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東の野の暁

 ソンは東の野を眺めていた。西に傾く月の明かりが、暁に消えていく。垂らした黒髪が肩にかかる。ソンはそれをかきあげる。そして乱れた寝巻きで傍で横たわる女に目を落とした。この女は屋敷に住む女の一人だ。ソンはふくよかな、目を引く豊満肉体を味わった。だが、胸には温もりよりも虚しさが残る。ソンは侍従の鶴雲ウナクを呼んで女との逢瀬の後始末を頼んだ。ウナクはこういう後始末になれていた。というよりも、やらざるを得られなかった。ウナクは乱れた寝具を寝台に運ぶ。それから女を丁重に起こした。眠気まなこの女を丁寧に敷き直した寝台に寝かしつける。これがウナクに与えられた「後始末」であった。

 小声でソンがウナクに尋ねる。

「ウナク、女籠めかごは用意してますね?」

「裏手に用意してあります」

「着替えは別邸で。ウナク、行きますよ」

 ソンは乱れた寝巻きのまま、未亡人の屋敷から立ち去ろうとした。この屋敷の裏手にある門に息を潜めながら足を運ぶ。まだ、下女や下男も眠っていた。

 彼らの寝息が聞こえるほど静まり返った屋敷だ。ソンは屋敷を見返した。荒れるだけの気配を漂わせている。

 

 この屋敷は荒れるだろう──。


(そうなれば女に金を渡すまでだ)


 ソンが門をくぐると女籠の担ぎ手たちが彼に頭を下げた。ウナクが女籠の簾を開けると、ソンは乗り込んで行った。

 暁で目覚めていく街に溶け込むように女籠はソンの別邸に走っていく。

 徐々に虚しい気持ちが暁と共に強くなっていく。女を抱かなければ埋められない感情が心にまとわりつく。

 この気持ちを誰に向けようとしても、見向きもされない。「孤独」である。

 何人の女と逢瀬を交わしても、甘い言葉を囁いても、それは全て自分の積み上げた罪だ。、そして満たされないの痛みを実感していた。

 これは、一人の女のために積み上げた「業」だ。ソンは女籠の中で目を瞑る。

(佳姫カヒ。なぜ、君は……)


「公子さま、いづれ結婚しましょうね」


(カヒ、私との約束は忘れたのか?)

 女籠は別邸の裏門に突き当たる小道に入っていった。この裏門は使用人らが使うものであったが、専らソンが使っていた。

 担ぎ手が静かに女籠を下ろすとソンは足早で別邸へと入っていった。

 ウナクは銀10両を担ぎ手全員に支払った。中には借金が返せると泣いているものもいた。

 ソンは、

「自分の逢瀬は慈悲に近いでしょう」

 とも言っていたがウナクは一時の施しであるとしか感じていなかった。

「公子さまの何がしたいのだ?傲慢にも程がある……」

 ウナクは静寂の中で呟いた。


 別邸で真っ先にソンを待っていたのは侍女頭の炤伊ソイであった。ソイは何食わぬ顔で着替えを差し出した。

「公子さま、御髪おぐしも整えませ」

「ソイ、いつもすみませんね」

「とんでもございません。お母君から公子さまにお仕えするようにと申し付けられております故……朝の身支度を」

 ソイを先頭にソンは個室に案内された。その個室は支度部屋になっており、ソン専用の部屋でもあった。

 ソイは顔を拭く手巾や口をゆすぐ壺などを手際よく用意する。ソンは伏し目がちのソイの顎を手で引いた。ソイの瞳には憂いが滲んでいる。

「父上が手離したくない理由が分かりましたよ」

「わたくしめは何も。ただの侍女でございます」

 ソンはソイに重ねるように問いかける。

「侍女としてやましい事は?」

 ソンはソイの顎から手を離した。

「公子さまのお言葉の意味がわかりません」

 ソイはそういうと黙り込んでしまった。その理由をソンは知っていた。

 ソイは元々、ソンの母に付き従って屋敷に来た侍女に過ぎなかった。ソイはほかの侍女とは違い美しく聡明であった。ソンの母はソイを可愛がっていた。

「ソイ、あなたは母上が亡くなった後、父上

 と……」

 ソンの母親が亡くなるとソイの立場は変わった。彼女はそれを誰にも知られたくなかった。

 それまで黙っていたソイが口を開いた。

「公子さま、蒸し返すのですか?」

 ソイが放った言葉にソンは驚きもしなかった。どこか思う節があったからだ。

「もう、何もおっしゃらないで」

 ソイが告げた継室とは大公の後添えの禮氏イェである。彼女は野心家だった。

「大公さまは美しい花だけを愛でます。蝶が蜜を吸うようにです」

 大公との夜は何日も続けられた。ソイは自分が壊れてしまう感覚に怯えた。そして憎しみを滾らせていた。

 そしてソイは自分の美しい花のような時期に大公に全て捧げるしかなかったことに一抹の後悔と憎しみを覚えていた。

 しかし、彼女はソンを守らないといけなかった。だが、それはソイの心を覆う暗い雲だった。

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