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二人の追放者が出会う時 ~魔王の娘の帰宅奇譚~  作者: 耳の缶詰め
 最終章 ラム・アファース
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100 戦禍前兆

 ある一匹のコウモリが、先日私に告げた。城の方で何やら不穏な動きがあるようだと。


 我が名はゼレス。吸血鬼の主と呼ばれる私がこの街にいるのはある使命があるからで、その使命とは人間たちの監視だ。私は人間界の一番の街ダルバーダッドに定住し、王から最も近い彼らの動向を魔王ディヴォールに報告している。


 人に成りすませるからこそ与えられた役目だが、そのコウモリが見たものは不可解な点が多いものだった。それまで()()()はそんなことをしなかったし、そうするような人でもないだろう。そう断言出来る。


「あ。コウモリだ」


 隣を歩くクイーンが、前から飛んでくる私の眷属を見てそう言った。眷属は私の隣を通りそのまま影に溶け込む。


「君の仲間はこの先のようだ」


 クイーンがここにいるのは好都合なことか。それとも不都合そのものだったのか。あの彼が何をするか分からない。無理に警戒心を煽りたくはないが、彼女にはいつ何が起きてもいいようにサポートしてあげなければ。その時私が隣におらずとも、自分の力で切り抜けられるように。


「オ、オデを食ってもおいしくないダヨォ……」


 コウモリが導いたのは、この街の中心地に近い商店街。そこでクイーンの仲間を見つけると、フロストゴーレムの怯えるのを前に二人の少女戦士が斧と槌をそれぞれ持って虐めているようだ。


「どうしよアリーア。このゴーレム全然自分の氷から出てこないよ」


「ゴーレム全然自分の氷から出てこないから、どうしようねイリーナ」


「だーかーらー! ドリン君は別に悪い魔物さんじゃないんだってぇー!」


 フロストゴーレムは自身の周りを氷で囲いまでして自分の身を守っており、顔がうり二つの二人が抜刀しているのをアホ毛が特徴的な桃髪が必死に止めようとしている。図体が半分も差がある小さな人間に脅されるとは、なんとも摩訶不思議な光景だ。


「なにやってんだ、あいつら……」


「ピンチ……なのだろう。早々に彼女らを説得しないといけないな」


 クイーンはため息を吐きながら、平和な争い現場へ向かっていく。


「おーい、ちょっといいか?」


「「ん?」」


 彼女が二人に話しかけた時、全く一緒のタイミングの相槌と振り向き方、一人がスライムのように分裂したのかと思うくらい顔のつくりもそっくりだ。


「だーれ?」「君は?」


 一人が頭を傾け、もう一人もそっち側に傾けるこの阿吽の呼吸。見てるだけで分かる二人の仲の良さ。そして、それぞれの手に握られた業物の斧と槌。


「ボクはクイーン。お前たちは?」


 顔を見合わせ、せーの、と顔を振ってリズムを踏み、片側から自己紹介が始まる。


「アタシはアリーア!」「ワタシはイリーナ!」


「「二人合わせてアリーナってね!!」」


 名前を聞いてはっきりした。この双子は、街で有名なギルドのメンバーたちで間違いない。瞳の色も背丈も肩幅も脚の長さもすべて同一。違いを探すとするなら、緑のミディアムが濃いか薄いかぐらいだ。確か濃い方がアリーア。若葉のようなのがイリーナだったか。


「そ、そうか。元気がいいな……」


「クイーン。彼女らはこの街の有名人だ」


「え? そうなの?」


 彼女の肩に手を置きながら会話の中に入っていく。すぐに双子の姉妹が私を見上げて訊いてくる。


「だーれ?」「あなたは?」


「私はゼレス。小さな家の貴族だ」


「へえ」「スタイルスゴイね」


「どうも。クイーン、この街、いや世界でトップのギルド『ユースティティア』は知っているか?」


「ユースティティア? ……そう言えばこの前、アルヴィアから聞いたような」


「この双子はそのメンバーだ。限られたものにしかなれないオリハルコン級ギルド、そのご本人たちだよ」


「おお! オリハルコン級か! アルヴィアでもその一個下のミスリル級だったのに。……って、なんでボクはあいつのことばっか言ってんだ」


 不満そうに頬を膨らませたクイーンだったが、まだ幼い娘がわがままになっているだけで微笑ましい姿でしかない。


「とりあえずアリーナ姉妹。このフロストゴーレムはボクの仲間だ。それにボクらはギルドに登録していて、プラチナ級までランクもいってる。彼に手出しするのはリーダーであるボクが許さないぞ」


