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王立図書館 1

 紙が(こす)れる音。紙を(めく)る音。紙に印が()される音。魔道具が動く音。

 静かな空間に響く、(せわ)しない音。

 そして目の前には、大量の文字の山。

 庁舎内から王都にかけて張り巡らした拡張魔術で常に警戒することを忘れず、エレナは目の前に積まれている書類の山に手をつける。

 昨日に引き続き、エレナも入国申請書のチェックを行っている。

 管理室内に高く積み上がった書類は、昨日ほどではないにしろ、机上の隙間を探す方が困難なくらいだった。

 それでも端から、1つ1つ山を片付けていき、机の上に隙間ができるようになった。

 今日はクレア様達4番隊の3人はお休みらしいが、このペースならエレナ達4人でも今日中に終わらせる事ができそうだ。

 高く積み上がった申請書は、見るとやる気が失せてしまうが、文字が好きなエレナにとってはご褒美の山にしか見えない。

 魔道具に情報を読み取らせている間に、ザッと素早く申請書に目を通す。目を通した頃には魔道具が情報を表示しており、申請書の内容と魔道具の内容に違いが見られないか、マジックペンでチェックをつけていく。チェックが終わった申請書は、許可できるものとできないものに分け、1つ分の山が終わってからそれぞれに手をかざし、エレナの魔力でつけたチェックを消していく。


「……シルヴィオ様、こちらの2つ、終わりました」


 エレナの前に積まれていた2つ分の山を片付けてから、別のテーブルで作業しているシルヴィオ様に声をかける。最後の印を捺してもらうために。

 申請書に許可印を捺す事ができるのは、騎士団所属の隊長だけだ。エレナは騎士ですら無いからできない。

 本来であれば、チェックをするのも怪しいところだ。だが、シルヴィオ様とクレア様の騎士団隊長2人から頭を下げてお願いされたから、引き受けないわけにはいかない。

 と言うのは建前で、文字の世界にいる間だけは、余計なことを考えなくていいからと言うのが、エレナが書類仕事を受け入れた1番の理由だ。もちろん王都全域に展開させている拡聴魔術での警戒も怠ることはない。


「ありがとう。今度はこっちを頼むよ」


 シルヴィオ様から次の山を受け取り、終わらせた2つの山をシルヴィオ様の机、の隣の机に置く。シルヴィオ様の机の上には隙間が全くなかったから。

 プリマベル王国とヴィノリーナ皇国が協定を結んだのは2週間ほど前のこと。

 両国間で協定を結んだことにより、国民も許可証を得れば両国の国境を跨ぐことが可能となった。

 プリマベル王国が現在協定を結ぶ国は、ヴィノリーナ皇国の他に3カ国ある。(いず)れも協定を結んでから2年は出入国が激しかったという。つまり、今回のように申請書が山積みになっていたということで、おそらくこの状態はあと2年続くだろうと想像できる。

 それによってシルヴィオ様達は、ヴィノリーナ国第4皇子の護衛任務以外の騎士団の仕事の日は、ほとんどの時間をこの管理室で申請書を捌いているようだ。

 そんな状態がかれこれ2週間続いている。


「エレナは普段何をしているんだい?」


 だから、シルヴィオ様もこの状況に嫌気がさして来ていたようだ。

 捌いても捌いても書類の山。やっと片付いたと思えば、次の日には前の日と同じか、それ以上の山が出来上がっている。嫌にもなるだろう。

 だからと言って、息抜き——になるのかわからないが——の話を私に向けないでほしい。と思いはするが、口には出さない。


「……本を、読んでます」


 3つ目の書類の山に手を伸ばし、エレナは正直に答える。


「へえ、本を。魔術書とかかい?」


「……魔術書も、読みますし、歴史書とか、論文とか、小説とかも読みます」


「ふうん。そう言えば、学院でもよく本を読んでいたね」


「……そう、ですね」


 王立学院にエレナが本を読んでいたのは、知らない人だらけの空間で気絶してしまわないための対策だ。本を読んでいる間だけ、エレナは気持ちを落ち着かせることができるから。


