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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 最終章 ラム・アファース
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111 見落としたもの

 必死に降りている間、止まった世界から物音は一つもしなかった。完全なる無音。見覚えがあるだけの全くの別世界を駆けているような錯覚。


 ネロスの魔法は、監視塔を降り切り、城下町の方まで進んでいる時に切れたのが分かった。唐突に人々の騒めき声が聞こえてきたからだ。


「っは! ……ギルエール」


 監視塔を振り返る。天辺の様子は到底見ることが出来ない。……でも、胸の痛みは鋭く奥深く刺さっていくばかりだ。


「……ううん。あいつが託してくれたもの、このボクが無駄にするわけにはいかない」


 イブレイドの魔法は強烈だ。いつどこからボクの心臓を狙ってくるか分からない以上、今は前に進むしかない。このボクが止めないといけないんだ。ふと、足元の影からゼレスおじさんの眷属コウモリが飛んで出てきた。


「どこに行ったのかと思ったら、そこに隠れてたのか」


 何気なく話しかけると、すぐにテレレンの声がそこから返ってきた。


『クイーン様!!?』


「テレレン? どうした、そんな切羽詰まった感じで?」


『大変なの! アルヴィア姉ちゃんが魔物と!』


「なんだって!?」




 建物の影から顔を除きだす。治安が悪そうに荒れた街道の上で、アルヴィア姉ちゃんはまだ、人間の手を目元に貼り付けたスケルトンの魔物さんと戦っている。それも、とってもおっかない顔をして。


「あーあ、ダルいってお嬢さん」


 怨念を込めたように力任せな攻撃を、スケルトンは腕骨で軽く受け止めてしまう。この魔物さんの体はさっきからどこにも傷がつかなくて、見た目以上に硬い。それでもアルヴィア姉ちゃんは剣を押し当てたまま顔を近づける。どれだけ切っても歯が立っていないのに、もはや執念だけで戦っているようだった。


「逃がさないわよ。妹の仇、やっと見つけたんだもの」


「はあ……。なんだって俺を狙うかと思ったらそういう」


 バチッとすれる音と共に、アルヴィア姉ちゃんの体が押しのけられていく。それでも猪突猛進のごとく進み、大振りの攻撃がまたもや回避されて、裏を取ったスケルトンが手刀を後頭部に振り下ろそうとすると、とっさにアルヴィア姉ちゃんの魔法が発動されて障壁の上で手が止まった。


「――マジかよ」


「ふうん!」


 隙をついたように剣を振ったけど、それもハズレ。スケルトンは飛び退いたところから冷静に喋り出した。


「いや待てよ。覚えがあるかもな。お前の心音は、あちこち転移するヤツとそっくりだ」


 アルヴィア姉ちゃんの目つきが一層きつくなる。


「……す」


「ええ? なんだって?」


 大げさに聞き返すスケルトン。俯いていた顔が上がっていくと、虎のような睨みがあった。


「殺してあげる。いま、ここで!」


「殺す……?」


 おどろどろしい沈黙が少し流れて、いきなり魔物さんが愉快そうに噴き出す。


「プハッ! 殺してみせろよ。俺は既に死体だぜ?」


 輩のような煽り方に、アルヴィア姉ちゃんの剣は即刻動いた。その頭蓋骨を貫こうと一点に突き出される刃。けれど、その魔物はその攻撃が来ると分かっていたかのようにすらりとかわしてしまうと、同時にその剣をはじきあげてアルヴィア姉ちゃんの態勢をよろめかせた。


「打撃がはじかれんなら――」


 左腕を下から振りかぶったと思ったら、なんとその腕が魔物の体を離れていった。飛んでいった先のアルヴィア姉ちゃんの首を掴み、建物の壁まで飛んでそのまま押さえつけてしまう。


「っは!? な、なによ、これ……!」


 腕の骨を外そうにも、魔法でもかけられたように固定化されてしまっていて微塵も動かない。本体のスケルトンは悠々と捉えたアルヴィア姉ちゃんの元へ歩いていく。


「ゆっくりいたぶってやるよ。お前の妹を抱きしめた時みたいに」


 瞬間的に、あの脇腹部分と肩に浮かび上がっていたへこみ痕を思い出して、同時にどっと冷や汗が額から溢れ出てきた。


 このままじゃ、アルヴィア姉ちゃんも妹さんみたいに――!


