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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 最終章 ラム・アファース
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112 遅れた刺客

 テレレンはロディを連れて城に向かっていった。ここであの念力少年がやってくるのは不幸中の幸運だ。あの時は妙な霊薬があったにしろ、彼の実力や反応は色んな場面で頼りになるだろう。


 それに加えてだ。この眷属を通じてもう一人、強力な味方が出来る。


「ウーブ。眷属がうるさいのは我慢してくれ。でないとこの街はもっと騒がしいものになる」


『っていうかみんな騒いでるからね、今の時点で』


「ボクに協力してくれればどうにかしてやる。頼みを聞いてくれるか?」


『はあ……』深いため息が聞こえた。


『そんなことより、これが終わったらやってほしいことが他にあるんだけど』


「なんだ? なんでも言ってみろ。このボクならどんなのだって叶えてやれるぞ」


『僕の仕切ってた領地。あそこがやっぱり一番落ち着くからさ。取り戻してほしいんだよね』


「あぁ……」


 途端に言葉が詰まってしまった。そもそもウーブが魔王国での領地を失ったのは、領土の様子を映したオーブを知らなかったボクのミスでもあったわけで、こいつがこんな王国のど真ん中まで逃げてきた理由も言われるまですっかり忘れてしまっていた。


『どうなの? なんでも叶えてくれるって言ったよね?』


 こいつ……。普段は口数少なめで無欲なくせに、静かな場所ってなるとここぞとばかりに詰め寄ってくる。


「……分かった。分かったよ。絶対にボクが取り返す。魔王たるものそれくらいの願いは叶えてやらないとだからな」


『……そう。それを聞けて良かったよ』


「ん? お前今、笑ってたか?」


『別に』


 素っ気ない返答。うわぶったような感じに聞こえてはいたが……まあ、ウーブの笑う顔なんて想像つかないか。


『それで、僕は何をやればいいの?』


「あ、そうだ。まずはアルヴィアを見つけてほしい。スケルトンの魔物を追いかけているはずだ」


『スケルトンの魔物? あいつのことか』


「心当たりがあるのか?」


『まあ。おんなじ七魔人だし。でも、そうか、あいつかぁ。メンドウだなぁ……』


 本当にめんどくさそうなため息だ。


「頼むウーブ。うなだれる理由は分からないがそこをなんとか」


『分かってるよ。それで、見つけてどうするの?』


「ボクを探させるよう説得してくれ。ボクは魔物の軍勢を全員止めに行ってくる」


『全員? 凄いこと考えるね』


「魔王なら出来るはずだ」


『まだ魔王じゃないけど?』


「いずれなるんだから関係ないだろ。それと、アルヴィアにそれを伝えたら、その後はドリンの様子も見てきてほしい。眷属が向かっているそうだが一向に会話に参加してくれなくて心配だ」


『あのフロストゴーレムね』


「道なら眷属に指示すれば見つけてくれる。頼むな」


『お願いねっ!!』


『うわっ、うるさ』


 最後にテレレンの声が音割れして入ってきた。とりあえずの指示は出せた。ボクもいい加減、この場所を移動しないといけない。いつあいつがここにたどり着くことか読めたものじゃない。


「イテッ!」


 踏み出した一歩から激痛が頭まで走った。それを皮切りに、次々と全身のあちこちからの刺し傷の痛みがぶり返してきて、全身かゆいような、永遠に棘でつつかれているような感触であふれ出した。


 これは……もしかしたら、ボクが平常心を取り戻したことによって、麻痺してた感覚が戻ってきてしまったのだろうか。痛みで足が震えだしてきた。喉も焼けるように熱くて、どうやってさっきまで喋っていたのか分からなくなってしまう。


 くそ。今はこんなところで足踏みしているわけにはいかないのに。一刻も早く動き出して、イブレイドから離れつつメレメレの元まで――


「見つけた」


 ぞくっと脈打つ感覚。コウモリも身の危険を感じたのかすぐさま影に消える。恐る恐る振り向いて見ると、そこには出会ってはいけない男が立っていた。


「遠く逃げてなくてよかった。まあ、あれだけ切りつけたんだから当然か


 もう降りてきたか、イブレイド・セルスヴァルア。ギルエールを貫いた剣を持って、再びボクをつけ狙ってくるか。


「不甲斐ないことに僕も本調子じゃないんだ。彼に魔法を使われた時に僕の魔力ごと奪っていったみたいでね。おかげで全身の倦怠感がとんでもない。だから、無駄な抵抗はしないでほしい」


