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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 最終章 ラム・アファース
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101 巻き起こる騒ぎ

 イスに座ると、二、三年ぶりにクッションがこんなに柔らかかったのを感じた。村やギルドとかとは違う、貴族のイス。


「お前がここに戻ってくるなんていつぶりかしらね」


 お母さんがテーブルを挟んで対面するように、私のより背もたれが高いイスに座る。イエローの絨毯に壁紙、カーテンにテーブルの骨格、締め切った扉の輪郭まで。イチョウのようなこのラインベルフ家のリビングに、まさかまた戻ってくる日が来るなんて。


「何か言うことがあるんじゃない?」


 俯きがちだった私に、お母さんがその額を小突いてくるように訊いてきた。私は嫌々な気持ちを抑えてこう言う。


「……長い間家に戻らず、申し訳ありませんでした、お母様」


「ちゃんと自覚はあって安心したわ。ラインベルフ家に野蛮な輩は必要ないのだから」


 そんなこと言わないでよ! ……そう思わないようにするために唇を噛む。


「でも丁度よかったわ。このタイミングで戻ってきてくれて。国からの出兵命令が来たところだから」


「え?」


「今頃街でも大騒ぎになるころでしょう。魔物が進軍してくるのよ」


「進軍って……数は?」


「万を超えてるらしいわ」


「そんな!? どうして今になってそんなに」


「襲うことに意味なんてない。まさか、魔物の習性まで分からなくなったの?」


 そんなわけないでしょ。むしろ知らないのはどっちよ。


 言い返してやりたいけど、どうせお母さんは私の言葉に耳を貸さない。そもそも相手がお母さんじゃなくても、私の話だけで納得する人なんていない。ただ歯痒さだけが募っていく。


「……タイミングが良かったっていうのは、私も戦場に出ろってこと?」


「いいえ」


 否定されたのが意外で、つい目を合わせてしまう。


「あなたはこの家を守っていればいいの。そして、私にもしものことが合った時は……」


 胸元から出したバッジが、テーブルの上にカタンと音を立てて置かれる。それは、お母さんが胸につけているものと全く同じもの。この家、ラインベルフ家を象徴する狐の家紋だ。


「この家はあなたに預けるから」


「……これを渡す相手は、レイリアじゃなかったの?」


 壁を隔てて聞いた話を思い出す。ラインベルフ家は騎士系統の貴族。魔物を倒し市民を守るのがこの家に生まれた者の使命で、その戦果を挙げていたのは私よりも妹だった。お母さんだってそれを知っていて、そして、ある時私たちに聞こえないところで確かに口にしてた。


 ――ラインベルフの名に相応しいのは、レイリアの方ね。


「……私聞いてたから。これはレイリアに渡されるはずだったの知ってたから」


「……そう。だからあなたはいきなり家を出て行ってギルドなんかを始めたわけ。そういうことだったのね」


 見透かされたのがイラっときて、家紋に目を落とすと傷ついた彼女が浮かんで、振り払おうとしてもお母さんの髪色が彼女と重なってさらに怒りが沸き上がる。


「結局お母さんはどっちでもいいんだね。私だろうがレイリアだろうが、誰であろうと跡継ぎが出来れば関係ないんでしょ? そうじゃなきゃ出来損ないって言った人にこんなもの渡したり――」


「口を閉じなさい」


 開くだけで勝手に出てきた言葉たちを諫められた。お母さんは氷のような無表情でイスから立ち上がる。


「お前の愚痴に付き合ってる時間はないの。分かったらそれを持って部屋にお戻り」


 しばらく睨むようにお母さんを見上げた。素直に従うのがしゃくな気がして、でも、次第にそうしている自分が阿保らしく思えてきて、私は過剰に力を入れて家紋を手に取って、さっさとその部屋を出て行った。



 * * *



 ――声張り上げろ!


 ――もっと最後まで振り抜け!


 ――戦場で死にたいのか! 真剣にやれ!


 城裏のはずれの道を歩きながら、土嚢の奥から人間兵士たちのけたたましい雄たけびを両耳が千切れそうなほど響いてくる。街の北西方面には訓練場があったんだっけか。


 テントとか案山子とかがたくさんあって、野外なのに鋼の臭いが充満している。人に気づかれたらメンドウだから、僕は裏道とか物陰に隠れながらここまでやってきた。


 この僕ウーブは、ある魔物を探している。今朝がたギルド本部前で見た、魔物が来るという予告と、それを知らしめるための見せしめの死体。あの死体にあった特徴は、体の節々が大岩で潰されたかと思うくらい大胆なへこみだった。あれを素手でやれそうなヤツが、僕の知り合いにいる。


 ふと横を見てみると、そいつがいた。


「……何やってんだ、あいつ」


 そいつは、なんでか地面に埋まって地上に顔だけ出していた。両目を女性の手で覆い隠した変態スケルトン。人通りが全くない倉庫代わりのようなテントのすぐ隣で、スケルトンの生首がキノコのように生えているような絵面だ。