『手を止めろ! これは、次期魔王の命令だ!』


 手に座っていたコウモリから、クイーン様の怒号が飛び出した。


「んだよ誰だよ。俺をこれ以上イラつかせるな」


 鬱陶しそうに聞き流すスケルトン。コウモリがバサバサと飛び立つと、身の毛がよだつほどの迫力でこう叫んだ。




「――魔王の命令だと言っている!!」




 その一言に、ボクの全身全霊がこもっていた。今こんな時、ボクらが争うことがどれだけ無意味か。ただ目先のことばかりしか考えられない私情を持ち込んでいる場合ではない。馬鹿で愚かなことだ。


『……魔王の娘さんかよ』


 うっすら小さい声でそう聞こえた。身に覚えのない声質。一つ間を置いてから、コツコツと特有の骨音が聞こえて、そいつがスケルトンだって気づいた。


『……あぁ、よかった。どっか行ってくれた』


 安堵しきったテレレンの声。事は去ったがすぐにアルヴィアの声が耳をつんざいた。


『待ってよっ!!』


『うわっ!? アルヴィア姉ちゃんどこ行くの!?』


「どうした?」


 タッタッタッと駆けていく音が遠のくのをコウモリから聞こえてきて、訊いてから何が起こったのか予想ついた。


『どうしよう。アルヴィア姉ちゃんが魔物さん追ってどっか行っちゃった……』


「くそ、あの野郎……。今はそれどころじゃないっていうのに……」


 胸の苛立ちがつい口に出てしまっていた。


『クイーン様?』


「なんだ?」


 テレレンは何かを心配するような声色で訊いてきた。


『なんだか口調が怖いよ。アルヴィア姉ちゃんもそうだけど、二人ともずっとピリピリしてたらダメだよ』


「そんな余裕なんてない。今すぐ城に向かわないといけないんだ。そこでブロクサと同じ、幻を見せる魔法使いがいる。そいつをどうにかしないといけないんだ。今はとにかく、一刻を争う時なんだよ」


『そんな時だからだよ!』


 強い言い方で返ってきた。思わずボクは拍子抜けするように驚いて口を閉じてしまう。


『街の外で戦争が起こりそうな時だってテレレンも分かってる。でも、クルドレファミリアはいつだってみんな笑顔じゃないと嫌だよ。テレレンはクイーン様の堂々としてる姿がカッコイイって思ってるし、アルヴィア姉ちゃんも周りから何か言われても強く言い返すのが頼もしいって思ってる。でも、今の二人は全然カッコイイ感じがしないんだもん。二人とも、それぞれのことで手一杯になってて、全然大事なものを見落としてるんだもん』


 大事なものを、見落としてる……。


『くそ、とか。あの野郎、なんて呼び方、クイーン様らしくないよ。いつだってテレレンたちのことを大事にしてくれてたじゃん。ギルドを作ろうとした時だって、アルヴィア姉ちゃんのためを思ってやってみたことなんでしょ?』


「お前!? 気づいてたのか?」


『誰だって気づくよ。クイーン様がそれだけアルヴィア姉ちゃんのこと信頼してるんだから。でも、今はそんな気持ちが全くない。別人になってしまったかのように焦ってる。そんな調子じゃ、世界なんて変えられないよ。変えられたとしても、その世界は本当に人間と魔物さんが仲良くなってるとは思えない』


 ……。


『テレレンには難しいことは分からない。けど、求めている世界には絶対、寄り添う気持ちとかが何より大事だと思うよ。テレレンが辛かった時に優しく抱きしめてくれてさ。その上痛いのだって我慢してくれた時にそう思った。あんな温かい存在が、この世界中に溢れてくれたら何よりいいなって。だからさ。戦争をってこだわるのもいいけど、大事な人のことも思いやろう? テレレンたちなら、世界がめちゃくちゃになっちゃったって、そこからまた変えられるよ。そうでしょ、クイーン様?』


 ……なんてこった。熱烈に語ってくれるテレレンに、このボクが何一つ言い返す言葉が見つからない。


 確かにイブレイドのことは止めないといけない。この戦争だって、今すぐやめさせなければならない。でも、ただ止めればいいわけじゃない。それで対立を産んだら意味がない。焦った思考じゃミスを誘うわけだ。


 初めて志した時を思い出せ。争いを止めたい理由、そしてあの日の痛みを忘れるな。ボクは、ただ世界を変えるんじゃない。生きやすい世界を創らないといけなくて、それはアルヴィアと話したからこそそう思ったんだろう?


 そうだ。ボクはアルヴィアのことをあの野郎、だなんて呼んだことがなかった。彼女を疎ましく思ったことなんて、あの時が来るまで一度もなかった。むしろ、誰よりも信じれる存在だった。それはきっと、アルヴィアも一緒なんじゃなかろうか? 一人になって偶然ボクと知り合って、何気なく話したら、不思議と安心して涙が溢れて……。


