040.雫とデート~後編~
「えっと・・・・・・雫さん」
「はい。なんですか?慎先輩」
「本当にここでよかったの・・・?」
「もちろんじゃないですかぁ。私にとってここ以上の場所は無いと思ってますよ」
コーヒー店を後にした俺たちは雫に腕を引かれこの店に来た。漫画やPCが並び、パーティションでいくつにも分かれている空間・・・そう、ネットカフェに。
「でも雫さん。わざわざこんな席にしなくても良かったと思うんですよ」
「私はここ以外ありえないと思ってましたよ?」
ネットカフェに来た俺は受付でそれぞれ別の席を取ろうとしたが、雫はそれを押しのけてカップルシートを選んだ。一応2人分足を伸ばして寝転がれるほどのスペースがあるのは幸いだが、俺たち2人の距離は1メートルも離れていない。ついつい俺は肩を縮こませてしまう。
雫は持ってくれていた荷物を棚の上に置き、受付で渡された書類に目を通す。
「ここのドリンクは各自取りに行くようですね、慎さんはなにがいいです?」
「あぁうん、なら炭酸系をお願いしようかな。特にこだわりないから好きなので」
「はぁ~い。おまかせあれ~」
彼女は靴を履き直し敬礼のポーズをしながら出ていった。
俺は手持ち無沙汰になったので目の前にあったテレビを付けて適当にザッピングする。今日は祝日とはいえ月曜日、普段学校に行っている俺たちからしたらあまり見ないワイドショーがいくつものチャンネルで流れている。しかしどうにも面白そうな番組がない、俺はテレビを消してゴロンと床に寝転がった。
「慎さん、両手ふさがってるんで持ってもらっていいですか?靴が脱げません」
「ん?・・・・・・・っ!!」
寝転がっている時に上から声がして目を開けたのがまずかった。今の雫は膝下までしかないスカート、当然今の俺は下から覗き込んでいる構図になるわけでそのスカートの奥には白い布が・・・・・・・
「ごめんっ!ジュースだね!・・・はいっ!!」
俺はすぐさま身体を起こしてジュースを受け取り机の上に置いて背筋を伸ばして座り直す。
「何をそんなに焦ってるんです?・・・・・・あぁ」
雫はしばらくキョトンとしていたが何があったか察したようで口角が上がる。
「慎さん・・・言ったじゃないですかぁ。私の身体は慎さんだけのものだって・・・別にいいんですよ?言ってくれれば。今は勝負下着じゃないんで恥ずかしいんですけど、それでもいいのならいくらでも見せてあげますよ?・・・・・・アイタッ」
そのまま彼女は顔を真っ赤に染めスカートの裾を軽く持ち上げてそう言うものだから、俺は思わずその頭に触れるくらいの軽い手刀を入れる。
「バカ言わない。いくら俺相手でもそういうことを軽々しく言わないこと」
「ぶぅ~。軽々しくなんか無いのにぃ」
雫はそのまま俺の隣に腰を下ろし持ってきたオレンジジュースに口をつける。俺もお礼を言って持ってきてくれたジンジャエールにストローを通して口に入れる。
「それで、思わずネカフェに来ちゃったどどうしようか。漫画でも読む?」
「別に私はそれでも構いませんけど・・・テレビとか面白いのやってたりしません?」
「飲み物取りに行ってくれてる時ざっと見たけど特に面白そうなのは無かったかなぁ」
「そうですかぁ・・・それじゃあ一緒に横になりましょっ!慎さんもほら!」
そう言って雫は横になって両手を俺のほうに広げてくる。思わずその甘美な誘いに乗りそうになったが寸前で堪え、今日買った紙袋をその身体に押し付ける。
「ほら、これテレビだけじゃなくてネットもできるみたいだし、動画サイトとかでも見ようよ」
「そのまま倒れ込んでくれればいいのに~。それじゃあ私あれ見たいです!可愛い動物系!」
雫が紙袋を片すのを尻目にPCの電源を付け、テレビの入力を切り替えると画面にメーカーのロゴが表示される。そういえば動画見るにしてもアレはどうなっているのだろう
「ねぇ雫、そういえば音ってどうやって聞くんだろうね?パソコン1台しかないから聴けるのも1人だけとか?」
「それはさっき案内に書いてましたよ。たしかこの辺に・・・・・・あった。この通りイヤホンの差込口が分かれてるんで二人とも聴けるみたいですね」
そう言って隅においてあったイヤホンのセットを俺に見せてくる。こんな物があるとは便利な世の中になったものだ。
「それなら良かった・・・たしか可愛い動物って言ってたよね、犬とか猫でいい?」
「嬉しいです、ありがとうございます。はい、イヤホンつなげておきました」
俺はイヤホンを受け取り適当な動画を再生する。選んだのは動物のハプニング映像や癒やされ動画だ。
「やっぱり可愛い動物はいいですねぇ・・・慎さんは飼いたいとかそういうのはないんですか?」
「ウチはペット禁止のマンションだからね。でも、優愛さんらが飼ってるモモは可愛かったなぁ」
「モモ、ですか、ワンちゃんです?」
「うん、多分ダックスフンドだと思う。明日会えるんじゃないかな?」
そういえばモモとは初めて会った日以降見ていない。向こうの家に行っていないから当然なのだが、それも含めて明日の楽しみが増えたと考える。
「それは私も楽しみにしてますね。あ、次はこっちの動画をお願いします」
「はい了解・・・・・・ふわぁ・・・」
今までとは違い落ち着いた時間が流れているからだろうか、ついついあくびが出てしまう。
