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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 最終章 ラム・アファース
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129 over the top

 爆風はボクを通り越して、遥かだ先の雲海すらも揺れ動かした。飲み込んだ敵を内側から派手に爆破してみせたのだが、果たしてあの王子の面影が残ってくれているかどうか。段々と煙が晴れていって、次第にこの目に彼の姿映っていく。


「……マジかよ」


 何てことなさそうだった。何かしてきたのか、と言いたげそうに、彼は傷のない状態でその場に静止し続けている。


「マモノを……コロス。コロスまで、オレは――」


「死ねないってか? でもお前じゃボクには勝てない。さっき地表に降り立った時に分かっただろ。ボクは仲間に助けられ、お前のギルドの仲間は助けなかった。お前は今一人なんだよ。破滅を求める人に味方はつかない。お前の行き過ぎた願望には、誰もついてこれないんだよ」


「ウルサイ! マモノが、ヒトとオナジコトバをハナスな!」


「ならお前は人間らしく、理性を持ってボクと話し合えよ! そんなんだから、母親の死の真相にも気づけないままなんだよお前は!」


「オマエラはソンザイがマチガッテル! ソンザイしていいワケがナイ!」


「存在するのに権利が必要か? ボクらが生まれた瞬間に抱えた命に差があるのか? 違うだろ。みんな誰かの正義を押し付けられながら。気を抜けば死に至ってしまう環境に置かれながら。こんな、何が正しくて何が正義なのか曖昧な世界を生きてる。正義なんてものは一人が決めていいものじゃないんだよ。こんな世界作った神様とかが正解を用意してくれなかったのなら、ボクらがそれを突き止めなくちゃいけないんだよ。たとえ永遠に求め続けることになっても。出した答えが時間と共に風化してしまっても。何度衝突することになってしまっても。それだけは勝手に決めてしまっていいことじゃないんだよ!」


 泣き言を聞き流すことがどうして出来るのか。小を切り捨てることがそんなに容易いことなのか。敵を作るなんて都合のいいことなんだ。そいつを敵だと言いふらす限り、彼らは心ない言葉を投げれる。完全に、別次元の生き物なんだってレッテルが貼れる。でもそんなの間違いでしかないんだ。


 分かり合える、唯一の可能性を潰してしまうんだから。


 そんなボクの思想を否定するかのように、イブレイドがゴツンと空気の壁を叩いた。何もないはずの次元を揺らし、そこから音が聞こえてくると、発生した魔法陣がどんどん拡大していって、イブレイドの全身を遥かに超えて、その中から巨大な化け物が顔を見せてきた。


 真っ黒な殻に巨大な二つのハサミ。八つの足を動かし出てきて、魔力か何かで空中を歩きながら、特大な毒針を持った尻尾が最後に顔を見せる。


「ユースティティア・マグナ!」


 紛れもなかった。出てきた生き物は、超巨大なサソリだ。


「ヨルムンガンド!」


 逆光を浴びる背中から一筋影が伸び、大いなる世界蛇が瞳を宿すと、その身に炎を帯びる。


「クルシメ、レットウドモ!」


「目を覚ませこの分からず屋!」


 持てる力のすべてを、迫ってくるサソリにぶつけてみせる。


 真正面からぶつかり合ってから、即座にヨルムンガンドが長い体で体中にまとわりつく。そこからさらに、サソリの動きを封じた蛇が体を燃え盛らせ追い打ちをかけた。


 いける。そう思ってボクの手からもフレインを放ち、全身全霊でサソリを燃やし尽くしてしまおうとした。それをイブレイドは許さなかった。


「セイギは、ユルガナイ!」


 自ら炎の中に入っていき、真っ赤なその中から一刀振り下ろした瞬間、尋常じゃない風圧がボクの魔法を蛇ともどもかき消してしまった。


「そんな!?」


「コロス。これがサイゴだ!」


 サソリを従え悪魔が迫ってくる。とっさの反射でボクは上空へ逃げていったが、足元から一人と一匹が追いかけ続けてくる。逃げたところで二体一じゃ分が悪い。雲を突き抜けたところで、ボクは食い止める構えに入った。


「ブラッドウィップ! 蹴散らせ、血染ちぞめ紅桜べにざくら!」


 手のひらを爪で引っ掻き、傷口から血をあふれ出しては、両手に鞭を生み出して操っていく。腕の振りは軽くゆらゆらとさせ、ヤツらに迫る瞬間にだけ固く凝固させ襲い掛かる。かつてラケーレを追い詰めるほどに通用したこの技。しかしそれをイブレイドは容易く切り刻んでいってしまう。


 どれだけ襲い掛かろうとも。風音をビュンビュン揺るがし叩き割ろうとしても、彼の剣から百花繚乱の華やかさのような血しぶきばかりが散らばっていく。サソリの足も止められないまま、距離を取りつつボクは次の武器を手にする。


