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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 最終章 ラム・アファース
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107 悪夢で出くわした二人

「外では魔物の行進してきている! 落ち着いて我々の指示に従い、避難場所に向かうのだ! いかなる理由があろうとも、王都の外に出ることを一切禁ずる!」


 警備兵たちが道に立ち並び、街の人たちを指定された避難場所に誘導している。人々は魔物が攻めてきた、という報告にあたふたしながら、ときおり怒号を飛ばす兵士によっておずおずと長蛇の列に加わっていく。たとえ泣いている子どもの前でも、彼らは容赦がなかった。


「どうしようアルヴィア姉ちゃん。こんなこと、クイーン様は望んでなかったのに」


 裏通りの影に隠れていた私たち。周りに兵士が巡回していて、もしも見つかればきっと色々適当なことを言って言いくるめてくるかもしれなくて、ひとまずは身を潜めていた。


 でも、よくよく考えたところでこんな行動、意味はないのかもしれない。


「……始まってしまったものは、私じゃ止められない。止められるわけない」


「諦めるの? まだ何もやっていないのに?」


 食い下がってくるテレレン。だけど、こんな状況、私一人が騒ぎたてたところで何も変わらないのは明白だ。


「兵を動かしてるのは国の王様。魔物だって刃物を見れば自衛のために人間を襲う。どうしようもないわ」


「そんなことないよ! 兵士さんの耳は王様の指示だけを聞くわけじゃないし、魔物さんにだって賢い魔物さんがいるかもしれない。戦争は止められなくてもテレレンたちで変えられるものがあるはずだよ!」


 心の底から訴えかけてくるかのようだったけど、その熱意が周囲の兵にまで洩れてしまっていた。


「誰だそこにいるのは!」


 ハッと息をのんだテレレンだけど、既にその兵士は私たちを見つけていた。甲冑で顔が見えなくとも、高圧的な態度なのは間違いない。


「そんなところで隠れていたつもりか? 早く避難しろ! これは国王命令だ!」


「アルヴィア姉ちゃん……」


 防具服の袖を握られる。本当にこの状況をどうにかしたいと必死になっているようで、その真剣さは同時に、クイーンのことを絶対に信頼しているんだなって、なんとなく握られた瞬間に直感した。


「何をしている? こんなところにいて死にたいのか?」


 考えさせないように焦らせてくる催促。それに対して私はとても冷静になっていた。冷静に、自分の気持ちを整理していた。


 傷みつけられたレイリアと、魔物への複雑な感情。ギルエールに突きつけられた、私の素性。


 ……分からない。何が正しいか、まだ分かりそうにない。何が正しいかなんて、何を選択すればいいのかなんて、一生分かりっこない。


 これだけ考えても出てこないんだから。これだけ、悩みに悩んで、それでも信じたいものが何なのかはっきり出来ないんだから。


「何をぼうっとしている! 今は一刻を争う時! 我々の時間を奪うな!」


 ……でも、


 正しい答えは、必ず自分で導きたい。


「……口を慎みなさい。ラインベルフが令嬢である私の前なのよ」


 そうじゃないと、こんなに苦しんでる意味が全部、消えてなくなってしまうのだから。


「ラインベルフ家だと? いいや嘘だな。私ははったりに騙されたりしないぞ」


 腰裏のポーチに手を伸ばす。取り出したのは、お母さんから押し付けられた狐の家紋。


「今の言葉、国に報告してもいいのよ?」


「んな!? こ、これは失礼いたしました! まさか、由緒ある貴族様がこのような場所におられるとは思わずつい」


「分かればいいわ。それよりそこをどいてもらえるかしら? 彼女と共に急いで向かわなければならないの」


「し、失礼しました! どうぞ」


 道が開かれ、テレレンと一緒に表へと出ていく。不意に気配を感じた気がして空を見上げてみた。そこには、宝石のように青い瞳を持った影のようなコウモリが、私たちを見下ろしていた。



