22.5.テアトの手記
〈注意〉暴力的かつ猟奇的な表現が含まれます。気分を害しましたら閲覧を控えていただく事をおすすめします。
また、こちらは番外編となります。読まなくても支障はありませんので、ご安心ください。
恐怖——
そう、始まりは恐怖からだったのだ。
未知への恐怖、単純な力への恐怖、種としての相違への恐怖。そして、そこから導き出される自身の死への恐怖・・・
魔女と非魔女との隔たりは、そういった人間の『恐怖』から生まれた。
流行り病の様に急速に広がる恐怖は、やがて人々の内側に怒りを生み、悲しみを生み、最後には狂気を生み出した。その狂気によって人は理性を失い仁徳を捨てて言葉も交わせぬ様な怪物へと変わり果てた。
そうして、彼らは人としての道を踏み外したのだ。目の前の事実を受け入れず、変化を拒み排除しようとした。
それが、「魔女狩り」である。
余りにも一方的な推論によって彼女達を異端と評した彼らは、口にするのも憚れる様な拷問の末に彼女達を殺した。
恐怖に支配され真実を疎かにした彼らの過ち、遥か昔にも犯された拭いきれぬ罪と差別・・・
それが今、起きている。
始まりは西暦二七一八年、悪魔への恐怖がようやく薄れ世界が元の文明を取り戻し始めた頃、その事件は起きた。
街を歩いていた一人の魔女が、通り掛かった一般男性に包丁で刺されたのだ。彼女は意識不明の重体で病院へと運ばれ、間もなく死亡が確認された。
・・・非魔女による魔女殺しである。
当時の捜査報告書によれば、魔女とその男性は面識がなく、男性の「魔女は悪魔の僕なのだ」という一方的な言い掛かりによって彼女は理不尽に殺されたのだという。
なんとも胸くそ悪い、不快な事件だった。
だが、この事件は発生してすぐに各地に報じられ、あらゆる方面で波紋を起こし、物議を醸した。
殺された彼女を悲しむ声、魔女を殺した男への非難と称賛、それによって明らかになる魔女への疑念と不安。そして、そこから導き出される〝洗脳〟という可能性。そんな情報が一気に我々の前に押し寄せ、入り乱れ、更なる混乱を引き寄せていく。
何が真実で、何が偽りなのか。我々には理解できなかった。情報社会の脆弱性をこれほど明確に感じた事は無い。
ただ、私の周りの人々が一様に恐怖を抱いてた事はよく覚えている。
創始者達の功績。悪魔狩りの活躍。彼女達が明かした真実。それらが語る様に、魔女は邪悪の者ではない。
そう我々が思う一方で、今なお未知の力である魔法がもたらす負の側面を、我々はまだ理解していない。
だから、我々はただ信じるしかなかった。彼女達の言葉を。
だからこそ、火種は静かに燻ぶっていく。
・・・しかし、我々の期待は容易く裏切られる。
魔女が殺された事件の熱が冷めない或る日、路上で一人の男性が倒れているのが発見された。
その男は全身に不気味な黒い痣が広がり、息をするのも苦しそうな深刻な状態だった。
すぐに男は病院へ運ばれ集中治療を受けたのだが、呼吸不全で人工呼吸器の使用が余儀なくされた。
この不可解な事件の真相究明が急かされる中、男が発見されて一週間ほどが経った時、その男はなんとか意識を取り戻した。
そして、衝撃の事実を明かした。
「一人の魔女に魔法の実験台にされた。」
話によれば、男は或る日突然一人の魔女に監禁され非人道的な実験の被検体にされたという。
拷問と言わざるを得ない実験漬けの毎日の中で男はなんとか魔女の目を欺き、どうにか町まで逃れて来たらしい。
更に男はこう話した。
「魔女が俺に魔法をかけた。途端に息が苦しくなって、全身が痛くなった。あいつは間違いなく悪魔だ。」
程なくして、男は悪魔へと変異した。
これが引き金となってしまった。
