031.放課後カラオケ
昼休みを終え、俺が教室に戻ってきた時には教室はいつもどおりの空気になっていた。帰ってきてアウェーな空気のままなんて嫌だから俺はホッとする。
クラスメイトの俺に対する扱いも変わらず、きっと智也が上手くやってくれたんだなと勝手に納得した。
放課後、俺は帰ろうとする智也を引き止める。
「智也、昼の件助かったよ」
「あん?なんのことだ?俺は何もしてないぞ?」
「えっ・・・俺が出ていった後智也が空気を整えてくれたんじゃないの?」
「あぁ、あの時皆がお前を見る視線は生暖かったからな。またかって感じですぐもとに戻ったぞ」
なんだか俺が感じた雰囲気と微妙に異なっている気がする。冷たい目線を感じたのは俺の思い過ごしだったというのか。
「じゃあ、俺が凄い圧を感じたのも気の所為だったのかな?」
「それは・・・いや、なるほど・・・・いやぁ、そのことについては俺には皆目見当もつかないなぁ。もしかしたら後ろのお二人さんならなにか知ってるかもしれないぞ」
智也の棒読みすぎる演技に少しイラッときたが言われた通り後ろを振り向くとそこにはいつもの二人・・・優衣佳さんと優愛さんが立っていた。
「えっと・・・なにか知ってるかな?」
「ごめん!それ以上は追求しないで! あんな酷い顔見られたら私もう行きていけないっ!」
聞いた途端優愛さんが顔を手で覆ってしまう。隣の優衣佳さんを見ると彼女も汗を垂らしながら硬い笑顔を見せるだけだった。
「ううん。ただの好奇心で聞いただけだからこれ以上は聞かないよ。ごめんね変なこと聞いて」
「私たちもごめんなさい。あの時は驚きで我を忘れていたわ」
「雫のあの発言には困ったものだね。それじゃあ智也、引き止めて悪か・・・・・ってあれ?どこいった?」
俺が向き直って智也に話しかけようとしたが既にその姿教室を出るところだった。しばらくすると入れ違うように翔子さんが廊下から現れる。
「ん。これ」
「俺に?なにこれ・・・・カラオケの割引券?」
手渡されたのはカラオケ店の割引チケットだ。よく見ると今日が期限最終日となっている。
「さっき・・・すれ違う時、渡された。迷惑料って」
「智也に?迷惑料にしちゃ押し付けた感があるけど、貰っておこうかな」
「なになに~?なにか貰ったの~?」
平常運転へと戻った優愛さんがチケットに顔を寄せる。今日は特に予定もないし、放課後カラオケっていうのも悪くない。
「さっき智也からカラオケの割引券を貰ったんだけど一緒にどうかな?」
「え!?カラオケ!?行きたい行きたい!お姉ちゃんも行くよね!?」
「まぁ、えぇ。かまわない・・・わよ?」
なぜか疑問形で承諾された。最後に翔子さんに聞こうとしたところで俺の服が軽く引っ張られる。
「私も、行っていい?」
「もちろん。翔子さんは用事とか大丈夫?」
「平気」
「翔子ちゃんも一緒なんだぁ!放課後遊ぶのは初めてだね~!!」
「っ!!」
優愛さんは翔子さんを抱きしめようとして――――――空振った。翔子さんが咄嗟の判断でバックステップで躱したのだ。しかしそこで油断したのが命取りとなる。優愛さんは安心して一瞬気の緩んだその腕を掴み――――――身体を引き寄せて抱きしめた。やはり未来は変えられないようだ。
「むぅ~」
翔子さんは抱きしめられながら唸っている。その頭は優愛さんの胸にすっぽりと収まっていた。
「優愛、そういうのは着いてからにしなさい。早く行かないと日が暮れてしまうわ」
「は~い」
優衣佳さんの指示に素直に従い優愛さんは抱きしめていた腕を開放する。
「それじゃあ、早いとこ行っちゃおうか」
「お~!」
俺たちはカラオケに向かうために教室を出る。昇降口に差し掛かるところでジャージ姿の見知った女子を発見した。雫だ。
「おつかれ、雫」
「あ!お疲れさまです、慎さん!もうお帰りですか?」
「うん。でもちょっと寄り道しようかなって。これからカラオケ行くんだけど・・・・・・雫はちょっと難しそうだね」
「そうですね。今から部活なんで・・・・よかったらまた誘ってください」
苦笑いをして雫はその場を離れようとする。
「雫ちゃんっ、ちょっとまって!」
「はい?えっと・・・優愛先輩、どうしました?」
「これ、受け取って」
そう言って優愛さんが渡したのは一枚のルーズリーフの紙だった。綺麗に長方形の形に折られている。
「私とお姉ちゃんのIDが書いてるから、いっぱいお話しよっ!」
「あっ・・・・ありがとうございます。帰ったら、連絡入れますね。それでは、失礼します」
「ごめんね引き止めて。部活がんばってっ!」
雫は少し戸惑いながら一礼し去って行った。彼女の周りには優愛さんのようなグイグイいく人はいなかったから少し押されてしまったのだろう。
俺たちは彼女の後ろ姿を見送ってからカラオケ店への道を歩き始めた。
