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悪魔狩りの魔女  作者: 華井夏目
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42.小さくも気高い彼女の背中:前編

 (わたくし)、エカチェリーナ・ミハイロヴナ・クラミナは創始者ヨハンナ・クラミナの子孫であり、由緒ある狩り人魔女の血筋であるのクラミナ家の娘。


 その偉大で栄誉ある名を背負う私は如何なる事においても完璧に熟さなければならない。それがこの名を背負う者の使命。お母様から頂いたこの魔法のみならず、あらゆる学問、あらゆる芸術、あらゆるスポーツ。その名に恥じぬ姿・生き方を私は示さなければならない。


 故に、私に失敗などという言葉はあってはならない。常に完璧に、常に優良であらければならない。


 それが私の———なのに、私は・・・・・




 あの街中の事件からしばらく経ち騒動の熱りが冷めた頃、季節は巡り夏となった。


 じりじりと日射しが強くなりカラカラとした暑さに浮かされる中、私が通う修道院もようやく夏季休暇に入る。それに伴い、決して少なくない数のシスター達が帰省の為に帰国し、一時的に人数の減った事で修道院並びにストレガの町は僅かに静かになった様に思う。


 そんな物事の節目に当たる時に私はある人物達の元を訪ねた。そこで嫌そうな表情で私を歓迎した彼女達にある提案をする。


 それが——


「海だぁ~~~~~‼‼」

「うみぃ~~~~~~!」


 フレンダとヘレンとかいう少女が砂浜に着くなり大きな歓声を上げた。


 いつもはあかりの陰に隠れて私を睨むフレンダが、今日は可愛らしい水着姿に身を包んで楽しそうに砂浜を駆けていく。ヘレンも、大きな浮き輪を携えてそれに続いた。


 私が引き金となったあの事件。その詫びとして、私は戦闘に巻き込んだあかり達四人を海水浴に招いたのだ。当然、諸経費を私が負担すると約束して。提案した時こそ嫌そうな顔をしてましたけれど、いざ現地に着いてみればあの様ですわ。


 そんな賑やかな空気の中、人一倍はしゃぐフレンダら二人に注意の声を掛けながらあかりが神妙な面持ちで徐に私の所に近づいてくる。


「本当に良かったの?旅費全部出してもらったけど。」


 そう尋ねたあかりは慎重に私の顔色を窺う。


 彼女は、海水浴の提案に反対的だった三人——特にエレナを説得してくれた経緯がある。正直に言って、彼女が居なければこの計画は樹立しなかったでしょう。


「構いませんわ。言ったでしょう。これは謝礼だと。(わたくし)が犯した不手際の始末をつけたいだけですわ。」


「・・・そう。」


 私の説明に短くそう返したあかりは腰に手を当てて肩を落とすと、遠くで大はしゃぎするフレンダに呼ばれて気乗りしない様子で海の方へ歩いていく。


 その姿は仲の良い友人というよりも、むしろ旅行に同行した保護者の様だった。


 ・・・それはいいとして。わざわざ海にまで足を運んでいる以上、あかりもまた例外なく水着姿——なのですが、彼女はその少し大人びた黒いビキニ水着とは別に、何故か腰にいつもの帯をスカーフの様に巻いている。


 そのなんとも奇妙というか奇抜なあかりの装いに私が小首を傾げていると今度はエレナが私に近づいてきて険しい顔で言う。


「言っとくけど、私はまだあんたの事許した訳じゃないから。」


 憤りの滲む声で私を睨む彼女はあの事件以来完全に私の事を敵視しており、私に会う度に強い敵意を向けてくる。この海水浴計画にも彼女は最後まで反対していた。


如何様(いかよう)にも。しかし、この間の一件は私も反省していますわ。その為にこういった場を設けたのですから。」


 私が差し当たりなくそう答えると彼女は表情を一層険しくする。、まるで、私の言った言葉全てを疑っている様な、そんな猜疑心の塊の様な顔で私を睨んでくる。


 全くもって、一体何がそこまで気に食わないというのか——理解に苦しみますわ。


 とはいえ、私が誘い彼女達がそれに応じた以上、この海水浴で多少なりとも関係の改善、並びに誤解の解消と謝罪をしなければならない。


 この名を背負う者として、これ以上の醜態を重ねる訳にはいかないのですから。


「エレナ。うみ、いこー?」


 などと、私が考えに浸っているといつの間にか戻ってきていたヘレンがそう言って陽気にエレナの腕を掴む。そして、想像以上に強い力でヘレンはエレナを振り回しながらかなり強引に引きずっていく。


