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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 最終章 ラム・アファース
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最終回 ボクらが描く理想

 嵐が過ぎ去った後の街は、いつも通りのものに戻っていた。商人は物を婦人に売り、子どもは野良猫を追いかけ、大工は破損した街並みの修理に追われる。昼から外に出て雄を誘っている娼婦がいれば、影に隠れたところで物乞いする者だって。王都全体を賑わせていた戦争があったというのに、人々はあっけらかんと自分たちの時間を過ごしている。


 ただ一つ。彼らの頭の片隅に、あの日の叫びだけは残っていることだけを抜かせば。


 ――最近、やけに魔物を倒しづらくなったんだけどなんでだと思う?

 ――奇遇だな。俺もなんだ。

 ――あいつらが背中を向けるようになったからじゃない?

 ――ああ、言われてみれば確かに。なんか俺たちを見て逃げるヤツが増えたかもしれない。


「なんだかここの雰囲気変わりましたね。ギルドに入ってくる依頼も気持ち少なくなったような気がしますし、どう思いますヒュールさん?」


 魔物の素材受け取り係のヒュールは、話しかけてきた同期のエンにあくびを一つしてから返答する。


「どうでもいいかな。減ったっていっても依頼は入ってきてるし、冒険者の感想なんて個人のものだろうし」


「さっぱりとした回答っすね。まあ確かに僕らが気にしたところでどうとなることではないのかも」


 裏手の部屋から「エンさーん」と呼ぶ女性の声。彼が前からいなくなると、ヒュールは机にあった本を適当に開き始め、通常営業へ戻っていく。


 ページをめくった手を止める。ふと、関節の部分から皮膚が奇妙に揺れ動いていたかと思うと、中で何かが潜んでいるのかもぞもぞと動き出し、手の甲まで来てそれが止まった。すると次の瞬間、その皮膚が内側から真っ二つに割れ、中からサソリが顔を見せてきた。


「…………」


 ――なんだよ、さっきっから脳内に。……別に。あれ以来こっちで目立った動きはねえから。人間ごときが私らと同じ姿をしたのは驚きだったけど、所詮は劣等種。その時の実力も、我々の半分しかなかった。


 ……分かってる。バレやしないさ。私の変装は完璧だ。いつか、その時が来るまで潜み続けてやるとも。


 ――我らが反逆の時が来るまで。


 パチン、と手の甲を叩く。少し間を作ってから手をどかすと、サソリも割れた皮膚も元通りになっていた。


 そして、ヒュールは無言のまま、次の一ページをめくった。




 こうして人間たちが生活を取り戻している中、魔物たちも同様に変わらない日々を追っていた。撤退命令を下したメレメレの元、生き残った魔物たちは王国中を散り散りに去っていき、持ち前の巣窟作りで自分たちの身を人間から隠している。


 七魔人のドットマーリーも気絶から目を覚まし、そこにいたメレメレと共に魔王国へ帰国。残りの三人も、戦い終わりで寝転がっていた二人を見つけたところにウーブが合流した。


「……もしかして君ら、今日まで戦い続けてたの?」


「はあ……はあ……そうだが……」


「ウーブレック……話なら、はあ、後にしてくれ」


「呆れたヤツらだよホント」


 一方、城内で王都の修繕報告を受けていたセルスヴァルア国王。報告の者から「以上です」と聞き、下がるよう命じる。その人が玉座の前からいなくなると、側近の者が国王に訊いた。


「ログレス陛下。イブレイド様の件は本当にあれでよろしかったのですか?」


「本人がそうしてくれと言ったのだ。仕方あるまい」


「ですが、王族ともあろうものがあのような場所に入られるのはどうなのかと」


 側近が訊いている人物はゼレスのことだ。ログレスは不機嫌そうに肘置きをつく。


「王族など関係ない。これは私からの罰でもあるのだ。これ以上のお喋りは許さないぞボーラ」


「……失礼いたしました」




「まさか、本当に君がこんなところにいるだなんて」


 牢獄を前に、ラーフが呆れ果てた調子でそう言った。中に捕まっていたイブレイドが顔を上げる。


「すまないラーフ。しばらく迷惑をかけることになりそうだ」


「言われなくても分かるさ。でもどうしてこうなった?」


「少し、頭を冷やしたいと思ったんだ。しばらくここで、母上の願う世界が何なのか、考えたい」


「そう。まあ、街を滅茶苦茶にしてしまった事実は変えられないわけだしな。それに、あの公爵の子息様のことも……」


「償わなければならない罪だ。人として、恥ずべき行いをしたんだ」


「自覚してるならそれでいい。王都のことは任せてくれ。この正義と勇気の守護神がいる限り、この街の安全は保障されている。スパイラルシールドが破損しようが、その確定事項は断じて変わらない」


