聖女様と神様の行進
「ああ。それから、財布の中身を確認しといた方がいいぞ。多分だが、途中でいくらか抜かれてるだろうからな」
「……あの短い間にそこまで……」
「〝そこまで〟か……。〝その程度〟できなきゃここではやってらんねえってもんだぜ」
俺から逃げながら財布の中から金を抜き取るなんて難しいことのはずだけど、それが〝その程度〟なのか。この街についての認識がまだ甘かったんだと理解した。
そうして俺が認識を改めていると、なんだか騒がしくなってきたような気がした。
何かあったんだろうかと思って振り返ってみると……
「あ。あの子は……」
振り返った先では、見たことのある少女が神輿のようなもので担がれながら大通りを進んできた。
だが、担がれているということは、当然ながら担いでいるものがいるということに他ならず、何人もの男女がその少女が乗った神輿を運ぶんでいた。
神輿以外にも、前後に人を配置して列を作らせ、太鼓を叩いている。まるでパレードのようだ。
だが俺は、それんな光景を見て「まるで傲慢で他者を虐げている貴族が如き振る舞いだ」と思ってしまった。
なんでそう思ったのかと言ったら、今まで俺が見てきた街の中にも、自分が座っている台を奴隷に担がせ、他人を見下し、虐げる者は存在したからだ。
あの可愛らしい少女も、そんな貴族達と同じような人物だったのかと不愉快な気持ちが湧き上がってきたが、だがどういうわけか神輿をかつがされている者達はみんな楽しそうにしている。
よくよく見てみると、あれは奴隷というよりもお祭りのときみたいな感じがしてきた。
というよりも、しっかりとみればすぐに分かるくらいみんなの顔は明るい。それを奴隷なんかと間違えてしまったのは、この街の雰囲気やこの街に対する俺の認識からそう思い込んでしまったんだろう。
ある意味仕方ないと思えるが、それでもあの子がそんなことをすると思ってしまったことが悔しく思えた。
「わたしが来たわ! みんな集まりなさい! 今日もあなた達に施しをあげるわ!」
神輿の上に乗っている少女がそう叫ぶと、それまでもなっていた太鼓がいっそう大きな音を立てて鳴り響き、それにつられるように人々が大通りに姿を見せ始めた。
「おっと、今日はお姫様のお通りか」
「お姫様? それって、あっちの城の姫ってことか?」
情報屋らしき男の声が聞こえてきたので振り返り、問いかける。
この男は「お姫様」と言ったが、あの子のことはあの魔王の城で見かけたのだから、あの城の姫なんだろう。
そう思ったんだが、どうやら違ったようだった。
「ん? ああいや、ちげえよ。エルフの姫だ。知ってんだろ、ここが近くにあるエルフ達の里と同盟を結んでんのは」
ああそうか。言われてみれば、あの子はエルフだったな。なら、魔王の城の姫なわけがないか。
でも同盟関係。正直、この街に来るまでは同盟なんてのは名ばかりで、隷属や支配といった方が正しいんじゃないかと思っていた。何せ、数年前まではカラカスだってエルフを売っていたのだという。それを突然同盟を結んだなんて言われても、疑わないでいられるわけがない。
でも実際にこの街でもカラカスでもエルフ達は自由に生活しているので、同盟は本当なんだろう。その同盟相手の姫ともなれば、城に出入りできても不思議ではない。
「まあ、一応は。でも、なるほど。だから城にも出入りしてたのか」
「城? なんだ、にいちゃんは城に入れるほどのお偉いさんか?」
「え? あ、いや……」
ただ、納得できた俺の呟きが聞こえたようで、情報屋の男から問いかけられ、俺はその問いにどう答えたものかと言葉に詰まった。その反応だけで答えているようなものの気もするけど、なんの準備もしていなかったところに聞かれたのだから仕方がない。
「別に変に誤魔化す必要はねえよ。俺たちは『お客様』の素性を暴くつもりはねえ。これは単なる雑談の一つだ。ここで知ったことは吹聴して回るつもりもねえし、言いたくねえならただ断ればそれで構わねえ」