 魔力切れってことか。魔力は体力と同義。使えば使うほどなくなっていって、ヘロヘロになってしまえば回復するまで体がバテる。これならボクにも勝機があるわけだ。魔法ならかろうじて使えるボクならなんとか出来るかもしれない。


「イブレイド・セルスヴァルア。ボクは殺戮を好まない。だけど、お前がそれでも向かって来るって言うのなら、その時は容赦はしないぞ」


「魔物風情が人間らしいことを言うんじゃない」


 そいつの正義心がブレる事はない。問答無用で剣を鞘から抜き取り、ボクに殺意を向けてくる。ボクも両手を広げて魔法を構えてみせる。


 体は動かせない。魔法だって、むやみに放てば体が力んで傷口が開く原因になりかねない。長期戦に持ち込まれればまず勝ち目はない。


「滅べ悪夢よ」


 監視塔ではあった余裕を一切失い、イブレイドがボクに向かってくる。ボクも手の平にフレインを焚きだし、反撃の準備を整えた。けどその時、背後からやってくる別の殺意に気がついた。


 すぐに後ろ目を向ける。チラリと何かが映ったかと思うと、そいつは猪突猛進のごとく一気に近づいてきた。


「くっ!」なりふり構わずフレインを帯を広げるようにそっちに振り放った。眼前まで迫っていたそいつは、丁度炎に遮られたのを瞬時に判断して飛び上がって避けた。人間の女の姿をしていたそいつはボクの頭上を軽々飛び越え、イブレイドとの間に着地する。


「――お前はっ!?」


 俊敏だった動きが止まって、ようやく姿をじっくり見ることが出来たかと思えば。両手に身に着けてたいのは鉤爪。防具も野性味あふれるような露出の多さと褐色肌。それと、セミロングの髪の毛だって手入れをしてない。


 見覚えがある。ボクの記憶に残っているあの七魔人と、合致している。


「――やっと会えたぜ。アタイを討ち下した強者」


 女は顔を上げる。普段の昼の姿を、何も隠すことなくボクに見せつける。


「ラケーレ!? お前までここにいたのか!」


 実力なら最上級クラスに君臨するだろう人狼。その中でも七魔人に数えられるほどのパワーを持った特別個体。過去にボクを苦しめたあの戦闘狂が、再びボクにニヤッとした笑みを浮かべて戦いを挑んできた。


「さあ! まどろっこしい会話はいらねえ! 今日こそ竜の首飾りを頂いてやらぁ!」


「しつこいぞ! 今はお前を相手にしている場合じゃないってのに!」


 まるで目の前の餌に尻を振っている大型犬のように、今にも飛び出してきそうだったラケーレ。そいつのことを後ろの王子も黙って見たりはしなかった。


「どけ! セルスヴァルア王子の前だぞ!」


「ああん! 王子の前だからなんだってんだよ!」


「無礼者が! 今は時間がないんだと言っている!」


 痺れを切らしたイブレイドから動き出した。剣が風音を立てて振り抜かれるが、それがラケーレに通用するはずはなかった。手の鉤爪であっさりそれを払いのけ、みぞおちに膝のカウンターが鋭く入った。


「――ごぼっ!?」


「邪魔すんじゃねえ。外野は、眠ってろ!」


 鈍い一撃を与えた腹にさらにもう一発、剣の振りよりも早い蹴りが追い打ちをかけた。王子の体は真っすぐ吹き飛んでいって、ドスンとレンガ壁にぶつかって土煙に見えなくなる。イブレイドが立ち上がる気配がないのを確認してから、ラケーレが再びボクと目を合わせる。


