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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 最終章 ラム・アファース
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103 『元』ミスリル級冒険者

「兵の調子は?」


「はっ! みな正義を誓い気合も充分に――」


「出撃準備は整っているのか?」


「はっ! いつでも可能です!」


「よろしい」


 ――王都の悪夢を繰り返すものか。魔物よ。私からラムを奪った愚か者どもよ。お前らの首根っこをすべて刈り取ってやる。




「この鉄臭い腐肉は何ダド?」


「高級肉トロールのものです。これを腐らせれば、あの山の向こうにいる魔物でもここに集まってくるでしょう」


 ――魔王様の意志はここに。ラーニ様の仇……。私もお力添えしなければ。




「執事服のハミリオンが魔物を集め始めたようです。現状でもここより近い沼地と山、双方に溢れんばかりの数がいることを確認しました」


「分かった。君たちのことは父上やギルドの者にはバレていないね?」


「問題ありません」


「上出来だよ。その調子で引き続き頼むよ」


「はっ。失礼します」


 すべてが思い通りだ。父上もあの魔物も、僕の思い通りに動いてくれている。


 戦争の香りを前にした時ほど、生き物が単純になる瞬間はない。己の正義のため。譲れない絶対の正義のためなら、意志ある僕らは人殺しも厭わない。相手が敵対する獲物なら尚更だ。


「うっ!? ううっ! うげっ!」


「……実験の副反応か。大丈夫かズール? まだ倒れてもらったら困る」


「……だぁ。だぁじょう、ぶ」


「君にはまだ役目がある。これからは、その魔法を()()使ってもらわないといけないからね」


「イヒ。イッヒヒヒヒ!」



 * * *



 ――そっちはどうだ? 避難経路は確認しておくべきだぞ。

 ――物騒ねぇ。魔物が寄ってたかってこの街に押し寄せてくるなんて。

 ――これじゃ外で買い物することも不安でいっぱいね。

 ――大丈夫よ。国王様が私たちを守ってくれるわ。


 ……みんな恐れてる。この街で、通りすぎていく一人一人が恐怖を感じてる。今はまだ平気そうな顔をしていられるけど、内心の焦りは誰一人として隠しきれていない。不安をかき消そうとして口が動き続けてる。


 私はギルド本部までたどり着いて、開かれたままの両扉の奥へ進んでいく。この中でも外の騒ぎが持ち込まれてるようにうるさかった。その中心で、台に乗って大声を出しているのは、あの小太りで悪質だったメドリル本部長だ。


「集うのだ冒険者諸君! このダルバーダッドへ魔物が押し寄せてくる。その数は計り知れず、国は一人でも戦力を欲している。勇気ある者よ。きたる時、武器を取って戦場に赴いた者には、国から特例として多額の報酬金と、ギルドのランクアップが約束される」


 おお! と辺りの観衆がどよめく。メドリルが高らかに両手を上げる。


「この大船に乗らない手はないだろう皆の衆! 参加者の上限はない。申請書に名前を書きさえすれば、誰でも願いのものを手に入れられる。さあ! 今こそ国のため、ログレス国王のため。その力を使う時だ!」


 うおー! と、今度は耳を塞ぎたくなるくらいの騒音で騒ぎ始めた。


 俺は行く!

 俺も!

 僕らも!

 私も!

 私たちもぜひ!


 興奮の冒険者たちが次々と挙手をし、メドリルが順番だと彼らを諫め隊列を促していく。私は彼らとは逆の、後方へ後ずさりをして壁にもたれかかり、腕組みをしながらついこう呟いた。


「馬鹿ばっかり」


「自分は違うってか?」


 まさかの返事が返ってきた。その声はよく聞きなれた声色で、一瞬嫌悪感を感じられてすぐにギルド本部の出入り口扉に目を向けた。


「魔物の噂を聞いて、街の騒ぎっぷりを目の当たりにし、そうしてふと、ギルドではどうなっているのか気になってここに来た。なんとも暇人がやりそうなことだ」


「ギルエール。どうしてあなたがここにいるのよ?」


 彼の一番特徴的だった銀髪が、珍しくポニーテールで縛られている。彼は後ろについていた護衛の者二人を、ここから離れるように手で合図した。相変わらず人を舐めていそうな表情なのが、私の神経を逆なでしてくる。


「街の様子を見て回っていた。この地域は我がリーデル家の管轄区域。警備するのは当たり前だ」


「あっそう。ご苦労様」


 彼とはなるべく話したくなくて、私はさっさとギルド本部から出て行こうとした。以前、洞窟のミノタウロスと戦った時に彼の素性が見えて、案外憎めない人なんだっていうことには気づいたけど、やっぱりその前に受けていたハラスメントの怒りには代えられない。


