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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 最終章 ラム・アファース
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124 魂持つすべての者へ

 彼女のその言葉はしばらく、私の耳の中に残り続けた。


 一緒に生きていけるから……。ボクらに差なんてない……。


 焚火を囲んだ、初めて出会った日のことを思い返す。私は、この叫び声が聞こえてくるまで、すっかり大事なことを忘れてしまっていたんだ。


「なんなの、今の女の子の声は」


「お母様」


 今一度向き直る。もう答えは出た。思い出したんだ。私が守りたい大切なものを。


「私、人間を守りたいって思わないし、かといって魔物の側につきたいわけでもない。私が守りたいのは、弱い立場にいる両方の生き物。どうすることも出来ない状況にいる人間と魔物を助けたい。そして、誰よりもそんな世界を願ってる大事な人を守ってあげたい」


 誰だって陽だまりの下で生きたいと願う。その陽だまりの大きさに入りきらないくらい私たちはたくさんいて、はみ出し者が理不尽に怒り、いつしかそれを奪い合うようになった。でも、その陽だまりを大きく、そして強い光にしてくれる存在がいる。そうしてくれるって期待できる彼女がいる。


「踏ん切りのつかない答え。私の一番嫌いなものね」


 腰の剣を抜いたお母さんが刃を軽く振るうと、冷気が円形を形作り私たちを囲うように氷が張っていった。


「コルネスの効果は知っているでしょう? 灼熱の氷に痛めつけられたいのなら、もう一度同じことを言ってみるといいわ」


「私の答えは変わらない。何度訊かれたって変わらない。こんな魔法で脅されたって、変わったりしない」


 再び剣が振られる。冷気が髪をなびかせて、辺りの氷が追加されてその距離が狭まっていく。


 脅しに負けてなんかいられない。私はじっとお母さんを見つめたまま、口を堅く閉じ続けた。お母さんがまた剣を振り、もはや足元のすぐ傍まで氷が張り詰めた。


「何があなたをそこまで駆り立てるの? その守りたい大事な人は、本当にあなたにとって価値のある存在なの?」


「価値なんかじゃない。私がいないと、あの子は何するか分からないのよ。いつも自分の父親を真似てるのか威張ったような態度を取って、人間にも強気で上から目線だったりする。小さい見た目の割に妙に大人びた言葉で話そうとするし、自分は偉大な何かだって思い込んでる。


 でも、そんな子どもっぽい彼女に私は救われた。同じ境遇だって寄り添ってくれた時、私の心が惹かれた。自分でも魔物と仲良くなるなんておかしいって思ってた。でも、どう見ても彼女は、彼女の心は、私たちと同じだった。別物には感じられなかった。私はその時……」


 キュッとした胸を抑えて、言葉を絞り出す。


「私は、あの子に優しくされた時、初めてちっぽけな自分に気づけたのよ」


「その考えは捨てるべきよ。魔物のせいで大事なものを失った人たちがどれだけいると思っているの?」


「あの子はこれまでの因縁を断ち切ろうとしている。そのためにすべての罪を背負う覚悟も持ってる。誰よりも本気で、この世界を変えようとしている」


「今更世界なんて変わらないわよ。現実に戻ってきなさい」


「今だからこそよ! いつだって世界は変えられる。動き出した何かがあれば絶対に変わる。決して簡単なことじゃないけど、でも、世界にいるのは私たちよ。私たちが戦争をしてすべてを失うことが出来るのなら、その逆だってきっと出来る。あり得ない世界だって形に出来る! 現実って言葉で、仕方のないことをそのままにしようとしないでよ」


 何を言われようとも私は食い下がった。やっと気づけた本心を自分に言い聞かせるためにも、何度だって私はお母さんに言い返すつもりだった。お母さんは真剣な顔のまま硬直して、真っすぐな視線のままこう言い放った。


「もうたくさんだわ」


 再三振られた剣が静かに振り抜かれた。極寒の空気が肌を襲ってきて、体の節々に霜が出来ていく。私は体の自由を奪われ、微かに瞳を動かし母を見た。


「あり得ない世界が形になるだなんて。とんだ夢物語なのよ。平和な世界があるとしたら、それは魔物のいない世界なのよ」


 笑わないでよ。呆れてるんじゃないわよ。


 たとえお母さんが相手でも、譲れないものは絶対に譲らない。昔みたいに、何かしか出来ないなんて言われたくないんだから。


 ルシードを体の表面に浮かび上がらせる。この状態を覆す術は前に経験してる。この氷を壊す。過去のしがらみと共に、すべてを解き放って――。


 ごめんね、レイリア。あなたのことは愛してる。あなたがこの選択を恨むのなら、私はそれを真っすぐに受け止めてあげる。


 だから……もう振り返っていらない。今はただ……。


 ただ、前へ――!


