873話 狡い人。
「あれ?
こんな所でなにされてるんですか?」
と流星はしゃがみ込む金田に声をかけた。
「あ?あー。
あんたか。
…………いや、ちょっとな」
金田は流星を見て
そっと視線をそらす
「入らないんですか?お店」
と流星は指差す
アンダンテと書かれた此処が
メイド喫茶で間違いは無いですよね
と流星はしっかりと看板と
扉の文字を読む
「…………俺はちょっと……
ここで良いんだよ」
と歯切れの悪い金田に流星は首をかしげた
「………あ、そう言えば
朝はぶつかってしまって本当にすみませんでした。
お怪我はありませんでしたか?」
と流星は金田に申し訳なさそうに言う
ちゃんと謝るタイミングが無かったからだ。
「………あー
そう言えば
まあ大丈夫っちゃ大丈夫。
………律儀だなー?
……つーかさ
魔力無いのに良くあんな危険な奴と
つるんでるな?
………………あんたもさ一緒に居る相手はちゃんと選んだ方が良いんじゃね?」
と金田は告げる
「……………まあ。
それはそうですね
……ご忠告ありがとうございます」
と流星は答えてそして
扉に手をかけた。
〜〜〜〜
「おかえりなさいませ
ご主人様。
……あ、えっと……鮪屋さん?」
とミライは言う
「あ、ども。
…………ユウキさんとかまだ来てません?」
と流星はキョロキョロする
そしてトルテを見つけて視線が止まる
それを見てミライはクスリと笑った。
「鮫小紋さんなら
今は安藤さんと店長さんと
裏でお話中です。
…………お席に案内しますね
すぐにトルテ呼んできますから
待っててくださいね」
とニコリとすると流星は顔を赤くした。
「あ、
その
どうも」
と呟いて静かに後ろを着いてくる。
(ふふ……そうなんだ?
なるほどぉ
…………トルテもやるなぁ)
とミライは少しニヤニヤする
それから
(……………皆、普通に恋してるんだなぁ
良いなぁ)
と思った。
〜〜〜〜
「珍妙丸様。
なんだかお久しぶりな気がしますわね
………お茶ありがとうございます
頂きますわ」
と志穂は微笑む。
「…………事実
顔を中々合わせる機会がなかった故な。
……………何かあったか?」
と珍妙丸は志穂に温かい茶を出すと
自身も座布団に腰を下ろして
そう告げる
「……………あら?
…………珍妙丸様は人をよく見てますわね
…………見えにくそうな前髪をされてますのに」
とクスクス志穂は笑った。
「…………お主の事であったから
気づいた迄
……人の事などそれ程見ては居ない」
珍妙丸は自身も茶をすすりながら答える
志穂の顔はふんわりと赤く染まった。
「……………なんですの?
………それ」
と呟いてそして俯く。
「…………さてな」
二人の間に流れる空気は
優しくて甘い
いつからこうだったのかは
今はもう覚えていないが
共に過ごす内に
居心地が良いとそう思ったのがきっかけ
だと志穂は思う
何度も共に出掛けて
どちらともなく
言葉にはしなかったが
お互いが側に居ることを望んだ
(…………時折こうして
ドキドキさせて来るんですもの
…………反則ではありませんか?
…………………………意外と女性慣れ
されてますものね?)
良くマロンの面倒も見ているし
と志穂は考える
お茶一口飲んで
ほうっと息を吐く
視線を感じて横を向くと
珍妙丸の長い前髪の隙間から
青い瞳が覗いていて
ドキリと心臓の鼓動が早まる。
(…………何故
隠されてるのでしょう?
とても綺麗な瞳なのに)
と考えて志穂はボボっと顔が真っ赤になる
頬に手を当て
(んもう。
………………今日は特におかしいですわね
ワタクシ)
と苦笑した。
「…………珍妙丸様
先程の件ですけれど
………ちょっと気になる事があって
考える事が多かったのですわ。
それで、少し悩んでいたと言うか……
なんと言うか……
…………あの
珍妙丸様は………キスをする場合は
相手に好意が無くても出来たりする物なのでしょうか?」
ミライとカタラ
二人の事を思い出して志穂は
そう疑問を抱いたのだ。
ミライに手を叩き落されて
実際少し驚いた。
本当にその事自体は気にしていないが
様子の少しおかしいミライを心配はしている
(朝は………普通でしたけど
……………でもカタラ様のお話の通りでしたら
お二人はキスをされて……?