 まるで暴れ牛の様なヘレンに抵抗さえも許されないエレナを目の当たりにして、私は彼女に同情の念を抱いた。


「失礼な奴らですね。」


 騒がしいエレナ達が立ち去ると、パラソル等の設営をやってくれていたキアラが私の横で不機嫌そうにそう漏らす。彼女も彼女でエレナ達の遠慮のない態度が気に食わない様で引きつった顔でエレナ達を眺めている。


「懲らしめてきましょうか?」


「やめなさい。これは私のけじめだと言ったでしょう?」


「ですが、それにしたってあんな態度・・・」


 そう訴える彼女は傷心の表情で私を見つめる。そんな幼気な彼女の姿に心苦しさを感じつつも私はため息交じりに彼女を諭す。


「気持ちは解りますけれど、我慢なさい。」


 私にそう言われて彼女は怒られた子犬の様に渋々了承した。


 キアラは他の誰よりも私の事を慕ってくれている。ですけど、時折過激なところが出てしまうのが玉に瑕ですわ。それ以外は、とても良い子なんですけれど・・・


 そんな事を思いながら視線を移すと波打ち際で楽しそうに遊ぶ四人の姿。その華やかな姿を眺めながら私は拗ねるキアラを優しくなだめた。


 全く、手のかかる子ですわ・・・




 ・・・暑く、賑やかな砂浜。夏の焼ける様な暑さに反して、浜の様々な場所から歓談の声が聞こえ大勢の人達が各々にこの海という場所を存分に楽しんでいるのが伝わってくる。


 素足に感じる砂の熱。砂の一粒一粒が指の隙間に入り込み、生意気にも何とも言えないこそばゆさを私に味合わせる。吹き抜ける海風、足を撫でる冷たい海の水。謝礼という理由を含めても来て良かったと思えるほど、ここは心地が良い。


 母国ロシアのビーチとはまた違う雰囲気の心地良さ。どこか暖かく、冷ややかな愛情めいた空気・・・私は、それその感覚を肌身・心に感じながらそっと息を吐く。


 今、この一瞬だけは私は自由であれる。この名の責任もしがらみもなく、ただ一人の少女カチューシャとして、ここに在れる・・・


「カチューシャ?」


 唐突にキアラが私の名前を呼ぶ。その声に現だった意識が現実に引き戻された。


「なんですの?」


「いえ・・・なんといいますか、神妙な面持ちでしたので。」


 そう言う彼女の表情は暗く心配気なものだった。どうやら知らず間に密かに抱いた心情が表に出ていたらしい。彼女に要らぬ心配をかけてしまった。


 そんな些細な事に僅かながらの後ろめたさを感じているとキアラの背後であかりがフレンダ達から離れていくのを目にする。


 言い争った、という様な様子ではない。だが、急に団欒の空気から離れた彼女は一人砂浜を歩くとキアラが立てたパラソルの中に潜り込んだ。


 唐突に一人になった彼女が気になった私は、一緒に来ると面倒そうなキアラを一旦遠ざける為にテキトーな用事を彼女に与える。


「キアラ、悪いけど飲み物を買ってきてくださる?」


「はい、喜んで!ご要望はありますでしょうか?」


「アナタに任せますわ。」


 私がいい加減な返答をすると彼女は嬉しそうに飲み物を探しに走り出す。その健気な姿がもっと周知されれば彼女も少しは生きやすいでしょうに。


 などと思いながらキアラの背中を見届けた私はゆっくりとあかりの元に歩み寄る。ビーチパラソルの陰に敷いた青いチェック柄レジャーシート、そこに静かに座り込む彼女に私は率直に尋ねた。


「何してるんですの?」


「ん?何って・・・休憩?」


 気の抜けた声でそう答えた彼女は怪訝そうに首を傾げる。その阿保らしい反応に私は肩を落としながら言葉を返す。


「私に訊かないでくださる?それより、皆さんと泳いできたらいかがですの?」


「私、泳げないわよ?」


「はい?」


「カナヅチなの。だから、皆は泳いでおいでって言ったのよ。」


 突然彼女の口から飛び出した意外な言葉に私は思わず呆れ返る。それを平然とした様子で口にする彼女の反応にも。・・・全く、箒に乗れなかったり泳げなかったりと、あれほど優秀なのになぜ彼女はこうもどこか抜けているのか・・・


