21.通り魔は路地裏で吠える
「え?通り魔事件?」
沢山のシスターに囲まれながら次の教室を目指す私はクラスメイトのクロエの言葉に怪訝な声を返した。
・・・心なしかキアラとの一件以来、私のファンが一層増えた気がする。いや、実際増えた。具体的な数字は分からないが、私の後に続くシスター達が日に日に大名行列に近付いていると感じるのは気のせいではないはずだ。
今まで人気とは無縁の生活をしてきた私にとってはこの状況は少しむず痒いのだが、フレンダ曰く『あかりは愛嬌があるから仕方がない!』だそうだ。
クロエもその一人で私と歩みをそろえて隣を歩きながら私の言葉に答えを返す。
「うん。そうなんだよ、あかり様。最近修道院の周辺で通り様に殴られる事件が多発してるんだって。それもシスターだけを狙った。」
「何それ・・・」
顔を歪めてフレンダが不安気に声を漏らす。それよりも、彼女のその『あかり様』って呼び方をどうにかしてほしいところなのだが、言っても無駄なんだろうな。
「狙われたのは普通科の子?」
それはそれとして私がクロエにそう尋ねると彼女は小さく頷いて答える。
「みたい。どの子も一応軽傷みたいだけど、なんか硬い棒?みたいな物で殴られたって言ってて、傷害事件で警察が動いてるんだって。」
「なんか怖いね。」
「うん。だから、先生達が気を付けるようにって言ってた。」
フレンダの言葉に同意しながらクロエは先生達から言伝を私達に伝えた。それを聞いて周りのシスターも不安の声を上げる。「襲われたどうしよう」とか「返り討ちにできるんじゃない」とか「それで返り討ちにあったら情けないね」とか、巻き込まれる心配する一方でどこか他人事の様な会話をしている。
しかし、シスターを狙った通り魔か・・・怖い世の中だな。
「犯人が捕まるまであんまり出歩かない方が良いかもね。」
私はそう言って次の教室へと急いだ。後ろに沢山のシスターを連れて。
——その会話をしたのがつい一週間ほど前。流石に警察が動いたからには事件は終息へ向かうだろう。そう思っていたのだが——
「また出たよ、通り魔!しかも、今度狙われたのは専科の子だって‼」
昼休みが終わりに近づき、もうすぐ午後の授業が始まると言う時、昼食を終えて教室へやってきたクロエが開口一番にそう口にした。
彼女のその言葉に一人のシスターが反射的に「うそ!どこの子?」と声を上げるとクロエは首を傾げて「分かんないけど、友達がそう言ってた!」と答える。
「・・・まさか、専科までやられるなんて・・・」
「うちらもヤバいんじゃない?」
「単純にその子が弱かったんじゃないの?」
シスター達が不安の声を漏らす中、一人のシスターが辛辣な言葉を口にする。確かに多少は私も思ったけどそこは言わないでおこうよ・・・
「犯人の顔は見たの?」
辛辣言葉に苦い笑顔を隠しながら私が静かにそう尋ねるとクロエは顔をしかめて残念そうに言葉を返す。
「それが後ろから唐突だったらしくて見てないんだって。辛うじて見えたのは黒い服に赤いスニーカーを履いてたって事くらいで・・・」
「それじゃあ、犯人の特定は難しいね。」
これまでの被害者達も犯人の顔は見ていないと言っていたとクロエは付け加える。すると、フレンダが眉をひそめて言葉を漏らす。
「にしても、何でシスターだけを狙うんだろう。」
「単純に考えるなら恨みだけど、そうだとは言いにくいわね・・・」
なんて私が答えて腕を組むと突然教室にサリーが訪れる。そして、彼女はいつものフワフワした雰囲気のまま静かに入室し教卓に立った。・・・おかしいな、この後の授業の担当はサリーじゃないんだが、どうしたのだろう。
「は~い、静かに!連絡事項を伝えま~す!」
サリーの声を受けて騒がしかった教室が急に静かになる。サリーはそれを確認すると言葉を続ける。
