第二章(3)
汚い奴。それは、ジーンが最も忌み嫌うものだった。
私利私欲のために動き、名声を強く求め、成功しない者は嘲笑と排除の的にしようとする奴ら。ジーンはそいつらが――そういった感情を持った己の一族が、嫌いだった。
(オレも、失敗作だったからな……)
ジーンは特殊な力を持つ一族に生まれた。世が世なら崇められてもおかしくない《ヒメルメーア》を遠縁とする一族に。
けれど五人いる兄弟の内、兄三人はまるで見本のような優秀生。弟は、一族でも稀に見る力を持った神童。ジーンだけが、一際レベルが低かった。
追いつこうと、認められようとがむしゃらになった。何度も挫折と失敗を繰り返し、嘲笑は大きくなり、気がつけば、そんな周りを嫌悪する自分になっていた。
沈黙がおちた部屋の中で、ジーンは自分の手を見つめた。
里を出た。右も左も分からない世界へと飛び出した。いつか一族を見返したいと、認めさせてやると、そう意気込んで。
そして、三年が過ぎた。
(結局、何も成長してない……)
たくさんのことを学んだ。たくさんのものを見てきた。けれど、自分は三年前と何も変わっていない。理解はできても、納得できないことは『間違っている』と『自分の方が正しい』と突っぱねてきた。今だってそうだ。
あの商人は悪いことをした。だから殺されても当たり前だと思っている。そんな奴を守るのは嫌だ。でも、リフェが言うことも理解はしている。
ここへ来る暗殺者がやろうとしていることも『悪いこと』だ。それを止めるのは『いいこと』だけれど、同時に商人を助けることは、自分の中で『悪いこと』になる。
ジーンは苛立ちに頭をガシガシとかいた。きっと、リフェは間違っていない。
リフェがこの依頼を受けた理由は、商人が言った『妻と子共を守って欲しい』という言葉があったからだ。これを聞いた時、この男は家族を大事にする人間だとジーンも思った。
リフェは、家族の方を守りたくてここにいるのだろう。商人の罪を知って憤っても、それを抑えこみ自分のできることをしようとしている。ジーンのようにガキ臭い理由など捨てて、その手で何かを守ろうとしている。
見えないけれど、リフェの目に『迷い』なんてないんだろうな、と思った。
(オレは、どこまでガキなんだっ)
三年経っても何も変わらない手。まだ何も掴めていない手。いつになったら、自分はリフェのような、そして、あの人のような意志を持てるだろうか。
汚いこと、無力なこと、どうにもならないこと。それをただ否定したり、見ない振りをしたりするのではない。受け入れてなお、前に進めるような強さが欲しい。
ジーンはちらりと、リフェがいる方向に目を向けた。
自分はなれるだろうか。厳しい現実を、困難や絶望を知っても、真っ直ぐに進む道を見つめられる目と、温かい微笑を持ったこの青年のように。
(こいつの隣に、立ってみたい……っ)
そんな思いで、ぼんやりとしたシルエットを見ていると、不意にリフェが顔を上げた。
「? どうし……」
「ジーン」
潜められた声。鋭くなる気配と殺気。ジーンは知らず喉を上下させた。
「来る」
そう言ったリフェが小部屋のドアを開けるのと、窓から人影が入るのは同時だった。




