前日譚、四人目の転移者
―レアニス結成直後、廃倉庫にて
カレン達はレアニスの今後について話し合っていた。
「金がない」
カレンが言った。
「知ってる」
セレンが答える。
「植物も増やせない」
ティナも不満そうだった。
実際には三人全員が貧乏という訳ではない。正確には違った。カレンだけは実家が金持ちだった。
王都でも有名な大貴族・・・は表の顔で裏では大麻薬王と呼ばれる裏世界の王。領地での葡萄栽培を隠れ蓑にしてワインの積み荷に紛れ込ませあらゆるルートに麻薬を売りさばいていた。俗にいうマフィアであった。その気になれば一生遊んで暮らせるほどの財産がある。
だが。
「実家から取れば?」
ある日セレンが聞いたことがある。
するとカレンは本気で嫌そうな顔をした。
「嫌だ」
「何で」
「糞親父の・・・アイツの金だから」
即答だった。
親との関係は最悪だった。恵まれた容姿の女と言うだけで政略の道具として見られた。家族として接された記憶はほとんどない。この能力がなければカレンは今も彼らの傀儡にされていたかもしれない。元は家出するつもりだったが、この能力のおかげでカレンはアサシンギルドからスカウトを受け、高位のスキル保持者至上主義のこの国で恐れられ、畏怖され、生き残る事が出来た。実家から連れ戻されないのも貴重な戦力であり研究対象として保護されているからだ。鳥籠の鳥は二度と野生から戻る事はないのだ。
だから実家の金を使うつもりはない。
助けを求める気もない。
まして頭を下げるなど論外だった。
「一文たりとも使う気はないわ」
「馬鹿」
「知ってる」
「でも嫌だ」
本当にそれだけだった。
意地だった。
そしてカレンらしかった。
結果としてレアニスは慢性的な資金不足へ陥る。
お金持ちの娘がいるのに金欠という意味不明な組織が誕生したのである。
「働くか」
カレンが言う。
「最初からそうして」
セレンが呆れた。
深刻な問題だった、三人とも社会性が終わっているため依頼を受けて組織を運営するという発想が薄く、その結果として賞金首を狩った金も酒代や食費へ消え、いつも金欠になっていた。
そんな時だった、王都冒険者ギルドから高額依頼が出されたのは。
内容は簡単。
転移者の捕獲。
「嫌な予感」
セレンは依頼書を見た瞬間に呟いた。
「強いかな」
カレンは嬉しそうだった。
「危険と書いてある」
ティナはそこだけ読んでいる。
対象は若い女性で能力者、転移者。
王都で問題を起こしている。
それだけだった。
しかし厄介なことに転移者と言うのは高位能力者である事が多い。
今回は少し骨が折れるかもしれない・・・3人はそう思った。
「行くぞ」
カレンが立ち上がる。
「金になる」
目的が最低だった。
―王都東区画・大型市場。
三人が到着した時にはすでに大騒ぎになっていた。
商店は半壊し、人々は避難し、王国兵達が何十人も転がっている。
そして中心にいた少女に視線が行く。
茶色の髪で少年の様な胸と風貌。
日本人らしい整った顔立ち。
年齢は十六歳ほど。
制服のような服装。
泣きそうな顔。
そして、周囲の空間が歪んでいる。
「来ないで!」
少女が叫ぶ。
直後、空間が裂けた。地面が割れる。建物が消える。王国兵が吹き飛ぶ。異常だった。
《メビウス・ゲート》。
本人も制御できていない空間転移能力。
暴走状態だった。
「強そうだな」
カレンは笑う。
「待って」
セレンが止める。
「見れば分かる」
「何が」
「怯えてる」
確かにそうだった。
少女は怒っている訳でもない。
暴れている訳でもない。
ただ怖がっていた。
能力が勝手に発動している。転移者、異世界、知らない場所、知らない言葉、知らない人間。
十六歳の少女には重すぎる現実だった。
「帰りたい」
少女が呟く。
「帰りたい」
「帰りたいよ」
泣いていた。
本当に。
周囲の空間がさらに歪みゲートが増える。暴走が加速する。
このままでは市場全体が崩壊する。
その時だった。
ティナが前へ出る。誰も予想していなかった。
《ロータス・クイーン》。
花が咲く。巨大な花畑が一瞬で広がる。蔦が空間を支える。樹木が暴走するゲートを囲み込む。
そして。
少女の周囲だけを優しく覆った。
「大丈夫」
ティナが言う。
「え・・・」
少女が顔を上げる。
「怖くない」
「でも・・・」
「大丈夫」
ティナの言葉は少ない。
けれど不思議と安心する声だった。
少女の能力が少し落ち着く。
暴走も弱まる。
その瞬間。
セレンが《ザ・ミラーズ》を発動した。
空間認識を操作する。
暴走するゲートの向きを強制的にずらす。
市場への被害が止まる。
そしてカレンが少女の額を軽く叩いた。
本当に軽くだった。
「落ち着け」
「ふぇっ」
「騒がしい」
「ご、ごめんなさい」
「いい」
「強そうだから」
「え?」
意味不明だった。
数時間後。
少女は廃倉庫へ連れて来られていた。
暖かい食事に毛布、お茶。
そしてよく分からない能力者三人。
「名前」
ティナが聞く。
「来夏」
「工藤来夏」
「日本人か」
セレンが呟く。
「知り合い?」
「同じ転移者」
セレンのいた世界と来夏のいた世界は多少のずれはあるもののほぼ同一の世界である。
セレンの生まれたロシアと来夏の生まれた日本も同じ”地球”に存在するのだ。
年代もだいたい同じで2020年前後だ。
学校が同じなら友達になっていたかもしれない。
4人は夜遅くまで話した。
日本のこと。
学校のこと。
家族のこと。
異世界へ来た日のこと。
帰りたいということ。
全部。
そして最後に来夏が聞いた。
「あなた達は何なの?」
長い沈黙。
誰も答えられない。
組織でもない。
正義の味方でもない。
悪党でもない。
「レアニス」
ティナが言う。
「レアニス?」
「名前だけある」
「それ以外ない」
「適当過ぎる」
来夏は思わず笑った。
初めてだった。
異世界へ来てから笑ったのは。
その時四人は知らなかった。
この日から始まる日々が。
未来に伝説と呼ばれることも。
この中の二人が死ぬことも。
組織が崩壊することも。
ただあの夜だけは皆が笑っていた。
レアニスが本当の意味で始まった夜だった。
レアニス・ジェネシス 完結




