●ボツになった展開集 その10
明日、9月2日にいよいよ完結編となる三巻が発売されます!
なので、今までとっておいた別ルートを発売に合わせ、四編公開いたします。その最終話!
トリを飾るのはなぜか読者様に大人気なこのお方!
例によってタイトル、サブタイトル、あらすじなど載せませんので、読んでからのお楽しみです。
陽が傾いた放課後の校舎、ラステール王国第一王子、シン・ミッドランドは誰にも見られていないのを確かめてから階段を上ってゆく。
薄暗い階段の突き当りにある屋上の扉に手をかけると、珍しくカギがかかってない扉は開いて、斜めに差し込む夕日がまぶしく広がる。
「やあ、シンくん、よく来てくれたね」
「……やっぱり君か」
屋上では「学園の貴公子」「演劇部の王子様」の別名を持つピカール・バルジャン伯爵子息が一人で待っていた。
「……驚かないね?」
「決闘の果たし状に、ラブレターみたいな上等な封筒使って、飾り文字の筆記体で文書にして香水吹いて封蝋押してとか、こんな凝ったことやる奴、君ぐらいしかいないと思って」
シンは上着の内ポケットから手紙を取り出す。机に入っていたやつだ。
「で、決闘? 僕、君と決闘しなきゃならない理由が全然わからないんだけど、まずそこから説明をお願いできるかな?」
ピカールがうんうんと笑顔で頷いてから、口を開く。
「きみの婚約者、セレア・コレット嬢が、ぼくの友人であるリンス・ブローバー嬢に、入学以来様々な嫌がらせをしているのを知っているかい?」
「いや、まったく。そんなことは聞いたことも見たことも無いね」
シンは肩をすくめるが、ピカールは首を左右に振る。
「怒りもせず、動揺もせず、淡々と否定するきみはそういう噂があることは知っていたと見えるけど?」
「僕がそんな噂、信じると思う?」
ピカールがニコッと笑う。
「リンスくんの背中に『私は元平民です』という紙を貼り付けた。リンス君の教科書をビリビリに破り捨てた。彼女のダンス着を破き、校舎の外を歩いているところを上から水をぶちまけ、それ以外にも彼女を孤立させるように他の女生徒たちにまで悪い噂を振りまいた」
シンはあきれた顔をする。
「……あのねえ、それ、誰が言ったの?」
「誰が言ったというわけじゃない。ただ、泣いて訴えるリンスくんの話を聞いてあげると、名指しはしなくても最後はどうしてもそこに行きつくわけでね」
「証拠はピンクのお姫様の証言だけだと」
「そうさ」
「さすがはヒロイン……、説明が上手だね。で、それを君は信じるの?」
「信じてあげるのがナイトの務めってやつ」
きれいなサラサラの金髪をきらっとかき上げ、かっこいいポーズを決めるピカール。そのままリボンを取り出し、長い金髪を後ろで縛る。
「セレアがそんなことすると思う?」
ピカールが苦笑する。
「いや、セレアくんはそんなことはしない。するわけがない。ぼくから見てもきみとセレアくんは学園のベストカップルさ。セレアくんがリンスくんに嫉妬したり嫌がらせをしたりする理由なんかあるわけないよ。なによりぼくがこの学園で一番敬愛するレディ、セレアくんがそんなことをするなんて断じてぼくは信じない」
「……それ、矛盾してないかなあ……」
「ぼくはバカだからね、そんな矛盾には気が付かないのさ」
さすがはバカ担当だなとシンは笑う。
「で、それがどうして決闘の理由になるのかな?」
「……残念ながらリンスくんはもう信頼を失っている。きみたちがリンスくんにまったく興味がないのは明らかさ。フリードくんもパウエルくんも今は彼女から距離を置いてしまった……。彼女の味方になってあげられるのはぼく一人」
「それで?」
「ぼくは結局はどちらの味方になるか決めなきゃいけない。どっちも信じるってのはいくらぼくがバカでも、やっぱりこの胸のもやもやは晴れることがない。でも、ぼくぐらいは、最後まで味方をしてあげないと、リンスくんがみじめすぎる」
シンはなぜか、嬉しそうな顔をする。
