橘
王宮
大后の前に入内した五人の令嬢たちが並んでいた。
宝石を鑑定するように大后は一人の令嬢を手招いた。
「お前が皇甫氏か?」
橘色の着物を纏ったファンボ氏は前に歩み寄り、小さく大后に一礼をした。
「名前は?あるのか?」
「はい。名前は藝瀾と申します」
「イェラン、下がれ」
(忌々しいくらいの美女だ……あの男に与えるか……しばらく遊び相手になってもらおう)
大后のいう「あの男」とは国王のことである。大后は彼を愛してはいない。
とうの昔に彼への愛は捨てていた。それは彼が好色であったのと、一度も自分を女として愛していなかったのが原因だった。
大后はそんなことは最初から期待していなかった。
大后の使命や義務は族姫として余氏の栄華を極めることだけだ。そして太子を産むこと。
太子さえ産んでしまえば、あとは邪魔になる女どもを排除するだけである。
刃向かえば、大剣で切る。奪わられたら、奪い返す。
余氏にとって大后、正宮の地位は奪われてはいけないのだ。
「お前たちは大王宮、東宮、王子宮の妃になるだろう。イェランは陛下に仕えよ」
大后からの直々の指名にイェランは困惑したが、すぐに笑みを浮かべて礼を述べた。
五人のうち二人は明臨氏の姉妹。そしてイェラン、于氏、最後はセグン氏である。
セグン氏はヨ氏の宿敵だ。大后はよく自分が治める後宮にセグン氏を入内させたと感心する。
その度胸は認めるしかなかった。
「お前たちは平等に妃、夫人、嬪のどれかの身位を与えられる。妃でも次妃、少妃、庶妃がある。それは教育係から聞いているからわかるな?」
「はい」
その場にいた令嬢たちは一斉に返事をした。大后はイェラン以外を退出させて二人きりになった。
宝石を散りばめた椅子に座る威厳に満ちた大后を目の前にしてイェランは萎縮してしまった。
(秦の宣太后、もしくは武則天……とにかく恐ろしい方だわ)
イェランは肩唾を飲んだ。
「イェラン、お前には期待しているのよ?」
大后は急に穏やかで柔らかい口調になった。それにイェランは驚いて、目を丸くした。
あの冷徹と噂される大后が、このような優しい態度を自分にとるのが不思議だった。
「来なさい」
「はい」
イェランが大后に近寄ると彼女は椅子から優雅に立ち上がった。そしてイェランの白くささくれが一つもない手を握った。
「あなたなら陛下によく仕えてくれるわ。教育係からも聞いていたのよ?とても優しく心が美しい、と。そのような妃と一緒に仕えられたら光栄よ」
「大后さま、恐れ多いことです!」
大后はイェランを見つめる。その視線に思惑が含まれていることにイェランは気づかなかった。
そして大后の妖しい笑みにも気づかなかった。
「イェラン、これを……」
大后は自分が指に嵌めていた翡翠の指輪を外してイェランに握らせた。色が濃く大ぶりの翡翠はまさに正宮が身につけるには相応しい。
「あなたにあげるわ。これは陛下から婚姻のときにいただいたものよ。姉妹の証よ」
姉妹とは擬似的な姉妹のことだ。
妻妾の中でも擬似的な姉妹が存在する。先に嫁いだ妾を「お姉さま」と呼ぶ。正室はもちろん「お姉さま」だ。
しかし、正室を気安く「お姉さま」と呼べるのは腰元である媵妾くらいだろう。
「長話をしそうだわ。部屋に戻って休んで」
「お気遣いありがとうございます。大后さまのご期待に添えるように努めます」
イェランは指輪を握りしめて大后の部屋を後にした。大后は再び椅子に腰をおろした。
「どこまで使え切れるか……セグン氏に寵愛が向かないようにするには。ヘンに嫁がせるべきか。太子に嫁がせて宗姫が産まれたら厄介だわ」
宗姫とは王座から産まれた「后族」の血を引く公主らのことだ。宗姫は族姫よりも格段上の地位であり、一族の名誉である。
「ミョンリム氏は太子に仕えさせるのが適切。ミョンリム氏は宰相の娘。ミョンリム氏の功績と慰撫するためだわ」
大后の頭の中は政治に支配されている。
そして血統の繁栄を考えていた。自分が背負った一族の栄華は大きい。
それを国王に気づかせず、粛々と事を進めていく。
後宮ばかりではなく、王宮を支配する毒。なんなら和寧国を静かに蝕む猛毒だ。
大后はそれに気付いていない。彼女は「国」など気にしてはいない。
だから、それが罪なのである。
「宗姫だけは阻止しないと」
こうして、ミョンリム氏の姉妹は東宮に仕えさせ、イェランとウ氏は国王。セグン氏はヘンに仕えさせることにした。
それは見事な采配かと思われた。
だが、それに待ったをかけたのは夫である国王である。
滅多に後宮のあれこれに口を挟まない夫が大后に意見したのである。
自分にセグン氏を与えよ、と言ってきたのだ。
その代わり、イェランをヘンに与えるように言ってきたのだ。
大后は考えを巡らせたが、国王のあまりの執着に折れるしかなかった。
いや、折れたふりをした。
女狐はここにもいた。




