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060.後夜祭?~後編~

「泊まるだって……?」


 まだ寝ぼけていた時のウトウトが残っていたのだろうか、自分の頬を何度か叩いて確認をする。


「事後報告になって本当に申し訳ないのですが、今晩泊まらせて貰えないかなと……」

「いやでもだって、まだ電車が止まるには早い時間だし、送っていくつもりだったよ?」


 時計をみるとまだ時刻は21時すら遠い時間だ。送っていくのには十二分に猶予もあるというのに。


「いえ、時間の問題ではなく…慎さん、ちょっと外見てもらえませんか?」

「……?  あぁ、これは……」


 雫にそう促され不思議に思いながらも窓から外を見たところで納得した。

 俺たちが帰ってきた時とは打って変わって豪雨がこの一帯を覆っていた。ベランダの手摺に雨粒が何度も跳ねるのが目に入る。


「お風呂上がってスマホ見たら豪雨の通知が来てて私も驚きましたよ……この雨明け方まで続くようですし」

「ん。……あ、今警報出た」


 ソファに座って天気予報を見ていた翔子さんがテレビを指差す。

 テレビの中ではアナウンサーが大雨の臨時ニュースをやっていた。こんな中家に帰すのは流石に酷だろう。


「でも、親御さんの許可もあるし…男の家に止まるのは問題あるでしょ。アレならもうちょっと頑張ってもらって優衣佳さんらの家まで行ってもらうとか…」

「あのお二人はたしかおばあさんのお家ですよね?帰ってるかわからないですし、なによりもう許可もらっちゃいましたよ?」

「………なんだって?」


「お風呂上がりにお母さんに電話で確認したら無事許可貰えましたよ?慎さんのことは大会で何度か見かけてたみたいですし、1年間の積み重ねのおかげですね!」


 俺の問いかけに雫はフンッ!と胸を張る。


「でも、翔子さんはそういうの許されないんじゃ……」

「ん、許されてる。ほら」


 そう言って翔子さんはスマホでメッセージアプリを起動してこちらに見せつけてくる。


『今日、慎也くんの家に止まる』

『まぁ!ようやくなのね!!頑張りなさい!!』

『わかってる。頑張る』


 という趣旨のやり取りが交わされていた。翔子さんが短文過ぎるのに対して母親の麗華さんは絵文字にスタンプ沢山で優愛さんを彷彿とさせた。


「もちろん慎さんがダメって言うなら私たちはお暇しますが……ダメ、ですか?」


 雫が俺の側まで寄ってきて上目遣いに涙を溜めて問いてくる。………この目には弱いんだ……


「仕方ないか…今晩だけだよ?」

「やったぁ!ありがとうございます!!」

「よかった…ありがと」


 2人は手を取り合って喜び始めた。けれどこれだけは言っておかないと。


「でも!俺と部屋は別で準備するからね。そこだけは間違えないように!」

「はい!ありがとうございます!!………あっ………」

「………? これは?」


 雫は翔子さんと取り合っていた手を離して勢いよく敬礼する。それが一因となり雫の手から何か小さな物体が飛び出してきて俺の胸元に当たる。


「これは…目薬? …雫、これは、なに?」

「え~っと……これは……そのぉ………テヘッ!」


 どうやら先程の涙目のカラクリはコレだったわけだ。雫は自分で頭を軽く小突いて舌出しウインクでごまかしている。


「了承した手前撤回することはしないけど……まぁいいか。二人とも、お腹すいただろうし早いとこ夕食にしよう」

「ふぅ…そんな優しい先輩のこと私は好きですよっ! 私も動き回ってお腹空いちゃいました~」

「雫、今度目薬の上手い使い方教えて。 私もお腹すいた」

「お任せください!」