「……まあ、それはわかるよ。逆の立場だったら、僕だって自分がどうなろうと最後までセレアの味方をするさ」
「ありがとう、わかってくれて」
ピカールも嬉しそうだ。
「セレアくんのナイトたるシンくん、リンスくんのナイトたるぼく。どうせならナイト同士で決着をつけるのもいいかと思って」
「実にバカらしい考えだね」
「最高の誉め言葉だよ、それ」
そう言ってピカールが二本の剣を出す。貴族の決闘用によく使われるレイピアだ。
「さ、剣を選んでくれ」
「じゃ、こっちにするか……。って、これフルーレでしょ?」
ピカールから剣を受け取ったシンが鞘から抜いて、その細身の刀身を眺め、刃のところに触ってみて疑問の顔になる。フェンシングの練習剣だ。
「ぼくのもそうさ。見て」
「殺し合いがしたいわけじゃないと?」
「きみに斬ってほしいのはぼくの迷いだけ」
「……いいよ。立会人がいるわけじゃなし。決闘のルールは知ってる?」
ピカールが頷く。
「『決闘において結果に遺恨を残すことを禁ずる』、だったかな?」
「そう。本来決闘は相手を殺して決着がつく。決闘するなら相手には必ずとどめを刺す。決闘はそのためにある。どうして貴族の決闘が今でも禁止になっていないと思う?」
「うーん、伝統……。いや、名誉を守る最後の手段だからかなあ?」
ピカールが首をひねる。
「決闘なんてバカなことをやる貴族は、どっちでもいいからさっさと死んでくれってことだよ。そのほうがずっと国のためになる。だからそんな法がまだ残ってるわけ」
「アハハハハハハハ!! 確かにそうだ! そんなバカはいないほうがいいね!」
ピカールが大笑いだ。
「じゃあそんな決闘を受けてくれるシンくんもかなりバカだってことでいいのかい?」
シンも笑って距離を取る。
「だから決闘にはバカじゃない立会人が必要なの。ここには立会人がいないんだから、どっちかが降参したらそれでおしまい。遺恨なしってことでいい?」
「賛成だよ」
二人、フェンシングの片手剣の構えで、剣先が触れ合う距離にまで歩み寄り、まずピカールがゆっくりとフルーレを下に振る。
シンもそれに合わせて、剣先を下で受け、カツンと打ち合わせる。
次にピカールが上に回し振る。これもシンがゆっくりと剣を合わせる。
カツン……。カツン……。カツ、カツ、カツ、カッカッカッカ!
剣を打ち合わせるスピードがどんどん速くなる。
「君、実力を隠してたね!」
シンがちょっと驚く顔になる。
「お互い様!」
ピカールの突き! それを払ってかわすシン!
フルーレの突きが二段突きになり、後退するシン。
「武闘会に出てたらいいとこ行ったんじゃないの!?」
「優勝できるぐらい強ければね! さすがにそれはぼくには無理!」
シンが力任せにピカールの剣を上に跳ね上げ、鍔競り合いになる。
いきなり左手でピカールの腕をつかみ、振り回すシン。素早くその手を剣の柄で打ち、はずさせるピカール!
身を低くし、くるっと回転して足払いを仕掛けるシンにピカールが後ろに飛びのいてそれをかわす。
今打たれた左手をシンがひらひらと振る。
「いってえ……。簡単にはひっかからないか」
「きみが武闘会で絡め手を使うところを見せてもらったよ。きわめて実戦的だ」
「初見の相手にはけっこう通用するんだけど」
「戦場で生き残るためのケンカ殺法がきみの強みってわけだ!」
ポーズを決めてピカールがフルーレの先端をくるっ、くるっと回す。
「僕の師匠はケンカ好きでねえ。でもここはやっぱり正攻法でいくしかないか……」
シンも構えなおす。屋上の柵まで追い詰められて後がない。
「頼むよ。ぼくもそのほうがやりやすい」
ちょっと笑うピカール。
「僕が体術を使うのは相手にケガさせたくないからなんだ」
「シンくんも言うねえ!」
「遠慮しないよ!」
ガンッガンッガンッガンッ! 片手剣とは思えない刀身も折れそうな重い連続の打撃がピカールの剣を襲う。
驚いたピカールが後退するのを素早くシンが詰める!
