第二章(1)
静まり返った部屋の中、規則的に鳴る小さな音だけが木霊する。ピッ、ピッ、と。
これは未だ横たわっている人物が生きている証。皮肉だが、そう考えるとジィーフェはどこかホッとした。
目の前でずっと眠り続けているのは、誰よりも、自分の命よりも大切な少女。
「また来る」
眠る彼女の頬をなでながら、返されぬと分かっている言葉を残して部屋を出た。
無機質な廊下。同じような扉がいくつもついている。
「仕事か?」
扉が閉まると、ジィーフェは正面を向いたまま問いかけた。隣で動く気配がする。
「ん、新しい仕事」
「前の仕事がまだだ。それが終わってから聞く」
横にいるのは、自分と同じかそれより年下の魔術士。《伝令屋》と呼ばれている青年だ。仕事の内容が上から自分達へ、または逆の伝達のため、そう言われている。
「違う違う。前入ったのは、そこらの流れの暗殺者に任せるって。だから、その時間も次の仕事の準備に回せ、だってさ」
歩きながら、隣に並ぶことなく会話を続ける。伝えられた内容に、ジィーフェは一瞬だけ眉をひそめた。
「難しいのか?」
「ん、いつもは単独任務だけど、今回はあんたを含めて八人出る。イースト大陸将軍、ラキアス・カイ・クローディクスの暗殺だって」
イースト大陸の次期統治者。史上最年少の将軍。そんな言葉が頭に浮かんだ。
「お飾りの将軍じゃないから、厄介だよね」
現統治者の息子だから、次期統治者だから。そんな肩書きであの青年が将軍になったのではない、ということはほとんどの者が知っているだろう。
「《大成の錬成士》……いや、《琥珀の錬成士》だったか」
三年ぐらい前からだっただろうか、あの青年はそういった二つ名を持っている。無論、その功績と実力があるからこそだ。
「分かった。他には?」
「いつもどおり。『逆らえば命はない』」
誰の、とは《伝令屋》も言わなかった。言われなくてもお互いに知っている。奪われるのは決して自分達の命ではない。
建物から出ると、お互い図ったように別の方向へ歩き出した。真夜中だからか、人気なのない道が恐いぐらいに静かだった。
「イースト……か」
最近、あの大陸とは接点が多い。
不意に、手に感じた魔力を放つ時の感触。同時に浮かんだ、なつかしい少年の笑顔。
ジィーフェはそれを消すように拳を握ると、早足で建物をあとにした。
夜の闇は、まだ深い。