 彼女の生態に頭を悩ませながらため息を吐くと私は改めて彼女に尋ねる。


「隣、座ってもよろしいかしら。」


 すると、彼女は快く「ええ、どうぞ。」とすんなりと答えた。その言葉に甘えて私は彼女の隣に腰を落とす。ガサガサとシートが音を立てて歪み、シートのざらざらとした感触と先ほどと同じ砂の熱を肌に感じた。


 賑やかな砂浜に包まれる細やかな静寂。目の前の青い海が視界を奪ってしまいそうなほど眩しく輝く中、あかりは何の前触れなく近づいてきた私に何も尋ねない。


 ただこの状況を受け入れ、穏やかな目をして眩しい海を眺めている。


 そんな優麗な彼女を横目で見ながら私はもう一度深く息を吐き、落ち着いて彼女に一番重要な要件を伝える。


「あかり。この間の一件、改めて謝罪を。冷静になってようやく自分の愚かさを知りましたわ。あの時の私は・・・どうかしていました。」


「別にいいわよ、気にしなくて。」


 私の言葉にそう言って彼女は変わらず穏やかな表情のまま肩を竦めた。しかし、私にはその表情が無性に気に障る。まるで、自分はそういった事に慣れていると言いたい様な、言ってしまえば煽っている様な雰囲気を思わず感じてしまう。彼女にそんな邪念なんかないというのに———


 ・・・駄目ですわね。そう感じてしまうのはきっと、私がまだ意地になっているからですわ。自らの非を認め彼女と向き合わなければ・・・


「そういう訳にはいきません。私の身勝手でアナタに怪我までさせたのですから。アナタが望むのであれば、私はどんな仕打ちも受けますわ。」


 私が誠意をもってそう言うと彼女は急に複雑そうな表情を見せる。そして——


「そういう発言は避けた方がいいわよ?」


 と、若干引き気味の声で私の言葉を指摘した。


 彼女が何故そんな反応をしたのか私には解らず、私はただ困惑気味に眉をひそめる。別に変な事を言った覚えはない。ただただ純粋に謝罪を述べたはずなのに、彼女の反応は複雑そのものだ。


 やっぱり、彼女は分からない。


 謝罪の事も忘れてそんな事を悶々と考えていると、再び海を眺める彼女がため息を吐きながら徐に言葉を漏らす。


「・・・仕方ないんじゃないかしら。」


「はい?」


 急に飛び出した理解不能な言葉に私は気の抜けた声を漏らした。


 『仕方ない』とは、どういう意味なのか。それを要求する様に彼女を見つめると、彼女は私を一瞥して言葉を続ける。


「今の時代、悪魔が人間に擬態して町中を歩くなんてそう滅多に遭遇するものじゃないでしょう?それも修道院のお膝元のストレガでなんて。そりゃ驚きもするし、動揺もするでしょう。」


「ですけれど——」


「それに、そんなに真摯に謝られても困るわよ。散々偉そうな事を言ったけれど、かく言う私だって、昔貴女と同じ事をしたのよ?」


 彼女の口から漏れた予想外な言葉に私は動揺して思わず同じ言葉を尋ね返す。


「同じ事を?・・・アナタが?」


「ええ。要らない正義感を振りかざして街中で悪魔狩りを強行したの。その先にどんな結末を招くのか考えもしないで。——結果、多数の負傷者を出した挙句、町の至る所を破壊したわ。信号機、車、バス停、店のガラスやら看板やら。まぁ色々よ。」


 意外・・・でした。何故なら彼女はどんな事態にも冷静に対処し、その状況で最善と呼べる手段を選べるほどの聡明な人ですもの。


 そんな彼女が、私と同じ過ちをしたなんて信じられなかった。


「幸い、負傷した人達はどれも軽傷で魔力汚染も無かった。けど、討伐した対象に対して見合わない被害の大きさ、大勢の人がいる街中で不必要な危険を招いた間違った行いは、当然非難の対象だった。——『過剰で、自己満足な正義感だった』と。」


