今も君の歌を探している
彼女ができた時。
俺は、
わざとあいつに自慢した。
雑誌を見せて、
「可愛いだろ」なんて笑って。
あいつは少し目を丸くして、
それから、
いつもの顔で笑った。
「……おめでとう」
その声が、
なぜか少しだけ痛かった。
嬉しいはずだった。
自慢したかった。
なのに。
どうしてか、
その反応が気に入らなかった。
あのときは、
分からなかった。
一年経っても。
十年経っても。
二十年以上経った今も。
曲を作るたび、
無意識に探してしまう。
あの声を。
そこでようやく、
俺は気づいた。
……ああ。
俺、
あいつのこと。
煙草の煙が、
静かに揺れる。
「あのとき、気づいてたら……」
小さく漏れた声は、
誰にも届かない。
「……今さら遅ぇよ」
ーー
ライブハウスの楽屋は、
いつも少し煙草臭い。
壁際のソファ。
使いかけのエフェクター。
空になったペットボトル。
玲は、
その端で静かにギターを弾いていた。
リハ前。
誰もまだ喋っていない。
指先だけが、
淡々と音を鳴らしている。
悠希はその音を聞くのが好きだった。
優しいくせに、
どこか寂しい音。
ずっと、
誰かを探してるみたいな音。
「……またその曲?」
玲は顔を上げない。
「ああ」
「好きですね」
「別に」
嘘だ。
そのメロディを弾く時の玲は、
いつも少しだけ遠い。
今ここじゃない場所を見てる。
最初は分からなかった。
でも、
長く一緒に音を鳴らしていると、
嫌でも気づく。
この人の中には、
今でも消えない誰かがいる。
昔、
同じバンドで歌っていた人。
玲は、
多くを語らない。
けれど酒が入ると、
たまに昔の話をする。
「アイツさ」
そう言って、
少し笑う。
その顔を見るたび、
悠希の胸の奥は静かに痛んだ。
ああ。
この人、
今でもずっと大事なんだなって。
二十年以上経っても。
呆れるくらい、
真っ直ぐに。
「……会えばいいじゃないですか」
ある日、
悠希は何気ないふりをして言った。
玲は煙草を咥えたまま、
少し黙る。
紫煙が、
ゆっくり空気へ溶けていく。
「……いや、いい」
静かな声だった。
悠希は、
煙草を持つ玲の横顔を見る。
ああ。
そんなに特別なんだ。
胸が少し痛んだ。
でも同時に、
綺麗だと思った。
本当は、
少しは振り向いてほしい。
隣に立ちたい。
でも。
玲のギターが、
一番綺麗な音を出す瞬間を、
悠希は知ってしまった。
昔の話をする時。
あの人の声を思い出してる時。
それが、
悔しかった。
でも、
その音を好きになってしまった。
だから思った。
そんなに大事なら、
曲にした方がいい。
言葉にしないまま、
消えていく方が悲しい。
「玲さん」
「あ?」
「この曲、やりませんか?」
玲が顔を上げる。
悠希は笑った。
照れ隠しみたいに。
「想いって、
伝えなきゃ伝わんないじゃないですか」
玲は、
少しだけ目を細めた。
その顔が、
泣きそうに見えたのは、
たぶん気のせいじゃない。
俺たちは、
口下手で不器用だから。
だから、
音楽をやってる。
だったら。
一番大事な気持ちくらい、
音にしてもいいだろう。