「頼りになるよ」


「いつでも待ってるからな。我らがリーダー」




 肝心のクルドレファミリア一向は、王都内の墓場にみんな揃っていた。そこで新たに建てられたあの男の墓石の前にて、アルヴィアが片膝をついて花を一輪だけ置いていく。


「馬鹿なヤツ」


 刻まれた名前、ギルエール・フォン・リーデルの文字にそう吐き捨て、四人がそこを後にしていく。墓場を出てからクイーンが口を開いた。


「彼がいなければボクは死んでいた。助けてもらったこの命、無駄には出来ない」


「あんなの死んで当然よ」と辛辣なアルヴィア。その顔はみんなの目には悲しそうに映っている。


「人を蔑んで、そうして自分の力を誇示してきた男だもの。実力を見誤って相手を間違えるなんて、イイザマじゃない」


「アルヴィア。そこまでにしよう。もう過ぎてしまったことだ。彼の分までボクらは前を見なくちゃ」


「……分かってる」


 彼らの元に黒い霧がやってくる。霧が渦を巻き、中から人が現れるとゼレスが顔を見せた。


「ゼレスおじさん! って、腕が!?」


 失っていた片腕にクイーンたちが心配し、ゼレスはその不安を手で制す。


「クイーンたちが気にすることじゃない。私は強い。これくらいの傷、一年経てば元通りになるさ」


「そう、なんだ……。でも一年もこの状態だなんて。ボクの知らないところで無理してたんじゃ……」


「足を滑らせて私が勝手に転んでしまっただけだ」


「どんな転び方すればそんなことに……」


「それよりもクイーン」話題をすり替えようとするゼレス。


「ディヴォールと一緒に城に戻らなかったのだな」


「お父さんとは話したよ。二人だけで少し」


「城に戻らないかと訊かれなかったのか?」


「訊かれたよ。でも断った」


「どうしてだ?」


 クイーンは三人の仲間たちそれぞれを一瞥していってから、ゼレスの目を見てこう答える。


「城には自分の足で戻りたいんだ。この王国にいる人間たちと知り合っていって、魔物たちの不満も受け止めながらやっていきたい。きっとここでの経験が将来、魔王になった時に大事になる気がするから」


 ゼレスは意外そうな顔をしたが、すぐにうんうんと頷いて納得を示した。


「なんだか成長したな、クイーン」


「え、本当? ゼレスおじさんがそう言ってくれるなんて」


「クイーンがそうしたいのなら私も止めない。君には頼りになる仲間もいるのだから」


「ありがとう、ゼレスおじさん」


「私なら旧セドラス邸でダグレルたちに看病してもらっている。私への心配は要らないから、クイーンたちは自分たちのしたいことをやりなさい。何かあったらいつでも頼ってくれていい」


「分かった。ゼレスおじさんも無理しないでね」


 一つ頷き、ゼレスは再び霧になって消えていった。彼を見届けて、クイーンがアルヴィアに訊ねる。


「教会には行ってきたか?」


「レイリアのことなら、ちゃんと回復に向かっているって」


「それじゃ手術は成功したんだ!」


 貴族の子息ということもあり、王国で最も腕の立つ医師が王都にやってきていて、その者の神業によってレイリアの人体を修復してみせたという。そのことをアルヴィアは墓参り前に前もって聞いていた。


「体のへこみはまだ時間がかかるって。でも骨の方はもう問題ないって言ってた。命の危険ももう起こらないって」


 安心していくクイーンたち。ただアルヴィアはそのことを、母親から聞いていたのだった。


「……レイリアが元に戻ったら、ラインベルフ家の公爵はどうするつもりなの?」


「それを決めるのは、一度レイリアに意志を訊いてからでしょうね。戦うことが出来ないようなら、あなたになるわ。レイリアがそう答えるとは思わないけれど」


 アルヴィアがその手に狐の紋章を握る。ラインベルフ家である何よりの証拠をじっと見つめ、一つの決心を志す。


「……お母様。お話が――」


「それは勝手になさい」


「え?」


 ルイデンスは娘からの話を遮る。


「家の義務なんて放棄していいと言っているの。どうせあなたに家を任せても、わがままなあなたじゃまた勝手にどこかに走ってしまうでしょうし」


「その時のことは、ごめんなさい……」


「好きに生きてみなさい」


 アルヴィアは言葉が詰まった。その一言は唐突で、雨雲から日差しが差すほど思いがけない言葉だった。


「あなたは誰かのために強くなろうとして、そのために自分と向き合っている。そこまでして守りたいものがあるのなら、これからの人生は、あなたの好きにしなさい。……人として間違ったことだとしても、信じるものを最後まで貫きなさい」


 その時の一言一句を、アルヴィアは今でも頭の中にそのまま蘇っている。誰かのために強くなれた彼女を、母親が初めて認めた瞬間。誰でもない自分の生みの親にそう言われることが、何よりの願いだったことを、密かに思い出し続けている。