………拒絶されたとおっしゃるわりには
仲がよろしそうでしたし
ミライ様もワタクシ相手にヤキモチを妬かれていたご様子でした
………………お二人は想い合っていらっしゃる訳ではないのでしょうか?)
珍妙丸に尋ねてから
返事が無いので志穂は考え込む。
するとふっと
影がさした。
「…?」
それに顔を上げると
青い瞳が至近距離に見えて
そして
ちゅ………と唇に柔らかな感触
「……………目を閉じないのか?」
と言う珍妙丸の言葉。
すぐに離れていったが
志穂はポカンとして
それからぶわりと顔が真っ赤に染まる
「な!な!なんですのっ!!!
何をされますの!!!!」
と口を抑えると
珍妙丸はクスリと笑った
「…………先程の質問をダシに
………口付けを
ねだったのでは無いのか?
………………某は
好いた女人にしか触れぬ
…………答えはそれで良いだろう?」
その言葉に志穂は胸を押さえた
「…………酷い
ですわ。
…………ワタクシ初めてでしたのに」
とうつむく
(言葉をちゃんと口にする前に
…………キスをするなんて
…………………ひどい)
志穂だって乙女だ。
もう少しロマンチックに
キスをしたかった。
こんな風なついでの様な
初キスは少し悲しい。
気持ちは確かにお互いに向いているのだろうけど
きちんと告白してもらいたかった。
スッと珍妙丸のゴツゴツした指が
顎に伸びてくる
ついっと顎を撫でられて
ピクリと反応してしまう
ジト目を向けると
珍妙丸はじっと志穂を見ていた。
「………某も初めてだ。
………責任は取る。
………………………学校をお主が
卒業したら
………嫁に来い」
「………え?」
ポカンとする志穂
(…………責任……?
嫁……卒業……)
脳がフリーズしていると
ゆっくりと珍妙丸は志穂の顎を
優しく撫でる
「…………………好いている
…………志穂
そうで無ければ
簪など送らん」
と珍妙丸は口にした。
そしてそっと志穂の頭に着いた
赤い簪を撫でた。
サラリと揺れる長い前髪から覗く
青い瞳はまるで獲物を逃さないと
言うような肉食獣のソレだ。
(………っ……狡い……
狡い人ですわね
………………)
こんな瞳で見られて
落ちない女など居るだろうか
(………………確かにこれは
隠しておかないといけませんわ)
と思う
そして今度はそっと瞳を閉じた。
〜〜〜〜
「やあ流星早速来てくれたんだね
嬉しいのさ
約束通りサービスするよ」
とトルテはニコニコ笑う
「あ………
いえサービスなんて
そんなの大丈夫です。
……ぼく、ちゃんと普通で平気です」
と流星は答えて
ぽーっとする
(トルテさん
………似合ってるなあ
……………やっぱりぼくは
トルテさんの方が良いなぁ………)
とぼんやりと思う
とりあえず飲み物を注文すると
トルテはわかったよ
少し待っていて
と言うとキッチンへと向かうようだ
(…………あ、
柴崎さんと加藤……さんだっけ?)
柴崎や加藤の姿を発見したら
柴崎は軽く手を振ってきた
流星も片手をあげてそれに、応える
「お待たせ流星
…………結構皆来ているよ?
ふふ大集合だね」
とトルテは飲み物を運んでくると
周囲を見回してクスリと笑う
「…………そうですね」
と流星もニコリと答えると
トルテはふっと優しい顔になる
「…………………流星
その服も似合っているのさ?
………君はお洒落さんなんだね」
その言葉に流星は一瞬思考停止して
それからカアッと顔が赤くなる
トルテに会うから
いつもよりお洒落して
来たのを褒められて嬉しいやら
恥ずかしいやら
よく分からない気持ちになる。
それに流星がトルテのメイド姿を褒める前に先に褒められて
流星は焦る
「…………っどうも。
…………トルテさんも……似合ってます」
となんとか返事を返すと
トルテは
またとても優しい顔で
微笑んだ。
(…………高嶺の花なのに
…………そんなのわかってるのに
…………………そんな風に優しくして期待させないでくださいよ。
……………。
…………………ぼくにも
せめて魔力が有ったらなぁ)
と流星は思った。