 アルヴィアだってボクと同じだったじゃないか。一人の不安に押しつぶされそうになって、そこで出会ったボクのことを信頼して、この街まで一緒に来てくれた。


 ……。胸に、手をあてる。


 謝ろう。次会った時、面と向かって彼女に。


 妹を助けられなくてごめんって、心の底から。苦しい思いに気づいてやれず、申し訳なかったって。


 そして何より、信じきれてやれなかったことを。人生の中のほんの一瞬だけかもしれないけれど、それでも憎んでしまった事実を、しっかり詫びよう。


 そうしないと、きっとギルエールにも何してるんだ小娘って呆れられる。


「……私情に流されてたのは、ボクだったんだな」


『しじょー?』


 まるで分からない言葉みたいに復唱するテレレン。


「ありがとうテレレン。おかげで大事なこと見失うところだった。この世界には優しさが必要なんだよな。それと、苦労をかけて悪かった。アルヴィアとはこの後、絶対に仲直りする」


『ほんとに?!』


「ああ。その代わり、テレレンに頼みたいことがある」


『さっき言ってたお城にいる魔法使いさんのこと?』


「話が早くて助かる。ドリンに連絡を取って、二人で向かってくれ。ボクはアルヴィアを探す。あいつが一緒にいてくれれば、きっとこの戦争だって止められるはずなんだ」


 人間と魔物。両方を止めるには、権力ある人間と魔物がいるとスムーズに進む場面があるはず。具体的な手段は今から考えていくとして、イブレイドの幻影仮装はテレレンたちに託そう。今はそうでもしないと止められないものが多すぎる。


『でもクイーン様。ドリン君、さっきから一言も喋ってくれてないの。こっちから聞いても返事もなかったから、もしかしたら何かあったのかも……』


「そうなのか?」


 そう言えばドリンのことを置いてきてしまったんだった。離れておくべきじゃないってゼレスおじさんも言ってたけど、まったくその通りじゃないか。


 目を覚ませボク! 失ったものは必ずしも取り戻せるとは限らないんだぞ。


「ドリンのこともすぐにボクが見つける。だからテレレンは、とりあえず安全なところに逃げていてくれ」


『――多分、その必要はないよ』


 その声はテレレンではなかった。ボクも知っている、意外な人物、というか、人間に成りすましていたあの七魔人の声だ。


「その声、まさかウーブか?」




「そう。やっと見つけられたよ」


『ボクたちを探してたのか? どうして?』


「だって、僕のところにも吸血鬼の主様の眷属がやってきて、ずうっと君たちの声がするんだもん。うるさくてたまったもんじゃないよ」


『ゼレスおじさん、お前のところにも飛ばしてたのか』


 いきなり後ろに出てきて何気なく喋っているウーブさん。だけどテレレンは、その隣についてきていた彼が気になりすぎて、まともに話を聞いていなかった。


「ねえウーブさん。どうしてロディ君を連れてきたの?」


 栗毛の少年。テレレンと同じ実験を受けていた、あの念力の魔法が凄かった男の子が無表情でそこにいる。


「この眷属の声をたまたま聞いて、なぜか僕のことを追いかけてきたんだよ。何も喋らないから最初は何かと思ったけど、やっぱり君たちの知り合いだったんだね」


 久しぶりに会ったロディ君をじいっと見続けている内に、テレレンはピンときた。


「クイーン様! やっぱりテレレン行ってくるよ!」


『行ってくるって……ロディと一緒にってことか?』


「うん! ロディ君。テレレンと一緒にお城に行ってくれる? そこにいる魔法使いさんを止めたいの」


 ロディ君の重たい口が、顔の頷きと共に開いてくれる。


「君が困ってるように聞こえてた。王国とか魔物がとかはあまり興味ないけど、君たちには依頼を果たしてくれた仮もあるし、君たちなら助けになりたいって思ってた」


「うわぁ! ありがとう!」


 嬉しすぎて彼の手を取ってブンブンと上下に振った。そこにウーブさんが口を挟んだ。


「城の魔法使いって、あの一番高いタレットにいる人のことだよね」


 顔を上げて、空高くまで伸びた、屋根が尖っている一本の円柱の塔みたいなのを見つける。


「タレットってあの尖ってる塔みたいなやつのこと?」


「その尖ってる屋根のふもと、見える?」


 目を凝らしてみると、ポツンと黒い豆粒くらいの何かがいるように見える。けど、はっきり人なのかどうかは遠すぎて見えない。


「あれ人なの? お城の汚れとかじゃなくて?」


「強い魔力の感じがするから、きっとそいつで間違いないはずだよ」


「そうなんだ。そしたらテレレンたちはあの人を止めないといけなんだね。そうと分かったら行こう! ロディ君!」


 そう言うや否や、テレレンはロディ君の手を握ったまま走り出した。眷属さんも肩に乗っかっている。


『気をつけろよテレレン! 危ないと思ったらすぐに逃げるんだぞ! ロディも彼女を頼む!』


 世界がどうとか難しいことは何も出来ないかもしれない。でも、走ることだったらクイーン様よりも得意なことだから。だから、ちゃんと助けになりたい。みんなの。大好きなみんなのために。

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