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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 最終章 ラム・アファース
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110 ネロス

 キンッと刃がこすれ合い、ボクの前に出ていくギルエールに対してイブレイドが手をつかない側転でしなやかに距離を取る。ボクは焦点がいまいち定まらないまま頭を上げる。長い銀髪をポニーテールに縛ったあの貴族。自身の風格をこれでもかと自己主張していたあの男が、ボクを援護しようとしてくれている。どうしてなのかボクにはさっぱりだった。


「なんで……?」


「その血の量。意識は大丈夫なのか?」


「え?」心配してくれている? あの男が?


「大丈夫なのかと訊いている小娘」


「――あ、ああ。手足だけなら動かせる」


「そうか。ならとっとと下がっていろ。そこで寝てられると邪魔になる」


「お前……」


「勘違いするなよ。俺もお前と同じ、何かが引っ掛かってそれを探っていただけだ。この戦争はどこか変だったからな」


 喋りながらもギルエールの睨む瞳はイブレイドから離れず、発動されたナファルがその男の魔力を封印している。されど、睨まれてる彼は余裕を感じさせる笑みを見せる。


「よく僕のことを勘づいたね。素直に驚いたよ」


「ぬかせ。こんな雑な戦闘命令がかつてあったか? 人間は正義だと主張する者が、まるでその人間を捨て駒のような扱いをするとはな。自らが魔王になりきり、これからの惨劇に誘導してしまうなんて。きっと今回の出撃に疑問を抱いている兵士も多いだろう。そんな彼らは真実を知ることなく正義だけを信じて命を落とす未来……。見損なったぞ、イブレイド・セルスヴァルア」


 会話を耳にしながら、ボクは言われた通り二人から離れていこうと、入ってきた階段の傍まで這いつくばって進んでいく。


「これまた驚きだね。己の権威に執着していた君から、そんな言葉が出てくるなんて」


「茶化している場合か? 王国最強の冒険者でもあるお前がこんなことを引き起こしたと知られてみろ。もうお前は王子ではいられない。犯罪者として牢獄の中、いや、断頭台の上に乗せられるかもしれない」


「知られる?」


 たったの一言から、ぞくっと背筋が凍らせる威圧感が漂った。


「残念だけど、ギルエール。空想の話をするにはここは場違いだよ」


「空想だと?」


「僕の計画が民に知られることはない。これは絶対で、何が起ころうとも外に露呈することはあり得ない」


 喋り方が硬くなって、笑みも消え、圧のある威厳が溢れ出ている。その手に握られていた剣が一瞬、光に反射して光った気がした。


「……一度だけあったな。お前と模擬戦を行ったことが」


「その時の君は惨敗だったのは、覚えているよね? 確か……俺がお前よりも下なのが納得出来ない、なんて大層な自信を持って挑んできてたはずだけど」


「その言い方、喧嘩を売っているよな?」


「逆だよ。今なら尻尾を撒いて逃げてもいいって忠告したいんだ。もちろん、僕のしたことを話さないって約束つきでね。どうかな? 唯一君がここで命を落とさない選択肢だよ」


 不愉快を募らせたギルエールの顔は、縦に動こうとはしない。


「口を開けば好き勝手に言いやがって。マザコンならマザコンらしく母親に子守歌を歌ってもらえ。お前は墓場で寝るのが似合っている」


 亡き者への罵倒が、どうやら彼に火をつけたようだ。イブレイドは持っていた剣に左手を添えて、胸元まで抱え上げていっては、剣先を真っすぐギルエールに向ける。


「君は何も分かっていない。この戦争がどれだけの意味をもたらすのか。この国にサルの貴族がいるだなんて思わなかったよ。これからの未来をまるで予見出来ていないんだもの」


 ギルエールは左手を首前に、右手の剣を腰よりやや上にくる位置に固定し、剣先は石畳に向けたまま構える。


「出過ぎた正義は思考を偏らせる。俺からしたらこの戦争は、必ずしも人間が勝利するとは限らない。その根拠に、お前の計画がここで破綻しかけている。そうだろう? 魔法が使えなければお前はここで無駄な時間を浪費するしかないんだ」