「お前は出るのか? 戦場に」


 呼び止められるようにそう訊かれ、本部から出したばかりの右足を、そっと左足の隣にとどめた。振り向かないまま私は口を動かす。


「私に命じられたのは家を守ることだけ。あなたは?」


「俺には来た。父上が不在だからな」


「そう。そう言えばあなたのお父様は、魔王国から一番近い領土を守っていたわよね」


「……正直、どうするべきか迷っている」


「怖気づいてるってこと?」


「まさか。これでもミスリル級を経験したんだ。戦場で死ぬことなんて微塵も想像してない」


「だったらその想像通り、戦場で華麗な無双劇を披露してあげればいいじゃない。まさか命令に背くことを悩んでたりするの? ランクとか権威とか、人の目ばかりを気にしていたあなたが? まさかね」


 冗談交じりにそう皮肉ってみた。また変に激情に駆られてやっかみしてくるんだろうと思った。けど、その時に限っては全く違った。無言が続いて、顔を見てみても喋る気配がなかった。


「あなた、まさか本当にそれを悩んでるの? 国の命令違反がどれだけのことか。元々馬鹿だと思ってたけどとうとう能無しになった?」


「お前以上の脳みそは持ち合わせてるつもりだ。……だが、俺もとうとう馬鹿になったのかもしれない」


 …………。


 さすがに、絶句した。


 多分、瞳孔をまん丸にして、顔が傾いて口も半開きになって、とても不細工ぶさいくな顔して彼を見ていたと思う。逆にギルエールはとても真剣な顔つきのまま、ちらりと横目を向けて、私のあほ面にシンプルな言葉で怒りを表した。


「ぶっ殺してもいいか?」


「あ、ご、ごめん。いやごめんっていうか。一体全体あなたに何があったのか……」


「こいつ……。人を見たら吠える犬みたいに俺を見やがって……」


「あなたが言えるセリフ?」


「……まあいい。そんなことより妙だと思うんだ。今回の魔物の大襲撃。なんの前触れもなくそんなのが訪れるのか。もしそうだとしたらなぜ今なのか。どうして過去に同じようなことが起こらなかったのか」


「過去に……。一つだけあるわよ。歴史に残るほどの大事件が。街中でもそれの再来を囁く人は少なからずいる」


 王都の悪夢を思い浮かべる。迂闊に口に出来なくて回りくどい言い方になったけど、ギルエールには通じてくれた。


「あの事件は魔物が数で襲ってきたわけじゃない。俺の知る限り一体の魔物がすべてを破壊したんだ。今回のとは類が異なる。引っ掛かる点はそれだけじゃない。襲撃を警告されてるわりには現実味がない。この辺りに数万の魔物がいるというが、その気配をまるで感じ取れない。街中で危険を知らせるために死体が吊るされてあったが、魔物が数万に対して街の各所に一人ずつ。それだけの犠牲で済むことがあり得るか? それに、相手の規模がまだ正確に分かっていないというのに、俺たち貴族に命令を出すこともおかしい。普通なら魔物の種類や詳しい数といった、敵の情報をちゃんと寄こしてくれるはずだ」


「……言われてみれば、まあ不可解ではあるわね。でも、それらが妙だから結局は何だって言うの?」


 私は結論を彼に問う。この推理の根底、ギルエールが問題の根本がどこにあると思っているのか。


「……もしも、この戦争を意図的に仕込んだヤツがいたとしたら」


「え?」


 いつになく深く考え込んでいたギルエール。ボソッと呟いた言葉の続きは、その時はまだ、彼の口から出てこなかった。



 * * *



「これで、メレメレの動きを探れそうだ」


 透明に見えるハミリオンのウロコを手にしながら、ボクはそう確信する。ガヤガヤと騒々しい街中で、人の行きかいがいつもより多くて見つけるのにちょっと時間がかかってしまった。横でテレレンがまじまじとそれを見つめていて、きっと透明で本当にあるのか見たいのだろうと思いウロコを手渡すと、後ろにいたゼレスおじさんが話しかけてきた。


「まずはメレメレから話を聞くつもりだな?」


「うん。ゼレスおじさんのコウモリでもいいんだけど、ヤツが近くにいるなら直接話し合いたい。そうじゃなきゃボクの伝えたいことが伝わらないかもしれないから」


「いい試みだ。だが時間は限られている」


「分かってる。そうだゼレスおじさん。おじさんのコウモリでお父さんと話は出来ないの?」


 危うく画期的な方法を見落としてしまうところだったが、ゼレスおじさんは浮かない顔をした。


「実は先日、城につけていたコウモリが潰されてしまってな。今すぐに話すことは無理だ。消えてしまった時に新しい一匹を飛ばしたが、ここから魔王国までの距離ではあと半日はかかるだろう」


「そっか。出来ないんじゃ仕方ない。今出来ることをしないと」


 今は悩んでいる時間なんてない。一歩遅れれば戦争。一つ判断が出来なければたくさんの犠牲者が生まれてしまう。そんな悲しい結末はご免だ。


「街を出て猫を走らせる。ドリンとも合流しないと……。あっ」


 鉢合ったそいつを見て足が止まった。そいつも、ボクのことに気づくと同じように足を止めた。ボクらが黙りこくって互いの顔色を窺っていると、その沈黙を、ウロコから顔を上げたテレレンが彼女の名前を呼んで思いきり砕いたのだった。


「ああ! アルヴィアお姉ちゃん!」

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