんな時でも、自分達にとって都合が悪くなったらすぐに殺せるような算段を立てていたことだろうし、事前の聖国の上層部との話し合いでもそんなようなことを話していた。
だが、俺はそんな雰囲気を壊すために、少し戯けたような調子で口を開く。
「——なんて、そんなことないよな。冗談だ。そっちから仕掛けてくることなんてないだろうし、流石に俺たちも戦闘要員が三百人程度で『国』と戦うつもりはないさ。数は力だからな」
そう。『数』は力だ。強ければ大抵の数の差なんて無視できるが、それでも数を揃えられると負ける可能性が出てくる。相手が同格だった場合はより数の差ってのは顕著になる。
だから、戦うことのできる『数』が多い方が強いのは当たり前の話で、普通なら三百人程度で力を持った国と戦おうなんて考えない。
侍従達を合わせても千しかいないんだから、それで戦うことはないだろう。
だが、そう言って笑って見せたが、カノンは何を思ったのかその顔はわずかながら歪んでいた。多分、俺達の手のひらの上なんじゃないか、とか考えてるんじゃないだろうか。
事実、その通りではあるんだが。
「それからもうひとつ」
「……なんでしょう」
一応勇者に向かって話しかけたつもりなんだけど、またもカノンが応えた。
この会話の交渉役として立場的に一番相応しいのは勇者のはずなんだけど、すっかりその役をカノンに奪われてしまっている。
まあ、こいつはろくに交渉なんてできないだろうし、俺もそうだろうなとは思っていたけど。
「お前達の国……聖国にある聖樹のところに連れて行け」
「……聖樹、ですか?」
俺の言葉に訝しんだ様子を見せているカノンだが、この感じだと、聖樹についてその存在は知っているみたいだな。
聖樹は基本的にその存在を秘密にしている。聖樹なんてものが存在していることを知っている者はごく限られた者達だ。
だから知らなくても不思議ではないけど、その場合はもっと「知りません」みたいな反応をするもんだろう。隣の勇者みたいにな。
でもこいつの様子は違った。詳しいことを知っているかどうかはわからないけど、とりあえず聖樹という存在については知っていることはまず間違いないはずだ。
だが多分、こいつは昔聖国には聖樹が存在していたことも、それを切り倒したことも知っているだろう。何せこいつは『聖女』なんだ。教会の象徴とも言える存在であり、上層部の人間である者が知らないわけがない。
もしこいつがお綺麗なだけの、ただの『御伽噺の聖女様』だったら知らなかっただろう。
でも、こんなところにまできて交渉したり情報を集めたり、その他にもこの三日の間にまあ色々と『裏』の仕事とも言える事ををこなしていたような奴が、後ろ暗い話を知らないわけがない。それがどれだけ過去のものだとしても、一通りの流れや出来事は教えられたはずだ。
もっとも、聖樹のことを知っているだけで、それが今回の件に関わっているとは考えなかったみたいだけどな。多分、知っているだけで思い出せるかどうかは別物だったんだろう。
「お前達も見たはずだし、今もそこの窓からも小さくだが見えるだろ。花園にあるでかい樹のことだ。アレの同類がそっちの国にもあるはずだ」
玉座の間にあるでかい窓の外を指さすと、そこからは花園にあるでかい樹が遠目ながら見ることができた。
「……そんなことでいいのか?」
俺の提案が予想外のものだったのか、思わずと言った様子で交渉役を奪われたはずの勇者が問いかけてきた。
「ああ。この国は、見てわかる通りエルフと共存している。王国や聖国のようにエルフを奴隷にすることは禁じているし、実際に手を取り合って暮らせている。聖樹はそんなエルフ達にとっては神の如き存在だ」
「だからか……」
街の様子を見た勇者がその光景を見て何を思ったのかは知らないけど、真剣な様子で頷いている。大方、エルフ達の様子を思い出して、どうして俺が聖樹を見に行きたいと言ったのか納得したんだろう。
だが、その納得は少しずれているだろうな。だって、もし本当の意味で理解したんだったら、こいつがこんな落ち着いた反応をしているわけがないから。
もっとも、カノンやリナは理解しているみたいだけどな。ダラドは知らん。相変わらずこっちを睨みつけてるだけで表情なんてずっと変わらないんだもん。ある意味ポーカーフェイスだよな。
「そして、神の如きってのは、何もエルフにとってだけじゃない。植物達にとっても同じようなもの。むしろ、植物達の神そのものと言ってもいいかもしれないな」
そこまで言うと俺の言葉の意味が理解できたのか、勇者は目を見開いて驚きを見せた。