「――っく!?」


 破裂させた魔法障壁。その勢いによって全身の氷がすべて砕け散った。顔が動く。腕も脚も。体の自由を取り戻せた。


 目を丸くしたお母さん。私の力で、お母さんの呪縛から解放してみせたんだ。


「守ることしか出来ない、なんてもう言わせないから。今の私は、もう昔のままじゃないから」


 驚き放心しているお母さんにそう告げて、私はやっと走り出した。ついてくるコウモリはなく、道しるべのない、当てのない中をとにかく走り続ける。私のためではなく、大事な仲間のために。



「クイーン!!」



 アルヴィアの声だ!


「アルヴィア!!」


「クイーン!? どこなの!」


「ここだー!」


 腕を天高く上げ、最大の火力を満月に放つ。ゾレイアの眷属なんかより、彼女に分かる最大限の印を解き放った。


 この時のクイーンは知る由もなかった。隣に立っていたドリンが、フレインの火力に頭を抑え地面に倒れこんでいたが、それだけ強い光と熱を持っていた情熱の魔法は、王都とその周辺に生きる者たちの目にくっきり映っていたことを。


 ――もしもこんな無益なこと続けるようだったら、お前ら全員、ボクがねじ伏せてやるんだからな! ボクの炎で、ここら一帯全部焼き尽くしてやるんだからな!


 お前らが一生理解してくれないんだったら、魔王の娘が、この世界を頂いてやるんだからな!!


 人々の頭に蘇るついさっきの宣告。誰もが真剣に耳に入れなかったその話題が、夜の城を照らした瞬間にボヤ騒ぎを巻き起こしたのだ。


 その熱が人間を変える。現状の世界に満足し、弱者とは縁の遠い立場だった者は血の気が引いた。彼らの生き物としての本能が、立場や居場所を失ってしまうかもしれないという恐怖心をあぶり出した。


 その光が魔物を変える。言葉を理解する者はクイーンの本気を知り、言葉を知らぬ者でも王都という人間の本拠地で上がった特大の炎に感銘を受けた。


 それまで腰の重かった者が焦りを感じ、心が満たない生き物にも衝撃を与えた瞬間。その瞬間はまさしく、魂あるすべての者が目を覚ました瞬間だった。


「クイーン!」


「アルヴィア!」


 ボクらは名前を呼びあって、自然と走り寄り、思いきり抱き合った。この再会を待ち望んでいたんだって、どっちもそう思っていたのが伝わるくらいギュッとする。喧嘩なんかがなかったかのように、ボクらは必要な存在を確かめ合う。


「ごめんアルヴィア。ボク、お前にひどいことしちゃってた」


「ううん。謝るのは私の方。大事なものを見失ってた。自分のことばかり考えて、それでクイーンのこと、余計苦しめちゃった。本当に、ごめん」


 震えた声。泣いてるんだ。


「泣くなよ。ボクまで泣きそうになるだろうが……」


「ごめん。本当に私、わがままで……」


「そんなのお互い様だろ? ボクだって人間のことは分からないことだらけだし、アルヴィアだって魔物に関して知らないことだらけなんだ。ボクらは何度だって衝突するかもしれない。でも、それでもボクらはこうして、一緒に寄り添うことが出来る。ボクはアルヴィアのこと、心から信頼してるから」


「うん……」


 泣き止んだのを顔を見ずに察して、お互いに体を離す。目元にまだ残ってはいるが、アルヴィアは必死にもう泣かないようにこらえている様子だ。


「また泣いちゃった。泣くつもりなんてなかったのに」


「子どもみたいだな~アルヴィアは」


 一瞬、アルヴィアがキョトンとしたような顔して、不意に吹きだしたようにしてこう言った。


「子どもなのはどっちよ、見栄っ張りさん」


「見栄っ張りだって?」


「私には分かってるのよ。クイーンが人に感情移入しやすいピュアな子どものクセに、いつも大人ぶったような喋り方とか大きく態度を見せようとしていること」


「そ、そんなことないやい!」


「お父さんのことを真似てるのかもしれないんだろうけどさ。あなたはやっぱり、まだ魔王になる途中なのよ。だから、我慢しなくていいんじゃない? 目から溢れてるわよ」


 ヤバいと思ったその時には、ホロッと一粒流れ出してしまった。言われた瞬間に感じた安心感が、ボクの涙腺を緩めてきた。完全に不意打ちだ、こんなの。


 溢れ出たものは、それからいくら我慢しようとも止められなかった。涙を拭う代わりに、ボクはアルヴィアの胸元に顔を押し当てた。


「……怖かったんだ。あの時のせいで、アルヴィアがどっか行っちゃうんじゃないかって思って。一番信頼していた人を疑うようなことして、ボクは、どうしたらいいんだろうって……」


 頭に置かれた手。初めてボクらが分かり合えた時の、あの懐かしい温もりがまたボクを包んでくれる。


「もう、不安にならないで。私は、クイーン傍を離れたりしないから」


「うん……ありがとう、アルヴィア」


 間違いなんて誰でも犯す。心ないことを言ってしまったりもする。その時の激動も含めて、それは感情なんだ。


 大事なのは感情を失うことじゃない。互いに知り合い、触れ合うことで理解し合う。そうして寄り添い合えた時、ボクらは初めて共感することが出来る。生を共有し合えることが出来るんだって。この時、ボクはそう思った。

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