「お願いだから俺じゃなくて優愛さんとかにやってねそれは!!」


 絶対騙されるから。あれ、この下り以前にもやったような…




「でも、てっきり慎さんは泊める気万端でこんなにおにぎり作ったのかと思いましたよ」


 雫が指に付いた米粒を舐め取りながら言ってくる。


「ただの偶然。ほら、優愛さんが以前コレくらい食べてたからなんだか無意識でね……」

「「ああ~…」」


 2人から納得の声が上がる。優愛さんならこれくらいペロリと食べてしまいそうな気もするけれど。


「優愛先輩ならこれくらい余裕で食べちゃいそうですね。私たちは到底ムリですが……あ、コレ鮭ですね」

「たしかに。慎也くん足りるの? ……昆布だった」

「十分足りると思うし、もし足りなかったら別途簡単に作るよ。 俺はツナだね」


「あ、慎さんほかにツナあります?」

「もちろん……この辺りにツナを置いたと思うよ」

「ここらへんですね。ありがとうございます!」

「私もツナ食べたい」


 2人は俺が指し示したエリアのおにぎりを同時に取る。雫は目当てのものだったようで満足そうに食べていたが翔子さんはなにやら怪訝な顔をして口を動かしていた。


「会長さん、変な顔してどうしたんです?」

「ん、これだけ何も入ってない…でも甘いような塩っぱいような……」

「どれどれ……あ、確かに。慎さん、これなに入れたんです?」


 雫もツナのおにぎり片手に翔子さんと同じものを手に取る。何入れたんだっけな……


「たぶん、昆布茶の粉末かな?おにぎりに合うからよく使うんだよね」

「へ~……慎さんって洗濯はからっきしなのに料理はそこそこできるんですね」

「まぁ……優衣佳さんに指導してもらってるからね……」


 彼女のおかげでレパートリーも増えたしこういう応用みたいな使い方もだいぶ知ることができた。優衣佳様様だ。




「ところで慎也くん お風呂は?」


 3人でゆっくり作りすぎたおにぎりを完食し、お茶を飲んでいるとふと翔子さんが問いかける。そういえば2人ことばかりですっかり忘れていた。おにぎりを作っている間に下着も乾いたし何の不快感がないのも原因だが。


「そういえばそうだった……下着は乾いたし、まだ片付けもあるからもうちょっと後でいいよ」

「だめです!慎さんもプールに落ちたんですから早いとこ入っちゃってください!」


 と、落とした張本人()がお茶を置いてこちらに迫る。


「俺にはまだ色々と家事があるし……」

「そんなの私と会長さんでやっておきますから!ほら、いきますよっ!!」


 急にやる気になった雫に腕を引かれて洗面所に押し込まれる。ここまで来たなら仕方ない。洗い物やってくれるなら甘えよう。




「慎也くん、入るね」


 お風呂で身体も洗い、湯船でリラックスしていると不意に洗面所の扉がノックされる。翔子さんか。


「どうしたの?」

「着替え、持ってきた」


 着替えのことすっかり忘れていた。最悪今までのを着ればいいだけの話だが、お風呂上がりに同じものを着るのはなんとなく抵抗があるから助かった。


「ありがとう。助かったよ」

「ん。また何かあったら、呼んで」

「…それじゃあ一ついいかな?翔子さん」

「ん。なんでも言って」


 それじゃあ、遠慮なく言わせてもらおう。


「どうして着替えを持ってこれたのかな?俺の部屋の……タンスをいくつも開けないと揃えられないのに……」

「…………ちょっと…急いでるから!」

「あっ!ちょっと!!」


  翔子さんはその言葉を最後に勢いよく洗面所を出ていく。俺も湯船から出て急いで身体を拭いて持ってきてくれた服に着替える。やはりどれも俺の部屋にしかないものだ。下着まで。