「その理論の方が破綻しているよ。僕が証明してあげる」


 強く床を蹴った音がして、すかさず金属音も筒抜けた天井を越えて鳴り響いた。その最初のぶつかり合いの強さは、いかにもこの二人の侮蔑の投げ合いから本気だったのだと感じさせる。


 一度火花を散らした剣は離れ合い、また間髪入れずに激しくぶつかり合って、時に擦れる程度に流れては、また流暢な剣術で押し合って、いつしか二人の顔が接近する。


「ぐっ! どうした! 俺の理論が破綻してるんじゃなかったのか!」


「貴族という地位に自惚れているような人間の考えることなんて、たかが知れているとも――」


 交わり合う剣越しから、イブレイドから飛び出た裏拳が頬を直撃した。


「目線さえずらしてしまえばそんなもの――!?」


 裏拳の威力は確かにあって、ギルエールの顔だって後ろまで曲がっていた。けど、ネロスと呼ばれていた時間停止の魔法が発動されるよりも先に、再びギルエールが顔を戻し、イブレイドを睨んでいた。


 渋い顔を浮かべるイブレイド。ひと際大きい火花を散らして、ギルエールが押し出す形で二人が離れる。


「俺のナファルには猶予がある。お前の封印した魔力が作動出来るようになるには、ほんの一瞬目線を外しただけでは出来ない」


 明かされた事実を受けて、イブレイドが腕を持ち上げ手を握って開いてを何度か繰り返す。


(まるで寝起きから全力が出せないような倦怠感があった。でも、きっとそんなのは言った通りほんの一瞬。一秒だって時間は要らないだろう。それにしても……)


「なぜそこまで僕にたてつくんだい? 君は貴族で、貴族とは民のために剣を持つ者。それが国の王子に真剣を向けているだなんて、国家反逆罪もいいところだ」


「あるヤツに気づかされた。俺たちの持つ剣は、人間のためとは限らないと。弱き立場にいる者が、他にいるんだと」


「フフ。面白い戯言だ。君が誰かを守るために戦っていた風には見えなかったのに」


「かつては味方を蹴落としたりもしたさ。でもそれは、俺自身の力の使いどころを見つけられなかったから。俺が戦う理由を探してなかったからだ。おのが人生で一番の汚点だろう」


「今は違うと?」


「ああ。生意気なヤツが付き合ってくれたおかげで自分を見定められた。世界の在り方にも、自分なりに考え直すことが出来た。だからこどイブレイド。好き勝手するお前を俺は許さない。――それと、あと一つ。言ったことなかったか?」


 その時、彼には最高の笑顔が宿っていた。


「俺は、卑怯者が一番嫌いなんだ!」


 再びぶつかり合う。それから何度も何度も。


 気品ある金の王子と、自尊心を受け入れた銀の貴公子が。


 最強のギルドと、破滅を経験したギルドのリーダー同士が。


 正義を信じる人間と、己を貫こうとする人間が。


 何度も、殺意を持ってぶつかり合う――。


「ふっ!」「――いぎっ!?」


 何度も。何度も何度も何度も。


 何度だって、彼らは、殺し合う――。


「だあっ!!」「――っ!」


 銀の音が高鳴って、これで二十三度目。バチンとぶつかり合った体は押し合い、磁石のように離れて射程の範囲外へ。ギルエールは左肩から腰まで一筋の血が流れていたのが既に乾ききっていて、本人の息はかなりあがっている。イブレイドも左手首に傷を負ったものの、それは包丁で誤って切ってしまった程度の軽傷で、汗もかかないまま冷静に深呼吸を挟んだ。