跳ね上げられて手首が見えたピカールの鍔元にシンの剣先が差し込まれ、ハンドガードに引っ掛けられてピカールの剣が宙を飛ぶ。
くるくるくるくる、からんからんとピカールの剣が転がる。
「さ、もう一度」
ひゅんっと剣を振ったシンが後ろに下がる。
「……さすがだよシンくん。手がしびれた。片手剣だとは思えないよ」
「使い方次第さ。一番剣の振動が大きくなるところを叩くんだ。言葉にしてもわからないだろうけど」
「せっかくだし、王家の秘剣を見せてもらおうかな」
苦笑いするピカールも剣を拾い、構えなおす。
「そんなもんないよ。並の騎士より三倍強くなるまでやらされるのが王子ってやつでね」
たった数度の打ち合いで今度は胸を突かれるピカール。
「かはっ!」
練習用の刺さらないようになっているフルーレとはいえ、防具がない今は息ができなくなって倒れる。
息を整えてもう一度。今度は脇腹を突かれる。魔法のようにリーチが読めずに向かってくるシンの剣に翻弄されるピカール。
数度の打ち合いの末、剣を放り出して倒されたピカールが、「まいった……」と降参した。屋上に大の字になったまま動けない。
「はあっ、はあっ……。ずるいよシンくん……。こんなに強いのをずっと隠していたなんて」
「お互い様じゃなかったっけ?」
「よくそれを隠しながら武闘会で優勝できたね……」
「観客が見たいのは『いい試合』だからね……」
シンも汗びっしょりになって、ハンカチで顔を拭き、寝転がるピカールの横に座り込む。ピカールも全身の痛みに顔をしかめながら起き上がって、シンに並んだ。
王都ラステールに沈みそうな夕日が街に長い影を作る。その美しい街並みを二人で眺める。
「で、どうすんの? ピンクのお姫様のナイトはもうやめるのかい?」
「……やめないよ。それじゃリンスくんがかわいそうすぎる。ぼくらもう来月には卒業さ。いまさらね……」
ピカールは寂しそうに笑った。
「もし僕が負けていたら、君は卒業パーティーで、リンスさんと一緒にセレアに今までの罪状を並べ立てて断罪するとか、考えてた?」
シンの爆弾発言に、これにはピカールが驚いた顔をする。
「お見通しか……。卒業パーティーってわけじゃないが、前はいつかはそうしようってフリードくんやパウエルくんがタイミングを計っていたよ。今は二人とも、無理だと思ってリンスくんから離れてしまった。彼女への不信感もあるんだろう。そんなこと全く勝ち目がないって、ぼくも前から言ってはいたんだけどね」
シンが頷く。
「そんなの下手すりゃ貴族籍を失うほどの暴挙だよ。僕がピンクのお姫様側に立つか、セレアを見限っていない限り絶対に成功させないねそんなこと」
「その通りさ。きみがセレアくんを守っている限りそんなことはたとえ事実だったとしても通用するわけがない。リンスくんは不思議がっていた。きみとセレアくん、あんなに仲がいいのはおかしい。ただの政略結婚の婚約者のはずなのにって……」
「だってそんなの抜きにしてもセレアかわいいし。愛してるし」
「はいはい」
二人で顔を見合わせて笑う。
「……卒業パーティー、そんな騒ぎにはしないよ。フィナーレにそんな演出は野暮なだけさ。ぼくのガラじゃない。リンスくんが言い出しても、ぼくが止めるさ」
「うん、そうしてくれるとありがたいね」
シンは立ち上がって、背伸びをした。そのまま帰ろうとする。
屋上の出口の扉に手をかけたシンにピカールが叫ぶ。
「ぼくは貴族をやめるよ!」
ピカールの声に驚いて、シンは振り返った。
「伯爵は弟に譲ろうかと思っている」
「なんでまた……。今日のことは問題にしたりしないよ。僕らだけの秘密にするし、気にしないでくれていいってば」
「ぼくみたいなバカが伯爵を継いだら、家が潰れちゃうよ。それよりぼくは役者がやりたいんだ! 卒業したら、家を離れて、グローブ座にでも入ろうと思っている!」
シンはニカッと笑って、ピカールに手を上げた。
「楽しみにしてるよ! 絶対に見に行くからね! セレアと二人で!」
―書籍三巻御礼! ボツになった展開集、その10 END―
長らくこの作品を支えてくれてありがとうございました。
おかげで最終巻、完結までもっていく事が出来ました。感謝申し上げます。
(作者がイラストレーター様にお送りしたリンスとピカールのイメージ画)
ゲームなのですからいろんなルートがあったと思います。ハッピーエンドも、バッドエンドも、すべての攻略キャラ一人一人について、素敵なものが用意されていたはずです。「こんなIF話読みたくない」という読者様がいても、攻略の難しい相手に失敗すると何度もバッドエンドになってしまうのが乙女ゲー。
それに好きなギャルゲー、乙女ゲーなら、推しのキャラだけコンプリートして終わりじゃないですよね。ちょくちょくからんできた別の攻略対象にキュンキュンしたこともあるはずで、そのキャラのルートもクリアしたいし、ちょっと意地悪だけどバッドエンドだってどうなってるのか見てみたいでしょう。
主人公のシンとセレアだけでなく、別のキャラも好きになってくれた皆さんのために、喜んでもらえるものになっていたら嬉しいです。
書籍が完結し、オオトリ様がコミカライズした素晴らしい美麗なマンガの連載も終了しました。
コミカライズ完結三巻は6月30日発売です!
原作三巻表紙はこちらが目印です!!