「たぶん皆知ってると思うけど、最近起きてる通り魔事件ついて。修道院はシスターの保護とこれ以上の被害拡大の阻止の為、安全が確認されるまで全シスターにはしばらくの間修道院からの外出を禁じます。」
「え、それってつまり、修道院に泊まるって事ですか?」
「はい。第九区画に宿泊用具を用意するので、そこで寝泊りをしてもらいます。」
何処からか上がったシスターの驚愕の声にサリーがそう返した。すると、教室全体からブーイングの嵐が巻き起こる。
「ごめんなさい。でも、これも皆の安全の為だから悪いけど我慢してくれる?」
シスター達の反応にサリーは渋い顔をして謝罪の言葉を掛けた。それでもブーイングは止まらずシスター達は各々不満の声を漏らす。その一方で私は、通り魔事件の犯人について彼女に尋ねる。
「サリー先生。犯人の目途は付いているんですか?」
「私の口からは何とも。でも、単独犯の可能性が高いからたぶんすぐに見つかると思うわ。ともかく!皆、命令を順守する様に。間違っても自分で捕まえようなんて考えないでよ?お願いだから。」
そう言い残して彼女は教室から立ち去った。再び教室は静寂に包まれ、しばらくして徐々にシスター達の声が戻ってくる。机に突っ伏したフレンダも少し嫌そうに不満を漏らした。
「修道院に寝泊まりだって。」
「いよいよ、大事になってきたね。」
フレンダの言葉に私がそう返すと隣でクロエが「どうする?このまま通り魔が捕まらなかったら。」と不安の言葉を口にする。
すると、「えぇ⁈じゃあずっと修道院で寝泊まり⁉」、「やだ~!」と、クロエの言葉に釣られるように周りのシスターから不満の声が上がった。そんな彼女達に私は苦笑交じりに言葉を掛ける。
「流石にそれはないんじゃないかな・・・修道院が対策を出したって事は先生達も動き出したって事だし、多分すぐ捕まるわ。」
「そうかなぁ?」
私の言葉に不安気にフレンダがそう言って首を倒した。
それから程なくして担当講師が現れて何事もなく午後の授業が始まる。不満を口にしていたシスター達は到着した講師の開始の言葉と共に大人しくなり実に素直に講義を受講した。
しかし、ただの通り魔で修道院まで動く事態になるとは・・・まあ、よっぽど心配する事もないと思うがこの事件少し気になるな・・・
あの後、サリーの言う通り私達は修道院に寝泊まりをした。寮とは違ってクラスごとに固まっての寝泊まりだったのだが、まるで修学旅行のホテルの様であんなにいやだいやだと言っていたシスター達は楽しそうにはしゃいでいた。
そんな寝泊りの日が三日ほど過ぎた時、私の予想通りに通り魔事件の容疑者が捕まった。
容疑者は市内在住の五十代の男性で、調べに対して男性は「存在が許せなかった。」との事だ。その発言にシスター達は怒り心頭だったが、一先ず事件は解決し修道院宿泊は解消された。
——だがその数日後、同様の事件が起きた。
犯行内容はこれまでと同じ人気のない路地で後ろから棒状のもので殴打されるというもの。犯人は犯行後すぐにその場から立ち去る為目撃情報が少なく、目撃されても犯人にこれと言った特徴がなく特定は困難。警察も修道院も必死に捜査しているが犯人特定には至らず、この犯人が一人目の容疑者の協力者なのか、それとも通り魔事件の模倣犯なのか、それさえも分かっていないらしい。
更に、通り魔事件再発により修道院も外出禁止を再宣言し、私達はまた不満を漏らしながら修道院宿泊をする羽目になった。
しかし、こんな事件を起こす理由とはなんだのだろう。一人目の容疑者は恨みによるものだったがその恨みも理由がはっきりとしない。存在が許せないとはどういう事なのだろう。二人目も同じ理由なのだろうか。それとももっと別の——
「あかり?聞いてる?」
考えに耽っていると隣でフレンダが不機嫌な顔で私に尋ねた。その声に現実に戻って来た私は「聞いてるよ。」とフレンダに返答すると彼女は口を尖らせて不服を申し立てる。
