068.夏休み旅行~その4~
「雫、それ本当?」
「もちろんです!それで勝負方法なのですが――――」
「雫、ちょっと来て」
翔子さんの問いに自信満々に答える雫。そのまま話が止まらなさそうだったので俺は急いで雫と少し離れた場所に移動する。
「どうしました?そんなに息を切らして。はっ!もしかして私のナイスバデーに劣情をきたして我慢できなくなったと!!」
「そんなわけないでしょっ!さっきの話はどういうこと!?」
ナイスバデーなことは否定しない。
「ぶー。どうせその話だってことはわかってましたよー。ちょっとは乗ってくれても良いじゃないですか~」
「それに少しでも乗ったらそのまま突き進むでしょ……。そうじゃなくてさっきの、一緒のベッドのこと。俺はシングルで寝ようと思ってたんだけど」
雫は俺の言葉にヤレヤレと肩をすくめる。
「慎さん、1対4と1対1。どっちがいいです?もちろん慎さんは1のほうで」
「そりゃあ当然1対1のほうだけど……もしかして」
「はい!そのとおりです!このままだとシングルベッドに5人がぎゅうぎゅう詰めになることが目に見えていたので景品、という形で約束を結ばせようかと! これなら他の人は手出しできませんし……後は私になったらイチャイチャして、他の人ならベッドの下に蹴り飛ばせば完璧です!!」
自信満々に胸を張る雫。その際彼女の大きな胸が揺れ……ちがう、これわざと揺らしてる。
「一応、意図は理解した。なら俺が別室なり廊下なりで寝ればいい話じゃない?」
「甘いですね慎さん。絶対追いかけて添い寝してきますよ。特に優愛先輩や会長さんが」
「たしかに……」
優愛さんなら何かしら理由を並べて来そうだが翔子さんにいたっては気づいたら居る、なんてことになるのが容易に想像できる。
「というわけで、一番慎さんにとって損のない方法を考えてきたんですが……ダメです?」
「仕方ない、か……」
確かに雫の言う通り一番対処しやすい方法だ。何が損なのかは置いておいて。
「でも、決めるにあたって勝負ってのは何を?あまりにも変なものだったらそれは止めざるを得ないけど…」
「いえいえ、それについては心配ご無用です。いたって普通な勝負なので!」
普通、ねぇ………
蓋を開けてみれば雫の言う通り、それは確かに普通の勝負だった。
今いるパラソル付近から沖……とまではいかないものの沖の方にあるブイにタッチして戻ってくるというシンプルなものだ。
そのブイも小さなビーチだからかここから20メートルあるかどうか。つまり往復40メートル。泳げる者にとっては大したこと無いだろう。
「と、言うわけでこの線がスタートとゴールですからね!」
雫が砂浜に線を一本書いていく。しかしこの種目に懐疑的な者が一人いた。
「雫さん。貴方、たしか水泳部だったわね。自分に有利な種目だからこれを?」
優衣佳さんが腕を組みながら訝しげな目をしている。しかし雫はそれにまったく動じた様子もなかった。
「まさか!私は水泳部といってもマネージャーですし、成績も平均よりちょっと下くらいですよ」
「うん。去年、成績を見たけどたしかにそのくらいだったよ。」
雫の言い分に俺が補足する。たしか去年、彼女が見せてきた成績が水泳部の癖に悪く、2人で笑った記憶がある。
「あら、そうなの。疑ってごめんなさいね」
「いえいえ、私も先輩の立場だったら同じこと考えますから………それじゃあ慎さん、合図お願いしていいですか?」
「あ、うん。 それじゃあ、よーい……………スタート!」
俺のスタートの合図で4人が一斉に海に向かって走り出す。
一番早く海に入ったのは優衣佳さんだ。彼女は持ち前の足の長さで浅い部分も平気で走っていき後続と大きく引き離す。そしてそのアドバンテージを持ったまま水位が腰を越えた辺りで泳ぎだした。
優衣佳さんの泳ぎは平泳ぎだった。彼女は少し波立つ際の呼吸に苦戦しながらも少しづつ進んでいく。そんな彼女を追い抜いたのは優愛さんだった。彼女はクロールで悠々と優衣佳さんを追いつき、追い抜いていってしまう。更に後続の翔子さんにも追い抜かれてしまった。
なお、肝心の雫は優衣佳さんの後ろで同じように平泳ぎに苦戦していた。
そのまま順位をキープしブイをタッチする優愛さん。しかし疲れたのだろうか、そのままブイに手を当てたままスタートする様子が無い。
それを機と見た翔子さんは彼女が休んでいる間にブイをタッチしこちらに戻ってくる。
そして優衣佳さん、雫とタッチする中まだ休憩している優愛さん。しかし雫が出た直後、彼女も同時にスタートしたようで俺もホッとする。
後続だった2人も効率のいい泳ぎ方に気づいたようだ。二人ともクロールでこちらに戻ってくる。
「ゴー…ル……」
「おつかれさま。がんばったね」
トップで戻ってきたのは翔子さんだった。後半はそのまま順位をキープして余裕の一位、しかし全力を出し切ったのか彼女は息もたえたえだ。
「ん……これで夜は私と一緒……」
「ははは…お手柔らかにたの……む……」
そこで俺は異変に気づいた。優衣佳さんに雫がもう砂浜に着いてる中優愛さんだけがまだ海の中間付近で手間取っていることに。
それも一瞬海から顔を出してはすぐ潜る……この時、俺の脳裏に最悪の構図が浮かんだ。
「これはマズイ………!!」
「慎也くん!?」
「3位かぁ……仕方ないですね………って、慎さん!?」
