勇者様からの提案
「ですが、もし聖国と戦うことになれば、あなた方は世界的な評価は悪化することになります」
「そんなことは今更でしょう。周辺国からのこの国の評価はすでに最悪。これ以下に落ちたところで、悪評が一つ増えるだけです。そもそも、現状であなた方が私たちについて何か評価をあげるようなことを言ったところで、私たちが工作をしてデマを流していると判断されることになるでしょう」
正義の国代表とも言えるような国が、俺たちみたいな悪の代表みたいな国を突然擁護したら、何か俺たちが細工をしていると考えるだろう。
であれば、俺たちが手を貸す見返りとしては小さすぎる。
「そうかもしれませんが、もし聖国が敵に回ったのだとはっきりとすれば、今度は世界中から狙われることになりかねません。それは流石に避けたいところではありませんか?」
「普段であればその言葉は正しいです。しかしながら、今はどうでしょうか? この国は西を王国、東を聖国とバストークに挟まれていますが、現状で動くことができるのは聖国のみです。王国は反乱があり疲弊していますし、バストークは前回の戦のことを覚えているでしょう。あの時は聖国、バストーク、南部連合と三方向からせめてきたわけですがそれでもこの国を落とすことはできませんでした。だと言うのに、再び戦うとなったとしても、まともに参加するでしょうか? 私の予想では聖国からの要請があったところで、全力で戦わずに日和見をしているでしょう。そうなれば、我々は聖国だけを相手にすればいい。そうして聖国を撃退すれば、このまま襲っても負けると判断し、バストークは逃げるでしょう」
王国の場合は反乱の疲弊が残っていなかったとしても、俺たちと敵対はしないだろうけどな。なんだかんだと理由をつけて参加はしないはずだ。
「……そうかもしれませんが、ですがそれは今すぐに戦いが起こった場合ではありませんか? 今すぐではなく、しばらく時間を空けて王国が立て直しをすることができれば、他の国からも支援を引き出しつつ三国同時に攻め込むことが可能となるでしょう」
「確かに、そうなると少々面倒な話になります。ですが、それだけの時間があなた方にあるのですか? 食糧がない。だから困っている。それが話の大元でしたよね? 食糧を他の国から買い入れるとして、あるいは私たちにしているように強請るとして、どれだけの時間を確保することができますか? その間に王国が立て直せるといいですね」
王国と俺たちが裏で手を組んでいることを知らないこの聖女様は、説得すれば王国は言うことを聞いてくれると思っているのかも知れないが、実質的にはあの国は俺たちの属国と言ってもいい関係なので、絶対にありえない。
それでもなんとか話をまとめようとするかも知れないし、最後には王国も協力しなければならないような状況に追い込まれるかもしれないが、それにはどれだけの時間がかかることやら。
そうして遊んでいる間に、食料が尽きて聖国はお陀仏だ。
「どうしても私たちを助けるつもりはないと、そういうことでしょうか?」
「いえいえ、助ける気はありますよ。相場よりも安価でお譲りすると言っているではありませんか」
エドワルドは最初よりもいい笑みを浮かべながら話しているが、それは本当に楽しんでいるからだろう。調子に乗ったバカを叩きのめしたのが楽しいのもあるんだろうけど、こいつ、相当怒ってるな。
まあ、それも当然か。何せこいつらの言っていることは強盗と同じなんだから。商人からしてみれば……いや、商人じゃなくても忌むべき存在か。
「魔王陛下。これはあなたのお考えなのだと理解してもよろしいのでしょうか? 些か配下に許された領分を越えた発言のようにも思えますが……」
カノンはエドワルドと話していても埒があかないと思ったのか、俺へと標的を変えたようだ。
だが……残念だな。俺はその辺のことは全部エドワルドに任せているんだ。
一応国に関係する決定は最後に確認をしなくちゃならないけど、それは本当に確認だけで、好き勝手にやらせている。そのほうが国の利益になるとわかっているから。俺が変に手を出したところで拗れるに決まってる。
「ああ。そいつの言葉は俺の言葉だ。モノが欲しいなら金出せよ。それが当たり前の人間の営みってやつだろ? 他人の物を欲しがって力で脅すなんて……ああ、なんだ。お前ら俺たちの仲間になりたかったのか? なら歓迎するよ。お前達ならこの犯罪者達の街でも上手く馴染むことができるだろうからな。強請りで生計立てるのは向いてると思うぞ」
「貴様っ!」
そんな俺の言葉がよほど気に入らなかったんだろう。ダラドは叫びながら剣に手をかけ、それを引き抜こうとした。
だが、ダラドは剣を半分ほと抜いたあたりで動きを止めてしまった。
それもそのはず。俺のすぐそばに立っている怖いおっさんが威圧しているんだから。
その怖いおっさん——親父は武器に手をかけてなんていないが、その身から感じる殺気は冗談なんかでは済まないような本物だ。正直、直接向けられていない俺であっても脅威を感じるほどのもの。一般人が向けられたら、それだけで心肺停止になるんじゃないか?
