22.キエル、キエナイ
『この悪魔!』
『なんて酷い・・・』
『化け物‼』
『こんなの・・・人間のする事じゃない。』
頭の中で声が響く。耳元で鐘を叩かれているみたいに嫌にうるさく、幾重にも響いて耳から離れない。これは、いつかの——
・・・違う。何も分かっていない。誰も、何も。あれは、
無数の声が脳裏に木霊したまま意識がゆっくりと現実へと引き戻され私は目蓋を開けた。真っ先に目にしたのは真白な天井と壁、煌々と光る蛍光灯、それと白いカーテン。
「あかり!よかった、大丈夫?」
ぼんやりとした意識の中でフレンダが私の顔を覗き込む。安堵した様子で私を見つめるその顔に私は妙に安心する。
「ここは・・・」
私が虚ろにそう尋ねるとフレンダの傍らに立つエレナが呆れ気味に答える。
「修道院の医務室よ。ヘレン、先生呼んできて。」
「うい。」
短く返事をしたヘレンが視界の端で部屋から出て行く。どうやら通り魔にやられた私はフレンダ達に医務室へ運び込まれたらしい。通り魔・・・・
「通り魔は⁈どうなったの?」
ようやく意識が覚醒した私は勢いよく起き上がり声を上げる。すると、ベッド横の椅子に座るフレンダがなだめる様に言葉を返す。
「みんな逮捕されたよ。心配しないで。」
「・・・そう。」
その言葉に私は少し安堵する。これで襲われる事はないだろうか・・・いや、通り魔は組織的犯行だから聴取次第じゃまだ油断できないかもしれない。
「それで?一応弁明を訊こうか、あかり?」
エレナの冷たい言葉と気配に私の背筋が一瞬にして凍り付く。そして、弁明の言葉を必死に考えを巡らせる。どうにか尤もらしい答えは・・・・・・・・
「ちょっとやめなよ、エレナ。今回はあかりに非はないんだから。」
背筋どころか空気すら凍り付きそうな雰囲気にフレンダの仲裁が入る。でも、「いや、勝手にはぐれたのは私なんだから私に非があるでしょ。」と私はその言葉を否定する。フレンダの優しさは嬉しいがこれは私に責任がある。
と思っているとそこへ更に否定の言葉が聞こえる。
「それが、そうでもないの。」
声の主を探すと医務室の入り口にサリーが立っていた。それと、その陰にヘレンの姿も。
「思ったより元気そうだね。でも一応診せてくれる?」
いつもと違って白衣を身に纏っているサリーはそう言って医務室の机から聴診器を取り出し、それを耳に当てて私に服を上げる様に指示する。私はその指示に従おうと何気なく下を向くと、知らぬ間に私の服が入院服に変わっていた事に今更ながら気づき、私は静かに困惑する。
そんな困惑はさておいて、私はサリーの指示通りに服を捲り上げるとさっきの言葉の続きを求める。
「サリー先生。さっきの言葉って?」
すると、私に聴診器をあてがうサリーに変わって、彼女に席を譲ったフレンダが答える。
「なんでも、犯人に協力したシスターが居たんだって。」
「え、シスターが?」
「うん。そのシスターが幻惑魔法の魔女だったらしくて、ターゲットのシスターに魔法をかけて路地裏に誘い込んでたんだって。」
なるほど、それで私は無意識のうちに路地裏に迷い込んだのか。でも——
「何でそんな事・・・」
今度は背中に聴診器を当てられる私が怪訝な声でそう尋ねると腕を組んだエレナが呆れ果てた声で答える。
「金よ、金。金を払うから協力してくれって頼まれたらしいわ。それで事件に加担したの。たかだか三十ポンドのはした金の為にね。ほんと、バカみたい。」
三十ポンド・・・日本円で約四千五百円、か・・・まあ確かにはした金だが、高校生の少女達にとっては結構な額だ。それもただ誘い込むだけでそれだけの報酬が貰えるのなら相当なものだろう。
それでもそんな物の為に犯罪に手を染めるべきではなかったと思うが・・・
「通り魔達は?捕まったって聞きましたけど・・・」
聴診が終わり服を直した私がサリーにそう尋ねると彼女は耳から聴診器を外し優しく答える。
「全員、ストレガ警察に引き渡したわ。多少怪我は負っているけど、命に係わる様な怪我じゃない。今頃、順次事情聴取をしている最中でしょう。」
サリーはそう言い終わると今度は殴打された場所の触診を始める。彼女に促されるまま私がベッドに横になると、彼女は両手指を腕や腹部などに押し付けながら痛みが無いかを確認していく。
その最中、エレナがうんざりした口調で言葉を吐く。
「まったく、逆恨みもいいところよね。魔女が悪魔を生んでいるなんて噂、一体何百年前の話よ?」
「否定はできないんだけどね。でも、直接的な原因じゃない事は確かだよ。・・・ここは?」