「「ええ!?」」


「魔物が!?」「ギルドに!?」


「胸にカードがあるって何度も言ったのに……」


 常に明るい桃髪が珍しく口をとがらせている。ゴーレムの張っている氷の範囲と強度からして、結構な時間彼女らを止めていたのかもしれない。


「でもそっか」「事情は分かったよ」


 アリーナ姉妹がそれぞれ背中に武器を納める。


「時間が過ぎちゃったね」「うん。急がないとだね」


 同じタイミングで一歩を踏み出し、同じペースで歩いていき、同じ頃合いで別れの手を振って声を揃えた。


「「アリーナはお先にバイバイだよ!!」」


「頑張ってね」「小さなリーダーちゃん!」


「あ!? 今子ども扱いしたな! くっそあの姉妹め。自分たちのがよっぽど小さいっていうのに、次会ったら覚えておけよ」


 背丈に関してはほぼ一緒ではあったのだが……。まあ、指摘しても納得しないだろう。


「ふう。助かったダヨ」


 殻を割るかのように氷の障壁から出てくるゴーレム。


「そこまで怯えるか? 相手は小さな少女だったぞ」


「でも、あの二人とっても強いギルドのメンバーだったダヨ! それにオデを見ていた目! あれは本当にオデを殺すつもりの目だったダヨ」


「あんな可愛らしいのがそんな殺意を込めて見てくるわけ……」


 ――グッと、頭の内側を殴られた感じがした。


 この突拍子もない衝撃に、私は慣れている。これは私の眷属、それも意識を強めに繋げている一匹が潰された時に起こるものだ。


 しかしとんだ失態だ。うっすら横目で見ている感じだったが、監視している者から敵意を感じなかったせいで逃げるのが遅れてしまった。最後に見た様子もどんなものだったかはっきりと分からない。確かなことは、そのコウモリは城内に忍ばせていたものだということだけ。


「――ゼレスおじさん?」


「ああ、どうしたクイーン?」


「……いや、なんかぼーっとしてるように見えたから」


「そうか? 毎日ちゃんと寝てるし健康にも気を使っているさ。それより、どこかでご飯にでもするべきではないか? そこでクイーンとあの娘と何があったのか、彼らにも話しておくべきだろう……」


 眷属の気配に感づいた者がいたということか? 人に気づかれるようなことは今まで一度もなかったし、監視の対象者も一切そんな素振りを見せてこなかった……。


「クイーン様、アルヴィア姉ちゃんは?」


「あっと……。と、とりあえず場所を移そう。ちょっと長くなるから……」


 他の者か? 隣に誰かがいて、そいつが気づいた? だとしたら果たして、本当にそんな敏感な者がいるとしたら、そいつは一体何者なんだ……。




「……掴もうとしただけで消えてしまった。まるで影のようなコウモリだったが、あれから本当に敵意を感じたのか?」


 振り返った先で、みだらな髪の間から彼は不適に笑い出した。


「イヒ。イッヒヒ。まほう……。まほう、の、感じ。イッヒヒィ!」


「魔法? 僕にはそう感じられなかったが……まあいい。君の実力が本物だって、今さっき証明されたからね」


「ヒヒッ。ズール、えらい?」


「……いいや。まだまだ君にしてもらいたいことがある。偉い人は主の命令をすべて聞き届けるんだよ」


「ヒッヒヒ。わがっだ」


 まだだ。あの段階はまだ序の口。


 あのカメレオンを騙したのはまだ、僕の計画の始まりに過ぎない――。




「魔王様!? どうしてこんなところまで! それも一人でおいですか!?」


 ――もっとだ。これからもっと操れるものを操って、




「んな!? そのご命令。本当によろしいのですね?」


 ――そして、魔物たちを絶望に陥れていくんだ。




 地震が前触れもなく訪れるように、山の噴火が素人には予測出来ないように、ダルバーダッド全土を巻き込む激動は、ボクがアルヴィアとの喧嘩を仲間に話してる間にも密かに進んでいた。


「ええ!? アルヴィア姉ちゃんと別れちゃったの!?」


「それでいいダヨか? クイーン様」


「……ボクが悪いわけじゃない」


 突拍子がなくて大それた事件。これから起ころうとしていることは、空から槍が降ってくるのを予見したりするようなことで、ボクらもそんな災害予報を気にするわけがない。


「ごうがーい! 魔物たちの襲撃が近づいてるぞー!」


「……『魔物に食い殺された死体』って、見せしめに死体吊り下げてみんなに見せてるのは気色悪くないのかな。誰も降ろそうとしないけど、騒ぐことが人間の得意なことだっけ。……メンドウなことになりそう」


 始まりは必然で。


「その話、本当ダド? 魔王様がいきなりそんなこと言ったダド?」


「ええ。いつになく恐ろしい殺気を放っていました。きっと思い返したのでしょう。かつてここで起きた、あの悲しき事件を」


 名だたる者が自然と集約していって。


「報告は以上! 我々の正義を今一度問いただし、いつか訪れる魔物の軍勢に備えよ!」


「「「はっ! 絶対なる正義は我らに!!」」」


「……準備は万全か。このセルスヴァルアの名のもとに、あの時の復讐を果たさせてもらおう。魔界の王」


 誰かが望んだ混沌が誕生する。


「……感謝しますよ、ブロクサ教授。彼らは実に優秀な隠密組織。リメインがいなければ、僕たち人間はここで歴史を作れなかった」


 入念に準備を進め、己の憎悪を膨らませて形にしていってる存在。これからの舞台を整えたそいつの裏の顔。


「アルデグラム神話を塗り替える新たな物語。その名にはこの計画の題名こそ相応しい。ラム・アファース」


 腹黒く歪んだ正義の正体に気づくなんて、きっと誰もが出来なかったんだ。


「すべては魔物を滅ぼすため。我らが正義を示すために。まずは、次代の王の首を、この僕が捧げてあげますから。待っていてくださいラム。アファース。いえ、――母上」

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