186.お兄様の婚約パーティー(4)
1時間程が経ち、陽が落ち橙の空が藍色の空にだんだん染まってきた頃、続々と招待客が我が家に到着した。
お兄様とセシリア嬢は玄関ホールにて招待客を出迎えていて、会場である1階のホールには徐々に人が入り始めていた。
ホールは王宮のように大きく豪華ではないけれど、ヴィエルジュ家のカラーである紺青とフィシェ家のカラーである青を基調とした飾りやモチーフとアルバローザの薔薇で飾り付けられている。床と柱が白の大理石というのもあって、その色彩から華美すぎずとても落ち着く空間となっている。
入口から離れたホールの隅には食事スペースを設けている。白いクロスの掛けられた中央にアルバローザの花飾りがある丸テーブルがいくつかと、近くの壁沿いに置かれた長テーブルにはシェフお手製の数々の料理やデザートが並んでいる。料理はバイキング方式だ。小皿に盛られた料理のトレーの下には保温の魔道具が敷かれているので、食べたいものを頼めば側に立つ給仕が温かい料理を提供してくれる。
私とノヴァ様は豆腐のお味噌汁が入った大きな鍋と握りたてのおにぎりが並べられたトレー、その隣に和風パスタが盛られたトレーが置かれたテーブルの前にいた。
はぁ、良い香り。落ち着くわ……
味噌や醤油バターの香りに癒されながら、料理名が書かれた札の位置をもう少し見やすいように変えたり、見栄え良くしたり色々変えていく。側に積み重ねられた小皿やお椀は私が土魔法で作った日本にあるような和食器にそっくりだ。お箸も作ろうかと思ったけどナイフとフォーク、スプーンで食べるこの国の人たちに初めて使わせるのは酷だと思ってやめた。
また、お味噌汁の鍋の側には味噌が入った容器が、和風パスタの側には醤油が入った容器が置かれている。
お兄様には申し訳ないけど、私は品評会だと思っているからね。料理もだけど調味料にも興味を示してもらわないと。この香りに気づいてチラチラと料理に目を向ける人もいるけど、見たことのない料理だから中々手がつけにくいと思う。けれど会が始まって私が真っ先に食べれば自ずと招待客たちが集まって来るでしょう。
それはそうと、ホールに招待客が入り出してからノヴァ様に向かう視線がとても多いのよね。特に女性から。だから気が気じゃない。
「まぁ、あのとても素敵なお方はどなた?」
「どうしましょう……目を奪われてしまったわ。ヴィエルジュ様の他にもこんな、神も息を呑むような美貌の方がいらしたなんて……」
「お母様、私お近づきになりたいわ」
「お側に銀月姫がいらっしゃるわ。どのようなご関係かしら」
「なんだか親密そうに見えるけれど……」
あちらこちらからノヴァ様について話す声が聞こえる。
黒髪というだけでこの国ではとても目立つ。それでも髪色を変えなかったのは、既にハルトさんという黒髪代表がいるということと、黒竜がいなくなった今黒髪に対してあれこれ言ってもあまり意味がなくなってきているからだ。
ただ視線が向くのはノヴァ様の場合は黒髪という理由だけじゃない。神力は結界で封じられているにもかかわらず異質なオーラを放ち、且つこのただならぬ美貌……目を奪われない者なんていない。
そんなノヴァ様が貴婦人たちに丁寧に商品を説明する図を想像する。それだけで胸の中からモヤモヤとしたものが溢れ出てきた。
わかってた。わかってたことだけど、今日の品評会を成功させるにはこの感情を抑えるしかない。
なんか私、抑えてばっかだな……自分で決めたことだからしょうがないんだけど……
そろそろ開会に迫る頃、会場内がざわめいた。
3大公爵家のベリエ、シュタインボック、ヴェルソーが勢揃いしたようだった。
シュタインボック公爵が笑みを浮かべて貴族と会話をしている。先日の立太子の儀の時に見たような険しさや挑戦的な雰囲気は全くなく穏やかに見える。
招待客リストの中にシュタインボック公爵の名前があったときは驚いた。黒竜がいなくなったとはいえ長年続いた派閥がそう簡単に解消されるわけじゃないから、中立派と擁護派が結ばれるこの会に侵略派を招待するのはどうなのかと思っていたけど。まぁ同じ領主貴族家同士、招かないわけにはいかないか。
ふとノヴァ様を見上げると、ノヴァ様はシュタインボック公爵に視線を向けていた。その瑠璃紺の瞳は炎のように揺らめいている。黒竜討伐を目論だ人物だから敵視しているのかもしれない。
ちなみに領主貴族家は12家とも招待している。だからシュツェ侯爵家のレリア嬢もこの場にいる。リリアと殿下が一緒にいるところを見るのって、ちょっと気まずいし嫌じゃないかしら。いや、あの表情から察するにまだ諦めていなそうだわ。その自信はどこから来るのかしら、覆ることはないのに。
気まずいといえば私の場合はあの人だ。
アンリの様子を盗み見る。新緑色の髪の長い人物、ルカ・エスコルピオ侯爵子息と何か話しているけど、表情や雰囲気を見るにいつも通りに見えた。
……良かった。
今はまだ私から話しかけに行くのはすごく勇気がいる。もう少し時間が経てばまた今まで通り友人の距離感になれる気がした。
視線を動かすと、ハルトさんがヴェルソー家の輪からふらふらと出てきたのが見えた。私の近くにある料理が並んだテーブルに向かっていて、まるで匂いに吸い寄せられるかのような足取りだった。
あ、もしかして……
案の定ハルトさんは期待に満ちた黒い瞳をキラキラとさせて和食スペースにたどり着いた。この味噌と醤油の香りを放つ鍋とトレーに目が釘付けで私に気づいていないようだった。
「こんばんは、ハルト様」
近づいて声をかけると、ハルトさんははっとして「……おお、ディアナ、嬢」と、素で驚いていた。
そして何かを察知し、サッと私の横にいるノヴァ様を見上げた。
次回は1/23(金)に投稿致します。