俺は一目散に彼女の元へ走り出した。途中雫がなにか俺に向かって叫んでいたが聞こえない。まずは彼女の安全が第一だ。
砂浜から海に入り、深くなった辺りで泳ぎに切り替える。口に海水が入ろうが知ったことか。この時は部活に感謝だ。今まで散々泳ぎ通して、人よりも少し上手くなったクロールで泳ぎだす。
「――――!?」
突然の衝撃に口から一気に空気が吐き出される。
何があったのか泳ぎながら現状を確認するとふくらはぎが痺れるように痛い。そうか、足が攣ったのか。
人によってはここでパニックになるだろう。人によってはそのまま溺れてしまうかもしれない。けれど泳ぎながら攣るなんて今まで何度も経験してきた。そのまま何百メートルも泳いできた。
今回も同じことだ。頭の中でアドレナリンが分泌されるのを感じ、足の痛みをこらえながら優愛さんの元へとたどり着いた。
「優愛さん!だいじょ――――」
「こないで!!…………それ以上、近づかないで」
拒絶。
彼女は俺に背を向け、明確に拒絶していた。
いつもと違う様子に戸惑いながらも溺れてなかったことに一息つく。
「えっと………どうか、したの……優愛さん…?」
「だから、来ないでってばぁ!!」
背を向けたまま俺から離れてブイの方に行ってしまう優愛さん。
今まで甘えてくれていた分、明確な拒絶に少し心を痛めながらもその言葉に従おうとした時、彼女がまた言葉を発した。
「水着の紐が取れてそっち向けないの!だからわかって!!」
「…………あーーー」
ホッとした。今まで考えていたのは何だったのか。
たしかに彼女の水着は首後ろで紐を結ぶワンピースタイプだった。けれどここから彼女の首元を見るとその結び目は見えない。代わりに紐が海に漂っており、胸元を必死に押さえている様子だった。
「みんな、足のつかないところじゃ結べないって……だから慎也くんに説明するよう雫ちゃんに頼んだけど……」
そういえばすれ違ったとき、俺になにか叫んでいた気がする。全ては俺の早とちりか…
「えっと、ごめん。一応このまま結べるから…結ぼうか?」
「できるの!?おねがぁい……」
彼女はホッとした様子で背を向けたまま近づいてくる。
俺は漂っている紐を手に取り、極力彼女に触れないようしっかり紐を結んでいく。この時ほど、部活の経験に感謝することは今までなかった……
「ふぅ……ありがとっ!慎也くん!」
「いや、大事なくてよかったよ。雫の話も聞かず、早とちりしちゃってごめん」
あの時冷静になっていればスムーズに事は運んだはずだ。1人でから回って恥ずかしくなる。落ち着いて来たらアドレナリンの分泌もおわって攣った足が痛くなってきた。
「ん~ん!慎也くん、私が溺れたと思って助けに来てくれたんでしょ?ありがと!……それと、さっきは酷いこと言ってごめんね」
「それは俺が原因で自爆した結果だし、気にしないで」
「でも、凄い辛そうな顔してる………」
「あっ、いや、これは……また別の、足が……とにかく!気にしないで!!」
「足…?慎也くん、何があったの!?」
彼女に隠し事は出来なかった。
俺は攣ったままでも泳げると言ったが彼女は聞かず、その肩を借りて2人で浜辺まで戻っていった…。
「まったくもう、慎さんったら人の話も聞かず走って行っちゃうんですから」
「面目ない……」
みんなの元まで戻った俺はパラソルの下で雫のお小言をもらっていた。今回は言い訳のしようがない。
「それで戻った時、なんで優愛先輩の肩を借りてたんですか?」
「あぁ、それは……恥ずかしながら足を攣っちゃってね。大丈夫って言ったんだけど…」
その言葉を聞いた雫は今までの呆れの表情を超えてその境地に達している。
「ああ……わかりました。とりあえずマッサージしますんでそこに座ってください」
「…はい」
俺が指示通り座って足を伸ばすと彼女は慣れた手付きで患部を伸ばしていく。
「さすが元水泳部マネージャー、こういう時は心強い」
「どれだけ慎さんの専属でやってきたと思ってるんですか」
「たしかに。こうしてマッサージ受けてると当時のことを思い出すね」
「昔も、ちょくちょく泳いでる最中に足攣ってましたもんね。そのたんび私がマッサージしてたんですから」
「そう…だったね」
3人は海で遊んでいるようだ。楽しそうな喧騒がここまで届いてくる。
「慎さん……私たち4人は、いつも不安なんですよ」
「不安?」
「はい。慎さんはよく心のまま動きますから…それが人助けなのはわかるんですが、いつか私たちの前から消えて居なくなっちゃうじゃないかと…」
「そんなこと、ならないよ」
ファンタジーじゃあるまいし。
「でも……!」
「雫。雫は俺のためにマネージャーを続けてくれたし、俺のために部活もやめてこうして遊びに来てくれた。いつも追いつかれてるんだから、たとえ消えても雫なら直ぐ追いつけるよ」
「そう……そう、ですね。 私は慎さんの専属マネージャーです!たとえどこに行こうが絶対に先輩を見つけて追いついてやりますとも!!」
「うん。ありが…………痛い痛い痛い!!雫!押しすぎ!!」
「あ!ごめんなさい!!」
「あら?お取り込み中でしたか?」
突然、背後からの声に俺たちは顔を向ける。
そこには階段を降りてきた兼島さんが1人、俺たちに柔和な微笑みを向けていた。
「兼島さん。どうかしたの?」
「はい。夕食の準備が出来ましたので皆様をお呼び立てしに参りました」
――――こうして、俺たちの初めてのプライベートビーチは終わりを告げた。