「血()れの鎌 ブラッドサイズ!」


 一匹だけでも。一人がまだ倒せなくても、あの一匹さえ真っ二つに出来れば――。


「はああぁ!」


 巨大な虫を一点に狙い、その鎌を振り下ろした。巨岩だってかち割った武器だったんだ。これが届かないはずが――。


 ガツンと金属音が高鳴る。ボクの手はそれ以上進まず、鎌の刃を止めていたサソリの殻には、傷一つついていなかった。


「なんなんだこいつは!」


 どんな攻撃も通らない。今までの必殺技を持ってしても駄目。今のボクは過去の覚醒状態の一つ上をいっているはずなのに、パワーアップした力はどれも、こいつに通用しない。


「セイギはウラギラナイ。オオいなるセイギこそ、ワレらニンゲンにアリ!」


 血濡れの鎌にサソリのハサミが伸び、力強く真っ二つにされてしまった。ボクから障害を取り除いたのをきっかけに、イブレイドがグンッと勢いよく近づいてきた。


「クソ! 止まれ!」


 とっさにフレインを焚いたが、イブレイドは素手でそれを強引に遮ってしまい、引火したその手でボクの肩を強引に掴んできた。離してしまわないように力を込めながら、ギラリと銀の刃が顔面に向けられる。ボクを見てくるそいつの目はもう、殺意なんかではなく狂気が宿っていた。


「シネッ! セイギのナのモトに!!」


 一切の躊躇いなく、その刃は真っすぐ伸びてきた。ボクが今まで守り切ってきた心臓めがけてグサリと一直線に。ボクに引導を渡す一撃がこの瞬間に、


 ――刺される。






「っ!? キえた!?」


 残像もなく、スッとボクは消えていった。王子は目の色変えてどこにいったか探しだそうとするが、いつ、ボクが彼より高いところまで飛んでいたかは、全くもって気づいていないようだった。


「ボクを誰だと思ってる? 次代の魔王、クイーン様だぞ」


 ボクはそう高々に叫ぶ。月が平行線に輝いているその場所で、真っ暗な宇宙を背景に悠然と佇んでみせる。


「イツのまに!?」


「幻の白い炎を知らなかっただろう。真に覚醒したボクなら、それ以上のことが出来る。イルシーの上位互換、『ハルシオン』。さっきまでのボクは本物そっくりだっただろ? でもお前はずっと、ボクの分身を相手にしてたってわけだ」


「コシャクなあ!」


「いつから発動してたかは言うまい。やっとここまでお前をおびき寄せたんだ。魔王の全力、ここで存分に発揮してやる」


 天に向かって逃げてきたのはこのため。今から放つ、大魔法のためだ。ヨルムンガンドも、ブラッドウィップもブラッドサイズも、誘い込み時間を稼ぐための前戯でしかない。


「脳に刻まれしの震撼。なんじ、瞳合えば石となり、猛牙毒舌もうがどくぜつを逃れる術もなし。解き放とう我が畢生ひっせい――!」


 精神、魂、魔力のすべてを、いま! この、大宇宙おおぞらから!


「破壊と創造の蛇! ウロボロス!!」


 どこからともなく響きだした鳴き声。それは天にいながら、地響きを感じさせるほど太く重たいもの。ボクの背後に二つ、真っ赤なともしびが光り出すと、そいつはボクを通り越し、イブレイドから発せられてる怪しい光を受けて初めてその実態を露わにした。


「んな!? こんなものを、キサマが!?」


「大魔法ウロボロス。こいつが飲み込めないものは一つとして存在しない。この星すら、例外なく」


 どんな影よりも伸び広がってる夜空。それを利用し生み出した今宵だけの眷属。今までのスケールを越えた、サソリも赤子のようにしか見えないほど対比しているボクの蛇が、ゆっくりイブレイドに迫っていってそのアギトを開いた。


「クソがああぁぁ!」


 食われる瞬間にイブレイドが斬撃を出して抵抗するが、それがきいている気配は微塵もない。悠々とウロボロスはサソリごと悪魔を飲み込み、ボクの目にも映らないほど濃い真っ暗闇の中に彼らが閉じ込めた。


「ヤメロ! キサマをコロさなければニンゲンのミライが! ハハウエのカタキがぁ!」


 くぐもった叫び声が耳に届く。けどボクは、悪魔の言うことなんかに従うつもりはなかった。


「元の彼を返してくれ、悪魔ども」


 この手を握りしめる。するとウロボロスは口を動かしだし、王子のかぶってしまった悪魔の皮をガリ、ガリ、ガリ、と嚙み砕いていった。従えていたサソリは屈強な殻ごと破壊し、イブレイドは心臓に届かない程度に傷みつけていく。こうまでしないと削れない悪魔の魂を、影の中に封印していく。霊薬の効果が続く限り生み出されるその力を、時間をかけて根こそぎ刈り取っていく。


 なり続けた咀嚼音。一回一回が骨を砕いてそうなほど痛々しい響き。


 しばらくして、最後の音が豪快に響いていった。

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