姉王女:国境を越えて
「そ、それは……」
「助けに行くな、と言っているわけではありません。確かに私たちが大勢で行動することによって進軍速度は遅くなり、そのせいで傷つくものも出てくるでしょう。ですが、ことは個人の問題で済むようなことではないのです。万が一の危険の可能性を潰し、より多くの人々が助かるための最善の道を選ぶべきです。そして、そのために手を尽くすのが我々王族の役割です。あなた方にも思うところはあるでしょう。ですが、ここは私達と共に行動していただけませんか?」
そんな私の言葉は正しいと認識しているのでしょう。けれど今すぐにでも助けたいなんて、青臭くて馬鹿みたいな正義感を持っている『勇者』としては素直に頷くことができないのでしょうね、唇を噛んで顔を顰めているわ。
その表情は嫌いではないけれど、私としてはいつまでもこんなのを相手に時間をかけてるつもりはないのよね。
だから、と、さっさと動いてもらうために、私は『勇者』から『聖女』へと視線を移して、かけていたスキルの効果を僅かに強めた。
「……わかりました」
スキルによって頭の中の天秤を私の意見に傾けさせたことで、『聖女』は『勇者』の袖を軽くつまみながらそう頷いたわ。
「カノン!?」
「王妃殿下のおっしゃられていることは間違いではありません。確かに私たちが倒される、もしくは逃げ出したとなれば、それは単純な被害の話では済まなくなってしまいます」
勇者は突然の聖女の言葉に驚いたようだけれど、私のスキルの影響下にあるのだから当然のことね。
そして、そんな聖女の言葉を皮切りに、他の『お仲間』も私の言葉に同意するかのように口を開いた。
「ふむ。確かにな。安定を取るというのなら、まとまって行動したほうがいいというのは間違いではない」
「実際、軍人さん達がいたから痛手を与えることができたというのも事実よねー。今回は王妃様と共に行動するべきじゃない?」
「ダラド、リナ……」
早く魔王を倒すべきだ。そう思っているにもかかわらず仲間たちは自分とは違った考えをしている。
そんなだからでしょうね。この『勇者』は裏切られたかのような悲しげな表情をしているわ。
……ふふ、やっぱりいいわね。そうよ、これが正しい姿。私に逆らう者、私の支配から外れる者なんていてはならないのよ。
私の思い通りに動かない者がいるのだとしたら、それらは一人残さずにこの『勇者』みたいな思いをし、情けない顔を晒すべきよ。
ああ、早くあの愚妹も同じような顔にしてやりたいわ……。
「とはいえ、だ。最終的な決定はユウキ次第だ」
「そうですね。今までのは私たちの考えですが、私たちはユウキ様の判断に従います」
「んー、まあ私もそうねー」
けれど、完全に支配していないからかしらね。勇者のお仲間はそのまま強引に推し進めるのではなく、勇者の意見を聞こうと言葉を重ねたわ。
そのことに不満を感じた私はぴくりと表情を歪めてしまった。
今の勇者一行に対する私の支配はあくまでも本人がそう行動してもおかしくない範囲でしか動かすことができないので、不満は出るけれどこんなところでしょうと自分を納得させる。
「勇者様、どうされますか?」
改めて聖女が勇者に問いかけるけれど、それでダメだと言われたらさらに何か手を打つ必要があるわね。
けれど、私のそんな考えはそれ以上必要なくなった。
「……では、俺たちも皆さんと共に魔王を追わせていただきます」
「ご理解いただけてありがとうございます。共に魔王を倒し、人々の笑っていられる平和な世界を作りましょう」
顔を顰めてどこか悔しげな表情をしている勇者を見て、私は怪しまれないようにと勇者と同じように悔しげな様子で微笑みながら言葉を交わし、その場を去った。
勇者たちから離れ、周囲には完全に私の支配下に置かれた者以外誰もいないのを確認した私は、堪えきれなかった笑いを溢れさせた。
「所詮は異世界から来た部外者。それも政治も知らず、苦しんだこともないお子様ね。周りのお仲間も役立たずばっかり。本当にあんなのが『勇者様御一行』だなんて、世も末ね」