加えて、周りにいる騎士達もそれぞれが武器を抜き、構え、勇者達へと向けている。この後何か起こるか合図があれば、すぐにで酷くことだろう。
だからこそ、親父のさっきに反応した勇者達も剣を抜けずにいる。ここで武器を構えてしまえば、それこそ殺し合いになってしまうとわかっているから。
「ではそれをあなた方の意見と理解しましょう。——それで、仮に私たちに食糧を売るのだとしたら、それはどの程度の額になるでしょう?」
こいつ、さっきアレだけ言い合ってたのにまだ買うつもりなのかよ。面の皮が厚いな……。
やっぱりこいつ、お話に出てくるようなお優しいだけの『聖女様』じゃないな。半分くらいは政治家が混じってる存在だ。
「それは後で配下と話せ。そんなことはここで話すことじゃないだろ」
ここで話してもボロが出るだけなので、その辺の話は後でエドワルドとしてもらおう。
「で、他に何か話はあるのか? ないならこれでしまいになるが——」
「魔王。お前が聖国に来ることはできないか?」
「……はあ?」
話を切ろうとしたところでかけられた勇者からの言葉に、俺は一瞬何を言われたのか理解できなかった。
だって当然だろ? まさか勇者に自分たちの本拠地に来い、なんて言われるとは思わなかったんだから。
確かにそういう話が出ていたのは知っている。
だが、それはこいつらの中でもまとまっていない話だったはずだ。それをここで提案してくるなんて、まさかだったな。
「ユ、ユウキッ!? 何をっ……!?」
「今は分からなくても、聖国にきてもらえれば何かわかるかもしれないじゃないか。それに、もし魔王がこっちに来て事態を解決できたのなら、魔王がただの呼び方ってだけで実際には人間の敵になることはないってわかってもらえるんじゃないか? ダラドだって言ってただろ? 魔王自身が聖国に向かうことになれば、その言葉も信じるって」
その話は『少しは信じてもいいかも知れない』くらいなもんだったはずなんだが、俺を説得するために嘘をついているのか、あるいはこの勇者の中ではそういうことになったのか……。多分後者だろうな。
「魔王なんて名乗っているとはいえ、俺は『王』だ。そんなやつを相手に直接出向けって?」
「ああ」
「普通なら、そんな事を言ったら馬鹿にされてると思うもんだろうな」
実際、周囲を見回してみると、騎士達の中には不機嫌そうな気配を漂わせている者がいる。
正式な使者でもない上に使いっ走りと言ってもいいような相手から「出向け」なんて言われたら、それも、その場のノリで言われたとなったら、バカにされていると思われても仕方ないだろう。
「そもそも、そっちの国に行ったら、問答無用で殺されるんじゃないか? そこの騎士を見てみろよ。今にも切りかかってきそうなくらい俺を見つめてるじゃないか」
ダラドのことを指さしながら言ってやったのだが、見つめてるというかもはや睨んでる。他国の王に向ける態度じゃないな。
「それはさせない。仮にダラドが動こうとしても、俺が止める」
「止めるってどうやってだ? 俺と一緒にいる間ずっと眠らないわけじゃないだろ?」
「それは……」
俺が仮に聖国に行くとして、その場合はひと月くらいはかかるだろう。だが、流石にそれだけの間ずっと起き続けていることは難しい。というか人間には不可能だ。
一週間くらいならどうにかできるが、それだって万全の時に比べたら反応速度だって思考能力だって落ちる。そんな状態では、第十位階の強者から絶対に守り切るなんて言い切れないだろう。
「それに、まあ仮にそいつを止められたとして、教会や聖国本体はどうする? まさかお前の言葉ひとつで全員が大人しくいうことを聞いてくれるってわけでもないだろ? お前は止めようとしても、それを無視して俺のことを殺しにくるやつだって、当然いるはずだ。そいつらはどうするつもりだ?」
いくら『勇者』という肩書きがあったところで、国を動かせるわけじゃない。多少は意見を通すことができるかも知れないが、それでも陰ながら動くやつはいるだろうし、国の命令を無視して動くやつだっているだろう。「悪は滅ぶべし」みたいなことを考えている度がすぎた信者とかな。
そう言った全ての『敵』から俺を守り切ることなんてできるはずがない。