 * * *



『ゼレスさん、聞こえますか?』


 走り続けている時、いきなり肩に乗っていたコウモリから声が聞こえてきて「うえ!?」と驚いてしまった。しかも聞き馴染みのあるあいつの声だ。


「アルヴィアか? その声は」


『クイーン!?』『クイーン様だ!』


「テレレンの声もする。どうして急に?」


『私が眷属を飛ばしたんだ』


 ゼレスおじさんの声が加わる。


『コウモリには私の意識が宿っている。つまりそのコウモリは私自身であり、君たちが話しかければ私の耳を通じて、離れていても互いに意思疎通をとることが出来るわけだ。この街は広い。使えるものは使っていかなければな』


「このコウモリでみんなと話せるってことか。……でも、どうしてアルヴィアを?」


『まだ怒っているのかクイーン?』


「怒っているというよりかは、驚いたっていうか……」


 でばらをくじかれたような、アルヴィアのことを忘れるくらい忙しかったのに、唐突に声を聞くことになるとは思っていなかった。当然話をする準備が出来ていないし、聞く心構えも出来てない。


『大した理由はない。クイーンが一番信頼している仲間と協力出来るのなら、私としてもありがたいと思っただけだ。あと一匹も、グウェンドリン君の元まで飛んでいる最中だ』


「そっか……」


『それよりもだクイーン』


 今度はゼレスおじさんが急なことに、改まった雰囲気をコウモリ越しに伝えてきた。妙に緊張感を帯びたような、何かに警戒しているような感じに話してくる。


『街に現れたディヴォールのことはお前に任せる。私は、少しやらなければならないことが出来た』


「何なの、そのやらなければならないことって?」


 返事は少し間があってから返ってきた。




「……すぐに終わることだ。ただ集中しなければならないから、君たちの声には答えられない。だが心配は不要だ。ディヴォールの元で合流しよう」


『う、うん。分かった……』


 納得出来ていない様子が、彼女の声色から想像つくようだった。私は頭に当てていた右手を降ろし、口ではなく脳内で起こしていた通話への集中をそこで切らした。眷属への意識は一時的に途絶えて、彼らの声が届かなくなる。しかし眷属には私から分裂した意識が残っている。私には聞こえずとも、能力は消えることなく彼ら同士で言葉を共有出来る。クイーンたちへの配慮はそれで申し分ないはずだ。


「――懐かしい気配を感じる」


 そよ風が通ったかのように柔らかい男の声。ただ、背中に感じるおびただしい何かが確かにある。そんな彼を待っていた私は振り返る。


「不思議だ。美しき歴史がけがされた瞬間を思い出す。厳正なるこの城内には、決して似つかわしくない醜悪な香りがしているみたいだ」


 白バラの花壇に囲まれた、一つの女性の墓前。王都の城内に建てられた唯一の石碑。これから大きなことに足を踏み入る前だった彼は、やはり愛する者の前に訪れてくれた。


 紺色の頭にいつもの王冠は乗っていない。普段身に着けていない防具の隙間から左腕が包帯で巻かれているのが見え、頬の古い十字傷も、あの日につけられた形のまま残っている。腰に剣も携えていて、いかにも戦う準備が整っている状態だ。


 あれから二十年。若かった彼も、もう私より年老いて見えている。


「君ならここを訪れると思っておりました。ログレス国王」


「久しぶりの顔だ。君を見た瞬間、パッとあの日のことが蘇った。君の前で、ラムが亡くなっていたあの光景を」


 私だって憶えている。ラーニを失った瞬間が、彼の顔を見て鮮明に蘇った。


「それが誤解だとは、何度も話したはずですがね」


「誤解だろうがなんだろうが関係ない。私と君がいつまで議論をしようとも、ラムが死んだ事実は変わらない」


「なるほど。聞く耳などとうに持っていなかったと」


 その言葉を最後にログレスは黙ってしまった。よく手入れされた花畑には青い羽が目立つ蝶々が何匹も飛んでいたが、張り詰めた空気を感じ取ったのか、そのすべてがこの場からいなくなっていく。


「場所を移しましょうか。この場が荒れては困るでしょう」


 ログレスはまだ黙っている。


「私に企みはありませんよ。場所もあなたが決めてもらって構わない」


 そこまで話してやっとログレスは動きだした。私に背を向け城内を目指していく国王。きっとこの王国の、誰よりも戦場に立たせてはいけない人間を、私は追いかけていく。

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