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魂の番。

 目を開けたとき。

 そこは、見知らぬ世界。見知らぬ部屋。

 シルクのレースで彩られたビロードのカーテンがお日様の光を遮っている。

 隙間からうっすら漏れる光を頼りに周囲を見渡すと、白銀のシャンデリアが吊るされた天井にも、隅々にまで綺麗な彫刻が施されて。

 壁には竜の意匠があちらこちらに彫り込まれ、ここが皇帝の部屋であることを意味していた。

(恐れ多くて竜の意匠は一般の人が使えるものじゃないもの)

 と、すると。

 この巨大なベッド、ふかふかすべすべのお布団が敷かれたベッドは陛下の?

 そんなところにどうして!!?


 半ばパニックになって、呆然と座り込んでいると。


 お部屋の入り口の豪華な扉がキイっと開いた。


「起きたかい? 私の可愛い妻よ」


 え!?

 って、妻って?

 どういうことですか!!?


「結婚披露は来週、盛大におこなうことにしよう。国中でこの私たちの結婚を祝うのだ。ああ、当日は祝日にしよう。大事な記念日として」


「ちょっ、ちょっと待ってください。あたし、そんな……」


「昨夜そのまま神殿に寄って、誓いの詔も済ませてきたよ。もう私たちは正式に夫婦となった。愛してるよアーシア」


「でも、そんな」


「君は意識を失っていたから君の分の誓いの宣誓は省略したけれど、あの夜会がそもそも私の伴侶になることを望む者の集まりだったわけだから、今更拒否はさせないよ?」


 そう悪戯っぽく笑う陛下。


 って、建前はそうかもしれないけど、あれって国内貴族の婚約者のいない女性全員が招待されたわけでしょう? 断ることなんて。


「私の花嫁になることを望まないのであれば、夜会への参加は断れば良かったんだよ。招待状にもそう記してあったはずだけどな」


 だって、そんなの断る親がいるわけがない。父様だって、公爵家の体面を気にして断れなかったわけだし。

 あたしには当然拒否権なんて無かったわけで。

 そもそも。

 妹のリーシアならともかく、あたしが選ばれるなんて、思ってもみなかったのに。


 困った顔のまま固まったあたしのそばに近づいて、ベッドの端にボスんと腰掛けた彼。

 そのままあたしの肩を抱き寄せて、耳元に口付けた。


「困った顔も可愛いけど、できたらもっと笑顔を見せてほしいな」


 そう甘い声で囁く。


 はう。


 カーっと身体中が熱って。

 きっと顔も真っ赤になってしまったあたし。


 でも。

 不思議とそれも、心地よくて。


 陛下に、彼に抱かれる肩も、嫌な感じはいっさいなくて。


 むしろ、もっと触れていたい。


 そんなことを思っていた。



 身支度を整えて。

(大勢の侍女さんたちに寄ってたかって整えられて)

