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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 最終章 ラム・アファース
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120 直面する現実

 手をつき、ずっと折り曲げていた足を立たせる。街の空がもう橙色に染まっている。


 もう一日が終わろうとしている。時間なんて気にならなかった。何も気にしてられないくらい、惨めな自分を自分で卑下していた。


 未だ重たい頭が下を向く。朱色の髪が映りこんでくる。目的もなく一歩踏み出し、トボトボ歩き出してみた。たった一人、王都から逃げ出し道なき道を進んでいた時みたいに。


 ……。


 私は、他の人が見てられないほど醜い性格だった。居場所を探すのに必死だった。気に食わないものは全否定して、気に入ったものは自分のもの同然のように勝手に思い込んで。


 ただちっぽけな自分を受け入れ、認められればよかっただけなのに、たったそれだけのことが出来なくて。


 だから、大事な友達にもひどい事を言ってしまった。


 ……。


 今度は、どこに逃げよう。もう逃げる場所なんてないのかも。人の住む街にも、外に住まう魔物とも、私は馴染めなかった。居場所も逃げる先も、この世界には残ってない。


 ……馬の足音。前からする。


 顔を上げると、出会いたくない人が手綱を引いて馬の足を止めていた。


 私のお母さんだ。


 側近の兵士二人に何か指示を出すと、二頭の馬は颯爽と走り出していき、降りた母上と私の二人だけになった。


「どこで道草してるのかと思えば、こんな場所にいたなんて。私があなたに与えた役割を忘れるわけないでしょうね?」


 私は俯いたまま口を閉ざし続ける。


「叱られて黙り込むなんて幼子のようね。あなたを見てると気分が悪くなるわ」


「……ごめんなさい」


 手綱を引いたのか、馬のブルッという鳴き声がした。


「今すぐ戻りなさい。家来たちが騒いでいてしょうがないの」


「……はい」


 言われるがままに馬まで歩いていこうとする。首元に手をかけたその時、お母さんが一言喋り出す。


「私は無事だと伝えて。残りの魔物処理もすぐに終わると」


 くらにかけようとした足を止めて、パッとお母さんの顔を見上げる。


「まだ、戦うの?」


 お母さんの怪訝そうな目。まるで私を病人として見ているかのような見方。


「何を言ってるの? それがラインベルフ家の使命。魔物が襲ってくる限り、私たち貴族は戦い続ける、まさか、そんな忠義さえ忘れてしまったなんて言わないでしょうね?」


 それを聞いた途端、背筋からじわりじわり迫りくるものを感じた。お母さんの実力は誰よりも分かってるつもりだった。思わず鞍から離れて馬の尻を叩く。馬はヒヒーンと前足上げて即座に街道を走り抜けていった。馬の行先を目で追ってから、お母さんの丸くなった瞳が怒りと共に向けられる。


「何をしているの? 屋敷に戻りなさいと言ったはずよ!」


「魔物は殺させない。死なせたくないの」


「何を言っているの? 魔物を倒さないんじゃ誰が市民を守るの?」


「それは――」


 言葉が詰まった。必死になっていた思考が冷静になっていく。


 まただ。また私は、その時の感情に流されてしまった。確かにお母さんを止めないと魔物が殺されてしまう。行き場を失っただけの彼らを見殺しにはしたくない。でも、そんな考え方は間違いなのよ。こんなのが正しいのなら、レイリアだって……。


「呆れた子」


 ため息と共に言い切られた言葉に、また頭が重くなっていく。


「あなたの守りたいものは何なの? 人間なの? それとも魔物?」


 守りたいもの……。私が、味方になってあげたい者たちは……。


「この際だからはっきりさせておきましょう。薄い信念はいずれ大きな失敗を引き起こす。あなたが貴族として生きるか、それとも野生のけだものにでもなりたいのか」


 突きつけられる選択。そんないきなり決めろって言われても、ちゃんとした答えが出るわけが――。


 ……いや。これはきっと罰だ。


 今まで確固たる信念なく、自分を正当化しようとするだけの愚鈍だった私。考え直す機会も、まとめる時間も、今までに十分あった。


 どう生きていこうか決断する時は、目の前のことに恨み、足掻いていた頃にとっくに過ぎ去っていたから。


「答えを出すまでここを帰さないわよ。分かってるわよね、アルヴィア」


 唇をかみしめる。私の答え。守りたいものは人間か、魔物か。


 信じたいのは人間か、魔物か。


 助けたいのは、レイリアか、クイーンか。


 ずっと一緒にいたいのは……。私が、隣にいたいのは、


 一体、誰なの……。



 * * *



 ――君って本当に最低だね。


 どうして何もしてくれないの? 君がしっかりしないせいで、世界が今大変なことになってるんだよ? ここにあったものが消えちゃうかもしれないんだよ?


 君の好きだった人、場所、食べ物とか景色、街、言葉。


 人の賑やかさとか街の雰囲気とか、木々の空気とか空の広さ、海の波音、夜の星、


 生きる者の息吹も温かい光も未来もさ!