そういう、ものなんだろうか? でも、本当に話さないでいてくれるんだったら助かるな。こういうところでは信用が大事って聞いたことがあるし、多分この男もこう言った以上は誰かに話すことはないだろうし大丈夫だろう。
なんて思っていると、一際大きな歓声が響いてきた。
その声が聞こえてきた俺は、再び神輿の少女の方へと振り返るが、その隣には緑色の髪をした少女が加わっていた。
「なんだ、今日は神様も来てんのか。珍しいな」
「神様!?」
「神様っつっても、ちゃんとした聖国が祀ってるアレじゃねえぞ? ただ俺たちがそう呼んでるだけだ」
神様、と聞いてまたも男の方へと振り返ったが、男は肩をすくめてそう言った。
……本物の神様じゃないのか。できることなら、神様に会いたい。そうすれば、俺が元の世界に帰る方法があるかもしれないから……。
この世界の召喚魔法というのは、好きに喚んだり帰したりできるようなものではないらしい。喚んだら最後、元の世界に戻すことはできないのだという。
最初は落ち込んだけど、仕方ないとも思った。そして、自分が『勇者』となったんだから、みんなを助けようとも。そうして俺は勇者として魔物や魔王と戦ってきた。
褒賞としてもらったお金や身分や家があるから、暮らしていくだけならなんの問題もない。力もあるし、困っている人を助けるのは嫌いではないから、これからも俺は『勇者』として生きていくだろう。
……それでも、やっぱり帰れるんだったら帰りたい。そう、思わなくもない。
「あの嬢ちゃんは、見た目はすげえべっぴんだが、実際には植物の精霊が人形に宿ってるって存在だ」
確かに綺麗だ。まだ少女の幼さがあるけど、それがむしろ魅力を引き立てているような感じさえする。
隣に立っているエルフの少女も可愛らしいとは思うけど、それよりももっと完成しているように感じた。まるでだれかに作られたようだとさえ思えたけど、本当に作られた姿だったのか。
「精霊が人形に宿ることなんてあるのか……あっ! じゃああの時のあれは、もしかして……」
男の言葉を聞いて、俺はこの街に来て案内役として偽っていた魔王に案内を受けた後のことを思い出した。
「なんだ。どうかしたか?」
「いや。以前、あの女の子が突然人形みたいに固まって倒れたことがあったんだ。その後すぐに人がやってきてどこかに運んで行ったけど、あれはあの子が精霊だったからなのか?」
魔王に宿を案内された俺たちだったけど、その後すぐに宿に泊まるんじゃなくて、他の場所を確認してから決めようということになったのだ。案内してもらって不義理に感じたけど、それくらい宿の料金が高かったので仕方ない。
でも、それも結局は良心的な価格だったために紹介された宿に泊まることにしたんだが、その際に目の前で歩いていた女の子が急に固まり、その姿を像のように変えて倒れたということがあった。
そのすぐ後に街の住民達がその少女の像を運んでいったけど、その光景を見た瞬間の俺はすごく驚いた。なんていうか、驚いたなんて言葉じゃ済まないほどに。
むしろ驚いたというよりも、怖かった。だってそれまで普通にしていた少女が急に像に変わるんだぞ? ちょうどその時の様子を見ていたのは俺だけだったようで他の三人は何言ってるんだと言わんばかりだったけど、やっぱり見間違いじゃなかったんだ。
「ああ、そりゃあまさしくだな。あの嬢ちゃん——フローラっつーんだが、時々あの体を抜け出しすことがあるんだ。で、その抜け出した後は文字通り抜け殻になる。ただ、その辺に放置されてっとどっかのバカに持ってかれるからな。信者どもが運んでんのさ」
「信者? それに、神様っていってたけど、どうして精霊が神様なんだ?」
神様はこの世界にはちゃんといるはずだ。地球のような過去の偉人でも、いるかいないかわからない怪しい存在でもなく、本当に俺たちに力を与えてくれる神様。
それなのにどうして神様ではなく精霊を信仰するんだろう。土着信仰の一種だろうか?