「まさかアンタ。今のに苦戦してたとかないよな?」


「だったらなんだよ」


「呆れるねぇ。こんな弱いのが竜の首飾りを握ってるだなんて。全く呆れる」


「今のあいつは本調子じゃなかっただけだ。それに、ボクだって今は体が動かせない状態だ。ラケーレ。勝負ならいつでも受けてやるから、今はボクに協力してくれないか? 一刻を争う時なんだ」


 強者好きの考えることなんて理解している時間はない。とてもじゃないが今は付き合えない状態だ。それだって言うのに、ラケーレは深いため息を吐いてボクの話を無視して喋った。


「あーあーあー。分かってねえなぁ。戦いってのは万全な時に出来るとは限らねえ。ボードゲームみたいにルールなんて誰も作っちゃくれねえ。それなのに体が動かねえっていうなら、要はアンタ、魔王失格ってことだ」


「チッ! 言わせておけば!」


 魔王失格。その言葉がボクの魔力を駆り立てた。誰よりもボクは自分が魔王になることを夢見ている。それを卑下するようなヤツを許してやるものか。募りに募ったその憤りを、ボクは両手のフレインに乗せて全力でそいつに放った。猛火の火炎放射は、ラケーレの体を完全に捉えたと思った。


「……遅えって」


「――なに!?」


 耳元から声がして、すぐ傍にラケーレがいた。いつの間にここに移動したのか。フレインを止めて振り返ろうとしたけど、それより先に頬を思いきり殴られた。


「がっ!?」


 ガタガタだった足ではよろめいた体を支えきれず、地面に倒れこむ。鉤爪に引っ掛かられたところから血もにじみ出て、一回殴られただけなのに視界は半回転してるかのようにグラグラ揺れて、立ち上がろうにもどこにも力が入らない。


「くそっ……早く、止めないと、いけないのに……」


 立ち上がれないまま、視界が真っ暗になっていく。何も聞こえなくなっていく。自分のやらなければいけないことも、とうとう思い出せなくなってしまう。


「……んだよ、あっさり倒れやがって。拍子抜けしちまったじゃねえか」


 彼女は腰を下ろし、気絶した小さな魔王から首飾りを取っていこうとする。けど、そいつの首にそれはなく、胸元とか腰周りを見てもそれらしきものが見つからなかった。


「盗られたのかよ。ますます魔王失格じゃねえか」


 鋭い聴覚の耳が揺れ、騒がしい外の音を拾う。魔物と人間のぶつかり合う音。互いの怒号と雄たけび、そして悲鳴が聞こえている。


「……聞こえるかよ、小さな魔王さん。多分地獄の世界とこのうるささは変わらないだろうよ」


 ――殺せ! 魔物は絶対悪! 皆殺しだ!

 ――前だけを向きなさい! 魔物の明日を創るのです!


 ラケーレはクイーンに語り続ける。


「魔物と人間の仲良し世界。そんなの実現するわけないし、必要もないじゃない。どっちだって欲望の塊で、アタイら理性のある生き物ってのは、何をするにも自由であるべきだ。みんなが欲望のままに生きて何が悪い? 恐怖を克服するために殺しをすることの何が悪い? 自分らのやりたいことやってんのを悪いなんて揶揄されるのは、誰だって嫌がるだろうよ」


 これが世界が望んだ姿だ。考えりゃ誰だって分かる。歴史を振り返ったらアタイらは互いの生存のために何千年も争ってきたんだ。そこで死んだ種族は数知れず、消えていった人間の文化だって多いだろうさ。


「アンタみたいな正義感を持った人間を、ここいらで何人か見たことあるよ。けどそいつらが、裏で攫われた子どもの強姦を止めたところをアタイは一度も見たことがない。そいつらが守ってるのなんて光の差し込んでる世界だけ。自分らの権威が満たされればアンタらみたいなのはそれで満足しちまうのさ」


 結局は強さなんだ。強さこそがすべてで、強き者こそがこの世界を好きに出来る権利を手に入れる。最強こそが正義ってことで、


 ――それで、強かったヤツがハッピーエンドでいいだろ?


「……退屈だなぁ。丁度こんな時なんだ。強えヤツでも探して暴れてくるか」

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