サリーに尋ねられた私は小さく首を横に振る。その一方でエレナは肩を落として「だとしても・・・ねえ?」と小さく不服を口にした。
「悪魔化の原因は分かっているんだけど、その要因はイマイチはっきりしないのよ。だから彼らもそんな考えに至ったんだと思うわ。」
なんてサリーが話していると、空いたベッドの端に両手を突いて座るヘレンが怪訝な声で言う。
「それにしても、何でシスターだけを狙った?」
その言葉に脇に立つフレンダが妙に納得した声を漏らす。
「・・・確かに。聞いた限り恨んでたのは魔女だよね?なら、狙うのは先生達の様な狩り人を狙う方が普通なんじゃない?クォーツ・クロスで見分けやすいし、魔力量からして説得力もある。」
言われてみればそうだ。判別のつかないシスターを狙うよりも見分けやすい狩り人を狙った方が様々な意味を含めても幾分か効果的だ。
なのに、何故彼らはシスターを狙ったというのだろう。
「保身、かもね。」
サリーが静かに言った。そして、そのまま少し悲しそうな表情をしながら言葉を続ける。
「私達の様な狩り人を狙うのはリスクがある。でも、戦闘経験・魔法経験の浅いシスターなら数で押せば何とかなるわ。そこに魔女の協力者もいれば無理して狩り人を襲うよりだいぶ安全にやれる。・・・まあ、これが合ってるかどうかは本人達に訊いてみないと分からないけど、どんな理由があってもその行為が犯罪である事は変えようもない事実だね。」
そこまでして彼らはあんな下らないものを訴えようとしたのか。なんだか滑稽というか、哀れというか・・・
——いや、実際はただ怖かっただけか。
非魔女の自分達ではどうする事も出来ない問題に彼らは常に恐怖と不安を抱いていた。だから、その恐怖と不安の捌け口を見出した。
〝魔女が悪魔を生み出している〟・・・魔女となった私にはもう理解しがたい考えだが、それこそ彼らにとって本能的な防衛思考だったのだろう。それが結果として彼らを犯罪へと至らしめた。
結局は、それだけの事なのだろう。
なんて思い込んでいると触診を終えたサリーが安心した様子で私に結果を伝える。
「うん。ダイジョブそうね。でも、しばらくは安静にしてて。解毒したけど身体は弱ってるから。」
「はい。」
そう答えて私がベッドから両足を下ろすとその私の隣に腰を下ろしたフレンダが「あぁ、良かったぁ・・・」と言って私の体に抱き着く。柔らかな彼女の身体が私の肌に触れ、ほのかにいい香りが私の鼻をくすぐる。
私はフレンダの頭を優しくなでながら「また、心配かけたね。」と言った。そう言った傍からエレナが「ほんとよ。」と不満を漏らしていて私は苦笑を浮かべる。
すると、抱き付いたままのフレンダが怪訝な表情で私に尋ねる。
「でも、電話の裏で何があったの?警察呼んでって言った時は大丈夫そうだったけど・・・」
「通り魔の一人が魔導兵器を持ってたのよ。防ごうとはしたんだけど、私の帯をすり抜けて・・・それで。」
「え?魔導兵器を持ってたの?」
私の言葉に聴診器を置いたサリーが怪訝な表情をして私に尋ねた。彼女の反応に私は違和感を覚えながら素直にあの時見た物を彼女に話す。
「え?ええ、麻酔銃みたいなもので、銃弾に魔術が組み込まれてました。」
「麻酔銃・・・?因みにどんなのだったか覚えてる?どこにあったとか?」
「拳銃型の物です。単発式だったらしく、一発撃って男はその辺に捨てていましたけど・・・」
私がそう答えるとサリーは顎に指を当てて考え込む。その余りの真剣な表情に私達は不安になって顔を見合った。そして、フレンダが恐る恐るサリーに「どうかしたんですか?」と尋ねると、サリーは困惑した表情で私に告げる。
「あかり・・・そんな物、現場に無かったよ?」
「え⁈」
思わぬ言葉に私は思わず声を上げた。無かった?いや、そんなはずはない。あの時確かに男が使っているのを見た。というか、撃たれた。無いなんてありえない。
衝撃の事実に独り動揺する私に、エレナが疑いの目を向けながら顔を覗き込む様にして言う。
「あかりの見間違いとか?」
「まさか!そうじゃなきゃ私は毒なんて食らってないわよ。男が相手とは言えブーストは掛けてたんだから。」
「じゃあ、なんで無いのよ。」
返っていたエレナの言葉に私は言い淀む。なんで無いんだろう?いや、使っているのを見ている以上、考えられるのは一つくらいしかないが——
「誰かが持ち去った?」
いつの間にか私が寝ていた医務室のベッドを占領していたヘレンが私の考えを代わりに答えた。
でも、そう。考えられる理由はそれくらいだ。だが、誰が?何の為に?そんな事を?