「そりゃあ、ここにいる奴らはほぼ全員があの嬢ちゃんに救われたからだ」
俺の問いかけに答えた男の声は、それまでのふざけが混じったような声音ではなく、真剣みを帯びたものになっていた。
心なしか纏っている雰囲気も変わり、その違いを感じ取った俺は唾を飲み込んだ。
「にいちゃん、ここの飯はうまかったか?」
「え? ああまあ、そうだな。おいしかったよ」
そんな真剣な雰囲気に反して、口にされた内容はいかにも世間話といったもので、俺は一瞬答えに困ったがすぐに頷いて答えを返した。実際、ここの料理は美味しいものだったのは間違いないのだ。
「だろ? でも、正直なところ、そんな上手いもんが出てくるなんて思っちゃいなかったろ?」
「それは、まあ……」
「昔はそうだった。ここの話じゃなく、カラカスの本街の方の話だぞ? ここは最近できた場所だからな。で、昔は今よりももっと酷かった。いろんなところから捨てられた奴らが集まるような場所だから、食うもんなんてそこら中にあるわけじゃねえ。毎日街のどこかで飢えて死んでく奴がいた。どれだけ力を持っていようが、どんな理由でここに来たんだろうが、どれだけ金を持っていようが、飢えて死んでいった。そりゃあ力があれば、金があれば多少は生き延びることができたさ。だが、上には上がいる。普通の町じゃ負けなしだろうと、ここじゃ底辺だなんてのはよくあることだ。そんな奴らは、自分の食い物を手に入れられなくて死んでいく」
それは、まさしく俺たちが想像していたカラカスの姿だ。犯罪者が集まり、暴力で物事を決めるなんて事が罷り通る場所。奪い奪われを繰り返し、底辺で生きているものはすぐに死んでいく。俺たちは、そんな場所を思い描いていた。
「だが、今の魔王様やあの嬢ちゃんが来てからは違う。誰も飢えることがねえ。毎日どこかで飢え死にしてた奴らがいなくなった」
「どうしてだ?」
これだけの街の規模となると、一人二人がやってきたところで食料問題がすぐに変わるということはない、と思う。
これが何十年も生きた大富豪とかだったら持続的に買い与えることができるかもしれないけど、まだ子供と言ってもいいあの少女と魔王ではそんなことはできないはずだ。
それなのに、どうして……いや、どうやって食料を確保したんだろうか?
「あの嬢ちゃんがなんの精霊か、教えたろ?」
だが、そう言われてハッと思い出す。
「植物の精霊……」
植物を自由に操ることができるんだったら、確かに飢えることはないだろう。芋や穀物を無限に育てることができるんだったら、食料問題なんて関係ないものになる。
もっといろんな品種を、とか違う味を、とか言われたらできないかもしれないけど、飢えないだけならそれで十分だ。
「そうだ。魔王様とあの嬢ちゃんが植物を操って育て、美味いもんを作る。だからこの街は、尽きることがねえ食料を手に入れることができるんだ。その食料の細かな管理は、同盟を結んだエルフの奴らが手を貸してくれてるからこそできてるのかもしれねえけどな。あいつらは植物について詳しいからな。まったく、今までのカラカスの所業を知ってて〝これ〟だからな。頭が上がらねえ」
エルフ達は植物に関しての専門家と聞くし、人間が育てるよりもエルフが育てた方が植物の質がいい、みたいな話も聞く。
植物の精霊に加えて、そんな彼らの全面的な協力があるんだったら、失敗なんてすることはないだろうな。