「ふうぅ……。もう終わる。こんな茶番はもう、続けてられない」


「っぷ」唾を吐き捨てたギルエール。


「それはこっちの台詞だ。お前の悪行を、次の一撃で止めてやる」


 二人はしばし睨み合う。嵐の前の静けさのように、どちらも構えず、ギルエールの吐息だけが小さく聞こえるだけの数秒間。


 その時は二人が同時に動き出したのをきっかけに訪れた。初めはゆっくりと警戒しながらの歩き詰め。いよいよ距離が縮まってくると体が前のめりになっていって、射程内に入ってからは、短くも速い展開だった。


 抱え上げて斜めから振り下ろしたのはイブレイド。ギルエールはそれを受け止めるように横振りをし威力が相殺そうさい。火花が石畳に消えていき、なおも二人は攻めの姿勢を崩さない。


 振りぬいた勢いのまま一回転しつつ軸足を固定したまま半歩後退。同じ動きをしていた彼らはその瞬間も、奇しくも同じ構えを。首元で剣先が後頭部から伸びるように。居合いの構えを取っていた。


 そして、ばっちり互いの視線が交わった時、全く同じタイミングで足が蹴りだされた――。


 パキンと、今までにない妙な音が聞こえた。振り抜かれた剣はたったの一本。残りの一本は、宙を舞っていって、今、この監視塔の外へと落ちていった。


「――ッハ!?」


 自分で血相が変わるのが分かった。ずっと見ることしか出来なかったボクが、その時は急いで立ち上がろうとした。無理やりにでも麻痺した手足を使って立ち上がりかけた。走る準備まではたどり着けたんだ。


 でも……。その男は、待ってはくれなかった。


 銀の鉛が、ギルエールの腹部を。無防備となった彼の体を、グサリと奥まで貫いてしまった――。


「ギルエールッ!!」


 とっさに叫んだ今じゃもう遅い。イブレイドの剣はびっしり彼の血で染まっている。その染みが手元までかかろうとしている。ギルエールの口から血反吐が吐き出され、眼前の男の靴を汚す。彼の顔からも、生気の色が失われていく。


「……君が計画に協力してくれれば、魔物の根絶も楽だったろうに、残念だよ、ギルエール・フォン・リーデル」


 一言そう言って、ズブズブと剣が抜かれようとする。もはや死にかけのギルエール。彼はなすすべもなく力が抜けていくようだった。


 ――けど、


「――ん?」


 そんな彼の手が突然動いて、抜きかけの手を力強く止めた。その顔に歯を食いしばるような迫力を取り戻しながら、まるで、最後の力を振り絞るようにイブレイドを睨んだ。


「勝ち……誇るなよ……王子……」


「……まさか、悪あがきのつもりかい?」


「ここに来る前に、決心は、つけた……。俺が、守りたいのは、何なのか……。それはきっと、弱い生き物たち……。人間に、限らず。恐怖を、抱いて生きる、者たちだ……」


 息を絶え絶えに語ったその意を、イブレイドは何も返さず無言で受け流していく。ギュッと握られた手は硬直しているかのようで、体に刺さった剣は一向に動きそうにない。


「俺の……ナファルは……封印するだけじゃあない……」


 震えながらも、覇気を纏いボクにも聞き取れる声で彼は続ける。


「ナファルの、本質、は……奪うこと……」


「奪う?」


「そう……触れた相手だったら、魔力の流れが逆流して……皮膚を通して、俺の全身を巡っていく……要は――」


「っは!? 貴様――!」


「――もう遅い!!」


 一瞬、イブレイドが強引に剣を引き抜こうとしたように映った。しかしその動きは、不可解に思えるくらいピタッと止まってしまった。瞬きもせず、呼吸をしている様子も感じられない。今のイブレイドはまるで、石像にでもなってしまったかのように動かなかった。それだけではない。空の雲も、通っていた風も、辺りでうっすら届いていた人間の声も。何もかもが動いていない。