私達は訳が分からず首を傾げていると、サリーの顔が険しくなり深刻な様子で言葉を漏らす。
「男が魔導兵器を持っていた事も問題だけど、持ち去られたとしたらそれはそれで問題よ?早急に所在を特定しないと。」
本来、魔導兵器とは国から認可を得た魔女のみ、所持及び使用が許可される。だから、それを男が所持していた事も十分事件なのだが、それよりもその魔導兵器が紛失したとなればそれこそ大問題だ。更なる事件の引き金になる事は容易に想像できる。
全員が一様に消えた魔導兵器の謎に表情が険しくなる中、サリーが真剣な面持ちで私に尋ねる。
「あかり、あの場に居たのはあなたと通り魔だけ?」
「もう一人・・・クレアが居ました。」
私がそう言うとクレアという名前に反応してフレンダが「だれ?」と尋ねた。その言葉に答える様にサリーが重ねて私に尋ねる。
「クレアって、クレア・ベルの事?右目に眼帯付けてる。」
「はい。」
「ほんとに?私達が駆けつけた時にはクレアはいなかったよ?」
「え?そうなんですか?」
私は再び驚きの声を上げた。いなかった・・・?
「うん。私達も一緒だったけど、倒れた通り魔とあかりしかいなかったよ?」
フレンダも同様の事を私に言った。・・・じゃあ、あの子は誰だったというのだろう。あの蛸の触手とあの姿、何時ぞやの障害物競争で見たものと似ていたからてっきりクレアだと思ったのだが、私の思い過ごしだったのか?
「ほんとにクレアだったの?」
曖昧な記憶を漁っているとサリーがそう尋ねた。私は顔をしかめて歯切れ悪く返答する。
「そう何度も訊かれると不安になってきますけど、多分そうだと・・・召喚系の、それも蛸の魔物を操る魔女なんてそう滅多にいるものじゃないですから。」
私の言葉にサリーも顔をしかめた。しかし、あれがクレアだったとして、あの場から立ち去った理由は?