 清楚な白のワンピースに着替えてから朝食を頂いた。


 目の前のユリアス様が、始終ニコニコとこちらを眺めているのが恥ずかしくて。

 めったに食べることのできないような美味しい食事だったのに、あんまり喉を通らなかった。


 途中、家の事を思い出したあたし。


「家に帰らなきゃ」

 と口に出してしまって。


「ああ、それなら問題無い。昨夜のうちに公爵家には伝令を出しておいたから」


 と、陛下。


 ああ。あの父、デュランデルが癇癪をおこしている姿が目に浮かぶ。

 リーシアもそう。

 きっとかなり怒っているはず。


 人として扱われないことは悲しいけどもう諦めている。

 でも、だからといって彼らの怒りをぶつけられることに慣れたわけじゃない。

 あたしの心だって、無傷じゃいられない。

 次に会ったとき、どんな言葉を投げかけられるのか、想像しただけで気が滅入った。


「あの人たちと、離れたい……」

 そんな本音がポロッと漏れる。


「ああ、いいよ。彼らには君にはもう近づかないよう釘を刺そう。あれは害にしかならないから」


 そう仰ってくださったユリアス様。


 安堵と、それでもその後の彼らの怒りを想像して。

 あたしは目を伏せた。



 あたしには前世の記憶はあるけれど、実はどうして死んじゃったのかまでは覚えていない。

 大好きな人がいて、その人のために、その人と共に頑張って。

 きっとそんな彼を残して死んでしまったんだろう。

 大霊に溶け混ざってしまわなかったほどの心残りなんて、それくらいしか思い当たらなかったから。

 この今の世界はその頃からはるかな未来、だと思える。

 当時はまだこの竜皇国グランガルシアなんて国、影も形も無かったから。


 昨夜の夜会の会場であった迎賓館はたぶん今あたしが居るこの宮殿の隣。

 そんなに離れてはいないとはいえ、この距離を陛下に抱き抱えられたまま移動してきたのか? と、そう思いあたって。

 恥ずかしさと、申し訳なさでまた頭の中がいっぱいになって。


「あの、ごめんなさい。昨夜あたしをここまで運んでくれたのですよ、ね? 重くなかったですか? 本当にごめんなさい」


 そう両手で顔を押さえる。

 ああもう、穴があったら入ってしまいたい。


「私がそんなにやわだと思うかい? ふふ、これでも竜神族の長なんだけど、な」


 そう言って満面の笑顔を見せる陛下。


 そうだよこの方は、神の血縁、竜神族、数多の命の頂点に君臨する竜帝。

 やわな人族なんか、本当だったらこの方の足元にも近寄ることはできない、のに。


 主な貴族は、その血が薄まっているとはいえ、多かれ少なかれこの竜族の血を引いている。


 それでも。


 直系の竜帝は、その血の中に流れる魔力の質、魔力の量が桁違いに高い。

 中でも歴代最強の竜帝と呼ばれる彼、ユリアス・アウレリヌスの魔力特性値は四桁を超えていると言われている。

 100越えのリーシアでさえ、人の中では最強クラスと言われていたけれど、そんな彼女も比較にならない魔力特性値と魔力量を誇っている。


 そんな強くて逞しい人、なのに。


 なぜか、恐ろしい、とは思えなかった。


 一緒にいると安心できる人。

 どことなく繋がっているような。そんな心地よさを感じて。


「君は私の魂の(つがい)だから。もう離さないよ」


 そんな言葉を耳元で囁かれ。

 肩を抱かれながらベッドルームに戻る。


「私は少し仕事に戻る。君はこのままゆっくりしていて。何か欲しいものがあれば侍女に言うといいよ。用意させるから」


 そう言って。あたしの頬に口づけを落とし、部屋を後にするユリアスさま。


 もしかして。


 あたしが起きる前からお仕事していたの?


 そう思うととても申し訳なくなって。

 でも。

 お仕事を抜けてあたしと朝ごはんをご一緒してくれたのだとしたら。


 それはとっても嬉しく感じた。


 一人じゃない。

 それがこんなにも嬉しいだなんて。


 そんなふうに感じるだなんて。今の、アーシアとして生まれてきて初めてだった。



 ■■■■■



「馬鹿な。どうしてリーシア、お前ではなかったのだ」


「だってお父様。竜帝陛下ったらアーシアのことを魂の(つがい)だなんて言って、聞く耳も持ってくださらないのですもの」


「見た目だけならあれとお前は双子で同じ顔をしているではないか。なぜだ!」


「知らないわ。それに、わたくしあの方は嫌です。とても恐ろしいのですもの」


「恐ろしい、と?」


「ええ。あの冷たい瞳。あんな人だったらアーシアにあげるわ。あんな魔力のない子、まともなお世継ぎも産めるわけないもの。すぐ捨てられるに決まってるわ」


「だったら尚更だ。あの方の力無くしてこの国は……」


「だって、今やこの竜皇国は他に並ぶ国なんてないほどの大国でしょう? 戦争だって、もう何年もないじゃない」


「お前は知らないからそういうことを言うのだ。宮殿の中ほど、大樹(グランウッド)の地下には魔王の骸が封印されている。竜帝のお力で、その魔王を押さえつけ封印を維持しているのだよ。世継ぎとなるお子の魔力が万一その封印の維持にたえうるものでない場合、この国は滅ぶのだぞ!」


「そんなの!」


「そうであるからこそ、我ら貴族は魔力の多寡に注力してきたのだ。より魔力の高い竜帝の後継を産むために。それなのにお前は!」


「だって、選ばれなかったんだもの。しょうがないじゃない! わたくしだって悔しいのよ! あんな魔力のかけらもないようなアーシアの方がわたくしよりもいいって言われて!」


 そう言って、泣き崩れるリーシア。


「ふむ。しかた、ない、か。確かにこうなってしまったものはもうどうにもならない。昨夜届いた伝令によると、竜帝陛下はすでにアーシアと婚姻を結び終わったとのことだ。であれば……、少々強硬な手段に出るしかあるまいよ」


 泣き崩れたままのリーシアを残し、何やらぶつぶつと言いながら自室に戻るデュランデル。


「ねえ、泣かないのリーシア。もしかしたら竜帝陛下は貴女の香水の匂いがお気に召さなかったのかもしれないわ」


「そうかな? おかあさま」


「中にはそういう男性もいらっしゃるのよ。ほら、アーシアは香水なんて持って無かったでしょう?」


「そう、ね。そうよね」


「貴女が今の香水の匂いをすっかり落として、お化粧も落として。アーシアと同じ服を着ればきっと区別はつかないはずよ」


「でも、お化粧しない、だなんて」


「あらあら。貴女はまだ若いわ。お化粧なんかに頼らなくても、お肌はすべすべだもの。大丈夫よ」


 そうリーシアを慰める母フランソワーズも、


「でもほんと、なんでアーシアだったのかしら?」


 そう首を傾げる。


 同じ自分の娘ではあるけれど、なぜか魔力が全くなかったアーシア。

 彼女がかわいそうと思う気持ちはあるけれど、この貴族社会ではどうしようもない。

 そう諦めていたフランソワーズ。


 どちらも幸せになって欲しいとは思うものの、国のためを思えば主人の言うとおりリーシアでないとだめかしら。

 そう信じて。



「午後から出かけるぞ! リーシア、風呂に入って準備をしておけ!」


「え? お父様?」


「お前をアーシアとを取り替えるのだ。宮殿に行くぞ!」


「でも、だって」


「フランソワーズの言うことも尤もだ、匂いも化粧も落としてしまえばお前とアーシアは区別がつかないはず。竜帝陛下であってもお考え直しくださる!」


「……」


 こうなると頑固な父は言を曲げることはない。

 それがわかっているから。

 リーシアは諦めて浴場に向かった。

 匂いを全て落とす?

 そんなの、一度や二度の入浴で落ちきるほどのものかどうか。

 もう身体に染み付いたアーシアとの匂いの差なんて、自分にはよくわからないほどなのに。


 諦めて。

 あとは全てを侍女に任せる。


 あの竜帝がどう思おうが、構うものか。そう開き直って。




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