「では、明日は家で本を読むのかな?」


「……その予定、でしたけど、明日は古本屋さんに行きます」


 本音を言えば、家に引き籠っていたい。でも、家にある本だけでは、エレナの疑問を解決できない。


「古本屋に?」


「……はい。欲しい本が、あるんです」


 昨日、エレナは魔力感知の方法を求めて、家にある魔術書に目を通した。が、結局手掛かりは見つからなかった。

 アウローラと話している時に何かを掴みかけたが、その直後のアウローラの言葉で現実に戻されたエレナは、手掛かりを得ることも、何かを閃くこともなかった。

 だから明日は古本屋に行き、まだ読んだことのない魔術書を購入する予定だ。


「本を購入するなら、古本屋ではなくてもいいのではないかい?」


 確かに古本屋でなくても、新書を売る書店に行く手もある。だが、


「……新書は、高いので」


 平民のエレナにとって、新書1冊は1月の食費くらいの値段がする高級品だ。これが古本になると1週間の食費までは下がる。まだまだ高いが、手を出せないほどではない。


「ふむ、確かに古本に比べたら高いね。だが、エレナは公爵家からしっかり給料をもらっているだろう?」


「……貰っています、が……」


 給料全てを本に使い込むことができるわけではない。

 肉や魚以外の食料は、基本家の裏にある畑や森で獲ることができる。服も大量にあるから困ることはない。

 だが、肉や魚は買わなければならないし、その他にも生活する上で必要になるものは都度購入することになる。ある程度は魔術でどうにかなるが、全てを魔術で解決できるわけではない。

 それに、新書を1冊買うなら、私は古本を4冊買う方を選ぶ。その本がたくさんの本を読むことができる。あと、新書には新書の魅力があるが、古本には古本の魅力がある。


「……新書だから、良いということでもないです」


 エレナの家には大量の本があるが、そのほとんどは古本だ。中にはこの世に数十冊しかないような貴重なものだってある。

 古本のいいところは、手に入るか、存在しているか分からないような本を発掘できるワクワクがあるところだ。

 新書の場合、このワクワクは別の場所でも体験できる。


「……古本屋さんに行った後、図書館にも行きます。新書は、図書館で読みます」


 各領地には、大小に差こそあれど、図書館が存在する。この図書館には、領民であれば誰でも利用が可能だ。

 中でも、ヴェルデ領の図書館は毎週必ず新書が入ることで有名だ。蔵書数も他の領地と比べてトップクラスで多い方だ。

 出身や住む場所にこだわりを持たないエレナだが、図書館のことを聞いた時、ヴェルデ領で生まれ育ってよかったと心から思ったことがある。


「なるほど。王立図書館にない本はないからね」


「……はい?」


 私はヴェルデ領の図書館に行くつもりだったのであって、王立図書館に行くとはひと言も言っていない。なのに、シルヴィオ様は私が王立図書館に行くものだと思っている。何故だ。

 領地の図書館は領地ごとの司書の判断で入荷する本が変わってくるが、王立図書館はこの国の本すべてが入荷される。

 王立図書館に行くことができるなら願ってもない話だ。

 だが、王立図書館には基本王族と伯爵以上の貴族しか入ることはできない。


「‥‥‥私は平民です。王立図書館に入ることは、出来ません」


「エレナ、君は公爵家(うち)の魔術師だ」


「? そう、ですね?」


 だからと言って、エレナ自身に公爵クラスの爵位があるわけではない。エレナは雇われている身だ。王立図書館に出入りする資格はない。


「そして君には、私の護衛をするという任務がある」


 シルヴィオ様の意図が読み取れなくて思考を巡らすエレナは、続いたシルヴィオ様の言葉に納得すると同時に、分からないことが増えて困惑した。


「護衛や付き添いという形なら、伯爵クラスの爵位がなくても出入り可能だ。私が同行すれば、何も問題はないだろう」


「‥‥‥そうで、す‥‥‥え?」


 どうやら、私は休みの日(明日)もシルヴィオ様といなければならないらしい。何故だ‥‥‥。

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