『旅立ち』
「今日も世界は美しい」
小高い丘の上で一人の少年が大地を見下ろし、そう呟いていた。
彼の名前はベガ・ウェスペル、宵の明星の惑星の名を持つ少年であった。
「あぁ、世界は美しいからこそ我の手に入るべきなのである」
彼は世界を手に入れたかった。この世界を、美しい世界を。みんなのものではなく自分一人の美しい世界であって欲しかったのだ。それが彼の人生1番の望みであった。
「ウェスペル、ここにいたの」
透き通るような金色の髪を靡かせ、紫紺の瞳で彼の顔をのぞいているのは、彼の姉であるベガ・シェリアであった。
「シェリ姉か、何のようだ?」
「何のようだじゃないでしょ。朝ごはんも食べずにまたここにきて。だから迎えに来たの。朝ごはん食べよ」
「わかっている。すぐにいく」
「後、何度も言ってるようだけどその変な言葉づかいやめないと友達できないよ」
「友など、要らぬ」
いつも通りの朝の習慣を終えた後、彼は家に戻った。
小さな村で生まれた彼の人生は退屈であった、毎日同じことを繰り返し、繰り返し、こんなにも世界は美しく変わっていくのに彼の人生に未だ色はついていなかった。
「そうか、機は熟したか。」
その夜、彼はそう呟いた。それからの彼は行動が早かった。彼は待っていたのだ、何年も何年も何年もこの天命が自分に降ってくることを。
彼は『星の神子』であった。世界に数人しかいない星から預言を授かる神の子、そう『星の神子』は言われている。彼への最初の預言は「機を待て」というものであった。だから彼は待ち焦がれていたのだ、機が熟すのを。
「そうなると、もうこの村にも用はないな。すぐにでも村を出るとするか」
彼は家族に対する未練など微塵もなかった――ただ一人を除いては。夜中に彼は旅路に立った。誰にも言わずひっそりと村を出るつもりであった。
「なかなか、美しい村であったぞ。我の胸に留めておくだけの価値はあった」
彼がぼそりと呟くのを聞いている女がいた。
「どこいくの?……..フェリペス」
「シェリ姉か、よく気づいものだな」
フェリペスにはシェリアの顔は夜の影に隠れて見えてはいなかったが、シェリアが悲しみにくれていることだけは流石の彼もわかっていた。
「……だって、フェリペスずっと外を見てた、村の外を世界を。だからずっと私フェリペスがどこかにいなくなるんじゃないかって、ずっとずっと怖くて……」
「そう泣くものではない。我は何を言われてもいくぞ」
「…….それは、それは止められないってわかってるけどせめてお別れぐらい….言わせてよ」
そんな今にも泣き出しそうなシェリアのシェリ姉の顔が空に輝く月に照らされていた。
「シェリ姉、大義であったぞ。捨て子である我を…..」
「そのことなんで!!」
フェリペスの言葉を彼女の言葉がかき消していく。
「そう、声を上げるでない。誰であろうと気づくものよ。こうも家族と風貌が違い、突きつけられる視線に愛情などではない憂いの感情が家族も村の人間からも溢れていたからな」
「…….それは、でも」
「でもも、何もあるまい。我は傷ついてなどもおらぬ。だが、大義であったぞシェリ姉。お主からは全くその感情が見えなかった。我へのその行いへの褒美として少々小細工を打たせてもらった」
「…….フェリペス、私はあなたを本当の弟のように思って愛してたの」
「あぁ、そうであろうな」
彼と姉との言葉が小さく紡がれていく。月が二人の最後の時を守るかのようにほんのりと二人を照らしていた。
「シェリ姉、我はもういくぞ。時間は有限、時間に胡座をかいておったら、星に見放されてしまうからな」
「待って、……私はまだ、言いたいことがたくさん」
「大丈夫である。そなたが言いたいことは今までで十分に伝わっておる。だから我は忘れはしない村のこともシェリ姉のことも」
彼はその言葉を最後にシェリアに背を向け歩き出していた。シェリアに彼を止めることはできなかった。彼を止めるだけの勇気も彼以上の夢もなかったなだから。
彼女は大きくなった自分の義理の、いや本当の自分の誇らしい弟の背中を見て目から熱いものが込み上げてくるのがわかった。
「…….今日も世界は美しいか」
弟の口癖を胸の中に繰り返しながら彼女は家に帰った。
その翌朝、彼女も村の人も彼―ベガ・フェリペス―に関しての記憶は一切消えていた。これが彼が姉の愛情に対して与えた褒美であった。




