幸せな結末。
ユリアス様はお忙しい。
竜帝陛下だもの、しょうがない。そうは納得するんだけど。
このお部屋に閉じこもって、何もすることがないのはやっぱりちょっと。
でも。
まだ正式にお披露目されたわけでもないし、正直全然実感もない。
あたし、結婚しちゃったんだ??
お父様と会わなくていいって言ってくれたことには感謝してるけど、それでもあのお父様がどれだけ怒っているかと想像すると怖くなる。
五歳の時からずっと怒鳴られ続けて、今のあたしは父親恐怖症みたいになっちゃってるんだろうか。
きっと、今あの父が目の前に現れたとしたら、あたしは身がすくんで反論もできず、ただただ言いなりにしかなれないな、そんなふうにも感じてる。
そう言う意味でも誰にも会わないで済むこのお部屋にこもっているのが正解、なのだろう。
もし出歩いてお父様やリーシアと出くわそうものなら、あたしもうどうなっちゃうかわかんないもの。
そんなことを考えながら、ボスんとベッドに寝転がった。
何か、御本を持ってきてもらう?
ううん、もうずっと何年も本を目にしたことがないもの。
字だって、昔と違うかもしれない。文法だって、変わっちゃってるかもしれない。
そもそもあれから何年経っているのかだって、歴史のお勉強すらしたことがなかったあたしにはわからない。
落ちこぼれ。
そう言われてもしょうがないなぁ。
このまま平民になったとしても、普通にお仕事して生きていける自信もあまりないよ。
そんなふうに落ち込んで。
ユリアス様に愛されて、奥様にしていただけるってそんな夢みたいな出来事が起きて。
幸せいっぱいになれるはずなのに。
どこか、まだ、何かの間違いじゃないか、とか。
寝て起きたら、もしかしたら元の家、元のあのあばらやな離れにいるんじゃないか、って。
全て、夢じゃないか。
それとも、騙されているんじゃないか。
全てが現実じゃないんじゃないか、って。
そんなふうに思えてしまう。
こんなふうに一人でいるとそんなことばっかりが頭の中でぐるぐるまわって。
怖かった。
コンコン。
ノックの音。
誰かしら、侍女さんのどなたかかしら。
そう思って「はい」って返事をしてみる。
でも。
キイっと扉が開いて入ってきた人を見た時。
あたしはそのまま固まって。
声を出すことさえできなかった。
♢ ♢ ♢
「さあ、迎えにきたよアーシア。家に帰ろう」
聞いたことのないような猫撫で声でそうはなすお父様。
お父様のすぐ後ろには、リーシア?
って、なんでリーシア、あたしの服を着てるの?
「帰るって……」
なんとかそれだけを言葉にする。
だめ。
体が震えてまともに声が出ない……。
「間違いなのだよアーシア。お前が選ばれるわけがないじゃないか。竜帝陛下の花嫁にはリーシアがなる。お前は父と一緒に帰るんだ」
でも、だって。
ユリアス様は、ご存じ、なの?
「陛下は……このことを……」
「ああもちろん陛下もご存じだ。そうでなかったら、私がここまでお前を迎えに来れるわけがないだろう?」
ああ。
やっぱり。
あたし、じゃ、なかったんだ。
間違い、だったんだ。
あたしは、いらなかった。
あたしみたいな落ちこぼれがユリアス様に選ばれるわけが、なかったんだ……。
悲しい。
目の前が、真っ暗になっていく。
だめ。もう。
絶望が、心の中を黒く塗りつぶしていく。
やっぱり、あたしなんか……。
あたしは、ふらっとベッドがか降りると。
そのまま窓際まで歩いていく。
もう、あたしなんか、いらないんだから。
リーシアが、ちゃんとあたしの代わりにユリアス様と幸せになるんだから。
そう思ったら、もう居ても立っても居られなくて。
もう、何も考えられなかった。
ビロードのカーテンをひきそのまま窓を開く。
そして。
あたしはふらふらと、そこから飛び降りた。
「アーシア!」
そんな父様の声が聞こえたと思ったけど。
そのまま目の前が真っ赤になった。
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「ツェツィーリア!!」
夢の中で、誰かのそんな声がした。
誰?
アレク?
「だめだ、死ぬな、ツェツィーリア! また俺を置いて逝くのか!?」
また?
ああ、アレクは無事だったのね。
勇者、アレクサンドライト。
あなたは人類の希望。
あなただけは無事で、よかった……。
——そうだな、聖女ツェツィーリアよ。今お前が死んでくれれば、我は解放されるだろうよ。
え?
——お前に封印された2000年前の恨み、これで晴らすことができそうだ。
あなた、誰?