「———っ・・・」


「どう?偉そうな事を言ってても、私も貴女とさほど変わらないただのクソガキなのよ。」


 そう言って微笑む彼女の表情は悲しく、仕方がないという様な諦めがあった。その表情に、私は浮かばれない気持ち湧き上がる。


 正しい事。・・・ではなかったかもしれない。しかし、結果はどうであろうともそこにある優しさを真っ向から否定するのは、傲慢ではありませんの。


 もやもやとする私の心、それに反して平気そうな様子のあかりは肩を竦めて話を続けた。


「尤も、悪魔を野放しにした日本教会の怠慢、神官の初期対応や事件後の処理対応の悪さなんかが目立って、私が直接叩かれる事はほとんどなかったけどね。それでも、事件後の聴取で神官やエリ姉にこっぴどく叱られたわ。あの時のエリ姉は怖かったなぁ。」


 彼女はかくも簡単にそう言ってしまう。それだけ、彼女の中では決着のついた話なのでしょう。だから、私がとやかく考えるのもきっと不躾なのでしょうね。


 そして、そういった経験があったからこそ、あの時、あの様な判断をしたんですわ。


 ですのに、私は——


「だ・か・ら———」


 私の思考を遮る様にあかりがそう言って突然私の頭を小突く。それにより思考が強引に引き寄せられ、意識が現実に戻ってくる。


 私はあかりに小突かれた頭を押さえながら彼女の目を見ると、吹き抜ける風と共に彼女は穏やかな表情でこう続ける。


「そんなに重く捉えない。どれ程の失態を犯そうとも、分からないものは分からないわよ。元より、知識として無いものを引っ張り出せという方が無理な話。そこでどんな答えを提示しようとも、それが正解になる事は先ず無いんだから。」


「・・・では、どうしろと?」


 口から漏れ出た私の純粋な問いかけに彼女は少し考える素振りを見せるとさらりと簡潔に答える。


「諦める事ね。」


「・・・はい?」


 予想の斜め上な返答に私は思わず馬鹿にみたいな声を漏らした。しかし、そんな私に構わずあかりは自分の言った言葉を自ら補完する。


「諦めて、その失敗を受け入れるの。」


「失敗を、受け入れる・・・なんだか拍子抜けですわね。」


 その様な事、どこの誰だって———


「ふふっ、そうかもね。・・・でもね、エカチェリーナ。それは貴女が思うほど簡単な事ではないんだよ?」


 唐突に意味ありげな言葉を口にした彼女は、窺う様に私の事を一瞥すると後ろに手を突きパラソルに遮られた真夏の空を仰ぐ。


「『反省しろ。』、『失敗なんか気にするな。』、『失敗から学べ。』。なんて、そんな事を軽々しく世間ではよく言う。けど、それって結構難しい事なのよ。だって、そもそも失敗なんてしたくないでしょう?物事全て成功で終わればって誰だってそう思ってるわ。なのに、失敗なんてしたら、どうあったって気持ちは沈み込むし、心だって塞ぎ込む。人に選っては『もう何もかもどうでもいいや!』って、全てを投げ打って心を閉ざしてしまうかもしれない。——だから先ず、その失敗を受け入れる。後になってそれが笑い話にできるくらい、ただひたすらに、それを飲み込むの。学ぶのも反省するのも、後悔するのだって、それからでいいのよ。・・・じゃなきゃ、前になんか進めない。」


 そう語って彼女は優しく微笑んだ。その綺麗で落ち着いた表情、凛々しい姿、口にした深みのある言葉に私は彼女の根源を垣間見た気がした。


 彼女は、もう人として私よりずっと成熟している。今の私では持ち得ない感性、思想、経験。それらに基づいて彼女は広く物事を見ている。だからこそ、彼女は聡明であると私は感じるんですわ。


 それが人としての経験値の差であるが故に——


「それでも、私の不手際でアナタに迷惑をかけた事に変わりはありませんわ。・・・ごめんなさい。」


 私はあかりに向かい改めて謝罪をする。しかし、彼女はそれを聞くなり呆れた表情をして「真面目ね・・・もっと気楽でいればいいのに。」と零した。


 その言葉を、私はすぐに否定する。


「これは、そんな気軽に済ましていいものではありませんわ。」


 すると、彼女は諦めた様に肩を竦めた。

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