「そう?心ここにあらずって感じだったけど?」
「そんな事ないわよ。」
「あかりの事だからどうせ通り魔事件のこと考えてたんでしょう?」
鞄を揺らして街路を歩く私の不貞腐れた言葉にエレナが呆れた声でそう言った。流石はエレナ、的確に私の心を読んでらっしゃる・・・
現時刻は一日の授業が終わり放課後、エレナ達と一緒に寮に帰る最中——なぜ、外出禁止中にも関わらず外出しているのか。その理由は今から少し前に遡る。
捜査難航により事件解決には至らないまま最初の通り魔事件から二週間余りが経過した頃、楽し気だった修道院宿泊にも限界が来た様でストレスから多数のシスター達が不満を漏らし始めた。
その為、修道院は暴動回避の為にシスターの寮への帰省を限定的に解禁したのだ。
修道院全シスターの中から選ばれた寮のシスターのみ順番に一日だけ寮に帰る事を許可した。その代わりに先生同伴と決められた道のみを使うと言う厳重警戒の下、寮に向かう事になる。
その限定帰省の順番が回ってきて、今日は私達の寮の番という事だ。なので、同じ寮の生徒が集団下校の様に固まって寮に向かっている。だから、エレナとヘレンが一緒なのだ。
そのエレナが私の反応を窺いながらしょうがないといった様子で私に言葉を掛ける。
「考え込むのはいいけど夢中になり過ぎないでよ?あかりは夢中になると周りが見えなくなるんだから。」
「気を付けます。」
私はそう言って肩をすくめた。・・・私の母親はエレナだったのではないか?そんな事を最近よく思う。
世話焼きと言うか面倒見がいいと言うか。いや、それは実に良い事だが、時々それが鬱陶しく感じる事が無くもない。・・・まあ、それが心配からくるものだと分かってるから一概に嫌とは言えないのだけど——
しかし、ただの通り魔事件がここまで長引くとは思いもよらなかったな。それもここまで大事になるとも。てっきりすぐに終息へ向かうと思っていた。
もしかして、これ程まで捜査を難航させる理由は、犯人の目撃情報だけじゃないのか?
それにこれまでの犯行現場は全て路地裏だと聞いた。魔女とはいえ女子がそんな薄暗い変な所に好き好んで入り込むとは考えにくい。事件が発覚した今なら尚の事。それなのに、事件が絶えないというのは正直おかしな話だ。
——何か裏があるのか?
「・・・あれ?フレンダ?」
考えに耽り過ぎたのか気が付いたら私は人気のない薄暗い路地に迷い込んでいた。日の光は建物に遮られ全くもって差さず、湿気が多いのか建物の壁にはコケやカビが広範囲に根を張っている。
まさかエレナの忠告が本当に起こるとは・・・これは後でまたこっぴどく怒られそうだ。
「・・・まあいいか。」
私はぽつりとそう漏らすと腰の帯の間からスマホを取り出した。そして、スマホを操作してフレンダに電話を掛ける。フレンダ達と連絡を取ればすぐに合流できるだろう。
つながった瞬間怒られそうなのが少し怖いが・・・しょうがない。彼女が言った通り、周りが見えなくなっていたのだから——なんて、この後の事を考えているとフレンダと通話がつながる。
その瞬間、背後から殺気がする。
私は即座に帯で防御する。すると、金属音が背後で響き何かが帯に押し付けられる。
「貴方が噂の通り魔?」
私はそう言って振り返るとそこに居たのは三十代前半の男、両手で金属バットを持ち私の帯に打ち付けていた。
これが二人目の通り魔?随分と若いけれど・・・まあ、事実なんてこんなもの——
再び背後で金属音が響く。
私は首をひねって後ろを確認すると背後に金属バットを持った人間がもう一人立っている。背後から二度目の殺気を感じて咄嗟に帯で防いだが、まさか三人目が居たとはね。
・・・いや、周囲の気配から察するに——
「なるほど。通り魔事件は単独犯じゃなく組織的犯罪だったのね。通りで捕まえても犯行が続く訳だ。」