 …………全部が、なくなっちゃう。私たちの祖先から築き上げてきた、この美しい世界がなくなっちゃう。


 なくなっちゃってもいいなんて思わないでよ。私たち、おかしな出会いでずっと一緒にいてるけど、でも、君から通してこの世界が見られるの、私、結構好きだからさ。


 ……。


 何を言っても、ダメなんだね。


 ごめん。静かに眠ってるね――。



 * * *



 寒い。額の温度が肌寒い気がする。まるで、ドリンが近くにいるような……。


 ――あれ? 何も見えてない……って、そうか。ボクは眠ってるのか。そしたら、起きないと……。


 重たい瞼を上げていく。夕焼けと夜の狭間で金色になってる薄雲たちが、遥か山間の間から映っている。隣にデカい図体。思った通りそいつはドリンで、疲れているのか座ったまますやすや眠っていた。


 気だるさが残った体を起こし上げていく。枕代わりに、馬小屋に使われてそうな藁がそこに敷かれている。


 街、からは離れている。城は大きく見えて、市街地とは反対の兵舎側の方にいるらしいが。何はともあれ、今の状況を知っておかないと。ボクは人差し指にフレインの熱を集めて、ピトッとドリンの腕に当てた。


「アッヅーーー!?」


 思っていた以上の大声に、もうちょっと起こし方を考えればと後悔する。寝起きにこの騒音はかなりキツイ。


「って、クイーン様! やっと起きたダヨか」


「悪い、色々あってな。外の状態はどうなってる?」


 しょんぼり顔が浮かぶ。


「まだやってるダヨ。オデ、外を走ってきたダヨけど、人間と魔物の死体が途中途中に転がってて怖かったダヨ……」


 望んでない方向に進んでしまっているか。すぐにでもどうにかしないと。


「立てるダヨ?」


「心配するな。ボクを誰だと思っている?」


 強がりを見せつける。正直、本調子とは程遠い状態だが、死んではいないんだ。ここで無理をしなければ、大事な誰かが犠牲になるかもしれない。事が過ぎれば一日中休めるんだから、今は立ち上がるほかない。


 気力を奮い起こして立ち上がった。すると、それと同時にボギッと木が折れたような音がしてそっちに振り向いた。訓練場の外れ、王都内の植林地帯の中から、人を模したラケーレが飛び退くように出てきた。


「へえ。結構やれるんじゃねえか」


 誰に声をかけているのか。すぐに木々の中からもう一人走り抜けてくると、イブレイドがラケーレに剣で襲い掛かった。鉤爪とぶつかり合い、甲高い金属音が響く。


「あの時は人間の姿に油断したが、やはりお前のその気配――!」


「ああ、そうとも」


 バチンと、竜が山を引っ掻いたかのような轟音で二人が離れる。そこでラケーレが鉤爪を手から外し、足元に捨てながら、その腕に本性を表した。


「アタイは七魔人のラケーレ。好きなことは、強えヤツと戦うこと」


 肥大化していく体。衣服が体内に呑み込まれるかのように筋肉が膨らんでいって、真っ黒な毛が全身に生え、その顔が恐ろしき狼と化し、化け物のような声を出す。


「外にいたヤツらじゃ話になんなかったが、アンタはこの姿を見せるのに相応しそうだ」


「相応しい? なんて高慢な魔物か」


 ひしひしと伝わってくる魔力の感じに、ボクは血相を変えた。時を止められればラケーレであれ首を切られて終わりだ。治癒能力も役に立たない。


「ラケーレ――!」そう叫んだ時には、イブレイドが開いた手をギュッと閉じる寸前だった。その手で時計の針を止めたかのような魔力の手ごたえ。ただ、その一瞬で動いていたのは彼だけじゃなかった。


「何が起こったダヨ!?」


 止まった時が一瞬のように過ぎ去り、ボクの目には距離を詰め切っていたイブレイドと、そこから大きく飛び退いていたラケーレが映っていた。血は流れているが、それは首からではなく腕からの流血。避けきっていたのだ、ラケーレはイブレイドのネロスを。


「……クソ。魔物のくせに小賢しい」


 苛立っているイブレイド。着地し、ラケーレは治り切った腕を大っぴらにして余裕の態度を見せつける。


「アンタは油断したかもしれないが、アタイはそんなことしねえんだ。どうやらアンタの魔法は、一瞬で距離を詰めるワープ系か、はたまた時間でも止めているのか。下がる寸前まで空気の変化がなかったから、アタイの目を盗む幻惑系とかじゃなさそうだ」


「魔物ごときの直感で、この力を探れるようなものか」


「七魔人を甘く見るもんじゃねえって。まあ、ワープにしては音もなかったし、時間停止が怪しいか。もっと言うなら、アンタは止められる時間に制限がある」


 それまでの印象からは想像つかない、ラケーレの怜悧な考察にボクも驚かされる。イブレイドの表情は一切動いてないが、ラケーレは半笑いしてさらにつきとめていく。


「きっとそうなんだろうなぁ。じゃなきゃその刃はアタイの首に届いていた。腕なんか切ってもしょうがないはずだもんなぁ」


 時間停止の制限説は有力かもしれない。思えばボクだって、イブレイドに切りつけられてる時は一か所ずつ切られていたが、冷静に考えれば一度止めた時の中ですべてバラバラに切り刻むことだって出来たはずだ。でもそうしなかった。それはやはり、あいつのネロスの効果に制限があったから。


「どうした? 王子様? まさかの大当たりに怖気づいちまったか? お互いに手の内を明かし合ったんだ。本当の闘いはこれからだろう?」


 姿勢を低くしながらの挑発に、イブレイドも目つきが鋭くなっていく。


「ここで七魔人と闘えるのは願ってもないことだよ。魔物根絶の未来に、ここで一歩近づけるのだから」


「ッハ! やってみろよ」


 血気盛んな両名は、十分に警戒しながらにらみ合う。そうして、いきなりぶつかり合ったかと思うと、そこからまた激しく火花と血を流し合っていく。ボクの目の前で、無益な争いを繰り返していく。


 ボクにとって、馬鹿どもがやる遊びを、本気で……。


 どいつもこいつも分からず屋ばっかりだ。誰か、もっとまともなヤツはいないのかよ。

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