——はは。我を忘れたと言うのか聖女よ。我、魔王ダルクエルを。
その瞬間、光が弾けた。気がした。
「これで勝ったと思うなよ聖女よ! 我は何度でも蘇る! いや、蘇ってみせる!」
あれは。
あたしが封じた魔王の最後のセリフ。
暗黒の魔王石、魔水晶を展開し。
勇者アレクの最後の力を振り絞った一撃で、なんとか膝をつかせることができた魔王ダルクエル。
そんなダルクエルの頭上に展開した魔水晶は、それでもなんとか弱った魔王を封印することに成功したのだ。
封印される寸前、あたしをギロっと睨みつけ、あの最後のセリフを叫んだ魔王。
あたしは最後の魔力を振り絞り、その魔水晶を自身の魂のゲートから取り込むと。
そのまま浄化の魔法を展開しつつ、心の奥底から繋がったグレートレイスに飛び込んだ。
「ツェツィーリア!!」
そんなアレクの悲痛な声が聞こえていたけど。
魔王は滅することができなかった。
どんな力を持ってしても、魔王ダルクエルを滅ぼすことはあたしたちにはできなかったから。
封印し、そのまま大霊に還す。
それしか方法がなかった、から。
あたしが魔王を包み込んで、そのまま大霊にとけて混ざるしか、それしか思いつかなかったから。
アレク、ごめん。
あなたを一人残して逝くのは心残りだけど、でも。
「だから、諦めるな!! ツェツィーリア! 戻ってこい!」
だめよ、アレク。
あたしの体はあたし自身で封印しているもの。
回復魔法も効かないわ。
——そうだ聖女よ。諦めろ。さすれば我はお前の魂を食い破ってでも復活してみせる。幸いにも我の骸がこの地下にあるようだからな。
え?
あなた、魔王?
——はっ! 思い出したのか! しかしもう遅い。お前の命はもうこときれる寸前。
だ、め。
だめ。
あたし、失敗しちゃったの? グレートレイスにとけて消えるはずだったのに。
なら。
だとしたら、
このまま死んじゃったらだめ。
あんたの思い通りになんか、なってやらないんだからーーーー!!!!
心のゲートを少しだけ、広げてあげる。
そう、魔王の魂を封印した魔王石を自分自身の魂の中に取り込んだあたし。
それを外に出さないために、ずっと心のゲートを閉じていたから。
心のゲートから溢れ出たマナ。
それを世界に落とすだけ。
魔法を使うって、それだけでできることだったのに。
ずっとその感覚を忘れてた。
あたしは……。
♢ ♢ ♢
「よかった、よかった。ツェツィーリア。目を開けてくれた」
あたしを抱きしめて、涙を流すユリアス、さま?
え? ユリアス、さま?
「君がまた死んでしまうかと思った。どれだけ回復魔法をかけても君は回復する様子がなくて」
「ユリアス、様?」
「ああ。アーシア。私の聖女。もう離さない。絶対、だ」
ああ。
今なら、わかる。
ユリアス様は、アレク、だ。
魂の調べが、一緒だもの。
「アレ、ク?」
「ああ、そうだよツェツィーリア。君は、思い出したんだね?」
ああ。
そっか。
アレクは最初っからあたしのことわかってて……。
「ごめんツェツィーリア。結局君にばかり負担をかけてる。君の中に封印された魔王がいることも私には見える。だけど……」
あたしの目を覗き込み。
じっとみつめる彼。
「これからは、私も一緒だから」
そう、あたしの耳元に唇を近づけ、囁く。
「だからお願いだ。決して一人で逝こうとは思わないで」
「ええ。これからはずっと一緒にいてください。あたしのユリアス様」
あたしも、彼の体に手を回し、思いっきり抱きついた。
ぎゅうっと抱きしめてくれる彼の体がとても温かくて。心地よかった。
FIN
P.S.後日談。
帝の寝室に忍び込んだお父様は、そのまま罪に問われ投獄された。
いくら国を想うためとはいえ、許されざる行為であると断罪され。公爵位を剥奪されることとなった。
リーシアは。
すっかり濃いお化粧や濃い香水はやめたらしい。
昔みたいに仲直りすることはできなかったけど、今はお母様と一緒に小さなお家で暮らしている。
あたしは。
事情があったとはいえ、お父様やお母様を許すことはやっぱりできなかった。
魔力がないからって人間扱いをしない世の中は、やっぱり間違ってるとおもうもの。
魔王は。
相変わらずあたしの中にいる。
もうすっかり目が覚めちゃったみたい。
っていうか、結構長い間眠っていたって言ってた。
え?
そんなことも話したのかって?
うーん。
なんだかね、ずっと一緒の魂の中に同居しているうちに、あたしの心が少しだけ魔王の中にとけて流れ込んでいるみたいなの。
前世みたいな邪悪さを感じなくなってる原因がそこにあったみたい。
封印は、ユリアス様の力も注いでもらってるからか、あたしのゲートを少しだけ開けても大丈夫になった。
うん。あたし、前世なみとは行かないけど、自分で魔法を使うことができるようになったから。
このまま。
いつの日か、魔王の心配をしなくてもいい未来が来るのなら。
それはとっても素敵なことだなって。あたしはそう想うのだ。
end