 魔王国の城の中でも王とその側近、メレメレにこんな会話が。


「クイーン様を連れ戻さなかったのですね。少々意外でした」


「聞いてくれメレメレ。実は……」


「実は?」


「クイーンに嫌われてしまっていたんだ……」


 しょんぼりとした顔に、メレメレは冷静に一言。


「……左様ですか」


「なんでそんなあっさりとしているんだ! この私が娘に嫌われてしまったのだぞ! もっと焦ったらどうなんだ!」


 拍子抜けた返答に魔王は泣きべそをかいた。


「そうは言われましても、元々追い払ったのはあなた様ですし」


「それはそうだが完全に家出されてしまったのだぞ! 私が帰ろうと誘ったのにそれを断ったのだ! その時、私がどれだけショックだったか分かるか! 娘の前だから顔に出さないようクールに振る舞ってはみせたが、外で飢え死にしてしまったらどうすればいいんだ! というかもう、この城に二度と戻ってこないつもりなのかもしれない! ああ! 本当にそうだとしたら一体どうすればいいんだ!」


「その心配は、恐らくはないかと」


 どれだけ慌てふためいていても、執事の対応は安心しきれるくらい変わらない。


「どうしてそう言い切れる?」


「彼女はまだ魔王になることを諦めておりませんよ。竜の首飾りは持っていかれましたから」




 ガタガタと揺れる馬車に乗りながら、首に下げた首飾りを手に取って眺めてみる。竜の横顔を模った、将来王になるための証。ボクにとって、なくてはならない大事なもの。


「それ、取り戻してきたんだ」


 アルヴィアから話しかけられた。


「眷属で探して、メレメレに話したら返してくれた。あなたの覚悟に、私も期待していますって言って」


「そっか。ならちゃんと、これからの魔王奉行に精を入れていかないとね」


 ボクの横からテレレンが顔を出す。


「ねえクイーン様。次の街まであとどれくらいかかるの?」


「どうだろう。だいぶ遠かったから一週間とかかかるんじゃないか?」


 その言葉に「ええ!?」と驚いたのは、馬の代わりになって馬車を押していたドリンだ。


「オデ、そんなに歩かないといけないダヨ? ちょっとキツイダヨー」


「そうは言ってもなあ。ドリンを運べるほどの馬車がないって言われちゃ、こうするしか方法がなかったし」


「うう……オデだけ重労働ダヨ……」


 ゴツン、と大きな岩の上を、ボクらが転びそうになりながら進んでいく。ボクとアルヴィアはなんとか掴まって耐え忍んで、テレレンだけが「わっ!」と背中から倒れた。ドリンに気を付けてもらわないとボクらへダメージが入りそうだ。


「しょげるなってドリン。こんなのちょっとの工夫ですぐ楽になるって」


「工夫?」


「そうだ。ボクらの進歩はいつだってちょっとした工夫からだ。足元から氷を出していけ。道に沿って真っすぐに伸ばすんだ」


 少し戸惑ってから、ドリンはボクの頷きを見てそれを実行に移してくれた。黄土色の道が透き通った水色に染まっていく。


「よし。それじゃここを滑っていこう! 思いっきり走ってしまえドリン!」


 ノリノリでそう言ったボクを、アルヴィアが止めてきた。


「ちょっと待って! 滑っていったら危ないわよ。振り落とされたらどうするの?」


「大丈夫だって。急ブレーキならボクの炎で道を溶かせばいい」


「そう言うことじゃなくて――」


 ふとその瞬間、ググッと地表が揺れ動いた気がした。地震でも起きたのか、ボクらがキョロキョロし始めた時、通って来た道を振り返ったテレレンが「ああっ!?」と大声を上げた。


「どうしたテレレン? ――っあ」


「何があったダヨ? って、わあっ!?」


 大きなゴーレムが、ボクらのことを睨んでいた。きっと、さっき躓いた石はこいつの体の一部だったんだろう。怒っているのがよく分かる。


「グワーッ!!」


「うわあぁ!!」


 怯えたドリンが馬車を引いて走り出す。


「怖いダヨー! あんなの無理ダヨー!」


「ちょっとグウェンドリン!?」


 氷道を滑っていきながら、馬車がグングン加速していく。髪が鬱陶しいくらい風が吹き荒れていって、ボクとテレレンが爽快感を覚えていく。


「うおー速いよドリン君!」


「いいぞードリン! そのまま次の街までノンストップだー!」


「もう! こんなの飛んでいっちゃうわよー!」


 いつだってボクらは突き進んでいく。自分たちの受けてきた痛みは本物だから。互いに支え合う温かさも知っているし、争うことの愚かさも、最近になって身に沁みた。


 ボクらは止まらない。ボクが信じる限り、求める世界を追い求めてやるんだ。


 どんなに遠かろうとも。どれだけ険しい道のりだろうとも。そこに犠牲が生まれようとも、何者が立ちはだかろうとも、ボクは進んでいく。それが、魔王としての宿命だから。


 ボクらが描く理想は、悠久の願いなんかじゃない。そのことを、必ずこの手で証明してみせる。


 この進行は、そのための帰宅奇譚だ。

ご愛読、ありがとうございました。

後書きをご用意しております。これからについても触れているので興味がある方はぜひ。

ここまで読んでくださったあなたに、最大の感謝を。

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