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着いた場所は駅からほど近いチェーン店。数時間程度なら放課後でも十分遊んで帰ることができる場所として学生の間でよく利用されているカラオケだ。自動ドアをくぐると受付の女性の明るい挨拶が聞こえてくる。ここは任せて、と優愛さんが前に出る。オーダーをしてくれるようなのでここは任せよう。
「優愛さんは慣れてるみたいだね・・・優衣佳さんも結構な回数来てるの?」
「あんまり多いとは言えないわ。・・・でも、ちょうど昨日優愛と二人で行ったばっかりね」
「え!?それなのに誘って大丈夫だった!?」
「いえ、むしろ嬉しかったわ。私はあまり歌うほうじゃないのだけれど、昨日は優愛がマイクを離さなくってね・・・・・不完全燃焼だったのよ」
「ああ・・・・なんだか容易に想像ができるよ」
「優愛もやりすぎたのか、向こう一週間は家のお風呂掃除をやってくれるってことで話はついたわ」
「良い解決方法・・・だね? 翔子さんはどう?カラオケはよく来る?」
俺は真後ろにいる翔子さんへ話を振る。学校を出た途端俺の制服を摘んでいたから見ずともどこにいるかは把握済みだ。
「ん。家族と・・・数回だけなら。でも、歌ったこと無い」
「それなら私と一緒にデュエットしようよ!それなら恥ずかしく無いでしょっ!」
オーダーを終えてた優愛さんがこちらへ歩いてくる。
「ありがと、優愛さん。部屋はどこになったの?」
「え~っと・・・3階だね。エレベーターで上にあがろっか」
案内に書かれた扉を開けると4人にしては広めの部屋だったようだ。詰めれば10人弱は入れそうなスペースでテーブルを取り囲むように椅子が置かれている。
「へ~。結構広い部屋だね~」
「そうだね・・・さっき優衣佳さんに聞いたけど、昨日もカラオケしたんだよね?大丈夫?」
「もっちろん!まだまだ歌い足りないくらいだったから!それに、初めての慎也くんからのお誘いだったしね!」
「それは・・・嬉しいな。でも、マイクを離さないのは勘弁してね」
「もちろんだよ~」と優愛さんは苦笑いして荷物を端の方に置き始めた。その後俺たちに向かって手を伸ばしてきたので俺たちもそれに従って彼女に荷物を渡してひとまとめに置いていく。
「それじゃあ、最初は荷が重いから優愛。頼んだわ」
「は~い!」
そう言って優衣佳さんはマイクと電子目次本を渡す。優愛さんは慣れた手付きで選曲をして転送ボタンを押した。
彼女が選んだのは少し古めになるが明るいアップテンポの曲だった。持ち前の明るい歌声で片腕を揺らしながら上手に歌っていく。そんな彼女を翔子さんは小刻みに身体を揺らしながら楽しんでいた。
「ふぅ・・・どうだった?慎也くん!」
優愛さんが歌い終わって俺に感想を求めてくる。
「うん、凄く上手だったよ。一番手であんなに歌えるなんて盛り上げ上手なんだね」
「またまた~。褒めても何も出ないよ~」
そういう彼女はひどく上機嫌にマイクをテーブルの上に置いて入室前に持ってきたドリンクを口にする。
「それじゃあ、次は私が選んでいいかしら」
「うん。もちろんどうぞ」
優衣佳さんはそう言って選んだ曲はバラードのようだ。彼女はその場でコホンと軽く咳払いをして両手に持ったマイクで歌い出す。
その歌声も見事なものだった。難しそうな高音も平然と声を出して聞く人を魅了する。チラリと翔子さんを見ると音を出さない程度にゆっくり手拍子を入れて口だけ一緒に動かしていた。
「・・・私の歌の感想はどうかしら?慎也君」
「そうだね、凛とした優衣佳さんのイメージを底上げするかのような美しい高音で俺も聞き惚れちゃったよ。こんな特技持ってたんだね」
「ありがと。そう言ってもらえて嬉しいわ」
優衣佳さんはそう言ってマイクを翔子さんに手渡す。彼女はそれを受け取って選曲に悩み始めた。
「翔子ちゃんっ。私と一緒にデュエットする?」
「ん。最初は、一人で頑張ってみる」
そう言ってひとしきり悩んだ後、少し戸惑いながら曲を転送する。彼女が選んだ曲は10年ほど前に流行ったバラードだった。
緊張しているのか少し声量は小さめだがゆっくり目の曲調にしっかりと音程を合わせて一音一音丁寧にリズムを取っていく。
「・・・頑張った。慎也くん、どう?」
「うん。本当に翔子さんの頑張りが伝わってきたよ。それに音程も取れてて凄く耳障りの良い歌声だった。何でも歌って慣れたらとても素敵になると思うよ!」
「ん。嬉しい」
そう言って翔子さんは俺にマイクを突き出す。ついに来てしまったか・・・俺の歌声は普通らしいのだがこんなに上手な人たちに囲まれると緊張してしまう。
「慎也く~ん!それが終わったら私とデュエットしようね!」
「あっ、うん。いいよ。一緒に歌おうか」
「あら、じゃあその次は慎也君は私とね」
「え!?連続!?」
「その次は私と」
「えぇ!?翔子ちゃん、私とのデュエットは~!?」
「それは、あとで」
俺たちはマイクを回しながら時間いっぱいまでカラオケを楽しんだ――――――。