「何やってるの、アーサー」


 目が見えないはずの頭蓋骨が僕をちゃんと見上げて、暴力を奮うタイプのやんちゃ青年な声色を口から発する。


「おお、誰かと思えば支配地を奪われた負け犬のウーブレックじゃないか」


「……どーも」


 そうだ。こいつはおちゃらけで嫌味を言うし、僕のことをそう呼ぶんだった。


「見ろよあいつら。俺らなんもしてないのに勝手に焦っているぜ」


 アーサーの頭が訓練所で汗を流す人間たちに向けられてる。


「お前が埋まっているのは理由があるの?」


「こうすれば意外とみんな素通りしていく」


 どうやら彼はこの訓練所のインテリアになり切っているようだ。頭蓋骨を家に飾るのは見たことあるけど、屋外でしかも地べたに埋めた装飾。……なんて奇抜なセンスだろうか。


「街でもみんな騒いでたよ。魔物を迎え撃つ準備を貴族や冒険者を集めて色々やってる。なんでこんなことになってるのか、お前は何も知らないの?」


「なんで俺が知ってるんだよ。俺らが何かしたか? この街をこんなパニックにさせるほどのことをやったか? やったとしたらこの街がぶっ飛ぶくらいじゃないと納得できねえよ」


 声色に動揺とか変化はない。本当に何も知らないのかもしれない。もっと訊きだそうとその場で膝を曲げて、尻がつかないように座っていく。


「……街では魔物が殺したと言ってその死体が吊るされてた。市民に危機感を持たせるためだろうけど、その死体は酷くへこんだ部分が幾つかあった」


 核心の部分を呟くと、時間を置いてから「ふーん」とアーサーが相槌した。


「あの傷は君の自慢の怪力そのものだ。ここに来るまで何かしたんじゃないの?」


 言い切るよりも先にため息が聞こえた。


「あのな、言っとくけど俺は巻き込まれた側だ。ここに着く前、俺のところに十何人もの兵士や冒険者が集まったんだ。そいつらの目的は七魔人である俺の討伐。俺はただ首飾りを手に入れたくてテクテク歩いてただけだったのに、あいつらしつこく俺を攻撃してきたんだ。全くダルかったなぁ。瞬間移動してきたり斧がすっ飛んできたりデッケェ盾で守られたり――」


「そしたら、そこに吊るされてた死体はその時君が倒した人間ってこと?」


「そうなんじゃねえの? その時以外に人間を襲ったことはねえ」


 自分たちで攻めておいて、自分たちで死体を吊り上げ襲撃を喚起した。すべては向こう側の自作自演だったってことか? 僕らを心から毛嫌いしている彼らならしてもおかしくはない、か。


 だとしたら、その目的はなんだろう? 魔物への敵意を人々に改めさせるため?


 ……それだけで、そんなメンドウなことを人間がするだろうか。今更な気もするし、何かもっと大きなものを見落としてるような気がする。


「んで。お前が訊きたかったのはそれだけかウーブレック?」


「……メレメレはどこにいる?」



 * * *



「……っはあ、本当にそんなことが」


 ゼレスおじさんが深くため息を吐いた。いきなり耳に入った魔物の襲撃という号外。ドリンを見て騒ぎ出すヤツもいたりして、ボクらは街の外、ゼレスおじさんが連れてきてくれた雑木林に潜んでいた洞穴にいて、ゼレスおじさんがまだ街の近くにいる執事のメレメレと眷属を利用した会話をしていた。


「何か分かった? ゼレスおじさん」


「とりあえず、街で流れてた噂は本当のようだ。メレメレは今もなお周辺の魔物をかき集めている。そして、その命令を下したのはディヴォール本人だと」


「お父さんが襲撃命令を!? 何かの間違いじゃ!」


「何度聞いてもメレメレは本気だった。このままでは戦争が起きる」


「戦争!?」と大声を上げたのテレレンだ。


「どうしようクイーン様! 戦争なんて起こったらメチャクチャになっちゃうよ!」


「戦争になったら、さすがにクイーン様でもどうしようもないダヨ……」


 お父さんが人間を襲う命令をした。そんなことは、ボクが知る限りは一度もない。お父さんが城にいる時間はそんなになかったから詳しいことまでは分からないけど、でも、ボクが実際に人間の国に来てみて、魔物たちが怯えて暮らしているのを見てきたから、きっとそれまで襲撃命令なんてものを出したことは多くないと思う。


 そしたらどうしていきなりそんなことをしたんだ? 本格的に人間を滅ぼそうとしている? そうだとしたらいきなり王都を攻めるだろうか。メレメレがかき集めているのは彼の周辺の魔物だけ。魔王国からの援軍とかはすぐには追いつかない。


 それじゃ、これもボクに対する試練? この状況をどうにかさせるために、敢えてそうしたのか。もしそうだとしたら規模が大きすぎるし、事前に首飾りを奪わせたりしてて効率的でない感じじゃ。


「……あいつがこの街に恨みを持っている理由なら知っている」


「え?」


 灰色の地べたからゼレスおじさんへ焦点が移る。


「クイーン。いまからするのは、お前の『お姉さん』の話だ」


 至極真剣な顔して、ゼレスおじさんはボクにそう言っていた。

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