「……なんだ。何が起こったんだ?」


「……勘が鈍いな。こいつの魔法、俺が、逆利用してやったんだ」


 ギルエールの口だけが動いていた。


「イブレイドの魔法をお前が!? ナファルの本質って言ってたのは、じゃあ!」


 不規則な息切れをしながら、彼はコクコクとやや乱暴ぎみに頷いた。ギルエールの魔法ナファルは、ただ視界に映る者の魔法を封印するだけじゃなかった。触れている者からその魔法を奪うことも出来ただなんて。ボクは、今この空間が止まった時の中だと認識する。イブレイドが使っていた魔法の、言ってしまえば彼だけが許されていた世界に来たんだ。ギルエールが逆発動して、それでボクも一緒にいるということは、ネロスという魔法は自分だけじゃなく他人も一緒に出来る効果もあったのだろう。


 いや、今は分析している場合じゃない。急がなければボクを助けてくれたギルエールが危ない。


「待ってろギルエール。今すぐに人を呼んで――」


 話しながら裏の階段へ体を引きずるように進んでいた時だった。


「城に、一人……」


「え?」思わず足を止めて振り向く。


「こいつを、魔王に見せていた、魔法使いがいる。いっつも、不気味に笑ってるヤツが……」


「笑ってるヤツ?」


 記憶に残っていた、ある人物を思い起こす。ロディとの激戦を制した後、悪あがきで逃げようとしたブロクサを捕まえようとした時、そのブロクサに成りすましていたヤツ。アルヴィアが下水道で戦ったと言っていた、言動怪しく不潔な恰好をしたあいつ。


 そいつが、イブレイドに魔法をかけていただって!? もしそうだとしたら、そいつはブロクサと全く同じ魔法を使っていたと!?


「本当なのかその話!? 本当だとしたら、そいつを倒さないとまた魔法が――!」


 確認しようとするも、ギルエールの口から血の塊が吐き出される。


「――ぶはっ! ……いけ。俺に構わず、戦争を止めろ……」


「お前を置いていけるか! せっかく助けてくれたのに!」


「俺の体は、長くは持たない。それに、ネロスを発動してると、魔力の消費が激しい。効果が切れるのも、すぐだろう……」


 肝が冷えた。心臓に汗をかいているかのように鼓動が激しくなっていって、どうしても助からないと言う彼の主張を全力で否定したくなる。


「そんな! でもお前を見捨てることなんて――」


「いけと言っている!」


 ボクの言葉がかき消された。諦めきれないボクは、どうにかして助けられないかと考えて、イブレイドをどうにかすればと魔法を発動しようとした。けれど、体の魔力が全然いうことを聞いてくれなくて、その原因がまさかと思ってすぐに顔を上げると、丁度ギルエールと目が合った。


「俺の視界に映ってちゃ、魔法は使えない。剣だってないし、そんな細い腕じゃ、こいつは気絶すらしない。分かったか? 今、お前がするべきこと……分かってるよなぁ?」


 唇をかみしめる。どうしようもない自分がどれほど愚かか。どれだけ自分は力足らずなのか。


「小娘……力に、頼り切るなよ。力に、実力に、固執していた俺には、分かる。……力だけじゃ、求めているものは、決して手に入らない……」


「ギルエール……」


「だから、いけ……。俺の想いを、馬鹿なお前らに託す。戦争を……偽りの悪夢を……」


 最後に掠れた声が聞こえた瞬間、涙腺が緩んだ気がした。そんな顔を見せられないって、その時なんとなく思った。きっと、魔王としてのプライドが発動したんだと思う。


 だから、ボクは溢れ出た涙を振り払うようにしながら、階段へ足を進めた。まだ回復しきってない、ボロボロの体を倒れ掛かりそうになるくらいになりながら、監視塔を駆け下りていく。


「いけぇ小娘ぇ! ねじれ曲がった正義など、ゆるぎない真実で正してしまえぇ!!」


 背中に、その男の最後の激を受け止めながら。






 ……。


 ……ああ。意識が遠のいていく。走馬灯が流れていく。


 醜い、生き様だった。滑稽な、人生だった。だが、最後の最後に、気づけた気がする……。


 もしも……時間を戻せるとするのなら……。


 許しを、頂けるのなら……。




 ――あいつらとも、和解しておきたかったな。

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