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185.お兄様の婚約パーティー(3)

玄関には既にお父様やお母様、お兄様が勢揃いしていた。


「まぁ、星の精が降りてきたのかと思ったわ。とっても素敵よ」


お母様が階段を降りて来た私を見て声高に称賛した。


「ふふ、こうして並んでいると夜の星空と満月みたいな2人ね。とてもお似合いだわ。ねぇ、ジュード様」


お父様は「何故私に振る?」というような目でお母様を見る。


私はお母様に気持ちがバレている気がするので、そのお母様にお似合いと言われて、さっきのノヴァ様の言葉も思い出し嬉しいと照れでソワソワした。


ノヴァ様はどう思ったかな……


躊躇いがちに隣のノヴァ様を見上げると、端正な横顔は柔らかな笑みを浮かべているように見えた。


ドクンと心臓が跳ねる。


ノヴァ様も嬉しいと思ってる……? 


心臓がきゅってなる。何かが喉元にせり上がってきて息苦しくなった。でも全然不快じゃない。むしろ心地が良い。


「あらあら、ふふ」


「……ディアナ」


お兄様が笑い混じりに私を呼んだので、私ははっとして慌てて取り繕った。


何をやっているのよ私は。どうにかして気持ちを抑えないと。ノヴァ様にバレるわけにはいかないんだから。


静かに深呼吸をして自分を落ち着かせる。ノヴァ様が私に視線を向けていることも気づかず。


そしてフィシェ侯爵家の馬車が到着を告げたことでようやく気持ちを切り替えることができた。


玄関ホールでお父様とお母様がフィシェ侯爵一家を迎え、お互い挨拶を交わす。


フィシェ侯爵家は擁護派に属する領主貴族で南部に位置するフィシェ領を治めている。当主であるセルジュ・フィシェは肩に流すように青いマントを羽織った聡明な顔つきの美形でお父様よりも3つ年上だ。環境大臣らしい。セシリア嬢は父親似だと認識できる程顔貌(かおかたち)がそっくりで、髪色も瞳の色も同じ金髪に青灰色だ。侯爵夫人は名前をフローラと言い、彼女は穏やかそうな雰囲気で控えめな印象だ。ちなみにセシリア嬢には10歳の弟がいて、会ってみたかったけど今日はお留守番だそうだ。


「ノア殿。今日をとても楽しみにしていたよ」


「ありがとうございます。僕も楽しみにしておりました」


お兄様の完璧な笑顔に、侯爵と夫人は満足そうな顔だ。


そしてお兄様はセシリア嬢に目を向ける。


「セシリア嬢、今日も綺麗だね。そのドレスもとても似合っているよ」


お兄様は照れた様子もなく息をするようにスラスラとセシリア嬢を褒める。


セシリア嬢はお兄様の翡翠の瞳の色と似たライトグリーンのAラインドレスを華やかに着こなし、知的な雰囲気を一変させた、けれども気品のある様相でお兄様の言うようにとても綺麗だった。


「……っ、ありがとうございます……」


少し目線が下向きだったセシリア嬢ははっとして、お兄様の甘やかスマイルと褒め言葉にドギマギしながら返した。


お兄様は本気で言っているのか社交辞令なのか妹の私でも判断がつかないくらい言い方が上手い。そのせいで女生徒に勘違いされることも多いから夫人会の場が大変とお母様がこぼしていたことがある。でも婚約者相手にそんなややこしい言い方はしないだろうから本音だと思いたい。


あとお父様は心の内が表に出ないけど、お兄様は心の内を笑顔で隠すタイプだから厄介だ。婚約はお父様の決めたことに従うとか以前言っていた気がするけど、本当のところはどう思っているのかしら。でも改めて聞いたとしてもお兄様の本音と建前の区別は私にもつかないから結局わからないままな気がする。だったらそんな厄介なお兄様より私のお義姉様になるセシリア嬢に色々協力する方がベストよね。仲良くなる第一歩として今度お出かけに誘ってみよう。


侯爵と夫人がこちらを向いたので、今度は私の番だと貴族の仮面を被りカーテシーをした。


「初めまして、ノアの妹のディアナと申します。これからどうぞよろしくお願い致します」


侯爵夫妻と会うのはこれが初めてだ。お兄様との婚約が決まったとき私は領地にいたし、王都に戻っても会う機会はなかったから。


ところが挨拶をしても何も反応が返ってこない。


それもそのはず、顔を上げると侯爵夫妻は2人してピタリと固まっていた。


そして先に我に返った侯爵が咳払いをする。


「失礼、息を呑むほどの美しさに圧倒されてしまった。ヴィエルジュ家と縁を結ぶのだから並外れた美貌にはそろそろ慣れなければと思っているのだが、はは、それはまだまだ先かもしれない」


私は侯爵の言葉が耳に入っていなかった。何故ならフローラ夫人がノヴァ様に目を奪われ放心していたから、そっちに気を取られていた。


横にいる夫人の様子に気づいた侯爵が夫人に対し咳払いをすると、夫人がようやく我に返った。


「あら、ごめんなさい……あの、こちらのお方は……?」


夫人が頬を染めて尋ねると、お兄様が「父上の部下でノヴァ・リュトヴィッツ伯爵です」と紹介した。


「まあ、貴方が……」


心まで奪われそうな夫人を見かねた侯爵が今度は強めの咳払いをした。


「なるほど、貴殿がジュード殿と並ぶ剣術の腕の持ち主という噂の者か。しかも頭脳の方もとても優秀だとも……その上社交界が放っておかない程の美丈夫とは、ヴィエルジュ家には天から二物も三物も与えられた人物がたくさんいるようだ。そんな家が婚家になるのはとても喜ばしい限りだよ」


「リュトヴィッツ殿は、もしやディアナ嬢と婚約を……?」


夫人が何気なく放ったこの一言で私は一気に落ち着かなくなった。


「……いえ」


ノヴァ様の否定を聞いて、事実だとわかっているのにさっきまで浮かれていた気持ちが急降下した。


「あら、ごめんなさい。お2人の並びがとてもしっくりくるものだからてっきり……でもそうよね、年齢が離れているものね」


「おや、ディアナ嬢の相手は自分の息子だとヴェルソー公が威勢よく仰っていたが?」


「それについては公爵に既に断りを入れております」


「はは、それはさぞ残念に思っているでしょうな」


私は気落ちしていたためこのやりとりをまるで他人事のように聞いていた。


その後侯爵家を応接室へ案内し、招待客が来るまでのおよそ1時間、縁を結ぶ家同士の交流を深めた。その時に私とノヴァ様で選んだお兄様とセシリア嬢への婚約祝いを贈り、2人の喜ぶ顔を見て沈んでいた気持ちが少しだけ持ち直した。

次回は1/19(月)に投稿致します。

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