「じゃあそのクレアって子が魔導兵器を持ち去ったって事?」
私達の様子を眺めるエレナが怪訝な声でそう尋ねた。確かにそう考えるのが妥当だ。だが——
「それはないんじゃないかな。クレアが毒で動けない私を助けてくれたから。持ち去る理由がない。」
「でも、その子は現場に居なくて魔導兵器も無くなってたんだよね?なら、その子が持ち去ったっていう考えるのが普通じゃない?それとも、他の誰かが持ち去ったって言うの?」
エレナにそう言われて私は言葉を詰まらせる。私の記憶の終わりとフレンダ達の到着にどれほどの時間の差があるかは分からないが、確かに彼女の言う通り、それ以外考えにくい。クレアが私を助けたのも偶然そう見えただけで、彼女としては邪魔な通り魔を倒しただけかもしれない。
でも、彼女からは悪い気配はしなかった。だから、そんな事は無いと思うのだけれど・・・
「分かった。じゃあ、魔導兵器の事に加えてクレアにも事情を聴いてみるね。」
サリーがそう言ってどこかへ電話を掛ける。僅かな沈黙の後、電話がつながり彼女は事情を説明して今言った二つについて捜査を要請する。
これで一旦捜査の結果を待つしかないだろう。
それはそうと、通話がつながった時に彼女が「リン先輩」と言っていたあたり相手はリンの様だけど・・・リンを先輩呼びするって事は、サリーは学生時代、彼女の後輩だったのか。同じ職場の人間をそんな呼び方するは変だし・・・
もしそうなら、なんか意外な接点。
なんてどうでもいい事を考えていると、私の身体から離れ上体を起こしたフレンダが通話を終えたサリーにクレアについて尋ねる。
「サリー先生。クレアってどんな子なんですか?」
「ん?う~ん。私もそこまで深い接点はないんだけど。物静かな子だよ?ちょっとミステリアスな子だけど。授業もちゃんと受けてるし真面目な子だと思う。」
「そうなんだ。」
ずっと立っていて疲れたのかフレンダの隣に腰を下ろしたエレナがそう言った。その言葉にサリーは相槌を打つと心配気な表情で話を続ける。
「ただ、他の子達と少し距離があるんだよね。疎遠というか自分から距離を置いているとというか・・・まあ、その理由はたぶん彼女の魔眼にあるんだろうけど。」
「魔眼?」
彼女が言った『魔眼』と言う単語に反応して私は声を漏らす。それに釣られるように隣にフレンダが幼子の様に「魔眼って~?」と尋ねると、私たち二人の質問にサリーが優しく答える。
「魔力変異症の一つよ。魔女の中で稀に見られる先天性の変異症で、片目、或は両目が魔術を内包した魔術物になるの。」
「・・・へえ。」
「分かってないでしょ、あんた。」
気のない返事をしたフレンダにエレナが的確な指摘をした。その言葉にフレンダは困った表情をしながら正直に「魔力変異症の時点で分からない。」と告白する。すると、サリーは柔らかな笑みを浮かべて親切に教える。
「魔力変異症っていうのは、魔力の毒性の影響を受けて身体の一部、または全身が突然変異してしまう病の事よ。魔眼は、その症状が目に出てしまったものを指すわ。」
「でも、何故それが疎遠の理由になるんですか?」
私がそう尋ねるとサリーは肩を落とし腑に落ちない様子で言葉を返す。
「そういう病気とは言ってもそれが何らかの効力を持った〝力〟である以上、魔眼を忌み嫌う魔女は多いの。私達の使う魔法と違って魔眼は視認しただけで効果が発動するから・・・それで彼女も距離を置いてるみたい。」
なるほど、そういった偏見もあってクレアはその魔眼を眼帯で隠している訳か。しかし——
「・・・因みにどんな力なんですか?」
暗い表情で語ったサリーにフレンダが徐にそう尋ねた。だが、彼女は今までの複雑な表情から一変して怪訝そうに首を傾げるとあっさりとした声で答える。
「クレアの?さあ・・・」
返ってきた余りにも淡泊な答えにエレナが若干呆れた声で彼女に尋ねる。
「さあ・・・って、聞いてないんですか?」
「うん。能力の開示は任意だから。」
「それでいいんですか・・・」
少し腑に落ちない声でそう漏らしたエレナにサリーはまた複雑な表情をしながら改めてその訳を話す。
「さっき言った様に魔眼には偏見があるからね。開示を強要して差別とかいじめとか起きたら問題だから。」
彼女の言葉にエレナも私達も表情が落ち込んでいく。
・・・千年経って、ようやく魔女に対する差別的思考が薄れてきた一方で、別の場所で別の差別が生まれる。それも、今度は魔女同士の間で。
それが・・・もしそれが人間の持つ直感的な防衛本能からだとしても、何とも——
「酷い話だ。」
「・・・そうね。」
急にサリーがそう言った。どうやら無意識に私は心の声を漏らしていたらしく、彼女はそれに反応したらしい。
恥ずかしい・・・
「まあともかく、あかりは今日一日安静にしててね。その様子だと明日には完治してると思うから。」
最後に彼女はそう言い残して医務室を後にする。その後ろ姿を私達四人は静かに見送った。
その後、フレンダ達もそれに釣られるように医務室を出ようとするが、ヘレンが完全にベッドを占領してしまい引きずり出す事ができない。
結局、二人は彼女を置いて退室し、私は別のベッドで一夜を過ごした。