私がそう言うと隠れる事に観念したのか建物の陰からぞろぞろと人が出てくる。それは年齢も体型も服装もバラバラだが、共通しているのはその全員が男性である事と手に持っている武器が金属バットだという事だ。
「目的は何?シスターばかりを狙う理由は?」
私は臨戦態勢で彼らに尋ねるが、誰も答えようとしない。変わらず痛いくらいの明確な殺意を私に向けている。
「答える気は無い、と。なら、無理やり訊くわ!」
そう言うと私はスマホを帯の間に戻し帯を伸長して彼らを薙ぎ払う。その攻撃で集団の半分ほどは戦闘不能に陥る。だが、不幸にもその攻撃から逃れた一人がバットを振りかぶって私に近づいて来た。その通り魔を私はいなして鳩尾に強烈な膝蹴りを入れる。
しかし面倒だな。あまり力を入れ過ぎると通り魔がつぶれるし。シスターを襲ってきたのだから汚染防護具を持っているだろうが、それでもあまり魔法を使うと彼らを悪魔の道へ導きかねない。
かといって手加減すると数が多くてこちらが潰される。
はあ、まったく。加減が難しい・・・
次は後方から三人。一番手前の奴を手早く気絶させ二人目の顎を蹴り上げる。眩んだ二人目を奥の三人目に目掛けて蹴り飛ばし、その三人目を二人目ごと壁に蹴りつける。
二人が壁を張ってへたり込むのを確認すると後ろの敵に回し蹴りをして脳を揺らす。そこへ更に私は鳩尾に掌底を入れる。その攻撃に堪らず男はその場に倒れ込む。
ここまでの一連の戦闘を見た残りの男達は互いを見合い今度はまとまって数で襲ってくる。勢いよく接近するそんな彼らを、私はそっと手を握り引き寄せる。そして、優しくお仲間の方へ導いて差し上げる。すると、全員の熱い友情がぶつかり合って、彼らは感傷に浸る様に倒れ込んだ。
奇跡的に生き残った残った最後の一人は、私との圧倒的な力の差に怯えた様子でバットを捨てて逃走した。
だが、私はそれを逃がさない。
帯を伸ばして逃げる彼の足にそっと掛ける。すると、無様にも彼は地面に勢いよく身体を打ち付けた。その彼を掛けた足を掴んで私の元へ引き寄せると、抵抗できない様に宙に吊り上げて私は彼に尋ねる。
「それで?どうしてこんな事をしたの?」
しかし、彼は頑なに答えようとしない。そんな彼の態度に私は頭を抱えるが一応もう少し彼に事の重大さを伝える事にする。
「出来心でやっちゃいました。じゃあ済まないんだよ?武器を持ってそれを相手に向かって振り下ろした時点で、怪我の程度に関わらずそれは等しく殺人未遂なんだよ。」
「・・・・・・・・」
「・・・はあ、まあいいわ。このまま警察に明け渡しましょう。」
そう言って私は帯の間にしまったスマホを取り出した。すると、フレンダとの通話を切り忘れていたようでスマホのスピーカーからフレンダの声が耳に当てなくても聞こえてくる。
「フレンダ?そう言う訳だから警察を呼んでくれる?場所は——」
「そう言う訳だから、じゃないよ!何やってるのあかり‼いきなり居なくなったと思ったら通り魔と戦ってるし!無事みたいだから良いもののあなたって人は——」
「まあまあまあまあ、今私が居るのは十五番街の路地裏だと思うから警察呼んでくれる?」
フレンダの言葉を遮って私がそう言うと彼女は全く納得してない声を漏らしながらも電話の奥で私の要望を伝える。
「お前らみたいな・・・」
男が急に言葉を漏らした。その声に私が振り返ると男は言葉を続ける。
「お前らみたいな悪魔もどきを野放しには出来ないからだ!」
「・・・呆れた。そんな理由で罪を犯したの?」
「お前は何も分かってない。お前達魔女が内に秘める危険性を!」
私の帯に足を掴まれ逆さまの男が偉そうにそう声を上げた。私は男の発した言葉に更に呆れを覚え、耳に当てていたスマホをだらりと垂らした。
