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異聞始末録  作者: 黒サケ缶EX
異聞始末録  幽囚の魔女
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第一章 討伐依頼

会話は通じなければ意味はない。


画面の向こうに座る老紳士は、年齢を感じさせないほど姿勢がよかった。


銀色の髪はきれいに整えられ、濃紺のスーツにも皺ひとつない。背後には重厚な書棚が並んでいる。机上に置かれた書類の束から察するに、今回の依頼は彼個人の思いつきではなく、長く検討されてきた案件なのだろう。


「まず、被害状況からお話しします」


老紳士は手元の資料を一枚めくった。


「私の所有する土地で、女性の姿をした怪異が確認されました。最初の目撃は三週間ほど前です。その後、調査に入った者や、施設の管理に携わっていた者が襲われ、現在までに四名が死亡しています」


「四名」


「ええ。いずれも通常の事故や犯罪では説明できない状態でした。身体に目立った外傷がないにもかかわらず急激に衰弱した者。現場から離れた場所で突然意識を失った者。最後の一名は、発見時にはすでに死亡しており、死因を特定できませんでした」


サエキは資料を確認した。


犠牲者の氏名は伏せられている。代わりに、死亡時刻と現場の状況、調査機関による所見が簡潔にまとめられていた。


「目撃者は?」


「複数います。長い黒髪、白い肌、古い時代のものと思われる衣服。姿形については、証言がほぼ一致しています。記録映像にも残っています」


「既知の怪異と照合は?」


「すでに行いました。該当する可能性が高い存在がひとつあります」


老紳士は別の資料を画面に映した。


古い写真と、複数の時代に記録された目撃証言。添えられた記述は短く、確認された被害と出現地点が時系列で並んでいる。


その上部に、識別名が記されていた。


幽囚の魔女。


サエキは資料をしばらく見つめた。


「ネームドか」


「あなたもご存じでしたか」


「名前だけは。実際に見たことはありません」


ネームドの怪異は、単に危険な個体というだけではない。長期間にわたって複数の記録に現れ、固有の性質と行動傾向が確認されている。個体識別のために名が与えられ、一般的な怪異とは別の扱いを受ける存在だ。


ただし、その呼称は人間側が便宜上つけたものにすぎない。


怪異自身がその名を認めているとは限らず、そもそも人間の言葉や分類を理解しているとも限らない。


「今回の対象は、過去の記録にある幽囚の魔女と外見が一致しています。能力についても、過去に報告されたものと類似する点が多い。現段階では、同一個体と判断するのが妥当でしょう」


「それで、討伐依頼というわけですね」


「はい。犠牲者が出ています。これ以上の被害を防ぐため、確実に排除していただきたい」


サエキは資料を閉じた。


「出現場所は?」


「私有地の奥にある、古い封印施設です。丘の中央に森があり、その中の廃道を進んだ先に建物があります」


「封印施設ということは、何かを封じている?」


「そのとおりです。近頃、地下構造から異常な振動が確認され、計測機器にも説明のつかない変化が出ています。封印の状態が悪化していることは確かでしょう」


「魔女と封印の関係は?」


老紳士は、少しだけ間を置いた。


「無関係とは考えておりません。ただし、封印対象の詳細については開示できません」


「国家機密ですか」


「はい。私の立場から話せる範囲には限界があります。あなたに隠し事をすることが目的ではありませんが、対象の正体については、依頼人である私にも自由に話せない事情があるのです」


サエキは、資料の中の幽囚の魔女という文字に視線を戻した。


魔女の討伐が主目的で、封印の異常はそれに付随する問題ということらしい。封印そのものも無視できないが、現時点で最も差し迫った脅威は、すでに人間を殺している魔女だった。


「生け捕りの希望は?」


「ありません。犠牲者が出ている以上、確実に脅威を排除していただきたい」


「分かりました。では、契約条件を確認します」


サエキは用意していた書面を画面に映した。


「現地で予想外の危険が判明した場合、あるいは当初の想定を超える作業が必要になった場合、仕事の完了後に報酬を再交渉します。今回の見積もりは、事前に提示された情報を前提にしていますから」


「承知しております」


「それから、現地で俺自身が対処不可能だと判断した場合は、途中で撤退します。その場合、違約金はなし。受け取った契約金は全額返却し、追加報酬も請求しません」


「ええ」


「撤退するかどうかは俺が決めます。そちらの許可は必要ありません。危険が想定を超えたとき、依頼主の都合で現場に留められるような契約は結べません」


老紳士は、すぐにうなずいた。


「合理的な条件です。あなたの判断を尊重します」


「俺には後を継ぐ人間がいません。俺が死ねば、この仕事を続ける者はいなくなる。だから、生きて帰ることを最優先にします。自己犠牲を前提にした仕事は引き受けません」


「それで構いません」


老紳士の声には、失望も皮肉もなかった。


「あなたの実績については調べております。危険を恐れない人物だとは聞いていません。危険を見極め、対処できると判断したときにだけ動く人物だと聞いています。その判断も含めて、あなたに依頼しているのです」


「それなら話が早い」


報酬は破格だった。危険手当のほかに、情報の秘匿と、今回の件に伴う不利益への補償が含まれている。


サエキは契約書を最後まで確認した。


「これで結構です」


署名が済み、通話が切れた。


サエキはしばらく暗くなった画面を眺めていたが、やがて小さく息を吐いた。


傍らのホットコーヒーを手に取り、ひと口飲む。冷めきる前の苦味が、舌の上に静かに広がった。


机上には契約書と、装備の一覧がある。


幽囚の魔女。


記録上の被害と能力からすれば、危険な相手であることは間違いない。加えて、封印施設に現れているという点も気にかかる。


それでも、依頼の内容は明確だった。


魔女を討伐する。


封印に異常があれば、可能な範囲で対処する。


主人公はカップを置き、必要な装備を選び始めた。


あとは現地で確かめるだけだった。

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