「あれ、眠くなっちゃいました?少し横になっても構いませんよ?」
「ううん、今の雫には何されるかわからないから寝ないよ」
「ぶ~。何もしませんのに~」
雫は頬を膨らませて抗議してくるが俺は目線を画面から外さない。その後も2人で様々な動画を見続けた。
「ん・・・あれ?」
気がついたら寝てしまっていたようで見覚えのない場所で目を覚ます。・・・そうか、雫と動画を見てていつの間にか眠ってしまったのか。画面を見ると動画の再生終了画面で止まっている。
PCの時計を確認しようと体を起こそうとしたが服を引っ張られ起きることが出来ない。寝転がったまま視線を下ろすと雫が俺の胸元の服を掴んだまま静かに寝息を立てていた。
俺はつい目元までかかった前髪を指でわけると「んん・・・」と小さく声が漏れてその瞳が半開きになる。あ、これ驚かれるやつだ。
「ごめん。起こしちゃった?」
「慎さん・・・? ・・・!? どうして慎さんと一緒に!?」
「落ち着いて。ほら、2人でネカフェ入って動画見てる時に寝ちゃったんだよ」
雫は一瞬で目をパチクリ大きく開いて体を起こすが、周りを見渡すとひとまず落ち着きを取り戻す。
「失礼しました・・・つい家にいるのかと」
「寝起きは誰だって混乱するものね。・・・そろそろ時間もいい感じだし、出ちゃう?」
「あっ、そうですね。まさかほとんど寝て過ごしちゃうなんて・・・」
時計を見るともう夕方、受付で指定した時間ギリギリになっていた。俺たちは手早く後片付けをして店を出る。
外はもう夕焼けが真っ赤に燃えていて俺たちを赤く照らしていた。
「綺麗な夕焼けですね~!」
「そうだね。明日もいい天気になりそうでよかった」
「む~!そこは『キミのほうが綺麗だよ』って言うところですよ~!・・・・・・って待ってくださいよぉ!」
何やら文句を言ってくるが俺は気にせず駅への道を歩む。
しかし雫はすぐさま追いついて俺の腕に絡みついた。
「慎さん、今日はありがとうございました」
「俺の方こそプレゼント選び手伝ってくれてありがとう。午後はなにかした感じしないけどね」
「いえ、一緒に居てくれるだけで楽しかったです。また、こうやって遊びに行ってくれますか?」
「もちろん。夏休みもあるし、まだまだ遊べるよ」
「夏休みですかぁ・・・そう考えると受験が無いって楽ですね」
「たしかにね・・・修学旅行もあるし。でも大学受験は頑張らなきゃね」
「ふふっ・・・ですねっ!」
そう2人で笑い合ってると駅の目の前に着く。雫は電車よりバスが近いから更にバスターミナルへと足を進める。
「雫、次のバスまであとどのくらい?」
「えっと・・・もう5分もないですね。このまま歩けばすぐ乗れそうです」
バスターミナルにはいくつかバスが並んでいた。その中に雫の家方面へのものも見つかる。
「アレだね。それじゃあ今日はホントにありがとう。また明日だね」
「はい、明日ですね。 それと慎さん、ちょっと耳貸してもらっていいですか?」
雫が俺の方へ手招きをする。俺はその指示に従うように一旦中腰の体制を取る。
「以前も言いましたけど、私、何号さんでもいいですからね」
「!? 雫!!」
「えへへ・・・それじゃあ慎さん!また明日です!!」
突然の発言に俺は固まってしまう。雫は数歩後ろに下がり、そのまま踵を返してバスの方へ小走りで向かっていった。
バスの中へ乗り込んだ雫は座りながら俺の方へ手を振り、俺はバスが見えなくなるまで立ち尽くしていた。
◇◇◇
私は家へと帰り着き、2階の自室に戻ってから服にシワが付くのも構わずにベッドへと倒れ込んだ。
「うぅ~~~~!!なんであんな恥ずかしいことを・・・・・!」
今まではただ普通に買い物したり遊んだりしてただけなのに今日は身体をくっつけたり恥ずかしいこと言ったりと、自分とは思えない言動に思い返すと恥ずかしさで頭がいっぱいになる。
「慎さん、変な子になったとか思ったりしてないかなぁ・・・」
それもこれも全部急に現れた優衣佳先輩と優愛先輩が原因だ。慎さんが2人を見る目は完全に信頼しているその目だった。今まで会長さんだけだったのに一気に2人も増えてしまって本当にあの時は驚いた。
「でも、先輩も悪いよね・・・・・・1ヶ月以上も連絡すらくれなかったし・・・・・・でも、今日のデートは楽しかったなぁ・・・」
私はまた今日あったことを振り返る。買い物デートしたりネットカフェで一緒に遊んだりと最高の時間だったけど、そこでまた自らが行った大胆な言動を思い出し身悶えする。
「あぁ~~~!!恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!」
羞恥心が限界に達してベッドの上で足をバタバタさせる。ホコリが舞ってしまうが構うものか。
「雫!なに上でバタバタしてるの!?静かにしなさい!! あとご飯よ!!」
階下からお母さんに怒られた。私は体を起こしてベッドに座って深呼吸する。
「別に私は一番じゃなくたっていいんだ・・・傍にさえ居れさえすれば・・・それなら十分可能性はある!! お母さ~ん!今日の夕飯なに~!?」
よしっ!と自らを鼓舞し、部屋を出る。まずは明日、あの2人と仲良くなるとこから始めよう。私の中に負けるなんて言葉はないんだから!
「汚れるから着替えて来なさい!」と怒られるまで、あと30秒