魔女への疑念は不信へと変わり、不安は明確な恐怖へと塗り替えられた。反魔女派の非魔女達が抱えていた不満が一気に溢れ、怒りが感情を支配していく。
「魔女はこの世の悪だ。我々を蝕む癌だ。」
魔女達の否認も空しくそんな言葉が各地に広まった。真実か偽証かも分からないまま、ただただ与えられた証言を餌に情報が膨らむばかり。
肥大化した情報は人の感情を掻き乱して狂わせていく・・・・
そして、魔女を絶対悪と断定した反魔女派は武器を手にして一様に口にした。
「魔女を殺せ!魔女を滅ぼせ!」
こうして広まった狂気は、瞬く間に世界を覆いつくし、この世に再び争いを呼び起こした。
それが、魔女と魔女の存在を危惧した反魔女派勢力による同時多発紛争である。
それも小競り合いの様な紛争ではない。一国内だけの事ではない。複数国の国土内で内戦紛いの武力紛争が多発したのだ。
彼らは、悪魔を生み出しているのは魔法が使える魔女だとし、彼女達を悪魔化の元凶だと唱えて排除しようとしたのだ。
私には、理解できなかった。
我々を悪魔から守っているのは他ならぬ魔女達なのだ。例え、少数の魔女が悪事を働いたとしても全ての魔女を排除するという考えは根本からして破綻している。
なにより。
それには、何の根拠もない。
しかし、非魔女の多くはこれに賛同した。疑う事なく、はっきりと、魔女は悪だと答えた。
それは正義心からなのか。それとも内に抱える恐怖心からなのか。
「魔女という悪魔を殺す。」その言葉の下に、彼らは魔女狩りを始めた。
悪魔狩りかどうかなど関係ない。魔女であれば彼らは何でも手に掛けた。理不尽に。無理やり。一方的に。
例外はなかった。刺して。切って。殴って。潰して。裂いて。燃やして。落として。吊るして。埋めて。沈めて。ねじって。絞めて。折って。引いて。伸ばして。ひいて。うって。打って。撃って。
いなくなれば血眼になって魔女を探して、見つければ躊躇いもなく■■■。
大人も、子供も、赤子でさえも・・・
時には、女性というだけで彼らは嬲り■■た。
「魔女狩り戦争。」
誰かが口にしたその言葉がこれほど似合う状況はないだろう。そして、これほどおぞましい言葉もないだろう。
狂気だ。
正気の沙汰じゃない。人間の理性など欠片も感じない。
獣以下の機械的な殺戮。吐き気さえ覚えた。
私には、彼らこそ悪魔の様に見えて仕方がなかった。あれこそまさしく人の皮を被った残虐な悪魔だと。
この世に神が居るのなら、どうか、彼らを止めてほしい。こんな狂気から早く目を覚まさせてほしい。
そう何度も空に願った。
恐怖から始まった。
未知への恐怖。力への恐怖。相違への恐怖。死への恐怖。
恐怖から怒りへ、怒りから悲しみへ、悲しみから狂気へ。
一滴の雫が水面に波紋を広げ、次第に大きなうねりを生む様に、伝播した恐怖は人を蝕み、世界を壊して行く。
一件の事件がもたらした疑念と不安。一つの事件によって広がった不信と恐怖。それによって引き起こされた狂気の戦争。
私達はパンドラの箱を叩き割ったのか?
まるで、この世の全ての最悪を掻き集めた様な凄惨な状況だ。
どうしてこうなってしまったのか。
何故こんな結果を生み出してしまったのだろうか。
結論は一向に出ない。
ただ分かるのは、私達は歴史上最も古い悪魔と戦っている事だけだ。
怖い。
ただただ人が、怖い。
隣人さえも信用できない。
恐い。
私まで気が狂ってしまいそうだ。
この戦争で、犠牲になった魔女達・女性達の数なんて計り知れるものではない。
だが、これだけは断言できよう。
彼女達は、死ななければならない存在では絶対にない。
絶対に、ないのだ。
———『テアトの手記(抜粋)』
最後まで読んでいただきありがとうございます。
こういう話も描きたかったので投稿させていただきました。
気分を害しましたらすみません。