「魔女は悪魔を引き起こす要因なんだ!お前ら魔女が居る場所に必ず悪魔は現れる。それはお前達が放つ魔力が俺達人間に悪影響を及ぼしているからだ!この事実を教団は一向に発表しない!だから!これは俺たち人間からの警告なんだ‼」
魔女が居る所に現れるって・・・当たり前じゃない。世界総人口の何割が魔女だと思ってるのよ・・・
世界総人口のおよそ四割だって言われてるんだから、そりゃ魔女が居る所に悪魔は現れるでしょうよ。
まあ、私達魔女の魔力が周りの人間に影響を与えている可能性は否定できないけど、それでもそれが悪魔化の要因となる事は極めて少ない。その理由は、いくら抵抗力の低い人間男性だとしても、魔女が無意識に放つ魔力程度では悪魔化する事は無いからだ。
魔法を使えばそれなりに確率は上がるが、今は悪魔化を低減する為に非魔女には魔力汚染防護具と呼ばれる御守りの様な物が支給されている。それによって悪魔化のリスクはかなり低減されている。(それでもなる時はなるが・・・)
そして、何よりも気に障るのが——
「まるで、私達が人間じゃないみたいな言い方ね。」
「そうだろう!お前らは人間のふりをした悪魔なんだから!」
「だからシスターを狙ったの?」
「ああ!」
最早、呆れを通り越して可哀想に見えてきた。ここまでくると反論する気も失せてくる。だが、これも彼の為だ。この無知な男に私達の知る事実を伝えよう。
「一応、貴方の言葉を訂正するけれど、私達魔女は正真正銘『人間』よ。生物学上そう言う結論が出てる。」
「嘘を言うな!」
「嘘じゃない!」
彼の言葉に私は強い声を上げた。威圧に近いその声に男は黙り込む。
「あらゆる手段を用いて調べても私達魔女は貴方と同じ人間よ。貴方がどれほど否定しようと、私と貴方には同じ血が流れてる。それなのに、悪魔もどきなんて酷い言われようね。貴方がこうして平和にシスターいじめが出来るのは誰のおかげだと思ってるの?町に現れる悪魔の討伐、この町を覆う結界の展開と管理、交通機関や町の警護。それらを担っているのは一体誰だと思う?」
「・・・・・・・」
「全て、狩り人の名を背負った魔女が居るからでしょう?延いてはそれを管理する教団があってこそ。それを否定するって事は、貴方はその全てを放棄するって言ってるんだよ?その意味を貴方はちゃんと分かってる?」
私は吊るされた男にそう尋ねるが彼は依然として黙り込んでいる。その男の反応に私はウンザリとしながら深くため息を吐いて彼に教える。
「知らない様だから言っておくけれど、何も私達は望んで魔女になる訳じゃないわ。魔力耐性の高い女性として生まれてきたが為にある日突然魔法を使える様になるの。本人の意志とは関係なくね。多くの魔女はそれを好意的に捉えるけれど、中にはそれを好ましく思わない人だっている。色んな事情や価値観からね。」
少なくとも私はこんな力欲しくはなかった。家族を殺した悪魔と同じ力なんて本当は捨ててしまいたい。でも、これでしか悪魔を殺せない。復讐を果たせない。だから、嫌でもこれを使うしかない。
だからこそ、この男の態度に無性に腹が立つ。
「望まない力を得てしまったが故に他人から非難を受ける。それがどれほど辛い事か、こんな事をする前に少しは考えた?」
低い声で私はそう言った。すると、男は急に怒鳴り声を上げる。
「うるさい!」
男は体を曲げて懐から拳銃を取り出すと私に向かって引き金を引いた。甲高い銃声が響き銃弾が私に向かってくる。
私はため息混じりに帯でそれを防いだ。・・・つもりだった。
驚くべき事に銃弾が帯に触れた瞬間、魔法陣が現れて私の帯を貫通する。いや、すり抜けたという方が正しいか。って、そんな事を考えてる場合じゃ——
私は被害を最小限にしようと咄嗟に体を捻る。その間にも帯を抜けた銃弾は真っ直ぐ私の方へ近づきそのまま私の左肩に命中した。途端に肩に痛みが走り私は傷を押さえる。
これは、魔導兵器?でもどうして、男の彼がそんな物を持ってる?