所詮は『勇者』という職を与えられただけの、見掛け倒し。メッキを張られただけの凡人。
だからあんな簡単に動かせる。だからあんなにも惨めに操られる。
「ですが、戦闘力だけは名に違わないものを持っています」
「そうね。ええ、それはわかっているわ。その点だけは注意しないと、計画が進む前に魔王を倒されてしまうもの。けれど、ちゃんと使うことができれば私が戻るために役に立ってくれることでしょう。せいぜいうまく使わせてもらうとしましょうか」
そうして私は、『新たな被害を出さないために魔王を討伐する』と謳って連合の軍を率いて東の海岸沿いに進軍を始た。
「これで国境を越えましたね」
そして道中で魔王たちの被害を受けた村や町を眺めながら進み、ついにザヴィートとの国境を越えることができた。本来他国へと嫁いだことで他国の所属になった私が、事前に正式な許可を取っていないで軍を率いているというのにもかかわらずすんなりと通ることができたのは、魔王を倒すために戦っている勇者がいるから。多少は私のスキルも効果があったのでしょうけれど、それでも『勇者がいる』と正当性があるからこそ、こうも簡単にことが運んだ。
そうだと考えると、この気持ち悪い正義感を掲げる愚者も愛らしく思えてくるわね。
けれど、もう用済みなのよね。
「ですが、魔王の痕跡は見つかっても、魔王そのものはまだ見つかっていません。早くしないとあの時の怪我も治ってしまいます」
「魔王に負わせた傷はかなりのものだったのでしょう? それも、『勇者』としての力を使ったために魔物の傷の治りは遅くなっているはずです」
「それでも、少しでも早く倒して被害を減らさないとっ……」
役に立つどころか、むしろこれ以上は邪魔になりかねない。だから、あなたの望んだ通りに早く魔王のところへと向かわせてあげましょう。
そう判断してスキルを使い、あらかじめ予定していた通り伝令をこちらに呼び寄せる。第六位階じゃないと使えないけれど、スキルの影響下にいる者に自由に思念を飛ばして命令を下せるというのは本当に便利よね。
もっとも、今の私は第十位階だもの。第六程度のスキルなんて自由に使うことができるのだから、位階がどうのだなんて気にする必要なんてないのだけれど。
私の命令を受けた伝令が慌てながらこちらに向かってきた。
突然やって来たその伝令に、勇者たちは訝しげな様子を見せ、私もまた勇者たちと同じように顔を顰めてみせた。
「何事ですか」
「はっ! お話のところ申し訳ありません! 魔王の居場所が判明致しました!」
「ま、魔王!? どこだっ!」
勇者は伝令の言葉に目を見張って驚愕を示し、食ってかかるように伝令へと問いかけた。
「勇者様の問いに答えなさい」
そんな勇者に協力する姿勢を見せるために、伝令に言葉をかけると、伝令の男は何の文句を言うこともなく続きを話し始めた。
「はっ。魔王は聖国に出現し、襲撃。その後撤退したと思われましたが、沖合いに逃げました」
「沖合い? 海に逃げたっていうのか! それじゃあどこに行ったかわからないのか!?」
「いえ、魔王は陸を離れて沖に逃げたと思われましたが、翌日になって再び聖国を襲ったようです。現在は聖国の沿岸部を襲撃し、襲撃と撤退を繰り返している模様です」
「つまり、舞台が南から聖国に変わって同じことが繰り返されている、ということですか」
そう呟いてたった今知りましたという様子をみせてみたけれど……この報せ、実のところを言うと昨日の時点で私のところに来ていたのよね。
まだ国境を超えていないし勇者に知らせるには早いと思って止めておいたけれど、国境を超えてしまったのだからもう隠しておく必要もないわ。ちゃんと教えてあげましょう。
「くそっ!」
勇者は聖国のある方を睨みつけると、周りを見回した。多分だけれど、周りの兵たちが邪魔だとでも思ったのでしょうね。じゃまだけど、一緒に行かないとまずいことになる。そう思っているのでしょう。だって、そう説得されたのだから。
でもいいわ。ええ、私は優しいもの。あなたの願いを叶えてあげましょう。先に進みたいのでしょう? 自分たちだけで行動して、魔王を倒しに行きたいのでしょう?