「翔子さん!!」


 着替え終わった俺はまっさきに自室へと向かい扉を勢いよく開ける。

 しかしそこに翔子さんの姿は無かった。代わりに雫がベッドの上でアルバムをいくつも広げて食い入るように見つめていた。


「会長さんおかえりなさい~ 着替え届けるだけで随分時間かか……り………」

「ただいま、雫。一体何してるのかな……」

「いえ……これは、その…………うきゃっ!!」


 俺はただ笑みを浮かべているだけだが当の雫にとっては恐ろしく見えているのだろう。ベッドの上で何度か後ずさりをし、落ちた。

 どうやらベッドの端まで行ったことに気づかなかったようだ。雫の上半身が消えて足だけがこちらから見える。


「勢いよく落ちたね……雫、大丈夫?」

「は~い……なんとかぁ」

「ちゃんと気をつけない……と……」


 どうやら無事のようだ。俺は彼女の元まで歩みを進めたところで足が止まる。

 雫は尻もちをついたようで上半身が仰向けになる形を取っている。落ちた衝撃が少なからずあったようで彼女のシャツが捲り上がりへそから胸の一部分が露出してしまっていた。

 彼女も俺が停止していることに気がついたようで自らの身体を確認して事態を把握したようだ。そのまま顔を真っ赤にして――――

 ってこのままじゃ叫ばれる!!家の中でそれはマズイ!!


「ごめん雫!」

「キャ――ムゥ~!!」


 俺は彼女の後ろに回り込んでその口を手で覆う。今度はプールの二の舞にならなくて済んだ。マンションで叫び声なんて出されたら近隣住民の騒ぎになりかねない。


「ごめんね雫。叫ばれると大変なことに――――うヒャぁ!!」


 口を塞いだまま説明をしようとしたところで今度は俺が変な声を上げてしまった。そりゃあ塞いでいる口を突然舐められたら誰だって変な声を上げる。

 それに驚いて彼女から手を離してしまったが彼女は無言のまま居住まいを正して俺に向き直る。


「えっと、その…叫びだそうとしてすみません」

「俺もちょっと配慮不足だったよ。ごめん」


「それで……もう一度慎さんの手を舐めてもいいですか?」

「許すわけないでしょ!!」


 突拍子無いことを言い出したので俺はその頭を軽い力で手刀を入れた。





「おかえり ドタバタだったね」


 2人でリビングへ戻るとそこには翔子さんが1人お茶を飲みながらテレビに向かっていた。


「会長さんが知らせなかったおかげで大変でしたよ~」

「翔子さん……1人だけ退避してたんだね…」

「面白そうだったから……それで、何があったの?」


 彼女はテレビを消してこちらを向く。


「はい!慎さんが私の胸を見て私は慎さんの手を舐めました!!」

「言い方!!」

「なにそれ!?」


 翔子さんがらしからぬ様子で前のめりに聞いてくる。俺は雫を止めて懇切丁寧にさっきの状況を伝えることにした。



「なんだ……とりあえず、雫はギルティ」

「そんな~!酷いですよ~!」


「……とりゃっ。……これは……下着をつけてないから、余計に……」

「ひゃっ!会長さんんっ・・! ……慎さん~!助けてください~~!!」


 残念ながら今回は因果応報だ。雫の後ろに回って胸を鷲掴みにする翔子さんから目を背け、俺はテレビを付け直した。



「ふぅ……満足」

「酷いですよぅ…もう慎さん以外お嫁にいけません……」

「俺のとこは大丈夫なんだ……」


 雫は床にうつ伏せになって脱力している。反対に翔子さんは悦に浸っていた。


「ん……そろそろ、寝る時間」

「あ、ホントですね。もうそんなに経ってたんですねぇ」


 時計をみるとたしかにそんな時間だった。明日は休みで助かった。


「それじゃあ二人とも寝室に案内するね」

「「は~い」」


 二人とも大人しく俺に付いてきてくれる。俺は廊下にある一つの扉を開いた。


「2人は両親の部屋で寝てもらおうと思う。ベッド一つしかないけどキングサイズだし大丈夫だよね?」

「ん、平気」

「大丈夫ですよ!もちろん慎さんも一緒に――――」

「寝ないから」


 彼女の言葉を遮って先手を入れる。頬を膨らませて抗議してくるが見ない見ない。


「むぅ……わかりました。慎さん、お休みなさい」

「おやすみ。翔子さんもおやすみ、いい夢を」

「ん、ありがと おやすみ」


 俺はそのままゆっくり扉を閉め、自室のベッドへと向かう。


「ふぅ…疲れた…あれ、なんか忘れてるような………まぁ、明日やればいいか……」


 今日は色々あって疲れすぎた。ベッドに横になったが最後、電気を付けたまま泥のように瞼が重くなり、意識が闇へと落ちていった。

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