幸い肉体保護もあってか銃弾は私の身体に刺さらなかったらしく手の平に銃弾の感、触が・・・
「あ、れ・・・?」
突然、着弾した場所から急速に身体が痺れ始めた。視界がかすみ鼓動が早くなって息が苦しくなってくる。やがて足から力が抜けて私はその場に倒れ込んだ。
「これ、は・・・」
私が辛うじて動かせる喉を鳴らして男に尋ねた。すると、私が倒れた事で帯から逃れた男は持っていてた拳銃を捨てて立ち上がり誇らしげに答える。
「神経毒だよ。魔女。」
「ど、く・・・?」
「ああ、お前みたいな人外を殺すには至らないだろうが、全身麻痺で動けなくする事は出来る。」
そう言って男は捨てたバットを拾い上げ、徐に私に近付くと私の頭を踏みつけた。冷たい靴底と硬い地面が頭を挟みつける。ミシミシと言う不快な音が骨を伝って私の耳に入ってくる。
毒か——確かに魔女ならば、どれほどの猛毒を受けても存命ができる。
だがそれは、魔女特有の生命力と魔法治療があってこそ、結果的にそうなりやすいだけだ。全く苦痛が無いわけではないし、治療が遅ければ当然魔女だって死ぬ。
こいつは、どこまで私達の事を知らないんだ・・・!
「これで終わりだ、魔女!」
そう言って男は私の頭から足を下ろしてバットを振り上げる。そして、私の頭を目掛けて力の限りを以って振り下ろした。
鈍痛と共に強い衝撃が骨を伝って脳に響く。私の視界が更に歪む。だけど、逃げようにも身体が痺れて動けない。それを良い事に男は続け様にバットを振り下ろす。何度も、何度も。
腕、背中、腰にバットが当たり衝撃が肉を通して骨へと伝わり全身に痛みが走る。毒の所為でブーストが上手く機能していないが、肉体保護は僅かに効いている様でまだ身体は原形を保っている。
・・・不味い。この状況は非常に不味い。視界端では今まで倒れていた他の男達が起き上がり始めている。まだ相手が向かってくると言うのに、こちらは本当に身体が動かない。帯は辛うじて動きそうだが明らかに力が・・・
——その時、薄暗い路地が淡い光に包まれる。その不気味な光に男の手は止まり、立ち上がった男達が何事かと困惑する。
すると、巨大な蛸の触手が私を殴った男に巻き付く。
「ぐっ、あっ・・・」
身体から嫌な音を出しながら男は苦痛の声を上げた。だが、男の声など構わずテラテラと不気味に光る大木の様な触手は強烈な磯の匂いを漂わせながら男の身体を強く締め付ける。
男は懸命に逃れようと暴れるが、そんな抵抗も空しく男はやがて意識を失う。
そして、獲物の失った触手は動かなくなったそれを捨て、新しい獲物を求めて動き出す。
「おい!大丈夫か⁈」
「何だ!これは⁉」
「うわぁぁぁあああああああああ‼」
「こっちに来るなぁ‼」
「やめろ!やめてくれ‼」
淡い光と共に路地のあちこちに現れる触手の蹂躙と男達の悲痛な叫び声が路地に響く。その向こうで私のかすむ視界はフードを被った一人の少年の様な子供の姿を映した。
あの子は、確か——