いいわ、認めましょう。だから先に進みなさい。
「勇者様、先に向かってください」
「え? ど、どうしてだ? ここまで一緒にきたのは一緒に魔王を倒すからだったはずじゃっ……!」
そんな私の言葉にハッとしたように振り返った勇者だけれど、感謝や喜びよりも困惑の方が強い顔をしている。
まあ、そうでしょうね。今まで先に行きたいと思っていたのを必死で堪えていたのに、今更になって先に行けと言われたらそうもなるでしょう。
私だったらそんな私を馬鹿にするようなことを言った愚か者がいたら、殺すわね。ああ、もしくは傀儡にして使いつぶすか、あるいは暇つぶしのおもちゃにする可能性はあるわね。どのみちまともな人生なんて送らせないでしょうね。
けれど、この勇者は違う。だって『勇者様』ですものね。
「ええ、確かにこれまではそうでした。軍を率いて共に戦い、最小限の被害で最大限の安全を確保した上で勇者様に魔王と戦っていただき、我々はそれを援護する。それが当初の計画でした。ですが、今はあの時とは事情が違います。これまでは魔王がどこを目指しているのかわかりませんでした。遠くに逃げたのか、それとも主戦場となっていた場所を離れただけで少し追いかければすぐに追いつくことができる距離に逃げていたのか、それが判明していませんでした。ですので状況を探りながら軍で追いかけていました。ですが今は違います。魔王は聖国を襲撃し、そこに留まって戦っているとのことです。ですから勇者様には先行して聖国に向かっていただきたいのです。あそこに留まっているというのであれば、軍隊を引き連れて行かずともあちらの軍が勇者様の力となってくれるでしょうし、万が一にでも救援が遅れて聖国に倒れていただくわけにはいきませんから」
そうは言ったけれど、実際のところは大して助ける気なんてない。私たちがつく頃には終わるでしょう。何せ、勇者が魔王を倒せなかったのは、連合が足並みを揃えずにお互いに足の引っ張り合いをしていたからだもの。聖国という一つの国が勇者という旗頭を得て行動するのであれば、そこそこの被害は出したとしても長引くことはないでしょう。
「ですので、勇者様方は先に向かってください。こちらもすぐさま精鋭を選出して部隊を護衛につけますが、私たち本隊は後から追いかけて救援に向かいますので」
「っ! ……ああ、わかった」
きっと言いたいことがあるのでしょうね。最初から先に自分たちだけで進んでいれば、あるいは今更そんなことを言うなんて、と言ったところでしょう。
でも、お前は何も言わないでしょう? だって私の言葉を否定できるだけの考えを持っていないもの。そうでなくても今は焦っていることでしょうし、口論するよりも先に進んだ方が、とでも考えたのでしょうね。
まあ、どんな理由があったとしても、私にとってはお前の考えなどどうでもいいことね。開放してあげるのだから、さっさと行きなさい。目障りで仕方がないのよ。
「みんな、そういうわけだ。いけるか?」
「はい。私はいつでも準備できています」
「問題ない。聖国が襲われたというのであれば、たとえ他の用があったとしてもすぐにでも行かねばならん」
「私としてはー、あんまし行きたくないっかなーって感じがしないこともないんだけどぉ……」
話はすぐについたようで、それぞれ道具を補充したり馬を速いものに交換したりなどの準備を整え始めた。
「それでは王妃様。俺たちは魔王を倒すために先に向かいます」
そうしてすぐさま準備を整えた勇者は仲間とその他大勢の聖国の者達を引き連れて、ついでに私のつけた護衛という名の監視兼工作員を引き連れて私たちの元から去って行った。
「役に立ってくれてありがとう。勇者なんてお人形にも使い道があってよかったわ」
去っていった勇者たちの背を見送りながら、私は口元を歪めて笑う。
「ロナ。聖国とバストークとザフトに報せをなさい」
「はっ」
「これで国境を越えることができた。あとは周辺の土地を支配下におきながら進んでいけば……」
これからが本番。カラカスと聖国とバストーク。全てを相手をしなくてはならないとなれば、厳しい事になるでしょう。
けれど、最悪の場合、今は奪わなくてもスキルの支配下においてしまえばそれでいい。
スキルをかけることさえできれば、仮に今回撤退する事になったとしても、いずれ私の役に立ってくれることでしょうから。




